第十一話:静かなる気配・2
いつものように朝が来て、日が昇り、秋の乾いた風が吹いている。しかし風も太陽も、隠しているのだ。整った、いつも、に相応しくない、見えてほしくない影を、懸命に。
そして、朝が来る。昨日のように明日のように無神経に無遠慮に普遍を押し通したいように。
ユウとネイがいつものように向かい合って朝食を食べている。
「なあ、ユウ。そう言えばなんで昨日は戻ってくるのが遅かったんだ?ディナールさんへの報告ってそんなに時間かかるもんなのか?」
「ん?ああ、なんていうかいろいろあって」
ネイがユウに昨晩の事を尋ねた。
ユウは少し迷ったが、誤魔化す必要も無いと考え昨晩の事を話すことにした。昨晩の事と言っても、もちろんエリーの事だけだ。
「いろいろって?」
「別に大したことじゃないんだが、食糧庫で盗み食いしてるやつを見つけた」
「は?そりゃ大変だろ。で、見つけてどうしたんだ?」
「俺はそいつに殺されかけた」
「おいおい、お前それで大丈夫だったのかよ?」
「ああ、そいつは俺に恐れをなして逃げて行ったよ」
「まじかよ――って、一気に胡散臭くなったな。ほんとはどうだったんだよ?」
「別に嘘は言ってない。まあ、恐れをなしていたかはわからないが」
「だろうな、そもそも隠れて盗みを働く奴ってのは臆病なもんだ。大方、人が来たから驚いて逃げて行ったんだろう」
「ああ、確かにそうかもな」
「それにしても、まさか本当にそんなことがな。お手柄だなユウ。それで相手の方はどうなったんだ?」
「さぁ、わからん。こういう場合って普通はどうなるんだ?」
「うーん。普通は物を壊したりしたら弁償か、よっぽどなら謹慎、とか?だけど、盗みはな……」
「そうか」
当然悪意を持って盗みを働いたのだ。それも、ただの民間の出来事ではない。ここは王女が住まう城なのだ。罪はより重くなることはユウにも安易に想像できた。失職や、投獄。場合によってはもっと。
ユウはエリーの事が好きではなかった。それどころか関わりたくないぐらいだった。嘘つきで暴力的で怠慢だ。そして盗み。全く褒められるところが無い。
しかし、ユウにはそれが他人事には思えなかった。嘘をついて城に入っている以上、それがバレればユウはエリー以上に罪が重いのだ。
「ユウ、食べたなら、早く行こうぜ?」
「……ああ」
ネイとユウは食器を持って。食堂の洗い場へと運んだ。
ユウは食器を厨房を担当する使用人に手渡した。手渡す相手をいつもは特に気にも留めていなかった。なぜならユウ達とは担当が違うので面識が無いのだ。
しかし、この日は違った。ユウの目の前に居た使用人はユウが知っている人物だったのだ。
「……あ。お前、ユウ」
「えっと、エリーさん、どうしてこんなところに?」
「どうしてだと、これも全部お前のせいだろ」
「ん?どうしたユウ、いつの間に厨房担当と仲良くなったんだ?」
「いや、別に仲良くはなってない。ほら、さっき話してた盗み食いの」
「あー、それ大丈夫なのか?関わらない方が良いんじゃないか」
ネイがユウに小声で諭す。なぜここにエリーが居るのかユウにもわからなかったが、関わり合わない方が良いのは確かだった。
「待て、ユウ。どこに行く?ここであったら百年目。お前のせいで私が盗み食いをしたのがバレ、じゃなくて、冤罪だ。お前のせいで私は厨房担当の下っ端に、今そっちに行く、そこを動くなよ」
エリーは手に持っていた食器を置いて、ユウの側に回り込もうとした。
しかしそのエリーの後ろに、筋肉質の大男が腕を組んで、エリーを見ている。
「……あ、えっと。な、何でもないです――ほ、本当です、本当に反省してます。だから、もう野菜の根は勘弁してください。まともなものが食べたいです」
エリーはその大男の機嫌を伺って、ぺこぺこと頭を下げている。
エリーは昨晩の盗み食いの罰として与えられたのは二つ。一つは今日の朝から厨房で下働きすること。もう一つは真面目に仕事に取り組むこと。
城に住まう住人で、ヴェローナという存在はとても異質だった。なぜなら誰も、彼が本当は何者であるのか聞かされていないのだ。
この日ユウとネイはヴェローナの部屋の掃除を担当することに成っていた。
二人は部屋の扉を三度叩いた。
「どうぞ」
「失礼します。掃除に来ました」
ネイは両手にバケツとモップを持って、ユウは箒を持って部屋に入った。
ヴェローナは部屋に一人、分厚い本を読んでいた。部屋の壁の一面はほぼすべて本棚だった。
部屋からはあまり出てこないのは部屋に籠って本を読んでいるからだろうことはユウにもすぐにわかった。
「君たちはヨーライック人かい?」
「え?そうですけど、どうしてそれを?」
ヴェローナは読んでいた本から視線を外し、ネイにそう尋ねた。
「やっぱりか。いや、部屋に長く籠っているといろいろと気が付くことがあってね。君たちが扉を叩いたとき、その回数は確か三回だっただろう?三回はヨーライック人だ、ムクロイナ人だと四回」
「そう言うことだったんですか、すいません。以後気を付けます」
「別に変える必要は無い、つまらない事で手を止めさせてしまってすまなかった」
「い、いいえ、別に」
ヴェローナは再び視線を本に戻し、ネイもユウも掃除に戻った。
しばらくして、ユウとネイは掃除を終えて、部屋を後にすることにした。
しかし、立ち去ろうとした二人の内ユウだけをヴェローナは引き留めた。
「じゃあ、ユウ。俺は道具を片付けるから、箒を渡してくれ」
「ああ、ありがとう」
ネイはユウから箒を受け取り、先に一人で部屋を後にした。
ヴェローナがなぜユウを引き留めたのか、それはネイには不自然に思え、そしてユウには驚きだった。
「あの、自分に何か御用でしょうか?」
「少し聞きたいことがあるんだ、昨日四人でくみ上げ機のある地下まで行っただろう?どうもそこで落し物をしてしまったみたいで、取りに行きたいんだが鍵は持ってこれるか?」
「鍵ですか、許可を取れば持ってこれると思いますけど。何を落としたんですか?」
「大切なものだ。肌身離さず持っていたんだが、それがあだになった」
「はぁ。それで具体的にはどんなものですか?取って来ますよ」
「その必要はない。自分で落としたものぐらい自分で取りにいく」
「ですが……」
「俺が一人で行くのがだめなら、君も付いてきてくれ。君と私で取りに行こう」
「えっと、それは……」
ユウはヴェローナの提案を断りたかった。しかし気づけば地下に行くことを了承してしまっていた。ただ、本来それだけでは何も問題にはならない。だが、ヴェローナがユウと二人で地下に行こうというのは問題だった。
ヴェローナは敢えてユウ一人にこの話をしているのだ。そして人目に付かない地下に行こうというのだ。その理由も本当かどうかはっきりしない。そのためそこには何か言っていることとは違う意図があると見て良い。
「ダメか。まあ、許可できないのであればそれも仕方がない。私は別の道で行くことにする」
「別の道?」
「気になるか?」
「い、いえ。ただ、そんなものがあるんですか?」
「あるさ。この城に長くいると他にすることも無いからな、いろいろと隠し通路だとか隠し部屋、隠し階段何てものを見つける機会が多かったんだ」
「……それで、地下に行く通路もあるんですか?」
「ああ、ある。少なくとも出口のようなものは昨日地下に行ったとき確認した」
「そうだったんですか、全く気が付きませんでした。ん、でもそれじゃあ出口はわかっても入り口はわからないんじゃないんですか?」
「ああ。確かにそうだな、だが、探すのも悪くない。どうだ、これから探しに行かないか?」
ユウは当然それを断るべきだった。ヴェローナは信用できない。敵であると断定することはできない。しかし十分注意するべき人物だった。
ただ、それとは全く反対の案もユウの中にはあった。もし、ヴェローナが敵でないなら、ユウにとっては地下を調べるのにこれほど都合のいい人物はなかなかいないのだ。
「迷っているかい?」
「はい」
「なるほど、大体わかった。君がどういう人間なのか」
「え?」
「いや、何度も言うが俺はそこそこに暇でね、だから、暇つぶしに考えるんだ。考えるというか分析するという方が近いかもしれないが――例えばさっきの君と一緒にこの部屋に来た使用人だ。彼はヨーライック人で、思うにヨーライックの貴族に代々仕えている家系の人間だろう。違うかい?」
「……いえ、確かにそう言ってましたけど。どうしてそれを?」
「簡単なことだ。立ち方と身の動かし方が違う。幼い時から言われているからだろう。まあ、単純にその可能性が高いと思っただけでもある――それで君だ。君は俺が地下に行こうと提案したことでどう答えるか迷っている。迷っているということは、提案に乗る理由と乗らない理由、そのどちらも持っているということだ。まず乗らない理由はなんだ。これは簡単だ。普通はそんな面倒なことは避けたい。じゃあ乗る理由は?」
「……それは、善意ですよ。落とし物を取りに行くなら一人で行くよりも二人で行った方が良いと思って……」
「違うな、それは無い――まあ、例えば使用人としての責任感から城の客人が勝手にどこかに行くのを止めたいというのもありうるが、ここの使用人にはそういう人間は少ない」
「なら、何だって言うんですか?」
「そうだなぁ、俺が思うに君はこの城の隠し部屋や地下というものに興味があるんじゃないか?一体なぜ興味があるのかは知らないけれどな――もちろんそんなことは俺には関係ないし、本当にただの善意だというのであればそれでいい」、
「……もちろん。善意ですよ」
ユウは嘘をついた、つかざるを得なかった。
これでユウとヴェローナとの話は終わった。ユウはヴェローナの部屋を後にし、ネイと合流しようとした。地下で落とし物をしたというのはどうなったのかはユウにはわからない。この後ヴェローナが一人でその隠し通路を見つけて、取りに行ったのかもしれないし、別の使用人に声を掛けて取りに行ったかもしれない。或いは話は全くの出鱈目で、本当は落し物なんて無かったのかもしれない。
城のある場所にて、ドンレミの秘書サンテシャンはある理由があって城の中を大慌てで歩き回っていた。そこに偶然にもユウとネイが通りがかった。サンテシャンは二人に、ドンレミの居場所を知らないかと尋ねた。しかしユウにもネイにも現在ドンレミがどこにいるのか見当はつかなかった。
「困りました。部屋にも居ませんでしたし、中庭の方も居ないみたいですし。御二人ならもしや知っているのではと思ったのですが……」
「力に成れず、すいません」
「いえ、こちらこそ、引き留めてしまって」
「ところで、いったい何が――」
「おや?そこに集まっているのはユウとネイと、サンテシャン様。何かあったのですか?」
三人の元に現れたのは、使用人の一人、フォルトゥナだった。
「あなたもここの使用人ですね。丁度良かった。ドンレミ様を探しているのです。心当たりはありませんか?」
「ドンレミ様ですか……ドンレミ様でしたら、私先ほどお見掛けいたしましたが」
「本当ですか、良かった。出来れば呼んできて欲しいのですが――ところでどこに居るのでしょうか?」
フォルトゥナは丁度良く、サンテシャンに必要な情報を持っていた。ただその情報には一つの重要な要素が欠けていた。すなわちドンレミが今どこにいるのかという事だ。
それはともかく、ユウとネイはサンテシャンの要請に応じ、フォルトゥナに案内されてドンレミの元へと向かった。
カプツィナの城はこの町で最も高い場所にあり、そして最も高い建物だ。その為、城の屋根の上は町を一望することができる。そんな屋根の上にこの国で最もよく知られている人物の一人である。英雄と皆が呼ぶ女性、ドンレミが居た。
彼女は見晴らしのいい場所を好んだ、そして静かな場所も好みだった。屋根の上はそんな彼女にとって最も居心地のいい場所だった。当然、他に誰も居なかった。
「やあ、ユウ。まさか君とこんなところで会うなんてね」
「ドンレミ様。本当にこんなところにいらしたんですね。サンテシャン様が探していましたよ」
「ああ、そうだったか。それは面倒を掛けたな。すぐに向かうよ」
「それにしてもすごく良い景色ですね」
ユウは眼下に広がるミニチュアの町を見た。正面の大通りでは人々が行きかっている。右手を見れば工場の煙突が煙を吹かしている。活気ある街並みだった。町の中からではこうは見れない。城の屋根の上という場所会ってのものだ。
「良い景色、か――それはどうだろうな」
「と、言うと?」
「いや、別に気にするほどのことじゃないさ、ただ、私は皆が言うような英雄というものではないと、そう言うだけさ」
ユウはドンレミの言っている意味は分からなかった。ただ、用は済んだので、この美しくも危険な屋根の上から早く立ち去りたかった。
ユウとドンレミ、そして待機していた。ネイとフォルトゥナの四人はサンテシャンの言われた通り、今度はある部屋へと向かった。そこは城にある普段はあまり使われて部屋の一つで、使用人たちからは会議室と呼ばれている部屋だ。
四人が部屋に入った時、そこにはサンテシャンだけでなく、王女とディナール、そしてヴェローナが居た。
「ドンレミ様、良かった――それとユウとネイ。二人も残って下さい」
サンテシャンはユウとネイも部屋の中に残るように言った。
その時、ユウは気づいた。部屋の中に居る誰もが深刻そうな顔をして、部屋中が重い空気に包まれていたことに。
「それで、サンテシャン。いったい何があったんだ?」
「ドンレミ様。それと、皆さん。お忙しい中集まって下さってありがとうございます」
サンテシャンがどこか勿体ぶった様子で、言葉を続けた。
「これはついさっきわかったことなのですが、本当に本当に何もなければよい事なのですが――教会にノーブムという名の人物がいたでしょう。昨晩にもユウとネイはあったと思います。そのノーブムが……姿が見えないのです。今の今までどこにも」
前回の投稿から1週間が開きました。別に書いていないからではないです。ここ1週間書いてました。ただ、展開を考えたり、いろいろしていたりしたら投稿したりする時間が無かったんです。
何というか、自分は投稿するよりも書くことや続きを考えることの方が向いているような気がします。




