第十六話:光に向かい進む・3
アノミーと戦う。そう決めたユウだったが、敵の力は圧倒的だった。
追い詰められ、すべてが無意味になる。その時、ユウは……
不意を突かれ、屋根の上から落下したアノミーだったが、特に怪我も無くすぐに体勢を立て直した。
「俺は、ここに居るぞ」
今度は逆にユウが自分の居場所を知らせるように、アノミーに言った。
「……てめぇ、見下ろしてんじゃねえぞ……ぶっ殺す」
アノミーの目がユウに照準を合わせる。得物を借る猛禽のような目にユウに緊張が走る。
アノミーがユウの居る家に向かって来る。
ユウもそれに身構えるがしかし屋根の上に居るユウの方が有利なのは確かだった。
しかし、アノミーがとった行動は屋根に上るのではなかった。突然、ユウの居る屋根がぐらぐらと揺れ始める。
立って居られないような衝撃でユウは屈みこんだ。
「まさか、この家を崩すつもりか」
普通ならば考えられないことだが、アノミーは素手で家を崩そうとしているのだ。
アノミーが家の柱を殴る。一撃で柱は曲がり、二撃で柱その者が折れた。
崩れるのも時間の問題だった。
たまらずユウは屋根から可能な限り遠くの地面に跳んだ。家が崩れ落ちたのはその直後だった。
「やっと、降りてきたか、面倒掛けさせやがって」
アノミーはユウが跳んだ瞬間。
瞬時に家から攻撃対象を移した。その一瞬は、アノミーがユウを攻撃するのには十分な時間だった。
アノミーの拳がユウの腹を直撃する。
それはまるで金づちで殴られたかのような衝撃だった。普段なら一歩も動けないような痛みだったが、ユウはそれでも立って走って、一つの空き家にユウは入った。
「おいおい、逃げるのか――無駄だぜ」
アノミーが後を追って、その空き家に入る。中は埃と乾いた砂が舞っていた。
静かに、アノミーは物音に耳を傾けた。足音は聞こえない。
「……わかったぜ、隠れて奇襲をするつもりだな?だが、俺のパンチを受けて、まともに戦えるはずはねぇ――さて、隠れているなら……そこだな」
アノミーがゆっくりと家の中を見渡し、隠れているユウを探した。そして一つの目星をつけた。
倒れた机の影がただ一か所死角になっていたのだ。
アノミーは余裕の笑みさえ浮かべて、ゆっくりとそれに近づいた。
「終わりだぜ――」
アノミーは勢いよく、机を蹴り飛ばした。
長く使われていないこともあって、簡単に机は真っ二つになった。
しかし、そこにユウの姿は無かった。
「――ば、馬鹿な。いないだと――野郎どこに消えやがった?――……どこかから出たのか?い、いや窓も塞がれているし、出入り口も一つしかない――た、確かにこの家に入ったはずだ。それは確かな、はずだ――」
アノミーは慌てて部屋を見渡す。
逃げ場はないと思っていた。しかし、ふと足元を見ると、それには見落としがあることに気が付いた。
「こ、これは。穴か。床に穴が開いていやがる」
劣化によってか、家の床には大きな穴が開いていたのだ。
ユウは運よくその穴に気が付き、そこから脱出していたのだ。
これでアノミーはユウの居場所を完全に見失ってしまったかに思われた。
「……――めんどくせえことしやがって。だが、こんなことで俺の石の心臓から逃げられると思うなよ」
アノミーはその場にしゃがみ込み、床板に手を着いた。
アノミーの石を操る能力の応用。
アノミーは物体を伝わる振動を感知し、その振動の位置を知ることができるのだ。
――振動索敵
「……聞こえるぜ、すでに床下からは脱出したみたいだな。今は……隣の家――動いていない。隠れてやり過ごすつもりだな、馬鹿め」
アノミーは今いる空き家の壁を突き破り、すぐにその場所へ向かった。
そこはさっきと同じく空き家だったが、比較的広い、酒場のようにカウンターと、椅子と机がいくつもあった。
この村にまだ人が居た頃は繁盛していたことだろう。だが、今はそれも見る影無く。ほとんど雨の降らない乾燥地帯にある為に木が腐っていることは無かったが、砂と埃で大半の家具は駄目になっている。
「――なるほどな、ここならさっきの空き家よりかは隠れるのに合ってる――俺には関係ないがな。念のため確認しておくか」
アノミーは床に手を当て、振動を超感覚的に感知する。
ユウがどれだけ息を潜めていようと、アノミーにはその位置がわかる。
今ユウが隠れているのは酒場のカウンターの裏だ。
そして、それは的中して居た。
「……出て来いよ。お前はもう追い込まれてるんだぜ。ここにはもう逃げ道はない」
ユウはアノミーがそう言うとすぐにカウンターから出てきた。
「……どうやって俺の居場所を?」
「知るだけ無駄だ」
アノミーはユウの言葉を突っぱねる。
部屋の中は薄暗く、所々に空いた壁の穴と、ヴェローナの背にする扉から射す光だけが僅かに照らしている。
逃げ道は無い。それについてアノミーとユウの見解は一致していた。
追い込まれていることに関してもそれは同じだった。
ただ、それが誰がということに関しては二人の考えは決定的に違っていた。
ユウがアノミーの背後に回る様に駆け出す。
それにアノミーはユウを追うように駆け出した。
「――な、何っー」
アノミーは気が付かなかったのだ。まるで隠されるように床に小さな穴が開いていることに。
いや、偽装されていたのだ。ユウはあえて、音を立てて気づかせていたのだ。この場所にアノミーを引きづりこむために。
しかしそれによるアノミーの隙も一瞬だ。床に空いた穴は小さく、アノミーは僅かに体のバランスを崩しただけだ。しかし、今が、好機。
ユウは手にナイフを握る。
そして――
ナイフがアノミーの首にぶつかる。
「――……なっ、効いていない」
ナイフは切り裂くことなく、ただ、ぶつかり、衝撃はいなされて逆にユウに隙が生じる。
アノミーが拳に力を籠める。
その瞬間に、拳は石となって、ユウを襲う。
ユウは跳ね飛ばされ、カウンターに背中を打ち付けた。
痛みで体の力が抜ける。すぐには立ち上がれそうもない。
「驚かせやがって……――ま、そんな手品、俺には通じないし、決して敵わない。無意味なことだがな――」
アノミーは自身の勝利を確信し、自身への無謀な挑戦者を見下ろし言った。
ユウがアノミーの事を聞いていること度同様に、アノミーもヒエラルからユウの事を聞いて知っていたのだ。
ただ、知ったうえで、特に対策を考える必要も無かった。
それはアノミーが考えることが好きではなかったからだ。そして、対策するまでもない事だと思ったからだ。
「無意味と言えば、今お前のやってることもそうだ――勝てもしない勝負をする。なんつぅー無意味だ――いや、それだけじゃねぇな。そもそもお前がこんなところに居る方がおかしいんだ。大人しく、町に残っておけば無駄死にすることも無かった――」
ユウは返すこともできず、アノミーの言葉をただ聞いている。
アノミーは笑って、言うのだ。ユウの、ユウ達の行動は無意味な行動だと。
ユウがヴェローナについてヒエラル達と戦うことを決めたことも、そして今アノミーと戦うということも、何もかも。
「弱い奴は、何をやったって無意味だ。お前のその手品も、この家に隠れたことも。ちっぽけな努力も、正義感も、すべてが無意味だ。残念だったな」
状況がすべてを現していた。
力なくカウンターにもたれ掛かるユウに対して、アノミーは全くの痛みも無くその場に立っている。
「……あ、ああ、確、かに――」
確かにそうなのかもしれない。ユウは思った。
アノミーから逃げていれば――そもそもヴェローナに付いて行かなければ。
ユウは今も何事も無かったように平穏に生きていただろう。
「――……そうなのかもしれないな――」
そうだ。これまでの事は愚かなことだった。
道の先に到達できないのなら、歩き出すことは無意味な事だ。
歩きだしても疲れるだけだ。
道の先の光に到達できないのなら。歩き出さない方が疲れなくて良い。
そう学習して人はいずれ歩みを止める。
ユウも、そうだった。
「……意味が無い――だが、それでも、俺は、進む――」
「はぁ?」
ユウにはアノミーの能力について事前にヴェローナから話を聞いていたのだ。
そして考えていた。その力を破る術を。
だが、その術を使うには二つの条件があった。
一つ目はアノミーの油断を誘うこと。これはもう十分だった。
アノミーもユウの力を知っているため、それを打ち破った今、アノミーは自分が勝ったと油断している。
そしてもう一つ、こちらの動きを悟られないような場所と時間を用意すること。
ユウ達が居る場所は暗く、遮蔽物があり、そしてアノミーが部屋に入ってから十分な時間があった。
そして――
「――もし、回り道をするとしても」
ユウの使ったナイフはアノミーの首にはじかれた後、アノミーに殴られたときに自然に床に落ちていた。
この状況が勝利への道。
アノミーは今ユウの方を向いて、ユウが手放したナイフに背を向けている。
それはユウが城の地下でエリーと対峙した時に初めて現れた。
それが再び現れたのは地図を見ていた時だった。
ユウの手から糸が伸びていた。それはユウの意識せずとも動き、エリーに対峙した時には首へと向かった。
その性質はユウしか知らない。それを利用していたのだ。
ユウはアノミーに接近する前、あらかじめナイフにその糸を巻き付けていたのだ。
ユウが前に手を伸ばす。それが最後の合図だ。
アノミーはそれに警戒し、ユウの方向に気を取られている。
その瞬間、地面に置かれたナイフがアノミーのうなじ目掛け、一直線に飛ぶ。
死角からの一撃アノミーは対応できない。
「……油断したな、馬鹿め、お前の負けだ――お前がのんきに無駄話をしている間に俺はお前が確実に狙える位置に来るのを待っていたんだ」
ユウの放ったナイフはアノミーの丁度うなじの部分に刺さった。アノミーは血を流し、立ったまま動かなかった。
「……ぐっ……ぐっ……はっ、あ、危ねぇ」
アノミーは息を荒げながら、首に刺さったナイフを引き抜き、投げ捨てた。
わずかに足りなかったのだ。アノミーの首に刺さったナイフは致命傷となる前に止まっていたのだ。
「……だから、言っただろう?俺は強く、お前は弱い――結局は無意味なのさ」
「――いいや、違う。すべてに意味があるんだ。それが回り道だろうが、何だろうが。俺は何度でも進み続ける」
ユウは否定した。
そして、アノミーは気が付いていなかった。振り払ったナイフが、まだ動きを止めていないことに。
ユウにはこの糸はどこまで伸びるのかは正確にはわからなかった。
経験則で2から3メートル。
いや、それは限界値ではない。
ユウは無意識的に感じていた。限界はまだ遠いと。
再び、その糸と、それが結びついたナイフがゆっくりと目的に向かい進み始めた。
第二撃。
「――無意味だ。何度やろうと、俺には通じねぇ」
しかしそれはアノミーの石の鎧を破ることはできない。
第三撃、第四撃、第五撃、第六、第七、そのすべてがはじかれ落とされる。
だが――
「な、腕が、動かない」
幾ら攻撃をはじこうと、糸は伸び続けていた。それはアノミーの腕にからまり、それでも伸び続けた。次第にその体は糸に絡み取られ、動きを封じられた。
「――な、何だと」
アノミーはそれに気が付いたとき、すでに糸を切断しようとした。しかしそれはすでに遅く、身動きが取れなくなっていた。
糸に足を取られ、アノミーはその場で倒れ伏した。それと同時に、糸の先についていたナイフがユウの元に戻る」
「……俺の勝ちだ。言っていた通りにな」
かっこつけてユウは言ったが、実際、糸で拘束されているとはいえ近づくのは危険だった。
気を抜くと糸が消えてしまいそうだったのだ。
しばらくして、ヴェローナがユウに合流した。
ヴェローナは結局ユウを放って置けなかったのだ。
「……まさか、生け捕りにするとは思わなかった」
ヴェローナは言葉にこそしなかったが、ユウがこれほどの戦果を挙げたことに素直に感心と誇らしさを覚えた。
「敵の居場所を探すならその方が良いだろ?」
「……ああ、そうだな――……さて、聞こうじゃないか。アノミー、王女殿下はどこにいる?」
拘束されているとはいえアノミーは危険だ。
ヴェローナは慎重にアノミーに近づく。しかし、アノミーの様子はどこかおかしい。
倒れこんだまま一言も喋らず。それどころか身動き一つとっていない。
「……ユウ、すまん――駄目だ。こいつ死んでいる」
「ま、まさか?糸は拘束していただけのはずだ」
「いや、糸の所為じゃないだろう。恐らく、敵に情報を渡さないために毒を携帯していたのだろう――」
ユウはそのことでほんの少し安心した。
しかし、それは今ヒエラル達が何処にいるか聞き出すことができなくなったということだ。
二人は一先ずは廃墟の酒場から外に出た。
砂漠地帯の遠くに見える地平線に夕日が落ちてきていて。村中が赤く染まっていた。
そして、その村の大通りの隅で、一人の青年が夕日よりも赤い、血を流して倒れている。
「……ネイ」
二人はネイの傍による。
幸いにも、ネイはまだ息があるようだ。
「――……ユウ。ネイは気絶していたようだ。だから傷口が広がらずにまだ生きている――だが、もう残念だが、傷口を塞がなければ……」
ヴェローナは唇を噛んで、拳を握りしめた。
「……ヴェローナ――」
ユウは少し立ち眩みがした。
血を見すぎたせいではない。ユウは感じていた。これはアノミーとの戦闘で出した糸の影響だろうと。
無意識が告げる。今出せる糸の量は限られると。
だが、それでも――
「――俺に一つ策がある。それを試させてくれないか?」
試さないわけには行かない。
仲間を見捨ててはいられない。
ネイの命を救う。それは不確かな賭けだった。そして、その先にヴェローナはある決断を強いられる
次回。第十七話:選択・1
出来る限り早く投稿したい。




