表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ君を望む世界  作者: 波積 形り
35/53

第十四話:escape・1

逃げるか、逃がすか、どうなるか

 王の紋章を持つ者。それはムクロイナの国王に仕える、王国の隠された存在。それは王の剣であり王だけの剣である。胸に刻まれた紋章こそがその証。

 エリーはこの城に王の任によって使用人として潜入していた。しかし彼女が仕えるのは王女でも王家でもなく、国王本人だけである。

 と、そんなことはユウは知らなかったが、ただ重要なのはその紋章を持つ者がユウの敵であるということだけだ。それも、ユウが今いるのは出口の分からない地下で、それも今その紋章を持つ人間エリーと二人っきりなのだ。

 ただ、気づかれなければ、悟られなければまだユウにも無事に脱出できる可能性はあった。


「……この刺青気に入ってるんだ。かっこいいだろ?なあ、ユウ――って言っても聞いてないか、裏切り者さん」


 そううまくいくことは無かった。ただ、まだユウには諦めるわけにはいかない。


「……エリーさん。何ですよね?」


「もちろん。あたしはいつだってあたしだよ。お前もそうだろう?あたしは王の剣。この国の王にだけ使える剣。今もあたしの所有者のためにこの城に潜入している。まあ、実はこのことは秘密なんだけどね」


「……どんな目的で?」


「あ、それ聞いちゃう。まあ良いか、こんなところであったのもなにかの縁だし。あたしはお前たちの組織がパレードまでに何かしないように監視に来てたのさ――おっと、ひょっとして何も聞かされてなかったりする?でも安心して、ヒエラルという男と接触したことは知っているから、お前は十分有罪」


「……有罪だと。どうなるんですか?」


 ユウはエリーがいった組織というのが何のことかよくわかった。そしてその組織に属しているだろうというエリーの疑いに否定も肯定もしなかった。


「死刑――だって、当然でしょ。じゃあすぐに死刑にするから、あたしと一緒に地上に戻ろっか」


 淡々とエリーはユウを死刑にしようと言い出した。しかし当然死刑にするからと言われてそれに従うことは無い。それに従うということは自殺と変わらないのだ。ユウは逃げた。全力で地下の道を戻った。


「……まあ、死ねと言われて素直には従わないよね。さて、城の使用人も悪くは無いけど、やっぱり剣の本分はこれだよね――王命により。今ここで死刑を執行する――」


 エリーはゆっくりとユウが向かった方向に進み始めた。ユウの死刑を執行するために。悪意も無く、当然の事であるように淡々と。

 彼女の手には武器は無い。なぜなら彼女は剣であるからだ。武器が武器を持つ必要はないのだ。  




 ユウは走る。地下の入り組んだ迷宮の、出口という光を探して。しかしそれにたどり着けそうにも無かった。ここまでだって道に迷ってきていたのだから当然だ。

 ユウはエリーが何をしてくるのかわからなかった。だがそれこそが恐怖だった。力では勝てるか?何か武器を持っているのか?そんなことは関係が無い。ただ自分を殺そうとしてくる人間に心底恐怖した。


「ここは、隠し部屋か、とにかく入ろう」


 ユウは古い扉を見つけ、それに入る事にした。中は独房のように狭く、部屋には古いベットだけがあった。

 扉を閉めて、開かないように急ごしらえで木の杭をあてがって開かないようにした。 

 そしてユウはベットの下に隠れることにした。

 すると――


「あれ、こんなところに部屋がある……あれ、おかしいな、内側からカギがかかってるのかな?開かない


 エリーはユウの居る部屋の扉を開けようとしたが、ユウがした杭が引っ掛かり上手く開かなかった。


「ふーん。早くしないと逃げられちゃうなー。まあ、この部屋にはいないか――なんてね。内側から鍵がかかっているなんて、中に誰かいるって言ってるようなものじゃん。ふーん。木製の扉に金属製の留め金か、これなら簡単だね」


 エリーは扉に手を触れる。するとただそれだけの動作で、僅か数秒で扉は音を立てて破られた。


「あれー、部屋に誰も居ないじゃん。はぁ。まあいいや、歩き疲れたし少し休憩しよ」


 エリーは部屋の中を見渡して、すぐにベットが目に入った。彼女はベットに腰を下ろして、体を大きく伸ばして上半身を倒した。


「はあ、残念だな。向かって来ると思ったのに、逃げるなんて。まあこんなか弱い女の子にこんな汚いところに連れてくるような奴だから期待もしてないけど」


 エリーがぶつぶつと独り言にしてはやや大きな声で呟く。

 ユウは上にエリーが居るためベットの下から抜け出すこともできずに息を殺して、立ち去るのをじっと待っていた。

 時間が経つにつれ、どんどんと心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなって来る。緊張、恐怖、息が切れる。熱い。汗をかき、眼球の水分が蒸発してしまいそうだ。だがそれが比喩ではない。

 確かに、エリーがベットの上に乗ってからユウの居るベットの下は急速に暑くなっていったのだ。ベットの下という閉ざされた場所であるからと言っても急速に。気が付けば湿っていたベットも床も乾燥しきっていたのだ。


「面白くないな」


 エリーがそう呟いた。と、同時にユウはベットの下から抜け出して、一目散に部屋から外に出た。まるでサウナに入っていたかのように熱くなった体には地下の温度が冷たく心地よく感じた。


「そうそう、もっと抗わないと。やっと面白くなってきたかな」


 逃げるユウを見送って。エリーはゆっくりと起き上がり再び後をつけた。

 



 エリーはユウを追いかけた。地下には足音が良く響く、そのため決してユウを見逃すことが無かった。

 ただ、進んでいくと、ある時からどんどんと雑音が大きくなり足音が聞き取りずらくなっていった。歩いた先で音の正体を確認すれば、それは水の流れる音だった。天井の隙間から、勢いよく水が地面に打たれていたのだ。雑音の正体はなんてことない事だったが、ただエリーも、本当にユウを見逃すわけにはいかなかった。


「はぁ、もう良いか。めんどくさい。早く殺そう。たく、面倒だな王の剣(この肩書)も、知られちゃまずいから大っぴらに動けないなんてな――ん?ここは、さっきも通ったか?足元に注意だな」


 エリーは進む、こうしている間にもユウは進んでいたが、だが確実に追い詰めていた。


「……行き止まりか。だが、すごいな。こんなものが城の地下に、いやもしかすると町まで続いているのか?」


 エリーはある部屋で足を止めた。その部屋の壁の一部が崩れて大きな穴が開いていたのだ。穴から下を覗くと、底が見えないほど地下深くへと通じていた。そしてそこに水が大きな音を立てて、流れ込んでいる。


「はぁー。こいつは落ちたら助からないな。危ない危ない」


 エリーがその穴から立ち去ろうとする。しかし、そこで物陰に隠れていたユウが背後から奇襲を仕掛けた。

 ユウは身を潜めてエリーが今の位置に立つのを待っていたのだ。

 ユウは地下で拾った朽ちかけた木材をエリーに振り下ろした。その攻撃に本来ならば腕で頭を守れるか、上手く避けることもできるはずだった。しかし、背後の穴に気を取られ、手を壁に押し付けて穴に落ちないようにと踏ん張ったためにユウの一撃は頭に直撃した。


「悪く思わないでくれ、それでも俺は生きなきゃいけないんだ」


 ユウには確かな手ごたえがあった。迷いは無かった。ただ頭を打って、倒れ伏して、血を流しているエリーを見て罪悪感を覚えずにはいられなかった。


「……死んだ訳じゃないよな」


 正当防衛だ。自分の命を狙う人間を身を守るために傷つけたとしても何が悪いだろうか?ユウの頭はエリーへの攻撃について考えていた。多くの考えが明滅を繰り返した。しかしそれはどれもいい訳じみた、自己正当化でしかなかった。


「うんざりだ。も、もう行こう。きっと気絶しているだけだ。死んだわけじゃない」


 ユウは手にエリーを殴った木材を握りながら。その場を後にしようとした。


「――そう、死んだわけじゃない。殺したわけじゃない。あたしが死ぬはず、ないじゃん」


 ユウの背後で声が聞こえる。その声にユウの背中に冷や汗が伝う。

 エリーがユウにとびかかった。ユウは向き直り木材を構えた。


「あたしは死なない。武器だから。武器は殺すためにある。殺されるためでは、決して無い」


 エリーがユウに掴みかかる。ユウが手に持つ木材でそれを振り払おうとしたため、エリーはその木材を掴んだ。


「……なんだ、これ。木を通して伝わってくる。いや、木だけじゃない。空気が、熱い。まるで火の中にいるみたいだ」


 ユウはすぐに木材から手を離して、後ろに飛び退いた。それに触れてはいられなかったのだ。気を掴んでいた手が火傷したように赤くなっていた。


「ハハハ、良い反応だ。恐怖で飛び退くその反応が見たかった。今お前がどう思っているか当ててやるよ、ずばり、こいついったい何者なんだ?だ」 


 エリーはユウが期待通りの反応を示していることに喜びを爆発させた。

 一方のユウはいきなりの状況に驚いて声も出なかった。

 エリーが出入口に回り込んだ。これによりこの部屋を無事にでることのできる出入り口は塞がれた。ユウは壁に空いた穴を背にして、今立っている。その穴の先は奈落の底。落ちれば当然無事では済まない。まさに、配水の陣。


「袋のネズミ。って奴かな。さあ、どうする?選べる道は二つに一つ。後ろの穴から飛び降りて死ぬのもいいし、最後に勇気を見せて向かって来て、あたしに殺されるのもいい――うーん。でもまだ恐怖が足りない顔をしているな、それもそうか。どうやって死ぬのかもわからなけきゃ、恐怖しようも無いか。どう、知りたい?」


 エリーは余裕たっぷりにユウに尋ねる。それは自身とユウとの間に大きな優位を確信しているからだ。ユウはそれに答える余裕なかった。


「……王の剣(あたしたち)のことは本当は誰にも言っちゃダメなんだけど。でも駄目だと言われたら言いたくなるんだよね。今から死ぬ奴には関係ないから良いよね――王の剣(あたしたち)の体は普通の人間とは違う構造になっているの。なんていうか普通人間の心臓は一人一つでしょ?でもそれが一人二つある感じ。ハハハ、詳しい事は知らないけど。でもその第二の心臓のおかげであたしたちは武器としての特殊な力を手に入れたの。それこそがお前が訳も分からず殺されるぐらい。どう?怖くて声が出ない?」


 エリーがユウに尋ねても、ユウは何も言わなかった。

 だがそれは恐怖からではない。ユウは終始考えていたのだ。今の状況をどう切り抜けるかを。


「……エリーさん。あなたはヒエラル達の組織を監視しているんでしょう?俺なんて、あいつらが何なのかもほとんど知らないんです。だから――」


「見逃して欲しい。と言いたいのか?それはだめだな。だって、もうあたしの正体知られちゃったし。それにあたしは勤勉だから。お前みたいなのも見逃せないんだよね」 


「……地上に出ませんか?俺を死刑にするなら、それも受け入れますよ」


「ダメだね」


()()()()()()()()()()()()()()


「ダメ」


「……エリーさんの言う特別な力って、どういう力なんですか?最後に教えてくださいよ」


「ダ・メ」


 ユウはエリーの言う特別な力について尋ねた。しかしすでに聞かなくてもそれはユウにも心当たりがあったのだ。

 それはユウがこの世界に来た元凶に与えられた力。

 それはニーアに託された、世界を切り開くナイフを手に引き寄せる力。

 しかしエリーの言う力がそれと同種のものであるとは到底思えない。だが、幾らか驚きが少なく、その分は冷静にはなれた。

 エリーがユウの持つ木材から伝わってきたものと同種の熱が、今もあたりに漂っている。直接は近づけない。


「……エリーさんさっきの話。どうするのか、俺決めましたよ」


「ああ、どうやって死にたいか。って話か。飛び降りて死ぬか、最後に戦って死ぬか。まあ、あたしとしては戦う方がおすすめかな、その方が楽しみがいが――」


「俺は戦いますよ。ただし、それが最後だということについては、きっぱりお断わりさせてもらいますがね」


 ユウは、そう言うとともに足元にあった壁の破片か何かの石ころを投げつけた。近づくことができない以上。攻撃手段はそれしかなかった。しかし――


「……人の言葉を遮るな」


 エリーにはユウの投石は全く通じていなかった。それはさっきユウが木材で頭を叩きつけた時と同じだった。気づけばもう流れていたはずの血も止まっているのだ。

 ユウにはなすすべが無かった。だが、それはエリーにも同じだった。近づきさえすればエリーはユウを熱で容易に殺すことができる。だが一本道とはいえ下手に距離を詰めすぎると脇に逃げられ逃走を許してしまう恐れがあったのだ。慎重にならなければいけないことをエリーも理解していた。

 だが、本来ならばエリーは近づかなければ何の脅威も無いというわけではない。それでは実力不足なのだ。というのも、エリーに与えられた第二の心臓の力はエリーの思い通りに周囲の温度を上げるか下げることができる。室内で使えば瞬時にその部屋の温度をユウが倒れるほどに上げることができるのだ。だが今、この部屋はエリーが背にしている閉じた扉以外に、もう一つ外と空気の出入りする場所がある。この部屋の壁に大きな穴が開いているのだ。

 その大穴によってうまく温度が上げられなかったのだ。

 エリーは待った。ユウが近づいて来るのを、しかしそれはユウも同じはずだった。

 二人は一定の距離を保ちながら、膠着がしばらく続く。はずだった。


「……お前、どういうつもりだ?」


 エリーは驚いた。ユウが無防備に、まっすぐこちらに向かって来るのだ。


「あなたにはわからないんだ。あなたの力は恐らく熱を生み出す力。しかし特別な力があるのはあなただけではないということを」 


 ユウがそのまま接近する。そして、瞬間。駆ける。

 一瞬であれば、勢いとがあれば、ユウはナイフを引き寄せてエリーにもう追ってこれないような致命傷を負わせることができる。

 エリーは考えた。ユウが何をしてくるのかわからなかったが、それがありえないという根拠が無かった。

 ユウが何者なのかエリーは知らない。何故、今になってユウが向かってきた。なぜこうも自信ありげに、一見すると無防備に向かってきた。だがそれが危険であると感じた。エリー自身がそうなのだ。ただの武器さえ持たない人間に見えて、その本質こそが武器である彼女自身がそうなのだ。

 ユウの手がエリーに迫る。しかしエリーには特別に何かすることは無かった。

 熱を放出し、ユウを蹴り飛ばした。

 一方でユウが伸ばした手はナイフが握られているということは無く。中途半端に首をかすめ、エリーの熱と、蹴りで後方に飛ばされた。


「はっ、やっぱりな。はったりだ。諦めの悪い事しやがって、お前は自分の人生の終わりにそんなつまらない事をするのか?」

 

 ユウは飛ばされた拍子に床に手を着いた。そしてその時、熱で手のひらに水膨れができ、皮膚がべろりと剥がれた。

 しかしユウには痛みを感じている暇さえなかった。何故?これまでユウはナイフを引き寄せることができたはずだ。それが今の肝心な時に引き寄せられない。運に見放された。と、ユウはそう思った。


「おい、ユウ。お前聞いてるのか?お前がつまらない嘘をつくから、殺しそこなったじゃないか、この責任どうとるんだよ?もういいや、話をするだけ無駄だ」

 

 エリーがユウに近づく、もう逃げ場はない。ユウは頭を下げて迫りくる死をただ待った。逃げ切ることはできない。もう、熱にやられたのか喉が渇く、体が熱を帯びて、酷くだるかった。


「……ああ、最後にニーアとまた話がしたかった」

  

 ユウはニーアの事を思い出した。今も彼女は診療所のベットの上から空を見上げているのだろうか?そのことを考えるとユウは泣きたい気持ちになった。しかし涙は頬を伝うことは無く、すでに熱で乾いてしまっていた。

 光の当たらない地下で、死んだ後はどうなるのか?ニーアの病をヒエラルもヴェローナも治すことは無いだろう。或いはもし、ユウを始末した後、エリーがニーアの存在に気が付いたら、一体どんなことをするだろうか?きっと良い未来は訪れないだろう。

 

「おら、頭を上げろよ、お前が最後にどんな顔して死ぬのか見ておいてやるよ、それで伝えておいてやるよ、えーと何だったか、ニーアだったか?そんな名前の女にお前の最後は惨めだったって、言っておいてやるよ――お、良い顔だ。もう明日を迎えられない人間の顔だ」


 ユウは頭を上げた。それは確かに希望を失った顔だったか、だが、ユウはそれと同時に見えていた。文字通り、糸がエリーの首の、丁度ユウが切りつけようとした場所辺りから伸びて、ユウの手に繋がっていた。 

 いや、それは厳密にはユウの指から伸びて、エリーの首に向かっていたのだ。

 それはもしかすると絶望が生んだ幻覚なのかもしれなかった。だが、それにユウは幻覚ではない確かな何かを感じた。立ち上がる。もう、頭を伏せてはいない。まっすぐにエリーを見つめていた。


「……お前、何か……」


 エリーにはユウのその眼が諦めた人間のそれではないことがすぐにわかった。 


「どうかな?俺が本当に今日で死ぬ人間に見えるのか?俺が、なぜこの場所に来たのか。いや、()()()()()()のか。まだ、気づかないのか?」


 ユウはエリーに背を向けて壁の大穴を見た。その先には水が大きな音を立てて流れている。


「まさか……」


「そうだ、あんたの熱も水の中ではそう簡単にいくのか?」


 ユウは壁の大穴に、体が落ちそうなほどに近づいた。


「何だ、一体……」


 エリーはユウの行動が何を意味するのか分からなかった。

 だが、エリーは確かに疑い始めていた。目の前の一人の少年が、ただの一般人であるということに。

 本来ならばユウが近づいたとき、その時に勝負はついていた。だが、丸腰の相手であっても油断ならないという特殊な力を持つエリーだからこそ持つ警戒心が勝敗を分けた。

 エリーは一直線に距離を詰める。それは結局のところ、自分は深く考えるよりも行動すべきだと知っていたからだ。

 エリーが駆ける、しかしユウにその手が触れる直前、エリーは何か意図のようなものに足を取られ、更にユウは身をよじって倒れて来るエリーを回避し、そして同時にユウにぶつかるはずだった勢いは壁の大穴に向かって行った。

 大きくバランスを崩し、大穴にエリーが落ちるのをユウが背を押し、追い打ちをかける。結果として、エリーの体は壁を越え、大穴に放り出された。

 しかし――


「――くっ、ユウ。残念だったな」


 大穴の底に落ちかけたエリーは間一髪のところでユウの腕を強く掴むことに成功したのだ。


「思った通りだ。はったり。お前は特別な力などなかった。は、あたしに腕を掴まれたんだ。死にたくなかったら、大人しく――」


「あんたは残念な奴だ。俺を殺そうとしたからじゃない。もちろん盗み食いをしたからでも、仕事をさぼったからでも、不真面目だからでも、嘘つきだからでもない。ただ、本当の力が何か知らないんだ」


「何だと」


「それは()()だ。自分の道を自分で切り開くための力だ。だから俺は今お前に勇気を突き立てる」


 ユウはその手に持っていた。ニーアから貰い、そして返した、ナイフを。

 それを力いっぱいに握りしめ、振り上げ、下ろす。

 それはユウの腕に掴みかかっていたエリーの左目に直撃し、抉った。

 これにはたまらず、エリーはユウの腕を離し、そしてそのまま地下の底へと落ちて行った。


「勇気だ。勇気が大切なんだ。未来を切り開く、犠牲さえ受け入れる勇気が」


 ユウはエリーが落ちて行ったことを確認し、自身に言い聞かせるように呟いた。

まあ、今日も一日頑張るぞい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ