第九話:地下室の魔物・2
ユウは地下にたどり着く。
そこでユウが見た者とは?。
ある日の夜。
夜の城内の空気感は昼のそれとは違って、不気味さと静寂が作り出した妙な緊張感が支配していた。
そんな城の中の片隅の宿舎の一室で、ユウは同室のネイが眠ったのを確認すると、行動を開始した。
「やっぱり、夜は寒いな」
ユウの使命、大切な人を助けるためにヒエラルによって与えられた任務。それは城にあるという地下室を探すこと。
昼間に探すこともユウは一度は考えたが、昼間はネイや他の使用人の目があることを考えると。自由に城の中を歩き回れるのは夜しかないと結論づけた。
使用人の宿舎を出て、ゆっくりと、静寂という規則に則って城の内部へと入った。
「地下に行くなら、一階のどこかに入り口があるに違いない。ただ、まずどこに行けばいいのか」
ユウはしばらく思案したが、時間をかけすぎると次の日に影響が出てくることも考えて、近場を探すことにした。
ユウが城の中を探し始めてから、すでに二時間が経過した。しかし、地下へと続くような道はどこにも見つからなかった。
「まあ、そう簡単には見つからないよな。そろそろ、戻るか……」
戻ろうと、そう言ったユウの目に扉が一つ入った。
その扉の先にユウは昼の内に一度は行ったことがある。城の物置。その時はあまりの広さで全体を調べることはできなかった。
ユウは誘われるように扉を開けて、中へと入った。明かりを点けて、明かりが漏れないように扉をきっちりと閉めた。
「いや、やっぱりやめておこう。誰か来るかもしれないし」
ユウは一度付けた電気を再び消した。
そして、扉を開けて、宿舎に帰るはずだった。
「あれ、おかしいな、扉が開かない――まさか、中からは開かないのか」
ユウはこの前にこの物置に入った時のことを思い出した。フォルトゥナは扉を開けたままにしていたのだ。
それは、この扉が閉めると中からは開けられないからなのではないか。
「いや、まさか。そんなはずない。そうだ。鍵だ、鍵があるはずだ、中から開けるための鍵が」
ユウは完全に気が動転して、どうにかなりそうだった。
ひとまずもう一度明かりを点けようと壁伝いに明かりのレバーを探した。
「だれ?眩しい……」
ユウの背後から、厳密に言うと斜め後ろから、幼い少女の声が聞こえた。それはユウに対して言ったものであったことは確かであり、なおかつユウには一度、聞いたことのあるものであった。
「……えっと。これはその。道に迷ったというか、寝ぼけていたというか……」
「……扉、開か無いの?」
ユウが弁明を気にもせず、その声はユウに尋ねる。
「はい」
「こっち。来て」
さっきまで背後にあった影が飛び出して、ユウの服の袖を掴んで、走り出した。
またしても、ユウはその手の進むに任せて、暗い物置を進んだ。
ユウが連れられたのは、物置の隅にある小さな取っ手の前だった。
「これは、いったい?」
「握る。回して、右に」
ユウの手を取っ手に握らせて、小さい影は答えた。
ユウは言われた通りに、その取っ手を右に回した。すると、取っ手のある壁の一部が扉のように開けるようになった。
「ここから、外に?」
ユウは尋ねたが、小さい影からの返答は得られなかった。またしても、ユウを連れて行くと、すぐにどこかに行ってしまったのだ。
「とりあえず、他に出入り口も無いし、行くしかない」
ユウが扉を開けて先へと進んだ。そこは下へと続く階段で、暗がりにある程度目が慣れたユウでも、足元はほとんど見えなかった。
「……驚いた。まさかこんなことで地下への道を見つかるなんて」
ユウにとって、これはまさに不幸中の幸いだった。しかし、それでも、時間に余裕は無かった、ゆっくり出入り口を調べるよりもまず外に出なければいけないのだ。
ユウが下りていた階段が終わり。それから、緩やかな道をへ右へ左へ、階段を上へ下へと行くうちに、今いる場所が地下なのかどうかすらもわからなくなってきていた。
「まさか、城の地下がこんなことに成ってるなんて。これじゃまるで迷路だ」
迷路だというのも間違いではなく。ユウは右へ左へと進んでも、そこがまるで何度も通った場所のような既視感があった。
それでも、ユウは進むしかない。
地下に入ってからどれほど時間が経ったか、外はもうすでに日が昇っているのかもしれない。もしそうであれば、ユウがこうして地下に入ったのは失敗だったと言える。しかし、もうすでに来た道を戻っても、入り口にはたどり着けはしなかった。
しかし、挫けかけていたユウに一つの光が目に入った。
揺らめく光に、ユウはついに地下の迷宮の出口にたどりついたのかと思った。しかしその光はユウの希望とは違い、ユウの元へゆっくり、ゆっくりと近づいて来た。
「まさか、誰か来る。隠れるか?いやそんなこと言ってる場合じゃない」
ユウは疲れと、突然の出来事で、あたふたとしてしまった。
ユウの声に気づいたのか、光の方も少し驚いた様に揺らめいたが、その後は再びゆっくりとユウの元へと進んだ。
「あら、誰かと思ったら、ユウだったのですか。どうしてこんなところにこんな時間に?」
その光の主は王女の学友である、ディナールだった。
「それは、その……」
「まあ、良いでしょう。見たところどこかからここに迷い込んで、出口がわからず困っていたんでしょう?」
ユウが言うよりも先に、ディナールがユウの今の状況を端的に分析して言った。
「はい」
「やはりそうでしたか。まあ、仕方ありません。私に付いてきてください」
「ありがとうございます……ところで、ディナールさんはここの地図とか何かあるんですか?」
ユウは不思議に思った。地下に入ってから、その迷路のような構造に来た道を正確に戻る事すら困難なほどだった。しかし、ディナールは地図やメモに道を記したものを持っている様子は無かった。
もし、地図も無しにディナールが地下に入ったのなら、ユウと同じく外への道がわからなくても不思議ではなかった。
「ありませんよ。ここの完全な地図は」
「完全なってことは、不完全な地図ならあるってことですか?」
「ええ、ありますよ。最もそれは私の頭の中だけにですけど」
「はあ――ところで、どうしてディナールさんはここに?」
「私ですか……まあ、ユウなら言ってもいいでしょう。昨晩、王女殿下が城を抜け出したということがあったでしょう?その際にどうやって外に出て行ったのかが気になったので、一人で調べているんです」
ディナールが地下にも入った理由も奇しくもユウと同じものだった。
もっともディナールの場合はユウと違って昼間は王女から目が離せないために夜遅くにわざわざ地下に入ったのであったが。
「それにしても、こんな夜遅くに大変ですね」
ユウがディナールについて知っていることはディナール本人とネイから聞いた、ほんの僅かなことだけだった。
ディナールは王女の学友。しかし、実際には世話係だとか秘書のような印象が近かった。
「殿下の事ですか?私は別にそれほどのことはしていませんよ」
「いえ、そんなことないですよ。王女殿下もあなたを本当に信頼していると思いますよ」
「そうですかね」
「はい。ディナールさんもそうなんでしょう?」
「……あ、はい。まさかいきなりそんなことを聞かれるとは。当然、王女殿下は少し、ほんの少し子どもっぽいところはありますが、それでも悪い方ではないです――ただ、思うんですよ、生まれた時から一国を治める王になることが決まっているなんてどうなのかなって」
「え?それはどういう」
「あ、すいません。最後のは失言でした。どうか忘れてください――あ、ここを右に曲がります」
「はい――王女殿下とは何時から?」
「挨拶程度であれば10年ほど前ですね。ただ、今のように話をするようになったのはこの町に移ってからですね――ここ、足元に気を着けてください」
「はい――えっと移ったって言うと?」
「私も殿下も元は首都の方の学校に在籍していました。そこで、まあ、いろいろあってこの町に――ここから先は天井が少し低いので気を付けてください」
「はい。その、いろいろって言うと?」
「いろいろは色々です。ただ、殿下の性格と王女という肩書が周囲からどう思われていたか。ということです――ここの階段は左です」
「はい」
ユウはもう、それ以上尋ねるのは止めた。
「着きました。この扉から外に出れます」
ディナールが立ち止まった。それは扉というにはかなり小さく、しゃがまなければ通れない大きさだった。
「ありがとうございます。あれ、ここは?」
ユウが扉を抜けて出てきたのは客間のどこかだった。
ユウはこれまで地下を歩いていると思っていた。必然的に出入り口の先は一階に繋がると思い込んでいた。しかし、客間は一階には無いのだ。
「ここは、私の部屋です。外に出れたのですし、もう帰ったらどうですか?」
「あ、すいません。失礼します」
「ユウ」
「はい、何ですか?」
「……いえ、何でも」
ディナール立ち去ろうとしたユウを引き留めて、何かを言いかけて、直前でそれをやめた。
次の日の朝の事、ユウは昨晩の出来事の所為で睡眠が足りなかったせいで、朝からかなり眠かった。
それは眠りながら朝食を食べるほどで、それを見たネイはユウをかなり心配していた。
しかしユウには食事よりも気になることがいくつもあった。
昨晩。物置の中であった小さな影はいったいなぜ、ユウを地下へと連れて行ったのか。そもそもいったい何者なのかということだ。
「なあ、おい。ユウ。どうしたさっきから変だぜ。いや、変なのは今に始まったことじゃないんだが。今のはいつものそれとは違う感じがする」
「え、ああ。ネイ。ごめん、聞いてなかった。えっと、何の話だっけ?」
「はあ、お前。今日の掃除場所の話とかわかってんのか?」
「……すまん。それで、今日はどこだっけ?」
「お前慣れてきたのか知らないけど、気を抜きすぎじゃないか。教会。城の中にあるだろ、背の高い屋根の」
ユウとネイは朝食からしばらくして、教会へと向かった。
そこには教会の聖職者である。ノーブムが二人を出迎えた。
ユウはこの城の教会に入ったことは無かったが、その内装はよく知っていた。
「ユウは初めて来たというのにここまで教会の内装に関心があるなんて、ひょっとしてどこかの教会に居たことがあるんですか?」
教会内部の掃除をしていたユウにノーブムが尋ねた。
この時ネイはユウ教会の内部を任せて、教会の外の掃除に行っていた。
そのため教会の中はユウしかいなかったが、そのユウをまるで監視するかのようにノーブムは椅子に腰かけてユウを見守っていたのだ。
「はい。まあ、少しだけ、小さい田舎の方でですけど」
「へーそうだったんですか。どこの教会ですか?いや、私は近々首都の方へ移動しないといけないんですけど。それまでにこの辺りの教会についての土産話でもあればと思いましてね。良い人でしたか?」
「え……まあ、はい」(川に落とされたり、ナイフで脅されたり、勝手に服を切り刻まれたりはしたが)
「そうでしょう、そうでしょう。あなたを見ればわかります。それでなんて名前ですか?」
「デジデリー」
ユウが答えた名前に瞬間的にノーブムは真底驚いた素振りを見せた。が、しかしそれも一瞬のことであった。
「……ははは。そうか、そうか。ところでユウ君。いま君が持っている箒、もうかなりぼろくなってませんか?」
「え、いやそうですかね」
「とにかく変えた方が良いです。物置の場所はわかりますか?」
「わかりますけど」
「じゃあ大丈夫ですね。どうぞ取って来てください。ネイの方には私から言っておきますから」
ノーブムに押されて、ユウは教会を後にした。
デジデリーという人物に関して、ユウはデジデリー本人が、自分の名前を出さない方が良いと言っていたことを思い出した。デジデリーは少なくとも他の教会の人間からよく思われていないのだろう。
そして、それ抜きでもデジデリーの性格が多くの人に好かれるものでもないことをユウは知っていた。
そのためノーブムのこの反応にユウは特に疑問はなかった。
城の教会の聖職者。ノーブムは何かを隠している。それだけではなく、ユウの疑問と疑いは時を追うごとに増大していく、だろう。
投稿間隔があいたのは普通に忙しかったのと、書くのが順調すぎて投稿するのを忘れていたから。




