第一話:世界/孤独
ムクロイナ王国。1000年近い歴史を持ち、高度に発達した魔法技術によって領土を広げてきた大国であり、近年では隣国であり建国当初から対立関係にあったヨーライック王国との戦争に勝利しそれを支配下に置いている。
しかしそんなムクロイナ王国にあってもその一つの小さな村に暮らす一人の少女にはあまり関係のない事だった。
その少女の名はニーア・トリーア。
明るく活発で相手が誰であっても分け隔てなく優しく接する天使のような少女。
そんな彼女は今、丘の上にある自宅近くの秋の森へ入っていた。
焼けるような秋の夕暮れ時の太陽に照らされた紅葉した森を歩いていると大きな樹の下に溜まった落ち葉の上に何か大きな影が動いているのを見つけた。
ニーアが恐る恐るその陰に近づく。それがなんであるかに心当たりがあった。
「やっぱり」
それはやはり人間であった。それも見たところニーアと年の近い少年の様であった。
「どうして、こんなところに」
ニーアの暮らす村の人口は多くない。その為、村の人間であればお互いに皆顔見知りなのだ。
しかし目の前の少年をニーアは見たことも無かった。それどころかその少年の服装はこれまで小さな村からほとんど出たことのないニーアにもわかるほど異質だった。
「ひょっとしてヨーライックの人?」
ニーアの暮らす村はヨーライックに比較的近い場所にある。
ニーア自身は見たことは無かったがこれまでに度々ヨーライックの人間がこの近くで目撃されることがあったと聞いていた。
ムクロイナ王国とヨーライック王国との長きにわたる戦争は終結した。
しかし長い戦争が終結したにもかかわらず二つの王国の国民間の敵対心は未だに根強かった。
もし目の前の少年が本当にヨーライックの人間なら一般的なムクロイナの住民にはそれを助ける理由など無いはずだった。それどころか生かしておく理由さえないのだ。
「あの、大丈夫ですか」
しかしニーアは違った。彼女には目の前の人物がたとえ自分たちの敵だとしてもそれを理由に見捨てることはできなかった。
「ここは?」
囁く様な声が聞こえる。落ち葉の山に体を半分埋まっている少年が目を覚ました様だ。しかしその言葉はニーアに向けられていたわけではないようだ。
少年は夕暮れ時の空を眺めているばかりでニーアにはまだ気づいていないようだ。
気怠さ、まるで長い間眠った後のような感覚は意識がはっきりしてから感じたユウの最初の感覚だった。
それよりも、ユウが気になるのはここはどこだろうかということだった。
まさか本当に自分はこれまでとは違う世界に来てしまったのだろうかとユウは半信半疑だった。
ユウが目を開ける、その光景に不思議と既視感を覚えた。
それは森の中だった、背中に伝わる落ち葉の感触、風に揺れる木々の音、鳥のさえずり、女の子の声。
それはユウが子どもの頃のある秋の日に近所の山に登った時に感じたものと同じ感覚だった。
最後以外は。
「あの、大丈夫ですか?」
地面に仰向けになって倒れていたユウは視線をずらし声の主の方を向いた。そこに見えたのは自分と同い年ぐらいの女の子であった。それも栗色の髪に栗色の瞳をした活発そうな雰囲気を放っている、美少女と呼ぶにふさわしいそんな女の子であった。
「兵士の人ですか?誰か人を呼んできましょうか?」
心底心配した様子で少女が語り掛ける。
「いや、大丈夫だ」
そんな少女の心配をよそにユウは強気に言ってすぐに立ち上がる。しかし、急に立ち上がったせいか猛烈な眠気に襲われたような感覚と共に気を失ってしまう。
ユウの意識が戻ったとき、そこには何もない暗闇、、、、、、
ということも無く毛布の様なものをかぶせられて小さな木製のベットの上だった。
ユウが体を起こしあたりを見渡してみるとそこは壁の隙間から入り込む夕日に照らされた部屋だった。
「ここは」
部屋の中にはユウの他に人の姿はなかった。
混乱するユウだったがその直後に部屋の隅の扉が開かれた。
「目が覚めたんですか」
扉の外からひどく心配したといった様子で栗色の髪の少女がユウのいる部屋に入ってきた。
「よかった、本当に、生きてて、ここに運んでくる間に死んじゃうんじゃないかと。あの、大丈夫ですか?」
「はい。もう大丈夫です。怪我もないみたいだし」
これまでにあったことも無いような美少女を前に強気に振舞っているわけではなかった。
なぜだかこれまでに無いぐらい体の調子が良かったのだ。
「ありがとうございます」
ユウ自身驚くほど無意識に目の前の少女への感謝の言葉が口から出ていた。
望まない人間は他の人間と深く関わることを望まない。だから恩を受けたならすぐに感謝して恩を返し関係を断つのだ。
「え、その、はい、どういたしまして」
少女は少女でいきなりの感謝の言葉に少し驚いた様子でいる。
「あの、ここに俺を運んだ人は?その人にもお礼を言っておかないと」
目の前の少女に意識のない人間をここまで運ぶのは難しそうだとユウは考えた。少なくとも一人では。
「ここに運んだのは私ですよ、周りに人がいなかったので、森からここまで背負ってきました」
きょとんとして、活発な少女は自分を指さしている。
「え」
数秒の沈黙ができる。ユウはすごく失礼なことを言ってしまった気がしていた。
「すいません」
謝罪の気持ちと少女に抱えられてきたという妙な恥ずかしさが混ざった言葉だった。
「気にしないでください、困ったときはお互い様ですよ」
そういって、少女はユウに微笑み掛ける。
その微笑みにユウはまるで雛鳥の刷り込みのようにその少女に対してなにか言葉にしえない気持ちが沸き上がってきた。
「あの、何か俺、いや私になにか恩返しになることはありませんか?あのー」
「そういえば、自己紹介もしていませんでしたね。私の名前はニーア・トリーアこの家に一人で住んでるの。あなたは?」
「はい、私の名前は伊勢 優といいます。どうぞ優とお呼びください。トリーアさん」
「ユウ君、だね、わかった。私はニーアでいいよ。あと、そのしゃべり方ちょっと変だよ」
屈託なく本当に楽しそうにニーアは笑った。それにつられるようにユウも笑ってしまう。和やかな雰囲気にあたりが包まれる。
「わかったよ、ニーア。ところで何か手伝えることでもない?」
ニーアの明るい雰囲気につられてまるで友達のように話してしまっているが、間違いなく彼女はユウにとっての恩人なのだ。
「うーん、あんまりないかなそれに今日はもう遅いし。そうだ、ちょっと待ってて」
そういうとニーアは何か思い出したかのように何かを取りに行ってしまった。
あたりが静かになる。冷静になってみると、初対面の、しかも助けられた相手に対して馴れ馴れしかったかも知れないとユウは思った。
しかしニーアと話しているとなんだか昔から仲が良かった友達みたいに話してしまっていた。思えば、ここ最近仲のいい友達と話すような事はなかったし、話そうともしていなかったのだ。
ユウは目を閉じて思考する。
もし本当にここが元居た世界と別の世界ならこれまでの誰かと向き合って仲良くなることを望まなかった自分を変えるいい機会だと。
しかしユウ自身、そんな自分勝手な都合で恩人に接するのは拒否感があった。
とにかく、自分を変える努力をする前にまずニーアに恩を返そう。そう結論付けた。
それに、あたりを見渡せばこの部屋は床や壁は穴だらけで、今ユウが膝にかけている毛布もところどころ穴が開いていた。何もできることが無いはずは無かった。
「よし」
覚悟をきめて掛け声を上げる、すると。
「どうしたの?ネズミでも出た?」
ニーアが戻ってきた、その右手には一人分の食事を作るにはやや大きい鍋が抱えられている。
「あ、いや何でもないよ。それは?」
独り言を聞かれてしまい、恥ずかしさから話題をすぐさま鍋の方に移した。
「これは今日の夕食、起きた時のために作っておいたの」
そういってニーアは左手に持っていた器とスプーンをこちらに手渡した。そのまま鍋を起用に持ち替えて、ユウが持つ器に鍋の中の料理を入れた。
「どうぞ、お肉は入ってないけどそんなに不味くはないと思うから」
「そんな、悪いよ助けてもらった上に夕食も貰うなんて」
「別に気にしなくていいんだよ。それに誰かと夕食なんて久々で楽しいし」
「そうかそういうなら、ありがとう」
その料理はユウの中の乏しい料理経験では何の料理かはわからなかったが、手渡された料理はジャガイモと玉ねぎと人参を煮たもののようで。中々においしそうな見た目をしていた。
しかしその評価はユウがそれをスプーンで一口食べた時に一変した。
不味い。
辛味、苦み、渋みが凝縮されたような料理と呼ぶことにすら抵抗が生まれるほどの代物だった。
これには料理に味を望んでいないユウですらも文句を言いたくなるほどだったが、当然そんなことを言えるわけもなかった。
「どうかな?口に合うといいんだけど」
「あ、ああ。美味しいよ、すごく」
ひょっとすると毒でも入っているのではないのかと疑うユウだったが、ニーアは自分の器を取り出し同じ料理を装うと事も無げにそれを食べ始めた。
「うん、やっぱり今回は特にいい感じだ。ユウ君も遠慮せずにもっと食べていいんだよ」
ニーアが屈託ない笑顔でユウに自分の料理を進める。
「い、いや、俺はもういいよ。腹減ってないし」
「そう、私てっきりおなか空いてると思って。あっ、そういえば寝起きだとあんまり食べられないよね。ごめん、気づかなくて」
「いや、そんな別に君が謝らなくても。ところで少し聞いてもいいかい?」
「え、別に何でも聞いていいけど、何かあったの。あ、でもこの料理のレシピはだめだよこれは門外不出だから」
ニーアが鍋を大切そうに抱える仕草をする。
もちろんユウが聞きたいのは謎の料理のレシピではない。
この世界について、ここが本当にユウのいた世界と別の世界なのかそれが気になっていたのだ。
「ここはなんていうか、どこなんだ?」
ユウは本当はここが自分のいた世界と違う世界なのかと聞きたかった。しかし、過去のユウ自身がそうであるようにそんなことを聞かれてもわかるはずはないのだ。
「どこっていうと、ここは私の家だよ」
「いやそういうんじゃなくて、地名とかもっと具体的なもので頼む。そうだ、地図とかない?」
「家には地図は無いかな、あんまり物が無くて」
ニーアは俯きながら答えた。
確かに、この部屋の中だけとっても物が極端に少ない。
「そうか、ごめん変なこと聞いて」
「ううん別に変なことじゃないよ。そうだ、ところでなんで森の中で倒れてたの?」
「え、ああ何でというと言いにくいんだが」
ユウは自分が別の世界から神を名乗る者によって送られてきたということを言っていいものかと考えた。普通いきなりそんなことを言われたら白い目で見られるのが落ちだろう。
しかし、恩人に聞かれて嘘をつくことはユウにはできなかった。
「俺、ここよりすごく遠くから来たんだ。それで気づいたらあそこにいたというかなんというか」
「そう、ごめん聞かない方がよかった?いや別に言わなくてもいいんだよ、それどころか言ってほしく無いぐらい。そうだ、泊まるところある?今日はもう遅いし、家は少しボロイけど部屋は開いてるからしばらく泊まっていってもいいよ」
「いやでも泊めて貰うのはわるいし。けど、確かに泊まるところは無いかな」
「なら決まりね、この部屋自由に使っていいから」
「わかった、そう言うならしばらく泊めて貰うことにするよ。でも、恩を返したらすぐに出て行くから。それ以上君の世話になるわけにもいかないし」
「うん、わかってるよ。あ、それと私の部屋はこの隣だから、それじゃあまた明日ね」
「ああ、うんまた明日」
ニーアがまた明日と言って部屋から出て行ってからどれぐらいたっただろう。すっかり日が落ちて明かりの無い室内は壁の隙間から入り込む月明かりを除くと真っ暗になっていた。
しかし、ユウは倒れて寝ていたせいかまったく眠れなかった。
木製のベットの上に寝そべるユウの視線の先では今にも崩れ落ちそうな天井が穴の開いた壁から入る月明かりに照らされている。
「ここは、本当に俺のいた世界とは違う世界なのだろうか」
思い出したようにそんなことを考え始めた。考えてみればここが自分のいた世界と違う世界だという確証はなかった。
ニーアを起こさないように静かにしながら部屋を出る。
「起こしちゃ悪いと思うが、これじゃまるで泥棒だな」
部屋から出た先は二つのかまどが壁に沿うように備え付けられた部屋だった。そこそこに広い部屋だったが家具らしきものは不自然なほど少なかった、具体的に言うと机と椅子が2脚あるだけだった。机の上には小さい板が伏せられていた。
手に取ってみるとそれは小さな額だった。その中には一組の仲の良さそうな男女とその女の腕に抱かれた小さい女の子の三人が写実的に描かれている。
家族だろうか。
「しまった、うっかりしていた、人の家の物を勝手に調べるのが許されるのはゲームの中だけだ。外に出よう」
扉を探してあたりを見渡す、この部屋もところどころ壁に穴が開いていた。広い部屋だったがすぐに外への扉が見つかった。
ニーアの家から出てあたりをを見渡す、小さな丘の上に家があったおかげで近くが良く見渡せた。どうやら小さな村の様でまばらに建物が幾らか見える、その中には明かりが灯っている家もあった。
ユウの考える元の世界の田舎にありそうな光景だった。
「あの建物、何だろう」
ユウの目に建物の中に一つだけ異様に高い建物が留まった。
答えが出るはずはなかった、ここが異世界だろうとなかろうとこの場所のことなど知りはしないのだから。
「とにかく、ここが元の世界じゃないのかどうかはわからないが。この場所の事だけでも情報が足りなすぎる」
「明日、見に行ってみるか」
ニーアに聞くことも考えたがあまりこれ以上のニーアに迷惑をかけたくなかった。
今ユウがまずするべきことはニーアへ恩を返すことだった。
だがその前にまずこの場所の事を知っておいた方が良いかもしれない。
「何も知らないままでは恩を返すどころじゃない、それどころか迷惑をかけ続けることになるかもしれない、そうなるよりかはこの場所のことを知って彼女への恩を返して、、、そして、迷惑にならないように出ていこう」
感謝しているからこそ自分がいてはいけない。
「よし寝よう」
これからの目的を決め、そのために明日に備えることにした。
ユウは日ごろ夢をあまり見ないほうだった、少なくともこれまでは。
どこかで見たような暗闇にどこかで見たような少女がいた。七色の髪をした、瞳に星空を宿す少女、ユウを生き返らせたという少女、神を名乗る少女。
「調子はどうかな?」
この暗闇にユウは覚えがあった。思い出すのは体を貫く痛みの記憶。しかし、今は痛みなどはなかった。
「いや、何も苦しくない」
「健康のことを聞いてるんじゃない、新しい世界での生活の方を聞いてるんだ」
少女は言葉では笑っていたが、表情は氷のように冷たかった。
「君は世界でここまでに何をして、これからどうするつもりだい?」
冷たい表情のまま少女は言葉を続けた。
その表情はユウには少し怒っているのではないかと思えるほどであった。
「倒れてたところを女の子に助けられて、これからその子に恩返しするところだよ」
「ふーん、悪くないんじゃない。それでそのあとはどうするんだい?」
「その後?あんまり考えてないかな。知ってるだろ俺は何かを望んで行ったわけじゃないんだ。まあ、とりあえずあの村から離れてどこかに行くのは確かかな」
「なるほど君らしい答えだ。でも、もっとできることがあるとあたしは思うね」
「それはどういう意味なんだ?」
「そのままの意味さ、あの世界には今は君以外に別世界から送られてきた者ははいない、君はあの世界では特別なんだよ」
「それが何なんだっていうんだ、そもそも俺は未だにあの世界が元の世界と違うと思えないんだが。そっちにしてみれば俺が信じても信じなくてもどっちでもいいんだろうが」
「そうだな信じなくてもいい、だからこれから言うことも君は信じなくてもいい。君はあの世界で特別で、特別な君には特別な力が与えられている。あの世界のだれも持たない力を」
ユウには心当たりが全くなかった、元々誰かより優れたところが特にあるわけでもなかったし、もちろん森の中で目覚めてからも特に何も変化はなかったのだ。
「説明しなければわからないか」
「本当に心当たりがないんだ、できれば教えて欲しい」
「意外だな、君がそんなことを聞くなんて。望まない人間にとってあの力は無用の長物だと思っていたが案外違うのかな」
「それで、教えてくれるのか?」
「話はこれで終わりだ。それに存在を認識すればいずれ自力で気づくだろう」
「俺の事を気に入ってるって言ってた割には不親切なもんだな、気が変わったのか」
「もちろん今でも君を気に入っているさ、だからこそ自分で気づいてほしいのさ。それに神は変わりはしない、変わるのは君たち人間だけさ。じゃあな、もう会うことはないだろうがね」
そう言うと少女は手をかざし、それに呼応するように暗闇の中に穴が開き始めた。
穴から漏れ出す光によって暗闇は掻き消され、ユウの夢は終わった。
目を覚ますとそこはニーアの家の自分が寝ていた小部屋だった。今が何時なのかもユウにはわからないが壁の隙間から入り込む日の光が朝を迎えたことを示していた。
「なんだか久しぶりに朝起きた気がする。とりあえずこの部屋を出てみるか」
ユウは小部屋を出て昨夜と変わらず物の少ない部屋を見渡す。
昨夜と違ったのは机の上に一枚の紙と昨日の鍋が置いていたことだった。
「書置きか、見たところニーアは留守みたいだし」
紙を手に取り内容を確認しようとしたユウであったがその内容を見て思わず絶句してしまった。
内容、正しくは文字だがが全く読めなかった。一様言っておくがユウはもともと文字が読めないというわけではない。
「まさか、言葉が通じるのに文字が違うなんて、そんなのあるのかよ。いやそもそもここが元居た世界と違う世界なら言葉が通じる方がおかしいんだが。とにかく、あたりを調べてみよう」
気が付けば見知らぬ場所にいたのだ、まずここがどこなのか調べる必要があった。
ユウがニーアの家から出る。日の光のおかげで昨夜よりもより見晴らしの良さを生かしてあたりを見渡す。
ユウの行く道は主に二つあった。
少し下った先には民家や畑そして昨夜も見た背の高い建物があった、そちらに向かうか。或いは家の裏手から山に入るか。
「とりあえず、下の民家の方に行ってみるか。山に入っても仕方ないし。いやでもまずニーアに会って一言断ってから行くべきじゃないか。初めて会った時彼女は山に入っていた、だとしたらまず山の方に行くべきなのか」
ユウは頭を抱えた、こんな時に元居た世界ならスマートフォンで連絡など簡単に行えるのだが、ユウの今の持ち物は精々服ぐらいのものだった。最もスマートフォンを持っていたとしても一つでは連絡などできないのだが。
「とにかくこの書置きになんて書いてあるのか聞くためにも一度山の方に行ってみるか」
綺麗な紅葉を見せる秋の森、赤や黄や褐色で彩られたその景色の美しさは言うまでもない事だったが、それよりもユウにはここがどこなのかということの方が重要だった。
「この景色がもし虹色や金色になってたら本当に別の世界に来たんだって思えるんだがな」
そもそも望まない人間は景観の美しさなどどうでもいい事なのだ。
勿論美しいということはわかる、だがその美しさをどうしようとも望まない。
写真にとるだとかそういうことも無い「綺麗だ」ただそれだけ感想を言えば十分でそれで終わり。
そんなユウがでそそくさと紅葉の森を落ち葉を蹴散らして進む。すると突如として森が開けた。
そこには森に隠された川幅2メートルほどの川がそこに話た。
ユウが立っている場所はその川から河川敷を挟んでさらに1メートルほどの高さの斜面の上の川をよく見渡せる位置だった。
そのためユウは探すまでも無く20メートルほどの距離の河川敷に居る見知った影を見つけることができた。
「おーい、ニーア」
ユウがニーアに声をかける。しかしニーアはユウの声に気づいていない様子であった。
ユウは斜面をすべるように降り、岩のゴロゴロする河川敷を進みニーアのいる場所へと向かった。
「おーい、ニーア」
「あ、ユウ君。起きたんだ。寝てたから起こさない方が良いと思ったんだけど。でもどうしてここが?」
「いや、たまたまだよ起きたら君が居なかったから探そうと思って、昨日会った時も山に入ってたからひょっとしてと思って」
「そうだったんだ、でももう体大丈夫なの?」
「ああ、うん心配しなくても大丈夫だよ。それよりなんで川に?」
「水を汲もうと思って。毎朝の日課なの」
よく見るとニーアの両手には水がたっぷりと入った木の水桶が二つ握られていた。
「そうか、俺が持つよ手伝わせてほしいんだ。それにそれ重いでしょ」
「そんなわるいよ、それに私これでも結構力持ちだし。まあ、でもそう言うならわかったよ。でも一つだけだからね、一つずつ持とう」
「わかった、ありがとう」
ニーアがユウに水桶を手渡しユウがそれを受け取った。
思ったよりも重かった水桶に驚くユウだったが、手渡したニーアは桶を両手に持ち替えて家に戻るべく森の中へと歩き出した。
「どうしたのユウ君、ひょっとして体調良くない?」
「いや、大丈夫だよこのぐらい。それよりいつも一人でこれをやってるなんてすごいな」
「すごいなんてそんなことないよ、子どもの頃からやってるから慣れただけだよ」
「いや子どもの頃からやってることがすごいよ、一つならともかく二つも」
「そうかな。あ、でも子どもの頃はお兄ちゃんが居たから二人で二つだったよ。ちょうど今みたいに二人で運んでた、懐かしいな」
「その、聞いていいのかわからないけど、その人は今どうしてるんだ?」
「結構前に戦争に行ったきり。今どうしてるかは私にはわからないかな」
「そうだったのか、ごめん変なこと聞いて」
「ううん、良いの私多分だけどまだどこかで生きてるって思ってるから。いろいろあって帰るのが遅くなってるだけで」
「そうか、君はその兄が無事に帰って来ることを望んでいるんだな、羨ましいよ望みがあるのは」
「ううん違うよ、お兄ちゃんだけじゃなくみんなが無事でいてくれることを私は望んでいるんだよ。もちろんユウ君も」
「そうか、俺もそう思うよ。みんな無事でいたらいいと思う」
「あ、ちょっと待って」
ユウが話している最中、その話を遮るようにニーアが大きな木のへと駆けて行った。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
木の根元の落ち葉を掻きわけてニーアは何かを探しているようだった。
「やっぱりあった、このキノコ秋のこの木の根元にしか生えないの。去年は無かったから今年も無いと思ったけど。あったんだ」
「すごくうれしそうだけど、それどうするんだ、見た目は石ころみたいだけどまさか食べるのか?」
「ううん、これは食べないよ町で売ると結構高いから、売ってお金にするんだ。これだけあれば結構するかも。ごめん、私もうちょっとこの辺りを探してみるから先に行ってて、すぐに追いつくし家はすぐそこだから」
「ああ、わかったよ、見つかってよかったな」
ニーアの勢いに驚きながらもユウは水桶を持ち直して帰ることにした。
水桶を手に途中落ち葉で足を取られながらもなんとか道に迷うことも無くユウはニーアの家に到着した。
しかし、家の玄関先に知らない人影があった。それは遠めでもよく目に付く全身白装束の女性であった。
「ん、だれだそこにいるのは?」
顔と手以外を白い服に覆われた女性が木陰から出てきたユウを睨みつけながら言った。
「俺はイセ ユウです。昨日この山で倒れていたところをこの家の人に助けられて、それでその恩を返すまで泊めて貰ってます」
「なるほど、ニーアの知り合いだったか。私はデジデリー、あの背の高い教会の一様、聖職者をしている」
「一様?」
「ん?ああ、まあこの村は見た通り人も少ないし教会も私しかいないからね、それらしいことはあんまりしてないんだよ。良かったら来てみると言い、私は基本暇だから歓迎するよ。それより君はどこから……ん、ニーア帰ってきたのか」
「デジデリーさん、とユウ君どうしてここに?」
そこには水桶と片手で持てるだけ例のきのこを持ったニーアが立っていた。しかし、その表情はどこか曇っていた。
「俺が帰って来た時に偶々会ったんだ。そういえば何か用があって来たんじゃないですか?デジデリーさん」
「いや、大した用は無いよ。少しニーアの顔を見にきただけだよ。安心しろニーア、いつも言ってるが私は君の味方だ、全面的にね。それじゃあ用も済んだし私は帰るよ」
そう言い残してデジデリーは坂を下って行った。
「何だったんだろうあの人、本当に顔を見に来ただけなのかな。ニーア、どうしたの?」
「ううん何でもないの、あの人教会の人で私にいろいろ世話を焼いてくれるの」
「そうかそういえば確かにそう言ってたな」
「うん、それで、こんなこと言うのも変かもしれないけど、あんまり村の人には会わない方が良いと思ってたの、小さい村だから知らない人が居たらみんな驚くと思うから」
「そうか。だからさっき俺がデジデリーさんと話してた時様子が変だったのか」
「え、私変だったかな?」
「いや今はそんなことないよ。でもわかった。君が言うなら村の方には行かないようにするよ」
「うん、ありがとう」
「そうだ、机の上に書置きがあったけど。あれ、なんて書いてあったんだ?」
「え、私置いたままだった、もしかして読んだの?」
「いや読んでないよ、俺文字が読めないから」
「そう、なら良かった。別に変なものじゃないよ、ただの手紙」
「そうだったのか俺はてっきり書置きか何かだと。まあそれならむしろ読めなくてよかったよ、人の手紙を勝手に読むもんじゃない」
「そう、だね。それより朝ごはんにしない?といっても昨日と同じものだけど」
「え、いや俺は遠慮しておくよ。別に気にしないでくれあんまり腹が減ってないんだ」
「そう?そう言うならいいけど」
ユウの中であの料理?に関する記憶がよみがえってくる。あの味はこの世のものとも思えないほどのものであった、出来る限り回避したいのだ。
しかし、もしあの料理だけでなくこの地域か或いは世界規模で料理の味がよくないのではないかと考えるとユウは不安に感じざるを得なかった。
「それで、「何かできることは無いか?」だよね?言ってたの」
朝食を食べ終えて、ニーアがユウの言葉を繰り返すように尋ねた。
「ああ、俺にできることならなんでもするよ。最も俺にできることなんて限られているとは思うが」
「うーん、出来ることか……しばらくここで暮らすとか」
ニーアが呟くように言った。
「そんなに遠慮しなくていいよ。頼む」
「そうだよね。うん、じゃあ今朝とったきのこなんだけどあの森の中には多分まだ結構あると思うの、だからそれをとってきてほしいな。私はこれから行くところがあるから」
「わかった、あれと同じのを探せばいいんだな任せてくれ。早速行ってくるよ」
「あ、ちょっと待って。一様森に入るならこれ持って行って」
ニーアがユウを引き留めてポケットから20センチほどのボロボロの木製の棒?を取り出した。
「これは?」
「これ、引き抜くとナイフになってるの」
「そうだったのか、そういえばずっと持ってた気がする。でもいいのか、これを俺が持ってて?」
「私は大丈夫、今から行くのは村の方だから。でも、それ人から貰ったものだからちゃんと無くさずに持って帰って来てね」
「わかった、気を付ける。それにしても、森の中に何か出るのか?」
「別にそんなことないよ、でも一様だよ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
「うん、気を付けて」
ニーアは食器を片付けて自分自身の予定のために家を後にした。
「もう良いのかい、早かったねニーア」
村の中で一際目を引く高い建物、教会。
その大きな扉を抜けた先、七色に光り輝くステンドグラスに照らされた大広間の長いすの端に白装束の自称聖職者デジデリーが腰かけていた。
彼女には見なくともこれから会う相手はわかっていた。
「はい。そのユウ君、彼はその」
「言わなくてもいいさ。彼から聞いたよ、君に助けられたって。別に隠すことでも無いだろう、私と君の仲じゃないか。大丈夫、誰かに言ったりしないさ」
「はい、ありがとうございます。デジデリーさん」
「でも、これからどうするんだい?」
「それは……」
「すぐに決めなくてもいいさ。でも、いつも言っているが君だって幸せになっていいんだよ。彼を助けただけならともかく、まだ家に置いてるのはそういうことだろ?」
デジデリーが長いすから立ち上がり、扉の近くで立ち尽くしていたニーアに歩み寄った。
「別に何もありません。それに私は……」
「無理はするなニーア、君には私がついてる」
デジデリーがニーアに抱擁する。
「その、デジデリーさん痛いです。離してください」
「すまない、つい。君が誰かをあの家に上げたと聞いて嬉しくて。ところであの大切にしていたナイフはどうしたんだ?持っていないみたいだが」
「そ、それは、貸したんです。森に入ってもらってるので」
「あの少年に渡したのか。やっぱり君も本当は……」
「違います。それに貸しただけです、ちゃんと返してもらいますから」
「そうか、でもあのナイフを貸すんだから彼の事を信用してるんだな。一度会って話をしてみたくなったよ」




