第八話:偽りの英雄と小さな王女・3
ユウが久しぶりに城の外に出てニーアと会い。楽しい時間はあっという間に空を夕暮れにまで染めた。
ヒエラルに呼び出され、そして、最後にニーアに挨拶をしよう。ユウはそう思って、ニーアの居る病室へと入った。しかし、そこに居たのはニーアだけではなかった。
夕暮れの診療所の一室に疲れて眠りに落ちた少女が寝かされている。
その隣で一人の白装束の女性が窓の外を物憂げに見つめていた。
「はあ、どうして。私はいつもこうなんだろうな」
誰も聞きはしない病室で、誰にも聞かれないようにため息とともに言葉を漏らす。
彼女の言葉はいつもそうで、本当に言いたかったことは人の前でも、神の前でも言えはしない。
そうして、そのうちに彼女の中にあった真実はもうどこかに消えてしまった。
本当は自分が彼女を助けたかった。
本当は自分が彼女に伝えたかった。
本当は自分が彼女の大切なものになりたかった。
――けれども、自分はもう消えてしまった。
「デジデリー?」
「なんだ、ユウか。話は聞いてる。この子のためによく頑張ったじゃないか」
言葉を交わしながらも、デジデリーは決してユウの方を見たりはしない。
なぜここに居るのか、どうしてここがわかったのか、ユウにはとても聞けなかった。
「……ごめん。俺は守れなかった。もっと早く気づいていればこんなことには……」
ユウにはデジデリーに謝らなくてはならなかった。誰よりも、ユウよりもずっと長くニーアを愛し続けていた彼女は今のニーアの状況を見てどう思うだろうか?それを考えるだけでもユウは辛かった。
「……それは間違いだ。お前の所為じゃない。気づけなかったのは私が悪いんだ。それに病は私たちには治せないさ」
その言葉はユウの知っているデジデリーとは違うものだった。弱弱しく、儚く、崩れ落ちそうな言葉だった。
「そ、その。どうしてここにこれたんだ?村を離れられないって言っていたよな」
「……私は自由な人間じゃない。今私がここに居られるのも上の人間に来るように言われたからさ。それにこの町にも長居はできない」
「そうだったか――ニーアはなんて言ってた?きっとデジデリーにあったら喜ぶと――」
「話はしてない。私が来たときにはもうこの子は眠っていたし、もともと会うつもりも無かったんだ」
「……じゃあ、なんでここに居るんだ?顔を見に来ただけならここで待つことは無いだろ」
「それはな、ユウ。話をしに来たんだ。最後にお前に」
「話?いや、それよりも最後って」
「最後は最後さそれよりも話を聞け。これはどこにでもある荒廃した町に生まれた一人の女の話さ――その少女の父親は兵士で、荒廃した町で女の母と出会い女の子が一人生まれた。だが、女が生まれてすぐ子どもと母親を捨てて父親はどこかに逃げた。女の母に残されたのは、逃げた男の名前と、父親の居ない我が子だけだった」
「それで、その親子はどうなったんだ?」
「――母親は女が生まれて10年もせずに死んだ。最期は逃げた父親の恨み言を娘にぶつけながらな」
「そ、それで。その子はどうなったんだ?」
「別にどうもしないさ、残された女は母親の言葉なんて気にもせず、自由気ままに荒廃した町で生きていた、盗みもした、放火もした、殺しも――もちろん警察には捕まった。だが、捕まったって痛くも痒くも無かった、失うものなんて何もなかったからだ――そう、あの時までは。何度目かの収監の後、女を引き取りたいという人が居たんだ。それは教会の聖職者で、女を荒廃した町から拾い上げて、読み書きを教え、救いを与えた。女もその聖職者を心の底から尊敬し、自分もそのようになりたいと望むようになった」
「それで、女も聖職者になったってことか?」
「そうだ――だが、その生活は長くは続かなかった。ある日の夜。女の目の前でその聖職者は酔っ払いの暴漢に殴り殺された。その時、偶然にも女はその暴漢の名を知った。それは女の父親と同じ名前だった。それだけじゃない、その男は自慢げに話したんだ。女の居た荒廃した町で馬鹿な女を一人引っかけたと」
「それで、その少女はどうしたんだ?」
「当然、その男を殺した。怒りに我を忘れ、尊敬していた人に見せられないほどになって。鼻を削ぎ、目を潰して、舌を抜き、頭をたたき割って、腹を引き裂き、手足を切り落とし、それが誰だったのかわから無くなるまで。消えろ、消えろ、と願いながら」
「……そのあとは、そのあとその女はどうなったんだ?」
「そうだな、女は自分の人生を作り、そして壊した男への復讐を果たした。が、話がそれで終わりとはいかなかった。その男には田舎にいっちょ前に所帯を持っていたんだ。それは荒廃した町から遠い、田舎の村だった。女は偶然にもそこで出会ってしまったんだ。逃げた男の、自分とは似ても似つかない娘と、荒廃した町に行ってから帰らない父親を待つ娘と」
デジデリーの声が震えて、途切れるように言葉が終わる。
彼女は自身を縛っていた因縁の鎖を自らの手によって壊した。だが、それが残した波紋が新しい鎖となってより強く、より大きくなって帰って来たのだ。
「……辛かったんだな、デジデリー」
「私の話じゃない」
「そうだな――その女はきっと伝えたかったんだろうな、誰かに」
デジデリーは決してユウの顔を見ずに病室を後にした。そして最後に二人はこう言って別れた。
「さよなら」と。
デジデリーと別れて、ユウは急いで城へと向かっていた。
空が丁度、ユウがヒエラルと初めて出会った時と同じ夕暮れであった。
「そう言えば、あの時もこんな道を歩いていたら。小さな女の子が通りがかって来て――」
「そこの人、少しどいてください」
「そうそう、確かこんな、え」
ユウの目の前に現れたのはあの時見た時と同じ少女であった。
「おーい、そこの人。ここらに女の子が通らなかった――か?」
当時のユウはその少女に道を譲ったが、今回は道を譲らなかった。その少女は今でも見知った人物ではない。しかしその後ろから追いかけてきた人物はユウがよく知っている人物だった。
「ネイ。どうしてこんなところに。今日は休みじゃなかったのか?」
「いや、なんでって。王女殿下がまた城から脱走したんだよ。今使用人が総出で探してるんだよ」
「はぁ、脱走って。そんなことあるのかよ。というか、その王女ってまさか……」
ユウはさっき通りがかって来た。小さな少女を見た。
「あの、通してください。聞いていますか?あの」
「いや、まさかな」
「私はこの国の第一王女ですよ、通してください」
「いや、まさかな」
ユウとネイは幸運にも脱走した王女を捕まえることに成功した。
そのことで後々使用人たちの間でユウ達の株が大きく上がることに成ったとかならなかったとか、それはまたあとの話。
別れを告げる。だからこそ最後に一つ伝えたかった。
悲しみと、未熟さ、愚かさとを、ただ一人の共犯者として。
更新頻度が落ちてるぅ~。書く速さはあんまり変わってないけどね。ミスってミスって。




