第十一話:静かなる気配・3
生きてた。作者は
ノーブムの姿が見えない。昨晩ユウとネイが最後に教会であったきり、その次の日の昼、今もどこにいるのかは誰にもわからない。
時間にしてたったの半日、しかし城の中には使用人が居て、それだけではなく今は中庭に軍隊が居る。にも拘らず誰も見ていないというのはあり得ない。もちろん城の外に出たわけではない。
「……なあ、サンテシャンよ、それはそんなに問題なのか?気づいていないだけでどこかにいるんじゃないのか?」
「ドンレミ様。確かに今の話だけではそう思われても仕方がありません。しかし、私は本日教会に出向いたところ、どの扉にも鍵がかかっていませんでしたし、明かりがついたままでした。軍の兵士の話によると一晩間ずっと点いたままだったそうです」
「……それは確かに変だな、だが、それならどこに行ったというんだ?」
「そのことなら、俺に心当たりがある。それは城の中で唯一人の目に付かない場所、地下だ。地下水のくみ上げ機がある、あの地下。あそこに行く鍵が少なくとも今日の昼までには無くなっていたらしい」
ヴェローナが手を上げて、自らの主張を述べた。
「地下か、しかしそこなら、ネジを取り換えるために我々が言った後、昨日の夕方に一度開けられている。その時鍵を持ち出して、まだ返されていないんじゃないのか?」
「それも確認しました。しかしその作業は夜までに終わって、その後すぐに鍵は返されたようです」
「なるほど、ちなみに今はどうなっている?」
「今は鍵が見つからないので、鍵は締まっています」
「そうか。それだとヴェローナ君の推理では地下に行く鍵をノーブムが持ち去り、地下に行ったきり戻って来ていないと。そういう訳だね?」
「はい。しかし、もしかすると鍵を持ち去ったのはノーブムではないかもしれませんが……ともかく何か異常があったことに違いありません」
「何かあったというのは私も同意見です。そこで、最後に会ったユウとネイの二人に聞きたいのです。昨晩ノーブムの様子に何か不審な様子はありませんでしたか?」
「……何か、ですか。言われてみれば確かにそうかもしれません。あの夜、ノーブムさんは何かから隠れる様な様子で、その、あまり言ってはいけないとは思いますが城の中に裏切り者が居ると言っていました。自分たちはあの時はもちろんそうは思いませんでしたし、詳しく話もしませんでした。ですけど……」
「ありがとうネイ。やはりそうだと思った。この城の中には裏切り者が居た。そのことにノーブムはいち早く気づいた。しかし、その所為で裏切り者に捕まり、地下に連れて行かれた。どうだろう?」
「確かに、もしその裏切り者というのが本当に居るのなら、どんな目的を持っているのかすらわからないが。実際にノーブムは居なくなって、地下の鍵は無くなっているなら。それも一つの可能性だ」
「しかし、裏切り者が居るというならそれは誰なのでしょうか?ヴェローナ氏の言う通りなら、地下の鍵の場所を知っていて、かつ昨晩鍵が返されてから今日の昼頃までの時間で地下に行く時間があった人ということに成りますが……」
サンテシャンもその場にいた皆も思った。地下の鍵は大抵の使用人であれば場所はわかる。そして、日中であれば他の使用人の目があるが、夜間であれば地下に行くことはできる。つまり、ほぼすべての使用人が裏切り者の候補ということになる。
「……あの、その話って。私も聞かなければいけないのでしょうか?」
「王女殿下、一応殿下はこの城の主です。城であった出来事は聞いておくべきでしょう」
「で、ですけど。聞いたって、私には何もできませんし、それにドンレミ様とヴェローナ君が居ればこの話もすぐに解決するでしょう?」
「殿下、これはそういう話では――」
「ディナールさん。別にいいじゃないですか。ここは一度解散しましょう。その方が皆良いでしょう?ただ、もう一度地下を見てきましょう。地下に行く人選は俺とユウと……それともしよろしければドンレミ様、よろしいですか?」
「ああ、私は構わないが」
こうして、再びユウとヴェローナとドンレミで地下へと向かうことにしてその場は解散することに成った。
ユウとヴェローナとドンレミは一日ぶりに地下へと降りた。
鍵が未だに見つからないため、扉を強引に壊すことに成ったが、劣化が進んでいるためそれほど苦労は無かった。
縦穴を順番に下りて、三人は地下で一度集まった。
「……よし、これで全員そろったな。見たところ我々以外誰も居ないようだが……ん?」
「ドンレミ様、どうかしましたか?」
「いや、だがヴェローナ君の推理は間違いでは無いかもしれない」
三人は明かりを灯し、地下の暗闇に光が差す。ユウ達がこの前訪れた地下水のくみ上げ機までは今ユウ達が居る場所から、少し進んだ先にある。
ヴェローナが先陣を切って歩き始め、ユウもそれに続いた。二人は明かりを持ってはいるが、その明かりだけでは暗闇のすべてを照らすことはできない。しかし二人とも一度は通った道であるため手に持つ明かりで足元を照らさなくても安心して進むことができた。
「なあ、ユウ。良いかよく見ておいてくれ、天井だ。天井の、この少し先だ。今朝話しただろう?この先に通れそうな穴があるんだ」
「ヴェローナ様。足元を照らさないと危ないですよ」
ヴェローナは数メートル先の天井に光を当てて先導した。ユウは危険を感じながらも、その光の誘導に従って天井を見た。すると、今にも崩れ落ちそうな天井の先に確かに人が通れそうなほどの穴が開いているのが見えた。
しかし不幸にも天井の方に注視していたせいか、ヴェローナもユウも足元がおろそかになっていた。
二人はごく近くにくるまで、それに気が付かなかった。それは天井の方を見ているからであったし、地下の独特な息の詰まるような埃臭さに鼻がうまく聞かなかったからかもしれなかった。
ヴェローナが足元のそれを足で蹴飛ばしかけた。しかし視線をそれに落とすと、それは消して蹴り飛ばせるようなものではなかった。
それは、人の足の、赤く血に染まった、つま先から膝にかけての部分だった。
それだけではない。手の指先から肘まで、形を失いかけた胴体、もう片方の足の一部、太もも、そして。見知った顔のついた頭部。人間の体がバラバラにされてそこに転がっていた。
「こ、これは……間違いない。ノーブム。お、おいユウ、死体だ。ノーブムの死体だ」
震えるような、どこか興奮した声でヴェローナがユウにそう言う。
死体を目にし、足を止めた二人にドンレミも後から追いついて来た。
三人はそれ以上、前には進まず、一度地上に戻ることにした。三人はあらゆる場合も考えていたが、ここまでバラバラにされた死体を持って上がる準備はしていなかった。
「……なあ、ユウ。お前、本物の死体を見たことがあるのか?」
酷く疲れた様子で、地上に戻って来るなり座り込んでいるヴェローナがユウにそう尋ねた。
「……一度だけ、町の方で。流石にあそこまでめちゃくちゃなのは見たことないですけど」
「そうか、少し慣れているように見えてな」
「いや、慣れませんよ。それに慣れたくないですよ」
「ああ、それは確かに、普通はそうだ――俺は不甲斐ないな、少し、気が変になりそうだった」
「……それが普通ですよ」
「そうだな――もう一度会議室で集まろう。こんなことに成ってしまったんだ。本当に真剣に考えなきゃならない」
ヴェローナはゆっくりと歩き出した。そして、ユウもネイと手分けして、さっき集まった皆に声を掛けた。
ユウ達が呼び掛けて、すぐに会議室に皆が集まった。ただ、さっき集まった時と違い、そこに最初から王女の姿は無かった。呼びはしたが来ないと言って聞かなかったのだ。
まず、状況を整理しなければならない。ノーブムはまず間違いなく何者かによって殺されたのだ。
それも昨日の晩にユウ達と会ってから、次の昼までの間に。それもただ殺されただけでなくばらばらにされている。それにはかなりの時間が掛かるはずだ。
そして当然、バラバラにしているからと言って昼間に死体を持ち運べば誰かがそれに気づくはずだ。
「……まさか、私が王女殿下と過ごしている間にそんなことが起こっていたなんて、本当に信じられません――それで遺体は今どこに?」
「それならドンレミ様が引き上げてくださって、今はどうしたんですか?」
「引き上げた後、医者の元に持って行った。もちろん了承を得てね。彼は変わっているな、いや医者なら遺体を見慣れていてもおかしくは無いが」
「ドンレミ様、それよりも……」
「……ああ、そうだな。我々はこれからどうするか決めなければならない」
「俺は断然犯人を捜すべきだと思います」
「ヴェローナ氏――確かに、犯人が誰かわかることは一番いい事です。それは我々も同じです。しかし、地下への鍵の在りかを知っているのはこの城の使用人だけでしょう?それはつまりこの件はこの城の人間の問題ということで、最近この城に来た我々軍とは無関係でしょう?」
「確かに、その可能性が高いです。しかし確定はできないと俺は思います」
「……それは、我々を疑っているということですか?」
「サンテシャン」
「……ドンレミ様――失礼しました。私としたことが少し取り乱してしまいました――ですが、我々には犯人探しに協力する理由はありません。それは事実です」
「はい。わかっていますよ」
サンテシャンの言い分をヴェローナもよくわかっていた。サンテシャンたちはこの城に来たばかりで、城の厄介ごとには無関係で、巻き込まれたくは無かったのだ。それに戦勝パレードまで残り二週間を切っている。サンテシャン達にとって、このパレードは何としても成功させなければならないものだ。もし、中止や延期するようなことがあれば一大事で、それこそ無関係の一人の人間の命よりも大事なのだ。
「……あのー、少し良いですか?」
「どうかしましたか?えーっとあなたは王女殿下の……」
「ディナールです。その、この件に軍は無関係としても、何か対応を考えなければいけないでしょう?どうするんですか?」
「……先ほど言った通り、軍としてはそちらに協力はしません。ただし、もし何か調べたいのであれば他の兵士ではなく私に一言通してください。これはあくまで他の兵士に混乱を招かないようにするためです」
「はい」
その場で会議はお開きとなった。ドンレミもサンテシャンに連れられて、部屋を後にした。
その場にはユウとネイ、ディナール、ヴェローナは残り、対応を考えることにした。本来ならばこの場に王女が居るべきなのだが、事前にディナールに任せると言う話は聞いていたので四人で考えることに成った。
「それで、私としてもこのことは他の使用人には伏せておくべきだと思います。疑いあうのは避けたいことですから、それに幸いあまり話は広がっていないみたいですし」
「それには俺も賛成です。ユウとネイも他言無用だ。良いな?」
答えるまでも無く、二人はこのことを人に言わないと誓った。
「……それで、ヴェローナ、君?先程あなたは犯人を捜すべきだと言っていましたが、何か目星がついているんですか?」
「目星ですか、そうですね。それはまた調べて行けばわかるでしょう。で、そのことで頼みたいのですが、ユウとネイ。二人をお借りしてもよろしいですか?」
「え、はい。まあ、私に直接の権限はありませんが。二人が良ければ係りの者に伝えておきましょう」
「ありがとうございます。それで、ユウとネイはどうだ?」
ヴェローナが二人に問いかけ、そしてその問いにネイはすぐにはい、と返事をした。しかしそんなものは状況を考えれば当然で、断ることなどできない。それはユウも同様で、もはや考える余地など無く、犯人探しに関わることに成った。
「その、それで犯人を捜すと言っても、どうするんですか?このことは人には言えないでしょう?」
「まあ、とにかく。状況を調べよう。誰が犯人かではなく、どのようにしてやったかということだ。とりあえず、暗闇でよく見えなかったからもう一度遺体を調べよう。今は確か医者に渡したんだったな?」
「え?……なあ、ユウ。今ヴェローナ様なんて言ったんだ。俺には遺体を調べるって聞こえたんだが……」
ネイがユウに尋ねる。ネイは気が進まないのだ。もちろん誰しも進んでやりたいようなことではないが。
「ん?どうした、ネイ。あ、そうか。そうだな。いきなり遺体を調べるなんて言われても、行きたくは無いよな。まあ、いやなら、外で待っていればいい。ユウはどうする?ユウも待っておくか」
「俺は……行きますよ。何というか、他人事のように思えなくて」
「……そうか。助かる――そうと決まれば急ごう、何事も早めにするに越したことは無い。それでは、ディナールさん王女殿下によろしく」
ヴェローナはディナールに挨拶し、会議室を後にした。ネイもそれに続いて会議室を後にする。ユウもそれに続こうと、進もうとした、その一瞬の間に。
「ユウ。地下の件。あれはまた今度にしましょう。きっと、今はもっと優先するべきことがあるはずですから」
「はい」
「物事にはなんにでも優先事項というものがありますからね」
ディナールはユウにそう言った。そしてもう地下を調べることは少なくともユウとディナールとでは止めるということだ。
当然。王女が城を抜け出すことと、殺人犯が城の中で過ごしているかなら、より危険なのは間違いなく後者だ。そう意味での優先順位、ディナールにとってのより王女のためとなる優先順位だ。
ユウにとってはどうだろうか?当然、最も自分にとって優先すべきことは何かユウにはわかっていた。そして、その最も優先すべきことのために地下を調べるという任務をこなさなければいけない。調べた後は、どうなるか。それはわからない。何時まで、この城で働かなくてはならないのか、それもわからない。
しかし、ただ一つユウにはわかることがあった。それは自分には他に手はないという事だ。
話が後半戦に入った。この話がどんな結末になるんだろうね。
更新頻度上げたい。




