第九話:地下室の魔物・3
いざ、地下へ。
ユウは暗い地下へと、今、足を踏み入れる。
そこで見たものとは……
ユウはノーブムに言われるがまま城の物置へとやってきた。
扉を開け、カギが閉まらないよう注意しながら。明かりを点けた。
「箒は確か、右の方だったか?」
ユウはこの物置に来るのはこれで三度目だった。うち一回は今回と同じく箒を取りにいった時だったので、今回はこの広い物置の中を最短距離で行き来できそうだった。
「そう言えば、今も居るのかな小さい影」
ユウが気になるのはユウが物置に入るたびにどこからか声を掛けて来て、目的地に連れて行った小さな子どもの影。
これまでの現れ方を言うとまるで幽霊の用だったが、ユウにはそれが幽霊でも亡霊でも魔物でもないことはわかっていた。
「あれ、そこに居るのって~、ユウじゃない?ひょっとしてあんたもさぼり?」
物置に入ろうとしたユウに背後から、気の抜けた声で使用人の一人が話しかけてきた。
彼女の名はエリー。この城でユウが来るよりも少し早くから働いている使用人の一人であるが、その性格はずぼらで、少し話しただけでもユウにはそれがよくわかった。
それどころか見た目にもそれが現れていた。なぜならそれは見方によってはズタズタの着崩した制服を着ているからだった。
「あ、エリーさん。いいえ、さぼりではないです」
「ん~。さん付けとかいいから、ていうか、さぼりじゃないんだ」
「いや、さぼりはだめでしょ。でないと――」
「物置の幽霊に剥製にされるって?」
「え、いや。そういう訳では」
「冗談冗談。それにそんなの出てもあたしが返り討ちにしてやるし。やっぱお前面白いな~」
「ははは、そうですか」
ユウが適当にエリーに返答する。
ユウにとってエリーは少し、というかかなり苦手な人物だった。どこが嫌だとかいう具体的なことではなくただ何となく、苦手だった。
そのためユウはすぐにエリーと別れて箒を取りに行こうとするが――
「ちょっと。待ちなさいよ」
エリーはユウが自分を避けようとしていることが気に入らなかったようで、ユウの後をついて来たしまった。
「でさー、ユウ。あんたなにさがしてんの?」
「箒です」
「へー、誰かの使い?」
「自分のです。いや、教会のノーブムさんの使いかもですけど」
「へー、ノーブムの――あのさ、ユウ」
「はい」
「あいつ、気を付けた方が良いよ」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味。なんていうか怪しいんだよね」
「……なぜそんなことを俺に?」
「うーん。先輩からの忠告かな~。あたし、そう言うのわかるほうだから伝えておこうと思ってね」
「そうですか」
それでユウたちの会話は終わった。目的地にたどり着いたのだ。
箒は高い棚の上に置かれていた。ユウはこの前と同様に棚に足を掛けて上へと高く手を伸ばした。
「大丈夫ぅ~?手伝ってあげようか?」
エリーはユウが必死に手を伸ばしているのを鑑賞している。
エリーは特に何かしに来たわけでも無かったため、何もすることが無く。椅子に座って待っておこうかと思ったが、ちょうどよく座れるものは見当たらなかった。
その為エリーは棚の無い壁にもたれ掛かった。が、そこは偶然にも明かりのレバーがある場所だった。
エリーがもたれ掛かると同時にレバーが押され、一瞬にして物置の明かりがすべて消えた。
「「うわっ」」
ユウは驚いて手に取りかけていた箒の入ったかごを落としそうになった。
エリーも驚いて、すぐさま背のレバーを上げた。その為暗転していた時間はものの数秒間だけだった。
しかし、不安定な足場に乗っていたユウにはそれでも危険な時間だった。
「驚いた。ほんとにいくら冗談でも危ないのでやめてください、よ?」
ユウは棚から降りて、エリーに面と向かって思い切って言った。
何か言い返されるだろうと、ユウは覚悟していたが、しかし意外にもエリーは返答する様子は無かった。
それどころかユウの方を見て、どこか恐怖しているような様子を見せた。
「う、うぎゃぁぁぁぁぁーーー」
エリーが耳が痛いほどの悲鳴を上げて、物置の外へと走って行った。
ユウは不思議に思った。
ユウが何も驚くようなことをしてはいなかった。しかし、実際には、エリーがユウを見て驚いたのではなく。正確にはユウの背後の物を見て驚いていたのだ。
ふと、ユウが振り返る。
振り向いた先にユウの目の前にあったのは、子どもの頭だった。
「う、うわあぁぁー」
驚いて、ユウは尻餅をついてしまいそうになった。が、そこにあるものの正体はすぐにわかった。
それは幽霊でもなければ魔物でもない。
ただ、ユウの背丈よりも高い棚の上に寝そべっているだけの、小さな女の子だった。
「……え?」
「どう、した?」
「いや、何でも。あなたもここの使用人なんですよね?」
ユウは初めこそ驚きはしたが、正体がわかればなんてことなかった。
子どものいたずらのようなものだ。暗闇の内に後ろにこっそりと隠れていたのだ。
ただ、気になったのはその少女が使用人の制服を着ていたことだった。その少女は見た目からして他の使用人よりは明らかに若く、1多く見積もっても10歳程度の容姿にユウには見えた。
「そう、わたしネス。ここのしようにん。さっきの人。追わない?」
「え、ああ。エリーさんの。まあ、あれは別に……それより、昨日の夜。地下への道を教えてくれたのは君だよね?」
「……うん。外、出れてよかったね」
「あ、はい」
ユウはその少女があまりにマイペースに話すためか、聞きたいことは多くあったが、もし聞いたとしても要領を得た返答は期待できないように思えた。
(とりあえず、なぜ地下への扉を知っていたのかは知りたかったが。こんな棚の上で寝転がってて、それにここの使用人なら。大方、物置でさぼっていたら偶然に外へつながる隠し扉を見つけたとかか、それで昨日の深夜に居たのはさぼっていたらそのまま締め出されたとか。そんなところだろう。あまり気にしすぎても仕方ないか)
「ありがとう。箒も見つかったし。俺はもう行くよ。もしまた物置に来る時があればよろしく」
「うん。さよなら。ネス、待ってる」
こうして、ユウは物置の中の小さな影、改めこの城の小さな使用人ネスとの邂逅は平和裏に幕を閉じた。
ユウが箒を取って、教会へと戻った。
そこにはノーブムとネイ、そしてさっき物置から逃げて行ったエリー達が居た。そこで集まって何やら言い争いをしていた。
「だから、あなたでしょう?よくこの庭に来てますよね」
「いいえ、違いま~す。私じゃありませ~ん」
「とぼけないでください。あなた以外誰が居ます、大体あなたは使用人として働いているのですよ、もっとその自覚を持ってください」
「使用人でないあなたに言われたくありませんね」
「まあ、まあ二人とも落ち着いてください。王女殿下の御前ですよ」
ノーブムとエリーの言い争いをネイは鎮めようとしている。
そして、ユウには周りの人間で隠れて気が付かなかったが、その争いの中心に王女が居ることに気づいた。
「そうだ、庭師を呼んできましょう。庭師ならわかるはずです。自分、行ってきます」
ネイは二人の言い争いから離れ、ユウの隣を通りがかった。
「あ、ユウ。良かった戻ってきたのか」
「あれはいったいどうしたんだ?」
「ああ、お前が箒を取りに行った後。王女殿下が教会に来て、庭の花が抜かれたって言うんだ。それでノーブムさんが王女殿下に誰が抜いたのか心当たりがあるって言って、さっきの人を連れてきたんだ。とにかく、喧嘩の仲裁頼む。じゃあな」
「あ、ああ」
ネイはこの場をユウに任せ、一目散にその場を去った。ネイからしてみれば二人の言い争いに巻き込まれることは良いとばっちりだった。
もっとも、それはユウも同じなのだが、しかしユウはネイとは違って、花を抜いたのは、というより食べたのは誰か知っていた。
「ですからこれはあなたに対する信用の問題でもあるのです。あなた、この庭に良く来ていますよね。維持を張らず、いい加減に認めたらどうです?」
「だから、根拠は?あたしが花を抜いた根拠がない」
「なら逆に他に誰がやったと言うんですか?」
「そ、そんなの、どっかの犬猫か何かが食ったんじゃない」
「あくまで自分ではないと、それは王女殿下に誓えますか?」
「うっ、そ、そんなの当たり前でしょう。あたしじゃないんだから――私は王家と王女殿下に誓って庭の花を取ってはいません」
エリーがノーブム達の話を聞いていた王女に跪いて宣言した。
「……これでいいでしょう?それとも神にでも誓えばいい?別にあたしは良いけど。忙しいんだよね、あんたと違って」
エリーは捨て台詞を残して、ノーブムと王女の元を後にした。
そして、誓いですら、エリーは嘘をつくのをやめなかった。
しかしユウが仲裁に入る前に言い争いは終わった為ユウは内心ほっとしていた。
「……王女殿下、申し訳ありません。ですがあの使用人がやったに違いありません。それにあの態度――」
「ノーブム。もういいんです、それより、さっきからユウがこっちを見て固まっていますよ」
「ああ、ユウ戻って来ていたのですか。みっともないところを見せてしまいましたね。箒は見つかりましたか?」
「え、あ。はい」
ユウを見つけると、ノーブムはさっきまでと違って、落ち着いた様子に戻った。
そこに庭師の若い男を連れて、ネイが戻ってきたが。この時にはもう花の話は終わっていて、王女も帰り、ノーブムも何事も無かったようにしている。
その日の夜。ユウは夕食を終えると、ネイと別れて、ある人の元へと向かった。
「確か、昨日来たとき時。あったここだ」
城の二階。客間として使われている。部屋の一室。その部屋の扉にユウは入ったことは無かったが、出たことはあった。
「はい。どなたですか。あら、ユウじゃないですか、どうかしたんですか?」
夕食を終えて、部屋に一時戻って来ていた。ディナールがユウに応答した。
「ディナールさん。良かった、実は昨晩の事でお礼が言いたくて来たんです」
「ああ、そのことですか。そのことでしたらあまり気にしなくていいんですよ」
「いえ、そういう訳にはいきません。何かできることはありませんか?」
「何か?……そうですね」
ユウはここに来るまでに、今自分がどう動くべきか考えていた。
ユウの目的は城の地下室を調べること。それはヒエラルが言っていたことだった。その詳しい目的はユウにはわからないが、仕事としてわざわざユウを送り込んだのなら、地下に何か彼らの利益になるようなものがあることは間違いないはずだった。それは例えば、城の地下にある財宝だとかだ。
そして、ヒエラルがユウに伝えたことのもう一つ。王の紋章の刺青に気をつけろ。
それはつまりは王の刺青をしている人間に注意しろということだ。
この二つの情報をすると、ヒエラル達が地下にある何かを狙っていて、そしてその刺青の人間はそれを守っている人物だということだ。
城の宝を守護している人間が、王の紋章の刺青をしている。そうであれば何の不思議も無いとユウは考えた。
そして、地下を探すのに一番簡単な方法はすでに地下を調べ始めているディナールに協力を頼むことだ。しかし、それをユウから提案するのでは不審がられる可能性があった、そのためユウは何かできることが無いかと尋ねて、地下を調べる助けを求められることを期待した。
ディナールが別の事を頼む可能性はあったが、他の使用人ができることであれば頼む必要はなく、ディナールが地下を調べていることをすでにユウは知っている。そのことからユウはかなりの高確率でディナールがユウに地下を調べる手伝いを頼むと考えた。
しかし、このユウの考えには弱点があった。それはディナールが王の紋章の刺青の人物である可能性があるということだった。
確かに、昨晩も地下に居たこと、そしてユウに対して言った、ディナールが地下に居る理由も嘘をつこうと思えばいくらでもつけるのだ。
しかし、ユウはディナールが王の紋章の刺青の人間であるとは思えなかった。
なぜなら、ディナールは王女の学友といて昼間は王女の近くに居ることが多いのだ。地下を守るという役目を、昼の間居ない人間が追うだろうか?それも刺青まで彫って。
「なんでも、言ってください。ただ、昼間は仕事もあるので難しいですが」
「……そうですね――あなたにはもう知られていますものね。今晩また、この部屋にいらしてください。その時にまた話します」
「はい」
それはユウの期待していた通りの返答だった。
ユウとディナールが分かれて、何時間か後、昨晩同様ユウはネイが眠ったのを確認すると、行動を開始した。
ユウがディナールの部屋に行くまで、誰にも会わないよう気を付けていた。そのためか、幸いにも誰にも会うことは無かった。
「……ディナールさん。ユウです」
「ユウ。来ましたね。待っていましたよ」
ディナールがユウを部屋へと入れ、そして、部屋の一角にある、衣装ダンスの裏の小さな隠し扉へと二人は入った。
「今晩は隠し部屋に入ります。暗いので、明かりを持っている私から離れないでくださいね」
「はい」
二人は暗い階段を下り、右へ左へ上へ下へと隠し通路を進んだ先に一つの古ぼけた扉が現れた。
「ここは、昨晩見つけました。王女殿下がどのような道を通っているかわからない以上ここも調べておくべきとお思いましてね」
扉を開け、その部屋へと二人は足を踏み入れた。扉と同じく部屋は長く使われていないような、埃っぽい臭いのする不気味な部屋だった。
「通路だけじゃなくこんな部屋もあるんですね」
「はい、昔の王族は様々な用途で地下を使っていたようなのですが、王女殿下はあのような方ですので」
ユウは地下室の石造りの床や壁を調べる。それは所々で湿っていて、どこかから水が漏れているようだった。
壁に備え付けられた棚?のようなものも木が朽ちて、釘は錆、棚の形をなしていなかった。
そんな部屋を調べていると、ユウは壁の奥から何か音が聞こえてくることに気が付いた。
「ディナールさん。この先に何かあるんですか?」
「どうかしましたか?」
「いや、何か壁の向こうから音が聞こえて……」
ユウが壁に耳をやり、音をより拾おうとする。
ゴー、っと。風が無く様な音が確かに聞こえた。
「それは、もしかすると地下水を汲み上げる音かもしれません。ただ、ここからは少し遠い気がしますが」
壁に耳をやっていると、その音はさっきよりもはっきりと大きく聞こえる。
風が鳴くような音はどんどんと、はっきりとその音の輪郭をはっきりとさせていく。
ウゥワグァーーァア―ギアーァアギャーァーアーググゥァーーーー
今、大きく確かに聞こえた。しかし、その音はまるで――
「悲鳴?」
声が聞こえる。確かにそう、悲鳴が。まるで、迷宮の侵入者の命を食らう獣のような叫びが。
叫びは何を伝え、ユウは何を聞くのか。それはまた、少し未来の話。




