第十九話:そして望みに帰る物語・2
俺はそこに居る。それは自分が信じた真実の道を進んだからだ。
道を戻ることはできない。どうしたって過去には戻れないからだ。
だけれど、無駄だとわかっていても、俺は……
ユウ達が去った後、ヒエラルたちの隠れ家で、誘拐した王女を取り返されたヒエラルはヨーライックからの援軍の総大将と話をしていた。
「それでドンレミはまだ見つけられないのだろうか?」
「……残念ながら、我々としても全力で捜索をしたが――」
「見つからなかった。か……」
ユウ達が王女を奪還した日、その最後の最後でやってきた英雄、ドンレミ。
彼女は一人、背後の敵を全て引き受けて、ユウ達が逃げる道を作った。
しかし、それは彼女が犠牲になったというわけでは無かった。ドンレミはヒエラル達に大きな損害を与え、そして十分な時間を稼いだとみると姿を消した。
「面目ない」
「いやいや、良くやってくれているよ。これは全くの想定外だ――ドンレミ、まったくふざけた奴だ。城で会った時に私が勝てていれば……いや、万に一つもそれは無いだろうな」
「我々はそろそろ国に戻ることにしようと思う。だがもし、次があれば声を掛けてくれ、次は我々もあの王女の城を直接――」
「いや、もうあのお姫様を誘拐することはできないでしょう。それに我々もその予定はありませんし目下一番の問題は取り逃したドンレミの方でしょう」
「……ああそうか。それは残念だ」
ヒエラルは援軍たちを見送った。
実際、もう王女をさらうことはできないだろう。
そして、もうその必要も無いだろう。
ユウが客人で脚本家だという男、サショーと話をしていると、そこにやっとヴェローナがやってきた。
長話をしてしまっていたが、ユウはやっと安心した。
「ユウ、すまないな。重要なお客さんでな、一対一で話がしたいから、外で待っていてくれ――……お待たせしてしまって申し訳ありません、サショーさん――」
ヴェローナと入れ替わりで、ユウは退出する。
これからどんな話をするのか興味はあったが、それはまた後でヴェローナに聞くことにした。
部屋を出ると、そこには一人の仮面で顔を隠した背の高い男が居た。
ユウはその人物の雰囲気から彼がサショーの護衛であることは察しがついた。
――……それから、ユウは扉の前で護衛の男と並んで待つことにした。
その間ユウ達は話をするわけでもなかったが、だがヴェローナが中に入ってからもう体感では30分は経っていた。
「……あのー、――……今回は何故いらっしゃったんですか?」
何気なく、ユウは護衛の男に尋ねた。
なぜそんなことを聞いたのかと言えば、他に話すことも無かったことと、気になっていたからだ。
「……交渉」
男はただ一言、仮面の下からくぐもった声でそう言った。
「――……あ、ああ。それってひょっとして演劇のですか?」
「……そうだ」
ユウは男の口数の少なさと、仮面の所為でくぐもった声に戸惑ったが、大体理解した。
ネイの言っていたようにユウ達の旅が演劇になるのかもしれない。大げさなことだと思っていたが本当にそうなったのだ。
「――でも、あくまで創作で、そのままでは作らないでしょう。なのに本人に実際の話を聞く必要ってあるんですか?……いや、別に悪いってことじゃないんですが、でも現実にはシナリオなんて無いじゃないですか」
しばらく、沈黙が続いた。
ユウは何か失礼なことでも行ってしまったのか、いや失礼だったのだろう。何とか誤魔化そうとしたが、焦って上手く言葉が出なかった。
すると――
「はっ、ははは。面白い事を言うじゃないか――」
突然に護衛の男は笑いながら言った。
「現実にシナリオねー。確かに、普通はそうだ。だが、脚本家が演劇のシナリオを作る様に、それを決めることのできる人間がこの世には居る」
「……そ、それは一体?」
ユウはその声に何かとてつもない悪い予感がした。そしてその言葉にも。
「現実のシナリオを決める脚本家。それはお前の方が良く知っている。そいつは自身をこう呼んでいる。王と」
護衛の男がその時ほんの少しだけ仮面をずらして顔を見せた。
それだけで、ユウにはこれ以上の説明は必要なかった。
嘘だ。そうだと言いたい。
だが、どうしてもそれがかみ合ってしまう。
ユウの頭の中で何故、という言葉が大洪水を起こし、そしてそれが一つの水門を破ることで決壊した。
――何故、ヴェローナは王女を取り戻す旅に出たのか?
ユウが居なければ、とてもではないがうまく言ったとは思えない。
――何故、ヴェローナはこれほどまでに敵の居場所を的確に推理で来たのか?
推理という言葉で誤魔化されてはいないか。
――何故、ヒエラル達の襲撃が、パレードの前日で軍が居た日の、それも昼間なのだろう?
まるで町中に知らせるように、大事にしたいような気がしないか。
――何故、王女は怪我を負ったのか?
人質にしたのにまるで心の隙間を作るような、不要なものではないか。
――何故、敵は王女の隠し通路をつかったのか?
アドリブにしてはうまくいきすぎではないか。そしてあの時その存在を知っていたのは誰が居たか。
――何故、城の中に紛れていた王の剣であるエリーは幽閉されたのか?
エリーは誰にとって邪魔な存在だったか?
――何故、王女の友人であるディナールが今は居ないのか?
彼女の居た位置に居るのは誰か。
――何故、ヴェローナは敵が城の中に潜んでいることに気が付かなかったのか?
気が付いていたのではないか。
――何故、ヴェローナは王女を助けたのか?
気が付けばユウは走り出していた。
ユウは来客が居ることなどお構いなしにヴェローナの居る部屋に入った。
「……どうしたんだ、ユウ。何かあったのか?」
「聞きたいんだ。答えてくれ――一つだけだ。俺が今聞きたいのは一つだけだ」
信じたくは無かった。信じていたかった。仲間だから、そう思っていたから。
「何故、何故奴が……何故敵のはずのヒエラルがここに、それもその重要な客の護衛として居るんだ?こんなの、こんなのまるで……」
何かの間違いであってほしかった。何かの間違いでなければいけないはずだった。
「まるで、何だ?……シナリオのある演劇の用だとでも言いたいのか?」
ユウは心の底から否定の言葉が欲しかった。これが何かの間違いだという言葉を心の底から望んでいた。
だが、そのすべての望みは失望と疑念の裏返しでしかなかった。
「……お、脅されているのか?奴らに。何かを人質に取られて仕方なくやっているんだ。そうだろう?戦おう――俺たち仲間だよな?だから手を貸すから」
「……はぁ、ユウ。想像を膨らませるのは勝手だが、俺が誰かに従うだけの人間だと本当にそう思っているのか?そもそもこの誘拐作戦で誰が一番得をしたと思ってるんだ?」
「……意味が、分からない」
いや、ユウは理解していた。
この事件で最も得をした人物はヴェローナだ。
王女を救ったという名声を手に入れ、怪我をした王女に代わって権力を手にし、そして今それを邪魔ものが誰もいない。
「説明が必要か?」
「……すべて、計画通りだって言うのか」
「すべてじゃないな。それに城の中に居ては十分に情報共有をすることができないからな、裏切られないか最後まで不安だったよ。まあ、うまく言ったがね」
「負傷した人の事も計画通りなのか?」
「必要でないものを潰し、必要なものだけを残すというのは当然の事だろ?まあネイがあそこまで深手を負ったことは多少、予想外ではあるが」
「……死んでも良かったって言うのか、ネイや俺が」
「言っただろう、深手を負ったのは予想外だった」
「それはもし死んでいたとしても予想外で済ませるってことじゃないか」
「もちろん。仮にそうなっていたとしても。俺はそう言うだろうな」
「……じ、じゃあ、王女はお前のせいで塞ぎ込んでいるんだぞ、それをまじかで見て心は痛まないのか?」
「おいおい、その質問はもっとも馬鹿らしい質問だぞ。なぜ俺があんな汚らわしい権威を貪るだけの奴隷の事で心を痛める必要があるんだ――前にも話したが、俺は祖の権威にこそ価値を感じているんだ。あれは軽蔑の対象以外の何物でもない。いや、それ以下だ。あれが常に誰かに依存していなければ生きられない卑しい人間――」
ユウには我慢ならなかった。
どうしても、何もせずにはいられなかった。
ヴェローナの口を塞ぐために暴力に走ったのだ。
「もう、何も言うな。お前には失望した」
「……失望したならご自由に、お前は自由だ。どこへでも行きたいところに行けよ。俺は引き止めないぜ」
「こっちこそだ」
ユウは部屋を後にした。
勿論ヴェローナは止めはしない。
放って置いたとしても問題ないと考えているのだ。実際、仮にこのことをユウが誰かに話したとしても信じる者などいないだろう。
そして、ユウは他に行く場所など無い。時間が経てばその不正義を受け入れて、元のように戻る。
ヴェローナにそう考えられているであろうことが最もユウには不快だった。
これにて、演目は終了。
お姫様を攫った悪党は王子様によって倒され、王子様とお姫様は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。
主演:ヴェローナ
使用人A:ネイ
悪党A:ヒエラル
悪党B:フォルトゥナ
悪党C:アノミー
悪党D:ネス
大道具:カプツィナ・パーブム・ムクロイナ
……
観客席から歓声が上がり、拍手と共に幕が下りる。
そんなことユウにはどうでもいい、舞台には上がりたくないし、見たくも無い。
「……はぁ、これからどうしようか」
あれからどれぐらいたっただろう。ユウはもう十分落ち着いていた。いや、落ち着いたというよりは燃え尽きたという方が適切かもしれない。
何処にも行く当てなんてない。でもここには居たくはない。
「なら、どうしようか……」
このまま何もしなければ、この先もヴェローナの仲間として舞台に隅に上がるのだろう。
「……『どうしようか』――そう思えるのはまだ望みを捨てていないからであろう?」
「あなたは……さっきのサショーさん。どうしてここに?」
「あなたを探しに来たんですよ」
「何故?」
「何故、例えばもし私が君を救いに来た。と言ったらあなたは信じますか?」
「……話による。でも言葉だけじゃ信じるはずない。言葉でならいくらだって嘘が付ける」
「確かにそれはその通り。ヴェローナはあなたに大きな嘘をついた。だから君は怒っている」
「そうだ。俺はあいつを許せないんだ――特に、王女のことで嘘をついたことが」
「……なるほど、ではなぜここに逃げてきたのですか?」
「それは……あいつの顔を見るのも不快だったからだ」
「ふうん、それは、どうだろう?――いや、はっきり言うとそれは違う。君が逃げ出したのはそんな理由ではない。君は恐れていたんだ。ヴェローナがもしあの言葉を言ってしまったらとね」
「……心当たりがないし、意味が分からない」
「いや、君は気づいていた。だから君はそれを言われる前に逃げた――その言葉とは自分と同じだだ」
「――……誰が、同じなもんか。俺はニーアの事を大切に思っている。ヴェローナとは違う」
「ヴェローナも王女を大切に思っている」
「それは、自分のために利用するためだ。俺は違う」
「いいや、心の中では気づいてしまっている。君の行動は無償ではない」
「……けど、ニーアは俺にありがとうと言ってくれる。その言葉に嘘は無いはずだ」
「それはカプツィナ王女も同じだ――やはりわかっている。君はヴェローナの行動を否定することはできない。否定してしまえば同時に自分すら否定してしまうことに成るのだから」
何も、言い返せない。
これ以上何を言ったとしても、ユウは自分が正しいという理論を作り出せそうになかった。
「――それで、何が言いたいんだよ。あんたは……」
「言ったでしょう。君を救いに来たと――……私はニーアと言う少女を救う術を知っている」
「……それで?口だけなら何とでも言える。理由は、理由は何なんだよ」
ほんの少し驚きは気はしたが、それはもう見え透いたことだ。都合のいい言葉で人を騙し、利用する。
ヒエラルがそうだった。
「理由ねー。理由――……私はさっき、話しただろう。私にも病に苦しむ息子が居る」
「だから同乗したとでも言うのか、俺に」
「いや、そうではない。私も探し続けてきたのさ。どんな病にも効く薬をね。それでつい最近ある一つの方法を見つけたのだ」
「ますます怪しい。それが見つかったなら、かってに使えばいい。俺に言わずに」
「いや、そう言う訳にも行かない。見つけたからと言って、それが本当に効果があるかも定かではないのだ。もし失敗したとしたら命を救うどころか命を落としかねない――……だから私には君たちのような人間が必要なんだ」
「――……それはニーアを使って人体実験しようと言ってるようなものじゃないか」
「そうだな」
「……否定しろよ」
「どういったとしてもそれは事実だ。だが、私が君ならこの提案に間違いなく乗るね」
ユウはサショーが自信を持った宣言にとても腑に落ちるものがあった。
大切な人を救いたい。そして救えるなら、一パーセントでも高い方法を探す。
ユウはサショーと全く同じ考えだった。考えの根底が同じだった。
「そうだ。君がヴェローナと同じだと言うことを否定できないのはあるものに気づいていないからだ――それは理じゃない。だから、比べられない。それは愛と呼ばれるものだ」
サショーが言うその二文字はユウがどうしても否定したかったヴェローナの行動との違いを説明した。
言葉では知っている。心の中にはある。しかしなぜがそれを表立って言えなかった。
「……あんたは自分の子どもを愛しているんだな?」
「当然だ。だから私は私の愛する人のために、君は君の愛する人のために行動しよう。もし、この提案に乗るのなら私の手を取って」
サショーがユウに手を差し出す。
傷だらけの大きな手だった。
「……俺はまた裏切るかもしれないぞ?」
「この前のは君が愛を選んだからなら仕方がない。それに下りたければ何時だって下りればいい」
「そうさせてもらうよ」
ユウは手を取った。
そして道は先へと続いた。
これまでの道に、愛をこめて。
これからの道に、愛を携えて。
どれだけ悔やんでも一度通った道はけっして戻ることはできない。
だからユウはその道に花を添えて、新しい道へと進みだす。
第二部、完。
次回、第三部第一話。
当初から想定がだいぶ変わってしまい、これが切りが良いのでこれが第二部と言う感じにしました。ただ、その作品のテーマとしては1,5ぐらいの感覚です。
がばりました。
正直大まかにしか内容が決まっていない。けど出始めだし早めにできるでしょう。たぶん。




