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望まぬ君を望む世界  作者: 波積 形り
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第十話:暗闇の底の30枚の銀貨・2

庭には二者が、周りには輪が。我が思いは和。

 城の中庭は元々は美しい草花と木々の美しい庭園だった。しかし現在そこは軍隊が駐留しているため、立ち入ることはできない。

 都市としてのカプツィナは内陸の一年を通して降水量が安定しない地にある。その為、庭の植物や城の住人が使うために地下水をくみ上げている。

 しかしある日の朝問題が起きた。城の一部で地下水が出なくなったのだ。

 使用人たちはその原因を考えたが、すぐには明確な答えは出なかった。

 しかし答えを待たずして、中庭を占拠している軍が何か関係しているのではないかという憶測が広まった。

 そしてそのことで真偽を確かめるために使用人数人が軍隊の駐留する中庭へと出向いたことで、問題が発生した。

 その使用人とそれに対応した兵士との間で言い争いが起こったのだ。しかし話はそれでとどまらず、そこからその言い争いの当事者ではない他の軍人や使用人、その他の城の住人達にまで話が広がり、収拾が付かなくなっていたのだ。


「ここはすでに軍の管轄だ。誰であろうと、立ち入る事は出来ない」


「別に少しぐらい良いじゃねえか。こっちは庭の水も枯れていないか、善意で聞いてるんだぜ」


「これはお前たちの管轄ではない」


「あんたらはこの城に来てまだ三日と経ってない、あんたらはこの庭に関して何を知っていんだ?」  


「立ち入りはできない」


「そうやって、俺たちを足止めして、何か隠してるんじゃないのか?」


 軍のテントの前で、話の中心である数人の使用人と軍人を取り囲むように何人もの軍人と使用人がにらみ合って、輪を作っている。

 ユウはその輪の端で同室のネイを見つけ、事情を聴くことにした。


「おい、ネイ。いったい何があったんだ?」


「お、ユウ。お前も来たのか。俺も今来たばかりだから詳しくはわからないが、とにかく何かあったらしい」


 ネイもユウもそれどころかここに居るほとんどの人間はただ騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬で、何を争っているのかも知らずに集まっていた。

 しかし、城に元々居た使用人たちと、後々来て庭を占領している軍隊の間で争いの火種は元々くすぶっていたのだ。

 野次馬として、ユウが輪の中心を見ていると、その輪の中心に居た人物を見たことがあった。それは使用人ではなくこの前にユウも一度見たことがある庭師の青年だった。

 ユウが来るまでに互いの主張は平行線をたどり。苛立ちが輪の中心に沸き経っていた。

 すると、その青年とそれに応対している軍人をはやし立てるように、輪の野次馬の誰かが言った。

 決闘しろ、と。決闘で勝敗をつけろと。

 当然それはヤジの一つに過ぎなかったが、それを聞いた青年の方がその言葉を拾い上げた。


「良いじゃねえか、決闘。俺が相手になってやる。そっちからも誰かひとり代表者を出せ」


「良いだろう、望むところだ」


 青年の提案に応対していた軍人も乗り気だった。

 しかし青年がなぜそのような提案をしたのかユウにはわからなかった。なぜなら、戦闘経験のある軍人相手の決闘は明らかに青年の方が不利になるはずだった。勝負をつけるにしても別の方法があるはずだった。或いはただの勢いや強がりでそう言ったのかともしれなかったが、ユウが見るにそうではないようだった。

 それよりもユウにはその青年の様子はニューキーのような、ただ喧嘩がしたいだけというように見えた。

 しかし、二人の決闘が始まろうかという時に輪の外側から、思わぬ横やりが入った。

 野次馬たちのざわめきと共に輪が突然穴を開け、皆一様にその一人を見ていた。

 その一人とは、輪の野次馬の誰もが知る英雄。ドンレミが堂々とした態度でそこに居た。

 騒ぎを聞きつけて、それから庭まで仲裁するために来たのだろう。或いはユウ達と同じく野次馬として来たのかもしれないが、彼女を見ている誰もが英雄の傍観を見逃すわけは無く、輪の誰かが英雄に気づき、道を開けたのだ。


「――おー、そこにいるのはドンレミ様だよな。まさか、俺たちの決闘に水を差しに来たんじゃないだろうな?だが良いぜ、俺は相手が誰であっても引きはしないからな」


 庭師の青年が応対していた軍人からドンレミへと視線を移した。その言葉はドンレミを決闘に横から割って入ってきた、乱入者という存在に固定してしまった。

 ドンレミ本人が返答するよりも早く、輪の野次馬全員が英雄の戦いが目の前で拝めるのかという期待をした目で彼女を見ていた。しかし――


「……私は、戦うつもりはない」


「はぁ?」


 ドンレミの反応に輪になっていた全員がどよめいた、誰もがその決闘を受けるだろうと思っていたのだ。


「話は聞かせてもらったが、地下水のくみ上げ機に何か不具合があったのだろう。そのことで我々が争いあう理由にはならない」


「――だ、だが、こんなこと今まで一度も無かった」「そうだ。(あんたら)が来てから、いや、来たからこんなことに成ったんじゃないのか」「そうだそうだ。それにここの使用人である我々に立ち入るなというのは何かやましいことがあるからじゃないのか」


 使用人の誰かが続けざまに言った。それはいずれも憶測の域を出なかった。しかしここに居る使用人の多くにとってそれはむしろ本心から思っていることに違いなかった。


「なら――見に行こうじゃないか。私と使用人の誰かで地下のくみ上げ機を見に行く。それで原因ははっきりするだろう」


 ドンレミの言葉に使用人たちは再びどよめいた。そして次第にそのどよめきは次第に発言に対してではなく、その発言を受けて、誰が地下に行くのかということに変わった。

 それは暗にドンレミの提案が受け入れられたということだった。




 ドンレミの発案で地下へと向かう人間が選ばれた。

 しかし、使用人の多くはその提案に名乗りを上げなかった。

 なぜならその多くがただの野次馬であり。地下への狭く険しい道を通って、地下水のくみ上げ機まで行くという面倒な仕事は例え英雄の提案であってもすぐに手は上げずらかった。

 そんな中で、最初に名乗りを上げたのは輪の中心で争っていた、庭師の青年だった。それは元々このいさかいの原因でもあるため当然の事だった。

 しかし、その青年はあくまでも庭師である。使用人たちの面子を守るためには純粋に使用人から一人、地下へと同行しなければならなかった。

 けれどもなかなか手は上がらなかった。そこで、ユウは名乗りを上げることにした。

 ユウはそのくみ上げ機がある地下がどこにあるのか興味があったのだ。

 誰とも知らない新入りのユウだったが、すでにドンレミと面識があることと、他に誰も行こうとはしなかったため反対するものも居なかった。けれども、隣で話を聞いていたネイは驚いて、とても心配していた。

 この三人で地下を見に行こう。そう話が決まり、野次馬の輪は次第に崩れ去って行った。

 しかしその崩れた輪の外から、もう一人の志願者が入ってきた。

 それはこの城にユウやネイが来る前から客人として暮らしているという青年、ヴェローナだった。

 ユウが彼について知っていることは少なく。唯一知っていることといえば彼がドンレミが城に来た際に真っ先に会いに来て、弟子にしてほしいと願い出たことぐらいだった。その願いはその場でドンレミが完全に断ったが。しかし今、地下へ同行したいという彼の願いを断る理由も無いため、誰もが地下に同行することを許可した。


「これで四人か、とりあえず詳しい話は入り口でしよう。それよりもまずはくみ上げ機がある地下へのカギと地図が必要だ。ユウ、取って来てくれないか?」


「え?」


「くみ上げ機がある場所までは使用人たちが地図を持っていると聞いていたが、もしかして知らないのか?」


 ドンレミたちは使用人ならば知っているのだろうと思っていた。しかし、ユウは勿論それを知らなかった。


「……すいません。誰かに聞いてきます」


「おい。待てよ」


 ユウは他の使用人に尋ねようと、その場を離れようとした。それを庭師の青年が引き留めた。


「地下の鍵と地図がどこにあるのかなら、俺に心当たりがあるぜ。案内してやるよ、お前も来い。使用人のお前が居た方が話が早い」


 ドンレミとヴェローナをその場に残して。庭師の青年がユウの手を強引に掴み、引っ張って進んだ。




 庭師の青年に連れられてきたのは、ユウやネイ達、使用人たちの宿舎だった。

 そして、その宿舎の一階には宿舎や使用人の管轄する部屋のカギを管理する専用の部屋がある。そこに地下水の汲み上げ機のある場所への鍵が保管されていた。


「ここだ。ま、ここまで来たらあとはお前が行け」


「わかった。ここまでありがとう。えっと……」  


「名前か?俺はアノミー。適当に読んでくれ。お前はユウだよな?」


「ああ――なあ。ところで、少し聞きたいんだけど、さっき、もしドンレミ様が決闘に応じてたいらどうするつもりだったんだ?まさか本当に戦うつもりだったのか?」


「は?そんなの当たり前だろ」


「でも、相手はあの英雄だろ?」


「それがどうかしたのか?お、もしかしてお前も戦いたかったのか?」


「いや、そんなまさか」


「ふーん。なんだ、まあいいや。それより早く取って来いよ」


「あ、ああ」


 ユウは直接話をしてある確信が持てた。

 アノミーという青年は喧嘩というものが好きだ。それも自分が負けることを全く考えていない。そんな人間をユウはこの町に来てから一人知っていた。

 ニューキー。この町の暗い路地に住んでいる男。アノミーはどこか彼に似ていた。




 ユウとアノミーがカギと地図を取ってきたおかげで、地下へ行く準備は整った。

 四人は城の隅にある、古びた扉の鍵を開けた。その先には階段が一つあり、かつ昼間だというのに先が見えないほどに暗かった。その為ユウ達は一人一つずつ明かりを持った。それは筒状の機械で、スイッチを押すと一つの方向が光に照らされる。ユウが持っている知識の中ではそれは懐中電灯に近いものだった。


「まず、この階段を少し降りる。そしたら、地下へと降りる縦穴があるから、そこの垂直の階段を下りる。降りる順番は私、アノミー、ユウ、最後にヴェローナ。で良いか?」


 ドンレミが暗い階段を下りながら他の三人に提案する。当然、ユウにもアノミーやヴェローナにもそれに異論は無かった。


「よし、これだな――良いか、安全のために一人ずつ順番に降りよう。前の一人が下り終わったら上に合図を送る。そして合図を聞いたら次の一人が階段を下る。三人ともそれでいいな?――よし、それでは私から行くよ」


 ドンレミは三人に確認を取ると一人地下へと降りて行った。

 しばらくすると、縦穴の底から、降り切ったことを伝えるドンレミの声が聞こえた。それに従ってアノミーが垂直の階段を下り始めた。


「……ヴェローナ様?」


「何だ?」


「何故地下に?その、少し気になって」


「……おしゃべりな使用人だな」


「すいません」


 昔のユウは誰かに自分から話しかけることはほとんど無かった。それどころか積極的に関わろうともしなかった。

 それが変わったのはニーアとの出会いがあったからだ。そして、その出会いを守るためにはユウは多くの事を知る必要があった。

 ヴェローナはこの城に長く暮らしている。それだけで、王の紋章の刺青の人物である可能性が十分あった。

 ユウがこの城で注意するべきこと、それは自分自身の素性が他の使用人たちに知られることだ。そして更に警戒するべきはヒエラルが言っていた王の紋章の刺青の人物。その人物は他の城の住人とは違って、周囲に疑いの目を向けているに違いなかった。

 しかし、それなら疑われるよりも先にその相手を確認すれば対策できるとユウは考えた。

 ただしその刺青が服の下にあるなら直接見て確認することは不可能に近い。しかし話を聞き、そこから推測することはできる。

 ユウは怪しまれないようにするためにもおしゃべりを演じたのだ。


「まあ、別に言ってもいいが、俺がなぜついて来たのかだったか?」


「はい――あのひょっとしてドンレミ様ですか?」


「いや、違う。あの人は関係ない」


「なら、なぜですか?」


「……ただ、争いは美しくない。それは王女殿下が最も嫌うことだ」


「……はい?」


 それはユウが予想していなかった返答だった。

 この城の使用人の中でさえ、王女に対しての評価は決して高くは無い。むしろ、我がままだとか迷惑だという評価が主で、王女でなければ関わりたくも無いという人間がほとんどだった。

 その評判は使用人だけにとどまらず、一部の例外を除けば彼女に本心から敬意を払う人物はまず見ない。

 なら、今ユウの目の前の人物は何者なんだろうか。ユウは落ち着いて、その疑問を飲み込んだ。

 しかし沸き上がった疑念をユウは払拭しきれなかった。

 目の前の人物は、ヴェローナは、恐らく――


「どうした?下からの合図だ。次はお前の番だよな?」


「あ、はい」


 ユウはヴェローナに軽く会釈して、縦穴を下った。

 何事も無いように、ユウが下りて行くのをヴェローナは見ている。その際にユウの視線とヴェローナの視線が一瞬交差した。その視線は紛れもなく疑いの視線だった。

 ユウは雷に打たれたような気持に襲われながらも、慎重に、平静を装って。深き暗闇のそこへ向かう一歩を踏み出した。

 暗闇の底には何があるのかはわからない。

 しかし、たとえ銀貨を30枚積んだとしても深い地層は変わらない。

 ただし、浅い地層はその限りではない。

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