第五話:再会/再会・2
ついにニーアと再会を果たしたユウ。しかし二人の間には圧倒的に強大な壁が聳え立っている。
ユウは果たしで壁を越えられるだろうか。そしてもし越えたならその先に何が待っているだろうか。
ユウとニーア。二人で二人、二つの世界。
モルグはユウにカプツィナ病について知っている限りのことを伝えた。
それが未だに原因がわかっていないこと、そしてもちろん治療法も確立していないこと。
ニーアがいつまで生きて行けるか誰にもわからないということ。
モルグ曰く毎日のように命のくじを引く様なものであると、つまりは運が悪ければ生きていくのに必要な機能が停止し命が尽きるということだ。それは明日かもしれないし、一年先のことかもしれない。
どちらにしろ死ぬまで痛みが消えず、中には自ら命を絶つ者まで居たという。
「何だよ、それ。せっかくここまで来たって言うのに」
「ユウ……医者の話では聴覚はもう失われているらしいが、目はまだ見えてる。何か伝えたいなら筆談なんてどうだろう」
「書けない。俺は……」
ユウは何日かデジデリーの元で読み書きを教わったが、それでもまだデジデリーから貰った教書が無ければ不安があった。当然今はそれは手元にない。
モルグは驚きはしなかった。この町では読みはともかく文字を書けない人間が珍しくないのだ。
「……そうか」
「何とか、何とか治す手段はないのか?」
「俺は知らない」
「なんで、なんで急にこんなことに、この前会った時はこんなこと……」
「ユウ、俺はお前が知っているんだと思っていた」
「それはどういうことだ?」
「医者の話だ。彼女の病状はかなり進行しているらしい。これまでにも症状が出ていたはずだ。味覚や聴覚の機能低下、例えば味がわからなかったり、耳が遠かったり。気づかなかったのか?」
ユウにはそれに心当たりがあった。
ニーアの作った料理の味はユウにはとてもじゃないが美味しいとは言えなかった、しかし当の本人は一切そんなことは無かった。
他にもある。川でニーアに会った時。そう遠くない位置で大きな水しぶきを上げてユウは川に落ちた。しかし、それにニーアは気づかなかった。
「……俺はもう行くよ」
「行くって、モルグ。どこに行くんだ?」
「俺はこの町を離れることにしたんだ」
「なんで、まさか。ヒエラルに協力したことか?」
モルグは強制されていたとはいえヒエラルの犯行を手助けしていた。本人がそれを捕まえたとはいえお咎めなしというわけにはいかなかったのだろうかとユウは思った。
「それは別に何でもない。上から遠くの部署へ移動するように言われはしたが、断ったよ」
「断った。断ったならなんで……」
「何処か俺の事を誰も知らない場所で新しく何か始めようと思ってな」
「それって、警察の仕事はどうするんだ?」
「警察は止めたんだ。いろいろあったが俺には俺の、他の道がある気がしてさ」
「そうか」
「ユウ……ありがとな。何というかお前のおかげで俺には家が決めた道以外に道があることに気づけた気がするんだ。だからさよならだ。友よ」
「あ、ああ、じゃあな」
モルグは部屋を後にした。病室はユウとニーアだけになり、何度目かの静寂があたりを包んでいた。
ユウのニーアに再開するための長い旅はついに終点へとたどり着いた。だが、再会した二人の間には目の前にいるにもかかわらず大きな溝があった。
つまり、再会を果たしたにも拘らずユウは何も伝えることはできなかったのだ。
「俺が、もっと早くニーアを見つけていれば」
ユウの頭の中が後悔でいっぱいになり、泣いた。これまでにないほど泣いた。
泣いて、泣き叫んでもその声すらもう届くことは無いのだ。
「泣かないで、ユウ君」
ニーアが涙するユウを見てそう言った。
「私が悪かったの、ユウ君と会った時にはもうすでに耳が聞こえにくくなってきてて。黙っててごめんなさい」
ニーアが言葉を続ける。きっともうこれから先ユウと会うことは無いだろうと考えた。だからこそ、せめて最後に言葉を伝えようと考えた。それで終わり。それ以上は望んではいけない。
それがニーア・トリーアの生き方だから。
何年も前に家族がバラバラになってからずっと変わらない。世界。
「確か言ったと思うけど、私ね両親がどこかに行っちゃってから、お兄ちゃんと二人で暮らしてたの。貧乏だったけど一緒に水汲みしたり、魚を取ったり、それと丁度今ぐらいの季節になると木に登って木の実を取ろうとしたりして、でもあんまりうまくないから木から落ちたりして――なんていうか楽しかったの。だからかな、初めてユウ君を見た時にお兄ちゃんが返ってきたと思っちゃったの――私ひどいよね、ユウ君はお兄ちゃんじゃないのに代わりにしようとしたんだもん。きっと罰が当たったの、私が悪い子だから家族なんかいちゃいけないのに、望んだりしたから」
ニーアの言葉をユウは黙って聞いていた。
本当はニーアの言葉を否定したかった。そんなことは無いと、君が望まなくても君を望む人間がここに一人いると。しかしそれを伝えることはできないのだ。
「どうして、俺は君を縛る世界を壊せないんだ」
ニーアを縛る世界。
家族が皆ニーアの元を離れて行って。一人残されたニーアはいなくなった家族を待ち続けた、しかし帰ってくることは無かった。
その内にニーアはこう思うようになった。自分の家族が居なくなったのではなく、居てはいけないのだと。
彼女は孤独な世界を受け入れた、そして自分の世界が孤独でなければいけなくなった。そこに手を伸ばした少年の手を掴むことなどできなかったのだ。
しかし、その少年が伸ばす手にもし彼女の世界に穴を開ける力を持っていたらどうだろうか。
ユウは望んでいた、どうか自分に彼女の世界を壊す力を持たせてくれと。
そして、その望みは――
ユウの手にはあのナイフが握られていた。それはニーアがユウに残した最初で唯一の手がかり。
「その、ナイフ」
ニーアがユウの持っているナイフに気づいた。
ユウはそのナイフをニーアに手渡した。
戦乱が絶えないこの国では戦地へ赴く家族や恋人に装飾を施したナイフを贈る風習がある。
そしてその風習には続きがある。
大切な人の無事を望んで渡したナイフ、それを持ち主に返すということは互いに互いを望むということ。互いの持つ世界が重なり合うということ。
それは古い求婚の印だった。
ユウはそんなことなど知りはしなかった。しかし、ニーアはそれを知っていた。
「これ、もう会えないからユウ君に送るつもりだったのに、送り返してくれるなんて」
ニーアが涙する。しかしそれは孤独な日々の中で流した涙では決してなかった。
感涙、ニーアは家族を失ってから動かなくなった世界で初めて喜びの涙を流した。
「ニーア?」
「なんでもないの、ただなんでだろう、すごく嬉しくて」
人は言葉にしないと思いは伝わらないのかもしれない。しかしこの時、二人の思いは確かに通じ合った。
そして、彼女の孤独な世界は一人の少年の手に持ったナイフによって壊された。
何時かデジデリーがユウに言っていた。ユウとニーアは似ていると。それを今のユウならばわかるかもしれない。
互いに何も望めなかった。望んではいけなかった。
しかし、二人の世界は互いの存在を望んだ。
これは望まぬ者が望みを見つける物語。そしてその物語は未来へと……
これ以上ない今と、これから先の未来。
暗く見えないその先も二人は手を取り前へと進む。
それこそが勇気。
そしてその勇気こそが望まれた力。




