第十六話:光に向かい進む・1
その旅は無謀であるかもしれない。
諦めて当然の事なのかもしれない。
だが、そうであっても。一行は道の先の光を望む。
ヴェローナは自身を縛る諦めを捨てた。それはヒエラル達にさらわれた王女を救出すべく行動するということだ。
だが、そんなヴェローナと共に行く者はいない。
なぜならヴェローナは他の使用人や一般の兵士にはただの客人でしかないからだ。もっとも、仮に素性を明かしたとしても、敵国の元王子に協力するものなどいるはずはない。
更に、ヴェローナは自由に城の外へ出ることはできない。それはムクロイナ国王の決めたことであり、それを破るということは王国の反逆者となるということだ。
もちろん、共に行く者も同様だ。進んで反逆者となる者はいない。
ただ二人を除いて――
――うち一人は真に尽くすべき誇りのために。
そして、もう一人は――
ユウはヴェローナと共に戦う道を選んだ。当然それはヒエラル達を裏切ることになる。
だが、その裏切りの制裁を恐れることは無い。
ユウにはそれよりも大きく、恐ろしい制裁があるのだ。
逃げ出すことは簡単だ。逃げだせばこの先、怯えながらでもニーアと共に生きてはいけるかもしれない。
だが、その結果に残る物こそが最も恐れるべき制裁だ。
ユウに残る物は服従という名の縛られた命と、敵の顔色を窺いながら生きる惨めさだけだ。それ以外はすべて奪われる。
たったの三人。
だが三人には人生を賭けるだけの強い覚悟があった。
ユウとヴェローナは机に地図を広げ、敵がどこに向かったのか考えた。
敵はまだそれほど遠くまではいっていない。追いつける可能性はまだある。
「これは俺が持っている中で一番正確な地図だ。俺たちが今いるカプツィナの町がここ、そしてこの赤い線がムクロイナとヨーライックの国境線。細い線が主な道路だ」
ヴェローナは指を指してユウに言った。
国境線はカプツィナの町から見てそう遠くない距離に東に北から南にほとんどまっすぐ伸びている。
「奴らの目的地は、この国境を超えることだろう。国境を越えればムクロイナの軍や警察は動きずらくなるからな」
「――と言うと、奴らは東に向かったってことか?」
「そうだな。それも一つの道だろう――だが、俺はそれは無いと思う。まっすぐ東に行けば一番早いように一見すると思えるが、真東は山岳地帯だ。山を越えるには道が限られる。国境警備兵も居るはずだ。敵は逃げ道の少ない道は通らないはずだ」
「じゃあ、その山を迂回して、北東の方とか良さそうじゃないか?」
「いや、そっちは難しい。この地図ではわかりずらいが、ここには大きな川がある。橋を渡らなければいけない」
「道が限られるから、避けるだろうってことか――じゃあ、どこに?」
ユウがこういうのも無理もない事だった。
ヴェローナが言う通り、敵の目的地が国境を越えることなら、残るは南東の方向しかない。
だが、地図を見ても南東方向に国境を超える道は書かれていないのだ。
それどころかそこは村すらない。空白地帯だった。
「――俺の予想では奴らはこの街から南東方向にある半砂漠地帯の国境を通る」
「ここを?道どころか村すら書かれていないのにか?」
「ああ。俺が奴らならきっとそうする」
ここで道を間違えれば、絶対にたどり着くことはできなくなる。ヴェローナも失敗はできないはずだ。
だが、その瞳には確信がある様にユウには感じられた。
しかしそれはユウには仲間に心配を与えないための確信であるような気がした。
「あ、でも。ちょっと待ってください」
「ん、どうした?ユウ」
「これって、敵が行く方向が分かったとしても、追いつけなくないですか?」
「……ああ、そのことか。それについては心配はいらないだろう。奴らは追跡を第一に警戒しているはず。だから、まっすぐ向かわずに途中で何度か迂回するはずだ。それに奴らはこの砂漠地帯を抜けるために準備が必要なはずだ――さて、それはそれとして出発する準備をするぞ、一応この地図を持ってきてくれ」
「あ、はい」
ヴェローナはユウを置いて先に部屋を出て行った。
一人残されたユウはヴェローナが言った通りに机に広げられた地図を畳もうと重しに手を伸ばした。
すると――
「うわっ……な、なんだ?これ」
ユウは驚いて、手を引っ込めそうになった。重しや地図に驚いたのではない。ユウが驚いたのはその時、突然一本の糸がユウの手の先から伸び出てきたことだった。
ユウは気が付いた後、その糸はどんどんと伸びて、地図の上をまるで生き物のように這った。
「……これは、一体?――いや、これを俺は知っている。エリーと戦った時も俺は同じものを見た」
その糸が何か特別な力の一端であるということにユウは気づき始めていた。
ユウはうごめく糸の先端を見守った。そしてそれは地図の上のある場所でぴたりと止まった。
「……こ、ここは、さっきヴェローナ様の言っていた半砂漠地帯――ま、まさか」
ユウは考えた。この糸はもしかすると何か重要なことを示しているのかもしれない。ただそれを決めつけることも誰かに伝えることも、あまりに不確定すぎるためにはばかられた。
結局、ユウは思う通りにしか動かないのだ。糸が何を示して居ようと今すべきことは変わらない。そう思うと、糸はいつの間にか消えていた。ユウは地図を片付けてすぐにヴェローナのところへと向かった。
三人は準備を済ませるとすぐさま出発した。
空は暗くなり始めていた。しかし朝を待っている余裕さへ三人にはなかった。
「じゃあ、御者は頼むぞネイ」
「はい。任せてください」
「ユウ。お前も準備は良いか?」
「はい、俺は大丈夫です。それより、ヴェローナ様は良いんですか?」
「ああ、良い。っと言いたいところだが。見逃してもらってるだけだけどな。この件とは関係なく、反逆罪と言われればそれだけだからな――悪いな、初めに言っておくが二人には悪いと思っている――ま、まあ、お前らは俺につくなら、これぐらいの事、覚悟の上だろうがな」
ヴェローナは冗談めかして言う。しかしそれは不安の表れであることはユウにもわかった。
「ヴェローナ……あの、俺、言ってないことがあるんです」
――今言うべきことじゃないことだとは思う。ただ、言っておくべきだと思った。
馬鹿げた話かもしれない。いや、ヴェローナにとっては馬鹿げている話だろう。
「――……俺はその、信じられないことかもしれないですが、こことは違う。だからつまり、ムクロイナでもヨーライックでもない別の世界に居たんです」
「……ハハハ。こんな状況に冗談が言えるとは大した奴だな――……いや、冗談じゃないのか。お前の顔を見ればそれが冗談でないことは俺にはわかる――それで?」
「俺はその世界に居た頃は望まない人間でした。望まない人間って言うのはなんていうか、何かになりたいと思えなくて、大切にしたいものも無いし、そんなものを望もうともしなかったんです。今思えばそれは怖かったからだったと思うんです」
「そうか、だが、今は違うんだろ?」
「はい。この世界に来て、俺にも守りたいものができて。望みたい幸福ができて、そして――今こうして俺を望まれた人間にしてくれる人がいる――……俺はそれに感謝したいんです。だから、俺はヴェローナ、あなたと共に戦うんだと思うんです」
「……お前――行くぞ、俺に何を求めているんだ。俺は感謝されてこちらこそと言えるほど良い人間じゃないんだぜ」
ユウとヴェローナは車に乗り込んだ。
三人は町を出る。橋を渡り、田園を抜け、荒野を駆け、その先へ。
「この町に帰るときに、俺は反逆者か、それとも英雄か――」
結果はそのどちらかだ。
ただ、この道は恐らく光に向かっているということにだけは確信があった。
三人の若者は出発した。
その先は熾烈な争いの道。運命の糸と、流される血の作る道。
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