第二十二話:柔の剣、レニタティス・a
突然攻撃を仕掛けてきたレニタティス。彼の正体とは?
そしてヒエラルは勝って、ネスを助け出すことができるのか?
それは本当にただの偶然。
ただ単にレニタティスの異常なまでの疑り深さが災いしてしまっただけ。
だがヒエラルに敵であると気づかれてしまったことでレニタティスは優位を破棄したが、それでもヒエラルとの勝負はまだ公平になっただけだ。
いや、むしろ、教会の中というレニタティスの良く知る場所である為まだ多少の優位がある。
「お前か、ネスを攫ったのは?」
「……気づかれているのなら。隠す必要はありませんね。大丈夫まだ生きてますよ。あ、そうだ私、レニタティスと言います。よろしくお願いしますね。ヒエラルさん」
「……何が目的だ?」
「当然。あなた方が運ぼうとしている果ての果実ですよ、大人しく場所を教えれば、手足を折るぐらいで勘弁してあげますよ」
「ずいぶんな自信じゃないか、その自信も選ばれし者に与えられるというその剣のおかげか?」
「ははは、確かにそれもありますね――でも、それだけではない」
レニタティスがヒエラルに向かう。
しかしナイフを手に持っているとしても、ヒエラルの右腕の義手の機構の攻撃射程の方がはるかに勝る。
そのためヒエラルは突っ込んでくるレニタティスに右腕の義手で応戦しようとする。が、しかし。
「――な」
全く制御ができない。
右腕の義手全体がゴムのように重力に負けてグニャりと曲がっていた。
防ぎきれない。
ヒエラルは咄嗟に避けようとするが、レニタティスのナイフが突き刺さる。
「――そう、それだけではない。さっき接近した時にすでにナイフはヒエラル、きみの義手に触れていた。それによってすでに私の能力が発動――さらに、次は君自身だ」
ヒエラルは不思議な感覚だった。レニタティスの刺したナイフは直撃したが、血が出るわけでも痛みがあるわけでもない。
が、変化はすぐに訪れた。
体の力が抜けて、ぐにゃりと足が曲がり地に付した。
「まさか、その腕が義手だったとは思わなかったが、こうなってしまえば同じこと。君はすでに柔化された」
そのナイフに触れた人や物を柔らかくする能力。掠りでもすればそれだけで再起不能に陥ってしまうが、当然ヒエラルはそれを知らなかった。
そうそれが敗因だった。
レニタティスはヒエラルをある程度知っているが、ヒエラルはレニタティスを知らない。
戦う前から勝負は始まっていたのだ。
レニタティスは経験から完全に勝利を確信した。柔化さえできればもう戦うまでもない。
だが、人目に付きやすい場所に放置するわけにもいかない。
レニタティスは近づいていた。尋問するにしても殺害するにしても、今の場所から移さなければいけなかったからだ。
それが不用意な行動であることに気が付かないまま。
そこはすでにヒエラルの無形剣の射程圏内だ。
体の自由は聞かなかったが、どういう訳かヒエラルは義手の無形剣だけは動かすことができるようになっていた。
「……うわぁーーー、あぁ、あぁあー」
銀色の義手が形を変える。
それは刃となり、レニタティスの足首を切り裂いた。
レニタティスはそれによって動揺し、尻餅をついて後ろにかなりの距離を取った。
「まさか、その義手。ただの義手じゃ、ないな……クソッ」
片足を引きづりながら、レニタティスは奥の部屋へと入って行った。
ヒエラルもそれによってか体が元に戻った。
「はぁ、はぁはぁ。危なかった。もう少しで窒息するところだった――だが」
ヒエラルは考えた。もしレニタティスの能力がナイフに触れた人や物を柔らかくすることができるというだけなら今自分が動けるようにする意味は無い。
つまり、その能力には欠点がある。
「距離か――いや、私と義手と両方を柔化しなかったということは同時に二つの物に作用させることができない。と言ったところか」
考察の域を出ないことではあるが、ヒエラルは考える。
そして奥の部屋へと向かったレニタティスを追うかということも。
敵は危険である。もし不用意に近づかれなければヒエラルは息が切れるかして死んでいた。深追いは危険だ。
しかし、ヒエラルにはその先に向かわないわけにはいかなかった。
それはネスが未だ敵の手にあるからだ。
ゆっくりと、奥の部屋の扉を開ける。
中は狭い部屋だがその奥に続く扉以外、何の変哲もない部屋だった。
「……この奥か」
レニタティスはこの先に居る。
ヒエラルは十分に注意して、奥の部屋の扉を開いた。
「……ネス」
そこには部屋の中央の机に縛り付けられたネスが居た。
しかし、レニタティスの姿が無い。
まずは敵を倒す、ネスを助けるのはそれからだ。
すると――
「これは――血の跡か。あのカーテンの方まで続いている」
ヒエラルは血の跡が部屋の壁一面に掛けられたカーテンの方に続いていることに気が付いた。
間違いない。レニタティスはあのカーテンの裏に居る。そう確信した。
勢いよく、カーテンを開ける。
「居ない――いや、これは……」
レニタティスは居ない。
カーテンの先は何の変哲もない普通の棚だった。
だが、そこに並べられたものは普通とは程遠い異様なものだった。
ある瓶には一人分の量とは思えない大量の小さな歯が入れられている。
壁一面に血の付いた釘抜や、ハサミ、ノコギリ、針が並ぶ。
そしてその最も奥には液体に浸された瓶には人の……
「人の部屋を覗くとは感心しないな、君」
どこからか、声がする。だがそれに気が付いたときにはすでに遅かった。
「……な、馬鹿、な」
棚に気を取られていた隙をついた一撃はヒエラルの首筋をとらえていた。
いや、気を取られていたからではない。気が付かなかったのは単純。おおよそ大人が入れる大きさではない僅か50センチ四方にも満たない箱の中から腕だけが飛び出て切りつけてきたのだ。
ヒエラルは倒れ伏し、その攻撃の主を見る。
ゆっくりと、まるで軟体動物のように体をくねらせてレニタティスが箱の中から登場する。
「残念だったな、君。この能力は自分に対しても使うことができるんだ。だから、自分を柔化すればある程度小さい隙間に入ることだってできる。最もそれをするにはこの剣をしまわなければいけないがな」
レニタティスには確かな手ごたえがあった。
今度はヒエラルの義手ではなく、首に当たっていたからだ。
「さて、君の所業はどうしようか?果ての果実の在りかを聞くためには生かしておくべきだろうが、君は私の部屋を見てしまったからな――部屋と言うのは心だ。部屋を勝手に覗くというのは心を覗くのと同じこと。私が思うに最も悪趣味なことだ。当然生かしてはおけないな」
レニタティスは自身の棚に並べた凶器を物色し、中から大きなノコギリを手に取った。
レニタティスの持つ剣は触れた瞬間にその特殊能力によって柔化されてしまうため殺傷能力が低いのだ。
だが、その時レニタティスの足に何かが掴みかかって来る感触があった。
「あ――」
足を引っ張られてそのまま転倒する。
と、同時にヒエラルが立ち上がりレニタティスを力いっぱいに。何度も何度も蹴り飛ばす。
「な、なぜ。確かに、首に、当たったはず」
床を転がり、満身創痍になりながらレニタティスは言う。確かに首を狙った。いやこれで首をずれていたとしても剣が触れたことは確かなのだ。
「お前はどうやらその眼には見えていないようだな――」
ヒエラルが言うとそれに気が付く、確かに柔化しているのだ。確かに。
だが、それはヒエラル本人ではなく義手の方だけだったのだ。
「――私の無形剣の特性が、そしてまんまと策にはまったことが」
ヒエラルが腕に着けていた義手、無形剣。その特性は持ち主の意思で自在に形を変えることができること。
ヒエラルはそれを利用し、首に義手を這わせて防いだ居た。そしてレニタティスを油断させるためにあえて攻撃を受けたふりをしていたのだ。
レニタティスは自身の能力で柔化して箱に収まっていたため、それに気が付かなかった。
「……はぁはぁはぁ――わかった。わかりました。私の負けです。手を引きます。だから命だけは……」
レニタティスは手を頭の上にのせて床に伏せた。
降伏の宣言なのか、それと同時にヒエラルの義手の柔化が解かれた。
「――そうか、わかった。だが幾つか聞かせてもらおう。お前は何者だ?その力は一体なんだ?」
「……私たちは月の園で生まれた人間。そしてこの力は月の神からの贈り物……」
「月の園……ふざけているのか?」
「ふざけてなどいませんよ、あなたもこの力を見たでしょう?――この力は神の奇跡――」
「もういい。下らない」
ヒエラルが適当に受け答えをする。
命だけは助けてほしいとレニタティスは願った。しかし、レニタティスはそれでは駄目だった。
ここで生きて帰ったとしても意味が無い。好機を待っていたのだ。
そしてそれは突然に訪れた。
突然教会の外から、何か建物が倒れる様な音が部屋に響いたのだ。
「未だ。食らえ――」
レニタティスが最後の特攻を仕掛ける。
「馬鹿め」
しかしレニタティスの決死の特攻もヒエラルに近づくことすらできない。
射程距離でヒエラルの無形剣は圧倒していたのだ。
鎌のように変化させた無形剣を突進してきたレニタティスを力いっぱいに振るった。
しかし、レニタティスはその攻撃によって後方に大きく飛んでいた。
「……くっ、はぁはぁ、は、はは。柔よく剛を制すだよ。君――これも私の狙い通りだ」
ヒエラルの攻撃がレニタティスを運んだのだ。
部屋の机の、縛り付けられて寝ていたネスの元へ。
「ネス――」
「動くな――この娘はお前の子どもか何かだろ?――今の私でもこんな子ども、簡単に殺せる」
レニタティスがネスの首に手を掛ける、それに反応してか眠っていたネスが目を覚ました。
「……ここは?……ヒエラル、どうして……」
「大人しくしろ」
レニタティスが声を荒げる。
その後、一時の沈黙がありそしてヒエラルが話し始めた。
「……お前のその力はどうやら一つのものにしか使えないらしいな」
「は?何をいきなり――」
そう答えようとした瞬間。
机にもたれ掛かるように立って居たレニタティスの体が突如、浮いた。
そして一瞬のうちにまるで仕掛け罠に掛かったように、部屋に逆さ吊りの状態になる。
「ぐあぁあー、こ、これは一体?ヒエラル、君は一体、何をした?」
「残念だがその質問には答えられない。これをしたのは俺ではないからな」
動揺を隠せないレニタティスだったが、次第に自分の置かれた状況を理解し始めた。
レニタティスを釣り上げたもの、それは糸だった。無数の細い糸が足から天井に伸びている。
レニタティスが驚いている隙にヒエラルが無形剣を巧みに操り、ネスを救い出した。
「は、まさか――そ、その小娘がこれを」
ネスの指の先からも、細い糸が伸びていたのだ。
「そうだ。まさかただの子どものはずが無いだろう。ネスには自由に糸を作り、操ることができる――そう、こんなふうに」
ヒエラルがそう言って合図をすると、ネスが糸を操り、レニタティスの腕が縛られ、そして頭も糸によって完全に固定されてしまった。
さらに、グイっと、力強く糸を引き、レニタティスの頭を180°回転させた。
「……終わった?……」
「……いや、どうだろうな」
レニタティスは身動き一つしていない。
しかしもしもレニタティスがすでに自身を柔化していたとしたら。息を潜めしぶとく好機を待っているかもしれない。
しかしそれはどちらでもいい。
「レニタティスはたしかさっき言っていた。剣をしまわなければ自身を柔化することはできないと。つまりだ」
ヒエラルはそうすると決めていた。
剣をしまっている場所。それは最も本体に近く安全な場所。
吊るされたレニタティスの胸の部分に見えていた。特徴的な痣と、ほんの数センチ突き出たナイフの柄が。
それを慎重かつ勢いよく引き抜いた。
「――……やはり、使っていたか」
ナイフを引き抜かれると同時に、レニタティスねじれた皮膚や骨に瞬間的な力がかかる。
それによってか、或いはそれより前に死んでいたのかはわからないが。とりあえず今はもうすでに絶命している。
「……はぁ、厄介な奴だ。ネス、大丈夫か?」
「……大丈夫……でも、ちょっと、眠い」
「――そうか。戻るか、フォルトゥナ達が心配している」
もう空はかなり暗くなっている。だがネスもヒエラルも無事に帰還した。
「……おい、フォルトゥナ?アノミー?誰かいないのか……」
宿に帰ってきたヒエラルたち二人を出迎える者は誰もいなかった。
そして、ヒエラルはレニタティスの言っていたある、言葉を思い出した。
{「……私たちは月の園で生まれた人間。そしてこの力は月の神からの贈り物……」}
「……まさか――奴は言って居た……私たちと」
無事にネスを連れ帰ったヒエラル。しかし二人を出迎える者はいない。
悪い予感がする。フォルトゥナはアノミーは、そしてユウはどこに行ったのか。
次回、第二十三話:希望の剣、スぺイ・a
急ぐ。




