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望まぬ君を望む世界  作者: 波積 形り
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第十話:暗闇の底の30枚の銀貨・1

 カプツィナの街ではもう直に戦勝パレードが行われる。

 城の中庭には軍が駐留し、使用人たちも忙しくなった。そんな中で二つの諍いが城の中で起こった。

 ユウが城に来てから、もうすでに10日が経った。

 城に来てすぐは勝手が掴めなかったユウだったが、今はそれも多少はましになった。

 そして今のところ、ユウが城に潜入したスパイであることには誰も気づいていない。

 その理由は単純で、この城の使用人の数がとても多いからだ。たとえユウ一人が何か怪しいとしてもそれは集団の中では埋もれてしまうのだ。

 ここ数日、ユウを含む使用人の多くは近々行われる先の戦争の勝利を記念した、パレードに向けての準備で忙しかった。

 その準備という名の仕事の多くはパレードに参加する軍の兵士や楽隊を出迎えたことに関することだった。というのも、カプツィナの市街にはそのパレードで行進する軍が駐留できるほどの広い土地は開いていないのだ。それこそこの城を除けば。

 城の中庭に仮設の住居としてテントが張られ、そのため中庭は城の使用人たちの自由な出入りは出来なくなった。

 そのことは使用人の間では不便なことだったが、それに異を唱える者は当然いなかった。

 ただ少し、その光景がまるで戦時下を思い出すような物騒な予感と不安とが使用人たちの中では起こった。

 そして、中庭の使用に一際気分を害した人物が一人城にはいた。それは一応はこの城の主である第一王女、カプツィナだった。


「殿下。開けてください。朝食が冷めてしまいますよ」


 軍が来てから数日。軍の責任者の謁見に応じ、事前の予定通りに庭の使用を許可し、数日が経った。初めの一日と二日めまでは王女もそれに我慢していた。しかし三日目にしてもう我慢が限界を迎え、この日の朝はついに朝食の時間になっても部屋から出てこなくなってしまった。 

 部屋には内側からカギがかけられ、それに困りかねた使用人は王女の学友という立場を持つディナールに助けを求めたのだ。しかし、ディナールが扉越しに王女に出て来るようにと言っても、その返答が扉の向こうから帰って来ることは無かった。


「はぁ、こうなってしまってはもう出てはこないでしょう。エリー。殿下の朝食は下げさせてください」


 ディナールは王女との付き合いは長い。そのため、彼女の扱いをある程度は知っているつもりだった。

 少し落ち込んでいる程度であれば彼女が得意な絵を見せてほしいと言えば、ある程度は機嫌がよくなる。

 しかし今のように声を掛けても返事が無いほどの場合はどうするか、描いた絵を見せて欲しいと言っても無駄だ。だから、そんなときはディナールはそっとしておくことにしていた。それが最善だと思ってはいなかった。しかしそれ以外の方法が今の方法よりも有効であるとは思えなかったのだ。




 一方でもう一つ。城の中で王女たちとは別にもう一つ諍いが起こっていた。

 そのいさかいの当事者の一方は軍人で、その中でも人々からは英雄と呼ばれている女性、ドンレミ。

 そしてもう一方はドンレミ以外の軍本隊と共にカプツィナへと到着した、サンテシャンという名の、ドンレミの秘書をしている女性だった。彼女はドンレミが秘書である自分に何も言わずに別行動をとって、他の軍人が城を訪れるより早く城へと到着していたことについて咎めていたのだ。


「――勝手な行動はお控えくださいと言っているのはわかっていますか?」 


「ああ、わかっているとも。そのことについてはすまなかったと思う。ただ、ゆっくりと進むよりも私には性に会っていてね」


「もちろんあなたは先の戦争の偉大なる英雄です。実際、必ずしも軍隊と同じように行動する必要はありません。ですが、だからといって予定を前倒しにされては秘書としての私の立場がありません」


「……ああ、すまない。悪いと思っている。久しぶりに王女殿下に会えると思うと少し先走ってしまって」


「はぁ、まあ今回はただ早く来ただけですし、それはもういいでしょう」


「すまない」


「そう言えば、この前おっしゃっていた慰問の件ですが……」


「ああ、そうだったな――その分だと、また」


「はい。残念ながら。やはり、ヨーライックへの立ち入りは表立っては難しいです」


「ああ、そうか。ありがとう、サンテシャン」


「いえ、私はただ仕事をしただけです――ところで、どこかに出かけるのですか?」


「あ、ああ。すこしな、それで、その」


「わかっています。ついては行きませんよ」


 ドンレミはサンテシャンを残して、部屋を後にした。

 サンテシャンはこの国の軍人としてかなりの知名度を誇るドンレミの秘書を王より直々に任されている。しかし、それは反対に市民に大きな影響力を持つドンレミへの監視という目的もあった。

 その事をドンレミはある程度理解している。余りいい気分ではなかったが、それもまた英雄の持つ責任の一つだった。




 ドンレミが向かった先、それは王女の部屋だった。

 ドンレミも軍が来てから王女が元気をなくしていたことをディナール達から聞いていたのだ。

 しかし、王女の部屋の前に来て呼びかけても王女の返答は得られなかった。扉を開けようとしても部屋には鍵がかかっているため開けることができなかった。


「王女殿下は今は出ていらっしゃいませんよ。そっとしておくよう、ディナールさんも言っていました」


 鍵のかかった扉の前に居たドンレミに同じく部屋の前に居たユウが言った。 

 ユウはディナールから、王女が部屋から出て来るのを待っているようにと言われていたのだ。


「君は確か使用人の、ユウだったね。私が城に来たときに応対してくれた。君も待っているのかい?お姫様が部屋から出て来るのを」


「はい」


「そうか……これから、私は部屋に入ろうと思うのだが、君も来るかい?」


「え、まさか。扉を壊すんですか?その、使用人としてはその提案に乗れません」


「違う違う。そうじゃなくて、別の入口から入るのさ」


「別の?」


 ユウが知る限りでは王女の部屋に入る扉は今ユウ達の目の前にある扉ただ一つだった。

 ただ、それはあくまでもユウが知っている範囲だけの話だ。もしかするとユウの知らない別の入口が――


「――あの、ここって?」


「ん?、見ての通り。ここはお姫様の部屋の丁度真上にある部屋だが」


「はい、それはわかってます、ただ本当に行くんですか?」


「もちろんそのつもりだが」


 ドンレミは特に何でもないようだったが、しかしユウは本当に信じられなかった。

 ドンレミがしようとしているのは窓から王女の部屋のバルコニーへ飛び移るということだからだ。

 ユウ達が今いる位置は城の四階であり、それはかなり高い位置である。ユウが窓の外を見るまでも無く、地面までの高さは落ちればまず助からないほどの高さであることはわかる。


「おーい。どうしたユウ。来ないのか?」 


 ユウが考えている隙に、ドンレミはすでに王女の部屋のバルコニーに飛び移っていた。ユウが窓から除けば右下の大体一、ニメートルぐらいのところで手を振っている。


「大丈夫か?降りられないなら無理しなくてもいいぞ」


「い、行けるか?これ」


 ユウは不安に負けそうになりながらも、窓枠に足を掛け、身を乗り出した。

 すると丁度その時、ユウ達の居る場所に強い風が吹いた。

 不意の強風にユウは体のバランスを崩し、そのまま、窓の外へと落っこちてしまった。  


「大丈夫か?ユウ」


 窓の外へと落ちたユウをドンレミはバルコニーから身を乗り出して、服の端を掴んだ。そこからゆっくりとバルコニーまでユウを引っ張り上げた。

 もはやユウに言葉を発する余裕は無かった。




 ドンレミがバルコニーから王女の部屋へと入り、ユウもそれに続いた。

 部屋の中は薄暗く、とても静かだった。しかし、部屋の中に一人いた人物をユウもドンレミもすぐに見つけることができた。

 その小さな体にはそぐわない大きなベットの中央で王女は布団をかぶって丸まっている。


「……誰ですか?どこから入ってきたんですか?私のことは放って置いてください」


 王女は振り向きもせずに二人の予期せぬ侵入者に言葉を送った。


「……お姫様。私の名はドンレミだ。部屋から出てこないと聞いてね。風に乗って部屋にお邪魔したんだ」


「……誰に言われてきたんですか?お父様ですか?それともお母さまですか?」


「いや、ここに来たのは私の意志だよ。それより聞かせて欲しい。なぜ部屋に立てこもっているんだい?」


「……それは、庭が」


「庭を軍が使っていることかい?」


 ドンレミは王女のベットの側によって、王女に優しく語りかけた。そして、ドンレミの問いに背を向けながらも首を縦に振って答えた。


「……本当は嫌なんです。だからお父様にも言ったんです。どうか、どうか城の庭は使わないでくださいと。ですけど……」


「きっと、王陛下にも考えがあってのことだろう。それにこの町には他に広い場所は無いんだ」


「……やはり、お父様は私を愛してなどいないのです。私がこの町に移ってもう一年、お父様は会いに来ても下さらない」


「王陛下はお忙しい方です。首都を離れられないのもその所為でしょう」


「いつも、そうです。お父様は私のことは見てくださらない。私なんかより仕事の方が大事なんです」


「それは違いますよ。王陛下が働かれているのは愛する娘に引き継ぐためですよ」


「――私、王様になんかなれないよ」


 王女はただ一言そう呟いた。その時の彼女の言葉にドンレミも、少し離れて聞いていたユウも何も言えなかった。

 それは王女の本音なのかもしれないし、はたまたただの冗談なのかもしれない。或いはその両方かもしれない。


「王女殿下?」


「……はい」


「手紙を書いてはどうでしょうか?王陛下に。ご自分の言葉で思いを伝えるんです」


「手紙、ですか。でも私そんなの出したことないです」


「大丈夫です。ありのままの思いを綴ればいいんです。私が届けましょう。このパレードが終われば私は一度首都の方へ戻ります。その時に私が直接、王陛下に届けましょう」


「……恥ずかしいです」


「王陛下以外の人間には見せません。もちろん私もです。それに、王陛下もお喜びになりますよ」


「……そ、それなら――ほんとに、本当にお父様以外誰も見ないんですよね?」


「もちろんです。この私の命に代えても手紙を守り、届けて見せます」


 王女はドンレミの言葉に背中を押され、自分の思いを手紙という手段をもって、直接伝えることを決めた。

 そして、そのことが王女の気持ちを覆っていた雲を払い、心に光をもたらしたのだった。




 王女はドンレミの提案を受けて、手紙を書くべく活動を開始した。

 当然、その手紙の内容は王と王女の二人だけしか見てはいけないので、ユウとドンレミは鍵のかかった部屋を内側から開き、部屋を後にした。


「すまなかったね、付き合わせてしまって」


「い、いえ。そんな」


「別に気を使わなくていいさ、私の所為で窓から落ちそうになってしまっただろう?」


「あ、そんな。気にしないでください。落ちるのは慣れてるんです。それに、みんなから英雄と言われているような人に助けられたなんて、むしろ光栄なくらいですよ」

 

 ユウはこの世界に来てからというもの、なぜだか高いところから落ちる機会が多かった。デジデリーに騙されて、川に落ちた時に始まり、ヒエラルに襲撃されて窓から落ち、そして今回もまた窓から落ちた。


「……()()か」


「どうかしましたか?」


「い、いや何でもない」


 ドンレミのつぶやきにユウはどこか引っかかった。

 皆が言う()()という存在と、今の彼女の存在とはどこか離れているような、ユウにはそんな気がした。

 二人は長い廊下の真ん中に立って、ただ、だからといって二人は談笑するわけではなかったし、目を合わせているわけでもなかった。これからどうするか、ユウは一先ずはこのことをディナールに伝えるべきだと思った。その為、ユウはドンレミに一言言って別れようとした。

 そんなとき、ふとユウが廊下の先を見ると、一人の使用人と目が合った。

 その使用人はただならぬ様子、長い廊下の端から、二人の居る王女の部屋の前まで駆け寄ってきた。


「あ、そこにいらっしゃるのはドンレミ様――と使用人か。お前、手が開いているならちょっと来てくれ」


 その使用人はドンレミに会釈して、ユウにすぐに来るようにと、今にもユウの服を引っ張っていきそうなほど急いだ様子で言った。


「どうしたんですか、いったい何が?」


「と、とにかく、手が空いているなら来てくれ。大変なんだ」


「行くって、どこに?」


「中庭だよ」


 その使用人がユウにそう言うと同時にまた廊下の方へと駆けて行った。その様子に何かただならぬものを感じたユウはその使用人の言葉に従って、その後を追った。

 更新頻度が落ちてる?ま、don't mind 何とかなるでしょ知らんけど。

 いいものを作ろうとしているからだからね。

 というわけで、次回もサービスサービス。

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