第十七話:選択・1
負傷したネイの傷を処置する術があると言ったユウ。
しかし二人にはそこから選択しなければいけない。
迷い悩む二人の少年。そんな二人にある人物が声を掛ける。
「お、おい。ユウ。何を、ネイに何をしようとしている?」
「傷口を、塞げばいいんですよね?」
「……そうだ。だが、どうやって?……――いや、方法はどうでもいい、とにかくそれができるならやってくれ」
ヴェローナはユウのその背を信じると決めた。
どの道手は無かったが、しかし、そうでなかったとしても何故だか、今のユウの持つ方法というものを信じたい気持ちだった。
「……行きます」
ユウの手から、一本の糸が伸びる。それはネイの元へと向かい、ふらふらと迷いながらも傷口へと到達した。そして、非力ながらも糸の先端でネイの傷口の皮膚に穴を開ける。
「……くっ」
最大限。意識を集中し、ユウは糸の挙動を制御する。
これまでその糸はユウの意識ではなく無意識で動いていた。
だが、ユウはアノミーとの戦いで感じていた。この糸はユウの意思で、ある程度は制御できると。
しかしそれでも集中を切ればすぐに糸はあらぬ方向へと向かってしまう。
意識で無意識を侵略する。
ユウは糸をさらに伸ばし、傷口を縫うように動かした。
「――……驚いたな」
ヴェローナは一言ただそれだけ言った。
ユウの集中が伝わったように、周囲の空気までも緊張していた。
「――はぁはぁはぁ。これで、お、終わった」
糸が傷口を縫い合わせ塞いだ。その作業にはユウの精神に相当の負荷を与えたが、しかし一切、集中を切らさなかった。
ユウの尽力によって、ネイの傷口は一先ず塞がった。
しかしそれでも重症であることに変わりない。
ここから先、ヴェローナとユウに付いて行くことはできない。
そして二人は決断を迫られる。
選択の一つはネイの命を優先し、治療できる町に戻ることだ。しかし、そうしてしまえば敵は国境を越え、王女を探すのは困難になる。
そしてもう一つは――
「……ヴェローナ。まさか、敵を追うなんて言わないよな?――……ネイを見捨てるなんて、言わないよな……」
ヴェローナは答えない。
もとより危険を承知でネイは旅について来た。
それに、王女の奪還に失敗すればヴェローナに未来は無い。
しかし、それでもネイの命を捨てる判断は下せなかった。
――丁度その時だった。
「……ヴェローナ、様、居るんですか、そこに」
まるで二人の迷いに気が付いたように、ネイが目を覚ました。
最後の力を振り絞る様にヴェローナをしっかりと見て、続けた。
「……俺を……どうか……見捨てて、ください……」
「――ネイ」
「……俺は……俺たちはずっと、暗闇の中に……居たんです……それを忘れる、ために……生きて、き、たんです……」
ユウは聞いたことがある。
ネイは子どもの頃に戦争の影響で家族が離散し、戦争が終わった後も、もとに戻ることは無く、ただ一人で異国の地で働いてきた。
ネイのその生活は不安と、恐怖と、それと言葉では言い表せられない感情の暗闇に閉ざされていた。
そしてそれを、知らないふりをするために目を閉じた。
目を閉じて、その上を忙しさで覆った。
「――ネイ、無理はするな……俺はお前を見捨てない」
「ヴェローナ……様……それは嘘ですよ――本当は、王女を……取り戻しに行きたいんでしょう?」
ネイの思考は乱れて、上手く言葉が出てこない。
だが、その言葉はヴェローナの迷いを払うように、背中を押していた。
「……――本当に、ヴェローナと出会えて、良かった……あなたは、俺たちの希望の光、です……だから、どうか、俺を見捨てて、王になって下さい――どうか、どうか……」
視界がぼやけて、ほんの数センチ先も見えない。それでもネイはヴェローナと、その先の光だけを見ていた。
しばらくして、ネイは再び気を失った。
「……ヴェローナ?……ネイはああいっていたが、それでも俺は……」
二人はネイを慎重に村の外れの馬車まで運んだ。
旅の行く先を決めるのはヴェローナだ。
そこに迷いがあれば、どこへも行けない。
「……なあ、ユウ?――俺はお前と、ネイの意見を聞いて、考えたんだ。それで、決めたよ――やっぱり、ネイの意思を無下にすることはできない」
「それじゃあ、ネイの命は……」
その決断は残酷で、しかしなるべくしてなることだった。
ユウはその決断を責めはしなかった。
ネイのその意志は自分の命を犠牲にしてでも託したいことなのだろう。
だが、なぜだろう?
ユウの心の中に、言葉にできない感情が渦巻いていた。
ネイの事を深く知りはしない。一緒に居た時間だって短いし、その胸中を本当に理解していたかと言えば疑問が残る。
だが、その犠牲によって、心の中で渦巻く感情はいずれ嵐となって巣くうのだろうという悪い予感がした。
「……ユウ――ネイの意思はそれだけ重い――だが、その命も同じぐらいに重い」
「え?」
「だから、どちらも取る。日没までに王女殿下を救出し、ネイを連れて4人で町に帰る」
その言葉は心の中の渦を吹き飛ばした。
「急げ、敵の本拠地は近い」
ヴェローナが指し示す。
その先にはもうこれから先の道筋がすでに見えていた。ネイの意思と命、どちらかを取るのではない。
今ここにネイを残し、敵のアジトから王女を救出し、そして全員で生きて町に帰る。
二人は決意を新たにし砂漠へと向かった。
運命の糸が示す先に。
日が落ちるまで、残り約3時間。
それまでに敵の拠点を見つけることができるのか。
「――結論から言うと、闇雲に探していては見つからないだろう」
「なら、どうするんだ?」
「決まっている――考えるんだ。今の状況を」
「今の状況――」
「敵の目的は?」
「王女殿下を誘拐して、国境線を超えること」
「それに付随して、追ってを撒くこともある――次だ。敵の人数は?」
「……確か、この村の村長が言っていたことが正しければ4人」
「ああ、確かにそう言っていた。その人数が正しいかはともかく、少人数で動いていることは間違いないだろう」
「敵は作戦が事前にばれることを警戒していたからか」
「そうだ――次に行こう。アノミーは何故この村に来た?」
「俺たちを倒しに来た」
「いや、それは結果だ。必要なのは理由だ――アノミーが俺たちを倒しにここに来たというのは少し引っ掛かる」
ユウはそう聞くまで、気にしてはいなかった。
だが、考えてみればアノミーがユウ達を倒すためにこの村に来たというのは少し疑問だ。
まず、敵は先行している以上。こちらの存在には気づきにくい。
もし仮にそれに気づいて攻撃を仕掛けたとしたら。何故たった一人でユウ達の元に来たのかが疑問だ。
一人でも勝てると思っていたのだとしても、ならなぜ真っ先にユウやヴェローナではなくネイを狙ったのかが疑問だ。
「――もし、アノミーが別の目的でここに来ていたとしたら……」
「アノミーはこの村に来たら、偶然見慣れない馬車を見つけた。この村には滅多に人は来ないだろうから真っ先に目立つし、不審だ。だからネイが最初に攻撃を受けた。そしてその仲間を屋根の上に上って探していた」
「――確かに、そう考えると辻褄があう――だが、それならこの村に来た理由は?」
「わからん。だが、恐らくは何かしらの物資の補給だろう――そして、それがが正しいのだとしたら、アノミーが来た方向の見当がつく」
「そうか、ネイは村の外れに居た。反対側から来たとしたら存在に気づかない」
「その通り。さらに、敵は少人数だということを考えると、戦力の分散を避けたいはずだ。つまり敵の本拠地は相当近い」
ヴェローナとユウは早速、アノミーが来た方向へと向かった。
しかし、村の外れからその方角を見ても、そこには一面の荒野が広がっているだけだった。
「……なあ、やっぱりこっちじゃないんじゃないか?」
ユウはヴェローナの推理に納得していたが、その先の景色に不安になった
遠くに地平線が見える。死角になるとすれば大きな岩ぐらいのものだ。
「……結局のところは推理でしょう?間違いはあるさ」
ヴェローナはユウの言葉を聞かずに、進み始めた。
それに仕方なく、ユウも付いて行く。
「……まさかあそこにある大岩の裏とかじゃないですよね?」
ユウが不安を覚えて尋ねる。
何故なら、ユウには明らかだったのだ。
沈む夕日に照らされて、その大岩の影が伸びている。
しかしその後ろに建物があるような影が無い。
「――はぁ、はぁ、はぁ。やっと着いた」
ユウとヴェローナはその大岩にたどり着いた。そのころにはもう日が落ちるまであと一二時間というところだった。
「……大丈夫か、ユウ?」
「ああ、別に。ただ、疲労はたまってるかも」
二人に休んでいる暇などない。
ユウは大岩の後ろの村の方角から死角になっている方へと回り込んだ。
しかし――
「……ああ、やっぱりだ。建物なんて無い」
そこには敵が隠れていそうな建物は一つとして無かった。
今から村に戻って探したとしても日は落ちてしまうだろう。
そうなればユウが考えうる最悪の結末だ。
「……ヴェローナ?」
落ち込んでいるユウを他所に、ヴェローナは諦めてはいなかった。
そして――
「――ユウ、来い。見つけたぞ。思った通りだ」
ヴェローナは嬉々として、それを伝えた。
すぐにユウはヴェローナの指さす方へ向かい。それを確認した。
「……これは――」
ユウは驚いた。そこには岩の色と同じ色をした地下へと向かう階段があったのだ。
「こんな手の込んだことをするのは奴らしかいない。敵の本拠地はこの下だ」
「――……ついに、来たのか」
ほんの数秒前の驚きも吹き飛ばして、その知らせは傷ついたユウの体を奮い立たせる燃料となった。
何故、悪に恭順して生きなければならないのか?
その疑問に、ユウは今から行動を持って答えを出す。
怒りの感情を超えた正義に準じるという意思がユウをこれまでにない良好な精神へと向かわせる。
「……行こう。ヴェローナ」
「ああ、もちろんだ。この時の為にここまで来た。いいや、生きてきたと言っても過言ではないとさえ思える」
二人が階段を下りる。
ヴェローナが言ったことは決して大げさなものではない。
それは大人たちが無鉄砲で夢想的と呼ぶ少年たちの種。
しかしそれは茨に蒔かれた種。だがだからこその反骨と一途さがある。
茨を取り去り、二人はここから根を伸ばし。
そして、光り輝く天を目指す。
次回。ユウとヴェローナの旅は終着を迎える。




