第十八話:茨の種の根の先の・1
ユウとヴェローナの旅はついに終着点へと至った。
残る敵は負傷し、戦えないであろうヒエラルのみ。だったのだが……
二人は果たして、勝ち得るのか?
ユウとヴェローナは階段をゆっくりと、警戒しながら下りる。
ここは大きな岩の中に掘られた敵の本拠地なのだ。
しかしその所為か、中は意外と単純な構造で、下に向かう一本の階段だけがあった。
下りるまで、敵の姿は見えなかった。二人は無事階段の下に到着する。
そこは四角い部屋だった。
その部屋の中心で隻腕の男が一人、まるで二人を待っていたかのように座っている。
「ヒエラル」
そこに居たのはこの大規模な王女誘拐の首謀者に違いなかった。
「――やあ、誰かと思えばユウじゃないか――我々を手伝いに来た……というわけではなさそうだな」
「当然だ」
「残念だよ、君がそんな恩知らずだとはね」
「何が恩だ。お前が俺に渡したものは恩じゃなく、脅迫だ」
「……はぁ、まあそう言うたは思ったよ……それで、ここには何を?」
「とぼけるな。王女殿下をさらったのはお前たちだろう?俺たちは取り返しに来たんだ」
「君があのお姫様にそこまで忠誠心があるとは意外だな」
「……確かにな。だが、俺はそれよりも大切なものを取り返しに来たんだ」
ユウが戦う理由はヒエラルの言うように王女への忠誠心があるからというわけではない。
ただ、取り戻したいのだ。
「俺はお前を倒して王女殿下を救い出し、俺は自由になる。取り戻すんだ自由を」
「――自由?忘れてはいないだろうな、こちらには人質が居る。私に従わなければニーア・トリーアを救うことはできない」
「それはどうかな」
ユウにはわかる。
今、ヒエラル達は王女の誘拐作戦でカプツィナの町から離れている。
つまり、ここでヒエラル達を倒せばカプツィナに居るニーアを救出し安全な城の中に匿うことができる。
「……その眼ははったりではなさそうだな。まあ良い、私と戦いたければ来るがいい。私は見ての通り今は右手が使えない。今は君にとっては絶好のチャンスだ」
「言われなくとも、ぶった押してやる」
「――ユウ、待て」
ユウが部屋に足を踏み入れようとするのをヴェローナは制止した。
ユウはそれに驚きながらも、言う通り足を止めた。
ヴェローナが止めた理由、それは直観的に何かおかしな雰囲気がこの部屋にあることに気づいていたからだ。
ヴェローナは手に持っていた仕込み杖を構えた。そして、それをヒエラル目掛けて力いっぱいに投げた。
「な、なんだ、これ」
その状況にユウは唖然とした。
ヴェローナの投げた杖はまっすぐヒエラルへと飛んだ。
しかし、それが届くことは無かった。飛んでいた杖はまるで微動だにせず、空中で静止していた。
「……まさかこれを見破られるとはやるじゃないか」
「お前たちのような下種が正々堂々と戦うはずが無い。ユウは疲れているから気が付かなくても仕方がないが、罠に警戒するのは当然の事だ」
空中で静止していた。杖が、そのまままっすぐ地面に落ちた。
「……さて、気が付いたからと言って、ここを超えることができるかな?――それと一つ教えておこう、王女はこの先に捕らえてある。当然まだ生きている」
「そんなことを教えるとはずいぶんと余裕だな」
「余裕さ。なぜなら君たちはこの先へは進めないからな」
ヒエラルはまるで二人の時間がない事を知っているかのように余裕があった。
「ヴェローナ。時間はあとどれぐらいあるだろう?」
「さぁ、詳しくはわからないが一二時間だろうな――行けるか?」
「ああ。合わせてくれ――信じてるぜ」
「ふっ、俺もだ」
二人は互いに目くばせする。
二人の意見は同じ、進むしかない。目の前の道を。
「ヒエラル……俺が、俺たちがお前を倒す」
ユウが一歩、ヒエラルの居る部屋に足を踏み入れる。
直後。
ユウの体は見えない何かで動きを封じられる。
ヴェローナの杖が止まった時、ユウには何か空中に線のようなものがあるのを確認した。
「ぐっ……」
「掛かったな――お前が城で何があったのかは知らないが、その成長は認めよう。初めて会った時のお前ならその一歩は踏み出せなかっただろう――だが、二歩目は無い。お前はそれ以上前へは進めない」
「――ヴ、ヴェローナ。見えて、いるか?」
ヴェローナは身動きを封じられたユウを至近距離で見た。そしてその存在に気づいた。ユウの体を無数の糸が縛っていることに。
「――無意味なことを……とどめだ、食らえ」
ヒエラルがそう言うと、その糸はさらにユウを締め上げた。その糸はユウの皮膚を裂き、体中から血が噴き出させる。
それでも、ユウは強引に足を踏み出そうとする。
「おいおい、言っておくが、その糸はいくらお前が踏ん張ろうと切れはしない。それどころか動けば動くほど拘束と、痛みが増すだけだ」
だが、それでもユウは前に足を踏み出そうとする。しかしヒエラルの言った通り、どれだけ力を入れようと、その一歩が地に着くことは無く、悪戯に出血だけが増えていくだけだった。
「……なんて、馬鹿な奴だ。無駄な維持を張ろうとお前にその一歩は進めない。苦しんで死ぬだけだ」
――それでも決して、ユウは引かなかった。先に進むと決めたのだから、もう後戻りはできない。
意地やプライドなんてものではない。ただ、その瞳にたった一つの勝機を宿して。
「……俺は進めないのか?いや、違うな」
ユウの痛みが赤い血となって流れる。
しかしそれが、それこそが道を切り開く。
その時だった。ヒエラルもユウの行動を疑い始めた。
そして、それが無駄ではないことがわかった。
ユウに絡まる糸、それに血が流れて、空中に血の道しるべを作っていたのだ。
その道しるべは、じわりじわりとある一点へと向かって行った。
「くっ、不味い。糸を解く」
ヒエラルは慌ててユウを拘束している糸を外そうとした。しかし、それこそがユウの狙いだった。
「――そうだ、それでいい。それこそが俺の狙い」
糸が外れようとした瞬間だった。
ユウの手にはヒエラルが気づかないうちにナイフが握られていた。
ナイフで糸を引き抜かれる力を利用し、それによって強靭な糸を数本切断することに成功した。
そして、ユウの作った血の道しるべがヴェローナに道を示した。
「見つけたぞ、この罠の突破口を」
ヴェローナは道の先、部屋の中で丁度二人の死角となる二人の来た階段の側の壁に城から持ってきた大きな包丁を向けた。
「……まさか、糸を操っていたのは子どもだったとは――だが、容赦はしない。この糸を引っ込めなければ、首を飛ばす」
一同は膠着状態に陥る。
数本の糸を引き裂いたが、未だ何本かの糸はユウの首に掛かっている。だが、ユウに致命傷を与えるより早くヴェローナは少女の首を撥ねることができる。問題は、それをヴェローナができるかどうかだ。
「――……ネス。糸を解け――降参だ」
ヒエラルの指示通り、ユウを拘束していた糸はゆっくりと解かれた。
そしてそれと同時にユウは力強く歩を進めた。二歩、三歩、四歩。ヒエラルに向かって進み、そのままの勢いで力いっぱいに顔面を殴った。
「はぁはぁはぁ、今更だが、改めて言う。俺はお前の言いなりにはならない」
ヒエラルは片腕が無いので十分に防御することができず、ユウのパンチをそのまま受けた。
ヒエラルは掛けていた椅子から転げ落ちた。
「ユウ、大丈夫か?」
「ああ……それより、王女殿下を」
「そうだな、急がなくては」
ヴェローナは部屋の奥の階段を下りた。
その奥にはヒエラルが言った通り王女が居た。檻に入れられ、言葉を交わす余裕さえないほど光を無くした目をしていた。
「王女殿下。良かった――今、助けます」
ヴェローナは檻の鍵を手にしていた包丁で強引に破った。その瞬間、檻は開かれ、ヴェローナは王女の元へとたどり着いた。
「さあ、帰りましょう。あなたの町に、この俺と」
王女は返事をする気力さえも無かった。しかしその眼でヴェローナの姿をとらえたことで、再びその眼に光が宿るのを確認した。
「失礼します」
ヴェローナは王女に一礼し、その体を抱きかかえ、檻を脱出した。
ヴェローナは王女を抱えたまま階段を上がり、ユウと合流した。大きな目標を果たしたと言っても、この旅はまだ折り返し地点についただけである。これからは逆にユウ達が敵の追っ手に気を付けながらカプツィナの町に帰らなければならない。
「ユウ、待たせたな。帰るぞ」
「はい……王女殿下は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。腕を怪我しているのと、それからかなり精神的な疲労はあるようだが、命はある」
「良かった――急ぎましょう」
ユウはそのことがとても嬉しかったし、ヴェローナも同じはずだった。自身のこれまでの努力が報われたのだから当然だ。
二人はすぐさまその場を離れようとする。
「……はぁはぁはぁ、ユウ。何か見えるか?」
外はもうすでに日が落ちていた。
二人は暗闇の荒野の中に居た。しかしそんな中で輝く光があった。それはネイが待つ村の方角とは逆方向、半砂漠地帯の先の国境がある方角だった。
「……まさか、敵の援軍?」
その光はおびただしい数であった。ユウは不思議に思った。ヒエラル達にはあれだけの数の援軍を呼ぶ手段は無かったはずだ。
いや、それは違った。ユウには一つの見落としがあった。
「……まさか」
ユウ達がここに来るまでに、村の村長から聞いていた話だ。
「敵は4人……一人足りない」
アノミーのように途中で別れた可能性もある。ただ、もしそうでないのなら。ユウ達が隠れ家に入った後、ヒエラルたちの状況をいち早く知らせることは十分可能だった。
「……ヴェローナ。おい、ヴェローナ?」
ヴェローナはユウが話しかけていることに気が付かないほど、唖然としていた。
この状況での敵の援軍など予想もしていなかったのだ。
そもそもここまでの旅があまりにも順調に進みすぎていたせいかもしれない。
敵の居場所の発見も、アノミーやヒエラルたちを倒すことができたのももちろんユウ達の努力あってのものだが、だがその所為で最後の最後で重要な見落としに気が付かなかったのだ。
二人にはもう逃げようとすることさえできなかった。
絶望が二人を覆う。
――しかし砂漠に見える光は絶望の光だけではなかった。それは二人にとってまさに希望と言うにふさわしい。
二人の元に国境とは反対側のユウ達が来た村の方向からそれは来た。
「――絶望するにはまだ早い。若者たちよ」
まるで、暗い空を明るく照らすような声が二人の背から響く。
それはただ一人の人物だった。
「――ドンレミ様。どうしてここに?」
急な閃光に目が眩む様に、驚いてヴェローナは尋ねる。
「なんてことは無いさ、ただ同じ目的地を目指せばいずれ出会うというだけだ。君たちも王女殿下を取り返しに来たのだろう?――そこまでできれば上出来だ。あとはこの場は私に任せて先に行け」
「……そんな、あれだけの数。他に誰か……」
「残念だが声を掛ける時間が無くてね、それより早く君たちは行け、そこの村で怪我をしたネイを見つけた。急いでいるのだろう?」
「で、ですけど。一人でなんて」
「心配いらない。帰り道は一本道だ。ここを塞げば追っては防げる」
「そんなことじゃないんです。敵はあれだけいるのに一人だなんて」
「ははは、それなら君たちだってたったの三人だ……それに、若者の未来を守るのは老兵の役割だからな」
「でも――」
「ユウ。行こう。俺たちには選んでいる時間は無い。こうしている間にも敵は近づいてきている」
「ヴェローナ君。君は迷いが無いね。言葉に嘘が無い」
「……ありがとうございます。あなたのその意志と行動を無駄にはしません」
「……――それじゃあ、またいつか」
ユウ達は老兵に背を向けて進む、立ち止まらず振り返らず、無我夢中で荒野を駆けた。
少年は光を得た。ここから先は光指す道。暗闇の未来などは無い。
次回、第二部最終話。回収編。ユウは何を知り、どこへ行くのか?
もう少しでできそう。だけど話をまとめるのは難しいね




