第十二話:糸・3
ユウは最後に城の外に出る。
だが、その間にも事件は動いている。水面下で、解を見つけるために。
そして、ユウは大きな選択を迫られる。
「……それで、地下の方の調査報告はそれだけか?」
「それだけって、これでも頑張った方だ。物置の裏だって。汲み上げ機の方だって」
「だが、それだけだ」
ユウがこれまで調べていたことをヒエラルはそれだけだと一蹴した。
ユウは城を出て、待った先にニーアの元に向かった。ただ、それを先読みするように診療所で待っていたヒエラルに捕まってしまって、今は城で得た情報の報告をさせられている。
「……そうだ、汲み上げ機に行く道の途中でどこかに繋がっている穴を見つけたんだ」
「それで、その先には行ったのか?」
「それは……行ってないけど」
「なら、何の意味も無い。我々に有益なものは見つけられなければ何の意味も」
「……なあ、前にも聞いたことだけど」
「我々の目的についてお前に教えてやる義理は無い」
「……じゃあ、ニーアの事だ。この前言っていた名医に話はついたのか?」
「ああ、もちろん。だが、少々の問題はある。カプツィナ病の原因解明のためには患者か、あるいは死後間もない死体。そのどちらかが必要だ。だがそれがそう都合よく見つからない」
「……そうか」
もうこれ以上、何も言うことは無かった。妙な間が二人の間にあった。
「おい。ユウ。お前、城の様子はどうだ?何か変わったことは無いか?」
「城の様子?地下じゃなくてか?別に、大したことは無い」
「大したことないか、本当にそうかな?」
「あんたに言う事は無い」
「それはつまり、私に言うことでないことはあったということだな」
言い終わってから、ユウは自分の言葉が墓穴を掘る物であることに気づいた。
正直に言って、ユウはヒエラルに城での話をする気は全く無かった。それはユウにとって聖域のようなものだったのだ。しかしユウはこの時ふと、聖域への侵入者を許容しようかと思った。それはその聖域で一つの穢れた、血生臭い出来事があったからだ。そのことについてユウにはなぜだかヒエラルが解決する糸口を持っているような気がしたのだ。
「人が一人亡くなった。それも、体がバラバラにされて」
「なるほど、それは興味深い。それで、犯人は?」
「まだ、見つかってない。城の客人と俺たちが探してはいるが……」
「なるほど、それは妙な話だな」
「妙?妙って、どういう意味だ?何かわかるのか?」
「いや、ただ、今の城には軍が居るはずだ。それにも拘らず殺人が見過ごされるのは妙なことだ」
「ああ、何だそのことか。何でももうパレードまで一週間も無いからか、軍はこの件にあまり関わりたくないらしいんだ。まあ、俺も詳しくは知らないけど――それに状況から言って城の内部の誰かだって」
「そうだったか」
「そうだ、あんたならわからないか?犯人はなんで死体をバラバラになんてしたんだ?死体を処理するにしても、時間に余裕も無かったはずだし」
「何故死体をバラバラにしたのか、ね。そんなことは本人にしかわからないだろう――まあ、私なら片付けるためだな。一般的には激しい恨みを持っていたということも考えられる」
「激しい恨み、か。それは例えば被害者に大きな借金があった、とかか?」
「その可能性もあるだろうな、或いはただの喧嘩の延長線上かもしれないか」
「喧嘩の延長線上にバラバラ死体があるのか……」
「可能性の話だ。気が動転しておかしな行動をとったとしても不思議はないだろう――そろそろ無駄話は良いか?俺も暇じゃないんだ」
そう言って、ヒエラルは席を立ってどこかに行ってしまった。
何度も言うが、ユウにとってはどうでもいい事なのだ。赤の他人の死も、その犯人がだれなのかも。
だから、驚きはしなかった。その犯人が、ユウの居ないうちに特定されていたとしても。
ユウが外に出た次の日、ユウとネイはノーブムに呼ばれ、会議室へと向かった。
そこに居たのはヴェローナにディナール。サンテシャンと数人の使用人と兵士。そして、手を拘束され、口を塞がれた一人の使用人だった。
その使用人こそが、ヴェローナやユウ達が探していたノーブムを殺害した人物。その使用人の名はエリー。事件があった当日の夜に食糧庫を荒らして、次の日から厨房で下働きをするようになっていた使用人だ。
「つまり、彼女こそがこの件の犯人――ノーブムが最後に目撃された時と同じころ、彼女が食糧庫に忍び込んだのを偶然にも他の使用人が目撃していました。そして、昨日。無くなっていた地下の鍵が彼女の部屋のベットの下に隠されていたのを同室の使用人が発見しました――以上の事から彼女の昨晩の行動をまとめると、まずノーブムを呼び出して、殺害。その後、厨房に侵入し包丁を盗んで遺体をバラバラにした。それは彼女がこのことが発覚することを恐れ、可能な限り隠ぺいを図ろうとしたからだ。恐らくバラバラにした後は燃やすか埋めるかしようとしたのだろう。しかし想定以上に遺体をバラバラにするのに時間が掛かり、その作業がすべて終わることは無かった。その為地下の鍵を盗み、一時的に遺体を地下に隠した。動機は私怨によるもので、彼女とノーブムが良く言い争いをしていたのを使用人たちは目撃していますし、実際ノーブムは彼女がここで働いていることに苦情を言っていました」
「それで、本当に間違いないのでしょうか?」
嬉々として説明するヴェローナに、ディナールは少々腑に落ちない様子で尋ねた。
「間違いありません。もし仮に別の人間がやったとして、ノーブムを殺害する理由はありませんし」
「なら、例えば他にも誰か協力者がいたとかは?」
「それもありません。もし仮に複数人であればこんな杜撰な隠ぺいはしないでしょう。まず間違いなく未だに行方不明のままだったでしょう」
「なら、なぜ彼女は厨房で盗み食いを?殺人を犯し、それを隠そうとしていたなら、なぜそのような目立つような事を?」
「それにも理由はあります。考えてみてください。殺人を犯し、それを隠さなければいけない犯人が目立たないようにしておこうと、こそこそとしているのは逆に不自然です。つまり、殺人という大きな罪を隠すため、盗みというより小さな罪を偽装した。こうしておけば、彼女が行った様々な行動はすべて盗みのためであったと誰もが思うはずです」
「なるほど……」
この場に、ヴェローナの説を否定するものはいなかった。
「それで、報告は以上で良いですか?我々はもう失礼させてもらいますよ、犯人が特定された今、これ以上は無駄な時間ですしね」
「はい。ご協力ありがとうございます」
サンテシャンたちは、犯人を見つけたというヴェローナの報告を聞いて、その場を去って行った。これ以上の追及をする必要などは一切ないのだ。
「デジデリーさんもありがとうございます。それで、彼女をどうしましょう。とりあえずは地下牢にでも閉じ込めておきますか?」
「地下牢?そんなものがあるのですか?」
「冗談ですよ。とりあえず適当な部屋に閉じ込めておきましょう――ユウ、ネイ。お前たちもありがとう。犯人を見つけることができたのもお前たちの協力のおかげだ」
「はい。ありがとうございます」
ネイ達にも礼を言い。事件そのものと犯人の存在が城の住人の中で知られるものとなった。犯人は一時的に使用人宿舎の空き部屋に監禁されることに成った。これにより、城の住人たちの間で疑いあいは回避され、そしてパレードに向けての不安は払拭された。
犯人については、パレードが終わり、平時に成ればすぐに警察に引き渡される。
これで、すべて解決。そのことに誰も疑問は無かった。
しかし、ただ一人ユウには疑問が残っていた。
犯人が連れ出された後、ユウは一人ヴェローナに連れ出され彼の部屋に通された。
「……あの、一体何の用ですか?事件はもう終わったでしょう?」
「お前は、本当にあのエリーとかいう使用人が犯人だと思うか?」
「え、でもさっき彼女が犯人だと、ヴェローナ様は言っていましたよね?」
「あれは嘘だ。もちろんすべてではないが」
「嘘?……まさかまだ事件は解決していないってことですか?」
「いいや事件は解決した。ただ、この事件の真の犯人はあの盗みの使用人ではない」
「何を言っているんですか?犯人が別にいるのなら、事件はまだ解決していないんじゃないですか?」
「犯人を見つけることだけが解決ではない。つまりだ、真の犯人というのは判明しない。その方が良い存在ということだ」
「ま、まさか」
ユウは考えた。もしも、もしもだ。ヴェローナがノーブムを殺していたとしたら。
ヴェローナは朝方部屋に居たとはいえ昨晩からかなりの時間一人で居たはずだ。そのため犯行は可能だった。
「おい、ユウ。お前、何を考えているのか知らんが、犯人は俺ではないからな。それに俺も具体的に誰だということはわからないしな」
「え?」
ユウは考えた。いや、もはや考えるまでも無かった。今現在城には居るのだ。十分犯行が可能で、犯人探しに協力的でない集団が。
「まさか。軍隊ですか?」
「ご名答。もちろん全員ではなく、その中の誰かだろうが」
「何故、そんなことを?だって、別に――」
「動機か?動機ならある。まず、ノーブムは各方面の人間に大きな借金がある。知っているだろう?」
「それは――偶然。見たことはあります。本当に偶然、ですけど、どうしてヴェローナ様はそれを知っているんですか?」
「それは簡単なことだ。なぜならその借金の一部は俺から借りたものだからな――ちなみになぜノーブムはあれほどの借金を持っているのかは知っているか?」
「知りません」
「彼にはある癖があってね、癖というか性というか――彼はかなりの賭博者なんだ、それもかなりたちが悪い事に人に借りた金を賭博に使うほどに、いや、それも少し正しくない。彼の場合、賭博のために金を借りるのではなく、むしろ逆に借金をするために賭博をしているとさえ言える」
「そ、そんな人には見えませんでしたけど」
「そうだろうな、表向きは真面目な人物として振舞わなければ誰も金を貸しはしないからな――それで、彼がなぜ殺されたのかだが、その借金をした人物にこの国の軍に顔が利く人間が居た。その人物の指示でまず間違いない――つまり、借金を一向に返さないノーブムを殺害するように命じられた実行犯一人か二人、そいつらは予定通り人目を盗んでノーブムの殺害することに成功。そして遺体をバラバラにし、中庭にある古井戸に捨てて処理を完了する。しかし、そこで誤算があった。まさか、古井戸の底が経年劣化によって崩壊し、地下のその下に続いていたとは思わなかったんだ。こうして、隠ぺい工作は失敗。犯人の捜索が行われるようになった」
「そのことはサンテシャンさんも知ってるんですか?」
「いや、恐らくサンテシャン達も同じだ。まさか自分たちの中に暗殺者がまぎれているとは思わなかったのだろう。独自に兵士を調べ、そして恐らくそう時間はかからず犯人を特定したのだろう。だが事情が事情だ、このことが城の誰かに知られることは避けたかった」
「それが、この件の真相なのか?じゃあ、エリーは、無実なんですか?」
「ああ、だが勝手に鍵を持ち出したのは本当だ。だからそれを利用させてもらった。何、心配はいらない。パレードが終わるころにはうまく抜けられるようにしておく」
「……何時からそれに?」
「昨日あたりだ。お前たちが休んでいる間に、いろいろと調べておいた」
「……なら、なぜそれを伝えなかったんですか?」
「軍はこの件を隠そうとしている。だから俺がそう言ったところで、面倒になるだけだ。こう見えて俺は立場が弱くてな」
「なら、なぜ俺に伝えるんですか?協力していたからですか?」
「……ユウ。少し上着を脱いで肩のあたりを見せてくれないか?」
「何故、そんなことを?」
ユウは不思議に思った。しかし、その理由を尋ねるよりも、言う通りにした方が手っ取り早いと思った。ユウはシャツのボタンを外し、言われた通りに肩を見せた。
「あのー何かあるんですか?」
「――お前、それだけでわかる。奴らの仲間なら、肩に特殊な跡が見えるからだ」
「跡?」
ユウはヴェローナにそう言われるて、自分の肩を見ようと首をひねった。しかし、当然鏡でもなければ見えはしない。ユウは方に手で触れる。触った感触は何も特別な跡があるのかわからなかった。
「……冗談だ。だが、お前には俺が言った奴らというのに、何か心当たりがあるらしいな」
「あ、いや。いやいや、ど、どういうことですか?さっぱり分かりませんよ。そもそも普通はいきなりそんなこと言われたら気になって見てしまうでしょう?」
「隠す必要はない。別に俺がお前を怪しいと思った理由は別にいくらでもあるんだからな」
「……何が、言いたいんですか?」
「別に、ただ、俺は少し、仲間が欲しいだけさ。さっきも言ったが俺は立場が弱くてね、ここに客という名目で暮らしているが、実際はここに軟禁されているようなものだ。だから協力してくれる仲間が必要だ」
「仲間?軟禁?一体、ヴェローナ様は何者なんですか?」
「俺か?俺は――」
ヴェローナが答えようとした時、丁度部屋に来客が来た。来客は扉をノックし、ユウの良く知った声で尋ねた。
「丁度良いところに来たか。鍵は開いている。入って来いネイ」
「はい。失礼します――って、ユウ。お前も来たのか?」
「ネイ。どうして」
「それより、俺が何者か聞きたいんだろう?そう言えばネイも前にそんなことを言っていたな。どうだ、せっかくだからお前がユウに教えてやったらどうだ?」
「はい。わかりました。ユウ、俺が前にこの方について何者かわからないといっていたのを覚えているか
?」
「あ、ああ。それで調べてみて、ほとんどわからなかったって、わかったのはほとんど部屋から出てこないことぐらいだって、そう言っていた」
「そんなことも言ったな。俺も聞いたのはその後だ。凶器を探していた時、ユウは物置を探していた時だ。その時俺は聞いたんだ。今思えば何でそんなことをあの時聞いたのか自分でもわからないんだが――」
「なあ、ネイ」
「ああ、すまん。そんなことはどうでもいいんだったな――この方は、ヴェローナ様は、今は無き俺たちの祖国、ヨーライックの正統な王位後継者だ」
「王位継承者と言っても、他の俺よりも継承権がある人間が全員死んだだけだがな」
「そ、それでそれがどうしたんですか?」
「おい、ユウ不敬だぞ」
「ネイ。別に気にする必要はない。ユウはヨーライック人ではないからな。ただ、そうだとしてもお前は俺の仲間に適していると俺は思うがな。何度も言うが、今は無いと言っても敵国の王位の正式な血統である俺は立場が非常に弱い。だから本来は俺の素性を使用人に明かしてはいけないんだ」
「……それならなぜ、俺に?ネイはわかる。元々ヨーライック人で、それも代々貴族に仕えてきた一族の人間だ。他人には言わないでしょう。でも……」
「お前は他人に言うと、それは無いな。なぜなら、お前の人に知られたくない秘密を俺は知っているからだ。ユウ。お前はこの城に潜入させられているのだろう?それも何らかの弱みを握られて」
ユウが恐れていたことが今まさに起こっていた。つまりはユウのその不純な素性が知られ、その身と本当に大切な存在の終わりに繋がる糸口がそこにあった。
「……取引をしませんか?俺は確かにここに潜入している身です。それも、あなたの言った通り強引に。」
「やはりか、それでだ俺は――」
「俺はあなたの仲間になりましょう。ですが、その代わりに、条件があります。良いですね?」
状況は良くは無い。だが、ユウにはまだ残されていた。その滅びへの糸が、一気に状況を打開するアリアドネの糸になる道が。
それは賭けだ。それも全くリスクを排除できず、リスクばかりが大きい博打。
ユウは選ぶ、自分の未来を、そして決断する。それがどんな結果をもたらすかも知らないまま。




