第十話:暗闇の底の30枚の銀貨・3
これまでのあらすじ。
城に潜入したユウは地下を調べることに成った。そして、偶然にもユウの知らない地下水汲み上げ機のある地下に行く機会を得る。
これは地下に降りて、そして暗い地下からもう一度地上に戻ってきた後の話。
地下水のくみ上げ機がある地下まで、ユウ、ドンレミ、アノミー、ヴェローナの四人は降りた。
地下は狭く入り組んでいて、足場も悪く実際の距離よりもユウにはかなり長く感じた。
目的地に着くと、そこは途中までの道とは違い、かなりの広さがあった。
結局、問題の原因はというと、ただねじが一本抜けていたというようなもので、すぐに解決できそうだった。
四人は問題の原因を無事確認したため、地上へとすぐさま戻ることにした。
「それにしても、まさかほんの一本のねじが抜けただけだったなんて。もっとなんていうかでかい事があったらおもしろかったのにな?」
「でかい事って、そっちはただの庭師だから他人事かも知れないけど、ここに住んでいる俺たちには一大事なんだが……」
ユウとアノミーは地上へ戻るとドンレミとヴェローナから別れ、カギと地図を戻すために宿舎へと向かっていた。
「ま、確かにな。それにねじ一本の緩みでも、今回みてえに大事になることだってあるしな。ま、俺は帰るわ、これから夜の街に繰り出すしな。じゃあ、あとはよろしく」
「ああ、気を付けて」
アノミーは鍵を返すのをユウに任せて、もう少しで宿舎に着くというところで去って行った。
すると、まるでユウが一人いなったのを待っていたかのように、アノミーが去ってすぐ、ユウが宿舎の前に差し掛かった時、宿舎の前にエリーが居た。
「お、ユウ。来たか来たか。待ってたぞ。お前地下に行ってたんだろ、どうだった?」
「行きましたけど、それがどうしたんですか?」
「……いや、別に。もし良い場所だったら、さぼるのにちょうどいいなって」
「やっぱそう言うのですよね。というか、なんでそんなにさぼりたいんですか?来たくて来たんでしょう?」
「あたり前だろ。あたしはただ、やる気が無いだけだ」
「堂々と言うことですかそれ」
「堂々と言う。何度でもいう。あたしはやる気が無い。そもそもなんであんな王女のために働かなきゃならないんだ――それにあたし一人さぼっててもここには他に使用人はたくさんいるから問題ないだろ?」
「いや、そうでもないと思いますけど……言うじゃないですか。機械はねじの一本が壊れて動かなくなるって」
「……正論は止めろ。言い返せないだろ」
機械はねじの一本でも足りなければ正常には動かない。使用人もそれは同じだ。ただ、ユウ自身はどうだろうか?ユウは自分で言っておいて、その言葉で思い出した。
今使用人の中にはユウという歪んだネジが混ざっている。もし本当に言葉通り、一つのネジの異常が全体に波及するのなら、歪んだネジはいずれ見つかり、取り除かれる定めなのだ。
ユウがそんなことを考えていると、エリーの声を聞きつけたのか。教会の方からノーブムが走ってきた。
「今、言いましたね?エリーさん」
「うわ、またあんたかよ。あたしがなんか言ったか?」
「言いました。王女殿下に無礼な発言を、今さっき。ユウも聞きましたよね?」
「え、あ。は――」
ノーブムがユウに突然に話を振ったのでユウは驚きながら答えようとした、しかしノーブムの隣に視線を移すと、そこに居たエリーは当然のようにユウを睨みつけている。
エリーは目で訴えているのだ。聞いていないと言え、と。もし言えばあとで覚えていろ、と。
「ユウ。正直に言ってください。大丈夫です。この不届き者は必ず態度を改めさせます」
「誰が不届き者だ。不届き物はあんただろ。そんなに王女殿下が好きなら、あたしにかまわずさっさと媚を売りに行ったらどうだ?」
「は?なんですその言い方は、私は王女殿下の教育係の一人としての責任を果たしているだけです」
「事実じゃん。王女は馬鹿だから気づいてないが、バレバレだね」
「また、不敬な発言を、許せません」
「許せない?じゃあ許されなくていいから、何度でも言ってやるよ。王女は馬鹿で幼稚で迷惑でわがまま。それが事実だ」
「あなたに矯正は無理なようですね。そう言うなら、やはりここの使用人に相応しい人間ではない」
「そ、ところで相応しくないならあんたはどうする?あんたに使用人の人事権は無いし、王女にちくったって無駄だぜ、あいつは馬鹿だからな」
ノーブムとエリーの口喧嘩は白熱し始めた。それに伴って、もう二人の目にはユウは移っていなかった。
ユウはこの場からゆっくりと身を引き、静かにその場を後にした。
うまく争いごとを避け、無事にカギと地図を宿舎の元あった場所へ戻した。
ノーブムとエリー。二人はこの前も同じように言い争っていた。大概はノーブムがエリーの不真面目な態度を注意し、それにエリーが反発し、そして王女に流れ弾が跳ぶ。
カギを戻して、ユウは通常の仕事に戻るはずだった。しかしもうそのころには夕食の時間が迫って来ていた。そのためユウは食堂の方へと向かい、昼ぶりにネイと合流した。
「ユウ。それで、どうだったんだ?」
ネイは食事を始める前にユウにそう尋ねた。
「どうって、暗かったな」
「違うそうじゃなくて。ヴェローナ様だよ。あの人も来たんだろ?」
ネイが机に身を乗り出すようにしてユウに耳打ちした。
「ああ、来てたけど。どうかしたのか?」
「いや、別に何かあるわけじゃないんだが。ただ、少しどんな人なのかなって気になってな」
「どんな人?か、そうだな……」
ユウは考えた。しかしそのあいまいな問いに答えられるほどユウの持っているヴェローナの情報は多くなかった。
「いや、別にそんな重要な話じゃないんだ。ただ前にドンレミ様を俺とお前で部屋に通した時に見ただろ?それから気になって少し他の使用人にも聞いてみたんだ」
「ああ、それで?」
「いや、なんていうかそれが全然でさ、わかったのは使用人にあまり頼らない人らしいってことだけ。部屋にもずっと一人でいて出て来ることが少ないし、一人が好きなのかもしれない。ならなんで地下について来たんだって話だけどな」
「へー。それで、何者なんだろうな?」
「それもよくわからないんだよな。どっかの偉い人か、その子どもには違いないと思うんだが。あ、そうだもしかすると王女の結婚相手だったりして」
「王女の?」
「いや、別に何でもない。忘れてくれ」
ネイは冗談めかして言った。実際にそれはただの冗談だった。もし、王女の将来の結婚相手だと言うなら、それを使用人が誰も知らないなんてことがあるはずがない。
では本当にヴェローナは何者なのか。二人にはこの場で答えを出すことなどできはしない。その為、もうそれ以上二人はヴェローナについて話すことは無かった。
夕食の時間が過ぎ、ユウ達はいつものように食器を片付けた。片付けると言っても、厨房担当の使用人に渡すだけだったが。
食事を終え、食堂を後にした二人はすぐに教会へと向かった。
ユウは知らなかったが、ネイは夕食後教会に来るようにとノーブムから言われていたのだ。
「ノーブムさん。ネイとユウです。言われた通り、来ましたよ」
「来ましたか、他には来ていませんね?」
「はい。来ていませんが」
「私が二人を読んだことも誰かに言っていませんね?」
「はい。そうおっしゃったので」
「とにかく、奥に」
ユウとネイを出迎えたノーブムはどこか人目を気にしたように、二人を教会へと入れ、扉を固く締めた。
ノーブムの様子は二人から見ても簡単にわかる様に、昼間の間とは違った、真剣さと真面目さとがあった。
ノーブムはその誰かの目を気にするような様子のまま二人を教会の奥の部屋へと招いた。
そこは狭い部屋だったが、良く片付いていた。いや、片付いているという言葉はあまり相応しくなかった。それはまるで一つ一つの物が隊列を組んでいるかのようで、ほんの一ミリ場所を動かすこともできないような。良く言えば整った、悪く言えば神経質なノーブムの性質を映し出していた。
「座って下さい」
「はい」
ユウとネイはノーブムに進められて、椅子に腰を下ろした。その椅子もまた、等間隔に全く同じ形と同じ色、同じ大きさで揃えられていた。それどころか椅子を何センチ引くかまで決められているようだった。
「その、それでいったい何があったんですか?自分はてっきり何か使用人としての用だと思っていたんですけれど」
ネイがノーブムに恐る恐る尋ねた。
「……少し二人に話があるんです」
「話?」
「はい、とても大切な話です」
「大切な、っと言うと一体どんな話ですか?」
「それを話す前に。ここからの話は他言無用です。誰にも話さないと誓ってください」
「……ち、誓います」
「ユウはどうですか?」
「もちろん俺も、誓います――けれど、そんなに重大な話ならなぜ俺たちなんですか?他にも使用人はたくさんいるじゃないですか」
「それはまた、聞けばわかります……誓っていただきありがとうございます。それでは本題に入ります――まず、私が二週間後のパレードが終わると、この城から移動しなければなりません。ですから早めに誰かに伝えたかったんです」
「はい」
「私も王女殿下の元に来てそう長くありません。しかし今、この城に何か危機が迫っていると感じるのです」
「危機?というと具体的には?」
「……私がこの話ができるのはムクロイナの人間でない方で、信頼できる人だけです。出なければこのような話、混乱を招くだけですから。お二人を選んだのはそういう理由です」
「あの、それで具体的には?」
「この城の中に裏切り者が居ます」
ノーブムが言う。この城に裏切り者が居ると。
それがこの城に潜入している人間をさしているなら、ユウの正体はついに見破られた、のか?




