第十二話:糸・1
昨晩のノーブムの死。その真相を探るべくユウ、ヴェローナ、ネイの三人は行動を開始した。
果たしてその真相とは?
ノーブムの遺体を調べるため、ユウとネイとヴェローナは医者のいる苔むした小さな建物に向かった。しかし事前に言っていた通りネイは建物の外で待ち、ユウとヴェローナだけで建物に入った。
目的を言うとすぐに、医者は布に包まれた数個の肉片を部屋の奥から持ち出してきた。それはヴェローナ達の目的の遺体である。
「これが……見たところあまり腐敗は進んでいないが、いや、当然か。それよりもこの切り口を見るに何か大きな鋭利な刃物が使われたようだな。その他の外傷は特になさそうだな。おい、これで全部か?」
「はい、私が預かったのはこれで全部です。どうかしましたかヴェローナ殿?」
「いや、この胴体の部分、ここだけやたらと損壊が大きいと思って、まさか何かいじってはいないだろうな?」
「そんなまさか、そんな大それたこと出来ませんよ――もちろん許可を頂ければいくらでもできますが」
「許可ねー。ユウ、お前も気づいたことは無いか?」
「気づいたこと?特には……いやこの胴体の部分、ちょうど胸のあたりから上がめちゃくちゃになっていますけど、そこに繋がっていたはずの腕と首の切り口は綺麗だ。これって、バラバラにした後胴体をこんなにしたってことですよね?」
「ああ、確かに。だがそうだとするといったいどんな目的で……何かを取り除きたかったのか?取り除くと何かあるのか?」
ヴェローナは布に包まれた死体を前にして、顎に手を当てて考えている。
「……あのー、ヴェローナ様。それより、もう大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、もちろん今だって気分はよくないさ。だが、もう大丈夫だ。心配する必要はない」
ユウはヴェローナに死体を調べるのは辛くないかと聞いたのだ。それはヴェローナが地下でノーブムの遺体を見た時に気持ちが悪くなってしまったからだ。
「ユウ。そろそろ次に行こう。素人目にはこれ以上見ても何かわかる気がしない――それと、医者よ、お前はさっき、許可があればその遺体をより詳しく調べられるというようなことを言ったな。その許可は俺でもいいのか?」
ヴェローナは医者に尋ねた。それはつまり医者にこの遺体を調べろと言っているのだ。自分が許可するからと。
「……よろしいのですか?もし誰かに何か言われれば……」
「問題ない。責任は俺が取ると約束する」
「わかりました。調べてみましょう。ですが期待しないでくださいね。何かわかればまた伝えます」
「ああ、任せる」
ヴェローナは医者に約束し、ユウと共と、建物の外で待機していたネイと合流して、次の場所へと行った。
三人が次に向かったのはノーブムの遺体があった地下だった。遺体の次は現場というわけだ。
地下へ行く扉は、現在は鍵が紛失しているため鍵無しで入る事が出来た。
「なあ、ユウ。その、遺体って一部が無くなってたんだろう?まさかまだここに落ちてたり……」
「ああ、それもあるかもしれないな」
「やっぱりか。いや、なんていうかさ、俺たちって使用人なわけじゃん?だから、その、こういうのは専門外なわけだろ。だから、その……」
ネイがヴェローナには聞こえないように言う。ネイは出来れば行きたくないのだ。そもそも、何もなければ関わりたくも無い。ただ頼まれて断れなかっただけなのだ。
「ネイ。お前はここに残れ。一様、誰か来るかもしれないからな。見張りが必要だ」
ネイの意思を察したように、ヴェローナはネイに地上に残る役割を与えた。
再びユウとヴェローナの二人で地下に行くことにした。
今度は二人で十分に注意して。道をゆっくり進み、ノーブムの遺体があった場所まで到着したが、そこまでに特に何もなかった。
「あの、ヴェローナ様」
地下の奥へと進みながら、ユウはヴェローナに尋ねた。
「どうした、ユウ?」
「さっきの、わかっていたんですか?ネイの事」
「……ああ、あまり乗り気でないことぐらいはな。部下の事を考えるのは上に立つ者として当然のことだ。それに、見張りが必要なのも事実だ」
ヴェローナは当然と言った。他人を気遣うことが。
もちろん後者の理由もあったのは確かだが、そのことにどれほど小さくとも無償の善意をユウは感じた。
そして、それと同時にユウはヴェローナに対して密かに抱いていた疑いが間違いだったと思った。その疑念とはヴェローナが王の紋章の刺青の人間で、ユウのような潜入者を警戒しているというものだ。
実際はただ、ヴェローナはこの城に長くいて、そのため何か迫り来る危機に気づいただけなのだ。
ヴェローナがユウを先導し、汲み上げ機のある場所に到着した。
道中には何かの手がかりも、抉り取られた肉片も何もなかった。
「やはり、こっちには何もないか。戻ろう、ユウ」
二人は地上に向けてきた道を戻った。
そう、こちらには何もないのだ。二人はもう薄々気が付いていた。なぜ、道中で一切血が残っていないのか、犯人がふき取ったからか?ならなぜ、遺体をこんなにも中途半端な位置に放置したのか。説明がつかない。
それともこの場所で遺体がバラバラにされたということか?それも、やはりこの場所でなければならないという説明がつかない。
とすればありうるのは、遺体はユウ達が通ってきた道ではなく、それとは別の道を通ってきたということだ。
「ユウ。見て見ろ、よく見ればわずかだが血がついてる。遺体のいくつかは少しずれているが、落とされたなら説明がつく」
ヴェローナが道中の遺体があった場所の上にある天井を明かりで照らして言った。
しかし、光に照らされていても、その穴の先がどうなっているのか二人には見えなかった。そもそも天井自体が高く、二人には背を伸ばしても届かない高さだ。
「もし、あそこから落とされたとしたら、これをやった犯人はなんでそんなことを?」
「さあな、この穴の先がどうなっているのかわからないし、それに遺体の終着点はここではなかったのかもしれない」
「終着点、というと?」
「つまりだ、犯人はノーブムを殺害し、そしてその遺体をバラバラにして一度ここに隠した。そして、遺体が見つかる前にここに来て遺体を回収、何らかの手段で処分する。ここは滅多に人が来ないから遺体を隠すにはちょうどいい。最も、見つかったがな」
「なるほど」
「まあ、そんなことはどうでもいいがな。あの穴には入ってけそうにないし、次に行くぞ」
ヴェローナとユウとネイは一時別れ、別々に城の中を探すことにした。つまり遺体、現場と来て、次は凶器というわけだ。
ネイは宿舎と城の中を、ヴェローナは中庭を、そしてユウは物置の方を探すことにした。
物置には城にある大抵の物はある。候補としては、厨房で使う大きな包丁。それと庭の木々の剪定をする大きなハサミ、その他大工道具などだ。
しかし、この物置は凶器となりそうなものを探すには広すぎた。それに、もし犯人が凶器をここから調達していたとしても、それをここに戻すわけでもない。ユウは座り込んで、自分の目論見の甘さにうんざりした。
「はぁー」
しかし、ユウにとってはどうでもいい事だ。もちろんノーブムがあんなことに成ってしまったのを見た時、心の中で犯人の残忍なやり口に怒りを覚えはした。しかし、ユウには、ただの凡人には身の回りのすべてに気を掛けえることは叶わない。精々自分と、一番大切な一人かそれだけでも守れればいい方だ。
もし、それ以上を望んでしまったら、本当に大切なものを失ってしまうだろう。
ノーブムの事は残念だ。だが、それを何時までも気にしているわけにはいかない。二人の内どちらかと合流しようと、ユウは立ち上がった。
「探し物ですか?」
「はい、明確な何かを探してるわけじゃないんですけど、まあそんなところです――って、フォルトゥナさん。驚かさないでくださいよ。どうしたんですか?探し物ですか?」
「はい。まあ私は物ではなく人ですが、ネスを探しているんです。そろそろ、夕食の時間でしょう?」
「ああ、そうでしたか、気が付きませんでした。ここに居ると外が見えないので……今日は何かあるんですか?昨日はあまり甘やかさないと言っていたような……」
「……そう言えばそんなことも言いましたね――あ、いえ、あまり気にしないでください。今日はたまたまですよ、たまたま」
「たまたまですか……」
「いけませんか?」
「あ、いえ、そういうわけではないです、すいません」
「物事の理は必然、しかしの意味のすべてが必然ではない。ですよ」
「……それは、誰かの格言ですか?」
「私の言葉ですよ――例えば、私が今から城の窓ガラスを叩いて、割ります。窓ガラスが割れた理由は何ですか?」
「それは、ガラスを叩いたからでしょう?」
「はい、そうでしょう。ではガラスが割れた意味は何ですか?」
「それは、え、意味ですか?」
「意味なんて無いんですよ。或いはそれを見出すのが人であるともいえます――私がネスを探しにここに来た理はこの足の筋肉の伸縮でしかありません。しかし、そのことに明確な意味はありません。ただ、ユウは何か意味を見つけたのかもしれませんが」
「意味、ですか」
ユウは考える。フォルトゥナがここにネスを探しに来た意味は何か。そろそろ夕食の時間だから、ネスを心配して呼びに来たのだろうか?昨晩。ネスを見つめるフォルトゥナの目は母のような慈愛に満ちた目だった。口では気にかけていないようにすると言っていても、ネスを心配しているのは確かなのだろう。
しかし、それもユウが考えた憶測の集積でしかない。その憶測の集積をフォルトゥナが言う意味というものなら、確かにそれは意味なのだろう。しかしそれが本当の意味というのはどこか可笑しく感じられた。
「別に、難しい話ではないですよ。ただ、こう考えると辛いことがあっても少しはましに思えるんですよ。辛くてもそれに意味は無いと、しかし、それが起こる理はあるので受け入れることができる。例えば城で誰かが殺害されたとしても、」
「……そのたとえについてはわかりませんね。でもそういうものですかね?――フォルトゥナさんにはそんなに辛い事があるんですか?」
「……まあ、そうですね、人並みにはありますよ」
ユウは少し、フォルトゥナの言葉が気になって尋ねた。しかし、それ以上踏み込んでいけるほど、ユウは無神経ではなかった。
「……ユウ。別に気にすることはありませんよ、それでは私はもう行きます。ユウも時間は気にするべきですよ」
フォルトゥナはそう言って、ネスを探しに行ってしまった。
フォルトゥナの言葉にユウは少し考えた。彼女は過去に何かあったのだろうか?意味は無いと思わなければ受け入れられないほどの何かが。
そしてすべてに意味は無いというのはどうだろう?
例えば、今のユウの状況だ。自分がここで働いているのはニーアの病気を治すためで、病気を治すのは彼女と、そして彼女を愛する自分のためだ。
だが、それにすべて意味が無いのだとしたら。いや、そんなことをユウは考えられない。自分の愛に意味が無いなんて、考えるだけで恐ろしかったのだ。
まだ続く、もう少し続く。




