第十九話:そして望みに帰る物語・1
あれから、もうすでに半月が過ぎた。
この世界に来てからいろいろなことがあった。人を好きになって、その人を大切にしたいと思って、一度は奪われて、でも戦って取り返して……
自分を必要としてくれる人達と出会って、その人と一緒に戦って、取り戻して。
本当に大切な事に気づかされたと思う。
――だから、もう大丈夫。
どんな結果だって、俺は受け入れる。
それに俺は最も大切な望みを見つけたんだから、悔いはない。
ユウ達が王女を救出し、カプツィナの町への帰り道。 その途中でユウは重症のネイを医者に見せるため、ヴェローナと別れ一時行動したが、ヴェローナは無事に王女をカプツィナの町まで連れ帰ることができた。
ユウとネイもヴェローナ達に遅れること数日、無事に町に戻ってこれた。
そして、それから半月がたった。
「……ユウ。ユウ?どうした、ぼーっとしてるぞ」
「……あ、ああ悪い。ごめん何の話だっけ?」
上の空のユウに、重傷を負った使用人のネイが尋ねる。
ネイは今もまだ安静にするように言われていたが、もう十分元気そうだった。
ユウはネイのお見舞いに来ていたのだ。
「はぁ、なんていうか、前にもこんなやり取りをした気がするな……この新聞に書いている話だよ、町で評判の噂」
「ああ、そうか」
ユウやヴェローナ達がさらわれた王女を連れ出したことはすでに城下の町ではかなり噂になっていた。
その広まりようは城の外に出ていないユウやネイでも耳にするほどだ。
「……ヴェローナ様の事、お姫様を助けた王子様だってさ」
ネイはどこで手に入れたのか、その新聞の見出しを少々かみ合い悪そうに読み上げる。
「まさか、本当に王子様だとは思ってないだろうがな」
「そうだな――って、そう言うことじゃなくてな。この記事、お前の事も俺の事もほとんど書いてないんだぞ。あんまりじゃないか」
「え?あ、確かに。でも別に良いんじゃないのか?記事って言ってもただの噂の一つだろ」
「ユウ。お前。噂って言うのは尾ひれがついてどんどん大きくなるもの何だぞ?」
「……ああ、確かに――俺もどこかで言った気がするな……」
「つまりだ。噂って言うのは最初が肝心なんだよ、最初に少しでも名前が出ていれば、後々すごく重要人物だったってことになるかもしれないだろ?」
「いや、それは大げさだろ」
「いいや、大げさじゃない。例えば今回の事をモチーフにして演劇のシナリオが作られたりしたら……」
「……結局、どうしたいんだよ……」
「いや、せっかくなら、俺も戦って活躍したことにして欲しいなって」
「やっぱりそれが本音じゃないか」
「良いじゃないか少しぐらい。それに俺だって頑張ったんだぞ、めっちゃ怪我したし、痛かったし、それなのに……」
「――まあ、仕方ないだろ、戦ってないのは事実だし」
「ぐっ」
「正直。演劇になったって、いくら盛られても脇役だろ」
「ぐっ」
「それどころか、いなかったことになる可能性が高いだろ」
「ぐっ――……なあ、頼む、頼むからこの新聞を出した奴のところへ行って、俺の活躍を載せるように言ってきてくれ、頼む、少し脚色すればいいだけだから」
「いや、それは駄目だろ。それに現実にシナリオなんて無いだろ?」
ユウは城に帰ってからしばらくはヴェローナと共に(と言ってもほとんど手伝いのようなものだったが)、城の中に紛れているであろう内通者の追放に、城の修繕等々、忙しい日が続いた。
それも今は一段落して、少しは落ち着けるようにもなって来た
「あ、ヴェローナ」
「ん、やあ、ユウ。どうしたんだ?」
ユウがネイと別れて城の中をぶらぶらと歩いていると、偶然ばったりとヴェローナに出くわした。
「いえ、ネイの見舞いに行ってたんですよ、そっちは今から王女殿下の?」
「ああ、そうだ」
誘拐の一件以降、王女は人間不信……と言うか使用人不審になってしまったらしい。
そのため手の怪我も治らないままながら、使用人ではなくヴェローナに身の回りの世話を頼んでいたのだ。
「それにしても大変ですね……いろいろ忙しいのに――……こんな時にディナールさんが残っていれば良かったんですけどね」
「ああ、そうだな。まあ、それも仕方がないだろう。彼女には彼女の責任があるからな」
ユウやヴェローナが出発する際に三人を送り出した王女の友人であるディナールだったが、ヴェローナが王女を連れて戻った後、駐留していた軍人と共に首都の方へと報告のために帰って行ったらしい。
「……ディナールさんはどうなるんでしょう?」
「さあな、だが、王女殿下の命には別状はないんだ。死刑ということも無いだろう――……それにディナールの意思は俺が引き継ぐ、決して無駄にはしないさ」
「……はい」
「別れもあるさ、それが一生か一時的かは違うが、それでも残された人間がその意志を背負うんだ。無意味にしないためにな――」
ヴェローナは優しく、ユウに語り掛ける。
城に帰るまでにいろいろなことがあった。
ネイや王女は怪我をしたし、城でもいろいろと混乱があったらしい。それにユウ達を最後の最後で助けてくれたドンレミも未だに帰って来ていない。
「――すまない」
「やめてくださいよ、それより王女殿下の事は?」
「ああ、そうだな……失礼する」
ユウはヴェローナと別れ、再び行く当ても無く城の中を歩き始めた。
ユウが城に到着する少し前からヴェローナはユウとの約束通り、町中の医者や学者を集めさせニーアの病を治す術を調べさせ始めた。
しかし原因の特定は思うように進まず、停滞を迎えてしまった。
方法が無いわけではない。
ただ、その最も手っ取り早い方法は病理解剖を行うというものだった。
――つまり、これ以上調べるには同じ病の人間を探す必要があった。
しかし、誰にもその心当たりが無かった。
カプツィナ病は古く知られた病だったが、患者の多くが長く生きられないことなどの理由によって、そう簡単に見つかることは無いはずだった。
だが、それは灯台下暗しという訳か、意外な場所から見つけ出された。
それはユウが町に到着し、ヴェローナと合流した時のことだった。
その人物を発見した時、ヴェローナは城の破損箇所を調べていて、王女の部屋の隠し通路に入った時の事だ。
そこに居たのは包帯で体を覆われた男の新しい死体だった。
死人に口はなし、ヴェローナはそれが誰で、なぜ亡くなったのかもわからなかった。
だが、ユウにはそれを知る手がかりがあった。
そう、それはユウがヴェローナに言われて、王女の隠し通路に入った時の事だ。
何が書いてあるのかもわからない一枚の紙をユウは生前のその男から受け取っていた。
「……男の名前は不明。しかしそこに書かれた自身の症状から、ニーアと同じ病を持っていたことが分かった――か」
ユウにとって、それは朗報でありつつも悲報でもあった。
その発見により急速に解明が進んだこと、それ自体は朗報。だが、それは悲報を内包していた箱だった。
「原因は寄生虫。それも、本来は人間に寄生することのない種のもの、偶然体内に侵入し、奇跡的に人間の中に適応し、悪さをしている」
それはまるで本来あるはずの出会い。
一人の人間と言う世界に入り込んだ異分子が、生きるために変化しそして生き残った。
寄生虫と言う矮小な存在にとって人間と言う器は、まるで人間でいう世界と同じくとても想像に及ばないほど大きなものだ。
「身勝手なもんだ、寄生虫って奴は。こんな偶然の偶然、奇跡なんて起こるなら、良い方に起きてくれよ」
それは偶然の連続だ。偶然寄生虫が侵入し、偶然体内で適応した。ただ、一つだけ確かなことは根本的な原因を立つことが不可能だということだ。
「それでも、俺は生きていくんだ。最後まで、ニーアの隣で……」
それより他に道は無い。そしてその道に一切の悔いはない。
「……あの、そこの人?使用人の人?」
はっ、として、ユウはその声に振り向いた。
振ら向くとそこには恰幅の良い40か50代ぐらいの男がユウを見ていた。
いつの間にか背後に居た男にユウは少し驚いたが、冷静になって見てみると。その男はこの城の人間ではないようだ。
「応接室へはどう行けばいいのだろうか?」
「……あ、ご案内しますよ、付いてきてください」
今城は非常事態だ。
そんな時に訪れるということは何かよほど重要な要件があるに違いないとユウは思った。
その為ユウは直接その客を送ることにした。
客の男を連れて、ユウは応接室に入った。
ユウは一先ず、男に椅子にかけて待つようにと言い、とりあえずヴェローナを呼びに行こうとしたが、男が「ヴェローナの方へは私の護衛を取り次ぎに向かわせておいた」と言ったので、ユウは渋々その応接室に留まることにした。
というのも、ユウは何か間違いがあればいけないという、緊張にさらされることは不本意な事だからだ。
そしてユウが思った通り、この客の男は何か重要な要件でここに来たようだ。
それは男がヴェローナを呼び捨てにし、護衛までつけて来ているのだから間違いない。
「……あ、あー、君?――君はユウと言う名かい?」
男は突然、何もやることが無く暇だからと言った様子で部屋で待機していたユウに尋ねた。
「え、はい。そうですけど。どこでそれを?」
「いや、さっき君が独り言を言っているのを偶然耳にしてしまってね」
「あ――……それはお恥ずかしいところを」
「いやいや――……それより、その時耳に入ったのだが、ニーアと言う者に何かあったのか?――いや、ただ興味があるのだよ。もちろん答えたくなければ答えなくていい」
男は付け加えるように答えなくてもいいと言ったが、ユウにはその男が本当に興味があるというふうに見えた。少なくとも悪意がある風には見えなかった。
その為ユウは少し迷ったが、話すことにした。
ユウも内心では自身とニーアを襲った悲劇を誰かに共有したい気持ちがあったのかもしれない。
病気の事、それが治らないこと、ヴェローナに同行したこと、ヒエラル達と戦ったこと。
ユウがそれを話す間。客の男は真底興味深そうに黙ってその話を聞いていた。
そして――
「ああ、なんて悲劇的な……辛かっただろう」
男はユウにユウよりも悲しげな顔をしてそう言った。
「君の気持は私にもわかるよ、私の息子もそのニーアと言う子と同じ年ぐらいの時に大きな病に罹ってな。医者を言わせて、手の施しようが無いと――どれだけの財産があろうと、自分の無力さを痛感させられたよ、代われるものなら代わってやりたいと毎日のように思ったよ」
目に涙さえ浮かべて、男は話した。
ユウもまさかこれほどまでに共感を得られるとは思わなかった。
「――すまない。取り乱してしまって」
「い、いえ。こちらこそ長々と話してしまって」
「いや、こちらこそ話してくれてありがとう。君はよく頑張ったよ、ユウ君……あ、そうだ。私はまだ名を名乗っても居なかったね、私はコル―シュカ・サショー、舞台劇の脚本家をしている」
「……まさかネイの言っていたのは大げさじゃなかったのか……」
それにユウはとても驚いた。そして思わず、口に出してしまっていた。
ユウは悲劇を乗り越えて、それを背負って生きていく。
もう何も縛るものは無い。どこへだって、誰とだって進めるさ。
次回、第十九話後編。
ようやくここまで来ました。




