第八話:偽りの英雄と小さな王女・1
ユウが城に来てから、一夜が明けた。
使用人の朝は早い。朝食の時間は決まっているため、間に合わなければ食事抜きになってしまうからだ。
「ユウ、起きたか。早く着替えろ、あまり時間が無い」
「ああ」
ユウが制服に袖を通す。サイズは驚くほどに丁度良かった。
ユウとネイは食堂へと向かった。
宿舎からの道は朝方だからか少し肌寒かった。それはユウに直に迫る冬の訪れを感じさせた。
食堂に着くとそこには昨日の夕食ほどの人はいなかった。
「なあ、本当に時間あってるんだよな?」
「これでいい。あと、すぐに食べて部屋に戻るぞ」
ネイはユウにまた急ぐように言った。
なぜネイがここまで急いでいるのかユウにはわからなかった。だが、ネイはこれから何かをするために急いでいるというよりかは、何かを避けるためにそうしているように思えた。
二人が向かい会って食事をとっていると、そこに使用人の男四人がユウ達の隣に座った。
「なあー何か臭わないか?」
男の一人がユウ達に聞こえるように他の三人に言った。
「あー確かに臭うな、二等市民の臭いだ。丁度俺たちの隣の席ぐらいから」
「そうだな、誰かが檻の鍵を閉め忘れたんじゃねえのか」
「違いないな、朝から最悪の気分だな、飯が不味くなる」
その四人が誰に対して、そう言っているのかはユウにははっきりわかった。
それはネイと、或いはユウの二人に向けて言っている言葉だった。
「なあ、ネイ」
「ご馳走様」
ユウがネイに話そうとするも、ネイはまだ半分も朝食を食べていないというのに食事をやめて席を立った。
ユウもまだほとんど食べていなかったが、ネイに続いて席を立った。
席を立った二人にその四人の使用人たちは何やら言っていた気がしたがユウには気にならなかった。
「おい、ネイ。待ってくれ、さっきのは何なんだ?」
「何って、何でもないさ。ただ腹が減ってないから席を立っただけだ」
そういうネイの表情はとても冷たかった。
その表情で何があるとユウは確信した。
「なあ、良ければ聞かせてくれないか?なぜ、あんなことを言われたたんだ、それになんで言われても何もしないんだ?」
「それは、俺が二等市民だからだ」
「さっきの奴らも言ってたが、いったいその二等市民ってのはなんなんだ?」
「知らないのか、お前?俺と同じ部屋になったからヨーライックの人間だと思っていたが」
「そ、それは」
ユウは迷った。ここで聞くべきなのか、もしここで知らないと言って聞けば、確実にユウは怪しまれることに成るだろう。
だが――
「知らないんだ。だから教えてくれないか?」
聞かないという選択は出来なかった。
「……やっぱりお前は変わった奴だな。まあ、良いさ、この国で生きていくなら知っておいて損は無いしな――太古の昔からムクロイナと俺の故郷であるヨーライックは対立関係にあった。力は拮抗していたが、先の戦争でヨーライックはムクロイナに敗れ、その支配下になった。それは知っているだろ?」
「あ、ああ」
「それからムクロイナ本土ではヨーライック人は二等市民としてムクロイナ人より低い地位を与えられたというわけだ。あそこまで露骨なのは多くは無いがな」
「だからって、あのままにして置いたら――何とかならないのか?」
「ならないな、もし俺と奴らとで何かトラブルがあったら、俺は首になっちまう」
「そんな……ありがとう。話してくれて」
ユウにはネイの苦しみを聞くことはできても、それ以上に何もできなかった。そもそも当事者でないユウにとってはこれ以上かける言葉が見つからなかった。
「別に良いさ。それより行くぞ、今日は正門前の掃除の当番だ」
ネイはユウに目を合わせず城の正門へと向かった。
城内部の掃除は使用人の班ごとに日割りで分単がされている。
本日の正門前の清掃はユウとネイの当番だった。
「掃除って言っても、あんまりやることないんだな」
「そうだな、落ち葉なんかは正門の方には落ちてないしな」
ユウ達は昼過ぎには暇になっていた。
本来であれば、一度城へ戻ってもよかったが。しばらくは外で暇をつぶすことにした。
「なあ、ネイ。ネイはここに来る前は何をしてたんだ?いや別に深い意味は無いんだ。ただ少し気になっただけで」
「……別に面白いものじゃない。俺は元々ヨーライックの貴族に代々仕えてきた一族の人間だった。ただ戦争で仕えていた家が無くなって、それでここまで流れてきたんだ。ユウはどうなんだ?」
「え、ああ俺か、俺は好きな人がいるんだ」
「へー」
「でもその人は病気になったんだ。カプツィナ病って言って、俺も詳しくは知らないんだが……どうした?」
「そうか、そうだったのか。じゃあその子の病気を治すために働いてるんだな。立派なことじゃないか、頑張れよ」
ユウが思っているよりも、ネイは情に厚い人間の用で、心の底からユウを応援していた。
そんな話をしながら秋の寒空の下。もう城に戻ろうか、二人のどちらかがそう言おうとしたとき、門の方が騒がしかった。城に来客が来たようだ。
「誰だろう、誰か来たみたいだ。ちょっと行って来る」
「待て、ユウ。俺も行く――ん、あれってもしかして」
「どうした知り合いか?」
ユウは足を止めた。ネイは突然の客の事を知っているらしかった。
そこに居たのはまるで騎士のような鎧を着た、背の高い女性だった。
「待てよ、いや言われてみれば俺もどこかで見たことがあるような……」
ユウに直接はあったことは無い。それは確かだった。しかしその顔を町のどこかで見たことがあるような気がした。
「おいおいおい。ユウすごいぞ、やっぱり間違いない。ドンレミだ。先の戦争の英雄。ムクロイナを勝利へと導いた史上最大の英雄」
「え、ああ。そうなのか、そんなにすごい人だったのか」
「ああ、すごい。まさかこんなところでお目に掛かれるとはついてるぜ。おい急げユウ。城の中まで案内するんだ」
「え、ああ」
ネイが急ぎ足でドンレミの元へと向かい。ユウもそれに続いた。
ユウとネイはドンレミをすぐさま城の中の応接間へと通した。
ユウとネイはドンレミを連れて城の中の応接間へと入った。
応接間は城の中でも飛び切り豪華な部屋で、まるで部屋の隅々が光輝いているようだった。
「ドンレミ様。ただいま別の使用人が王女殿下をお連れします。それまで少々掛けてお待ちください」
「ああ、そうさせてもらおう。すまないね急に来てしまって。本当は軍の本体と同じく来る予定だったんだが、急いてしまってね」
ドンレミが応接間の椅子に腰かけ、王女を待っている間。ユウとネイも応接間の隅で待機することとなった。
「なあ、ネイ」
ユウが小声でネイに話しかける。
「どうしたユウ」
「いや、思い出したなって思ってさ。どこかで見たような気がしてたんだけど、確か街中であの人が書かれた張り紙を見たことがあったんだって思ってさ」
「ああ、そうだったか。あの人は軍の広告塔のようなものだからな。そりゃいたるところに張ってあるだろう」
「そういうものか――なあ、そんなにすごいのか?」
「すごいって、そりゃすごいさ。いや俺も聞いた話だが。1000人の敵兵に対してたったの十数人で立ち向かって壊滅させたとか、一人で城を落としたとか。瀕死の重傷を負っても次の日には最前線に復帰していたとか、あまりに大きな功績のために王国は勲章を新設したとか、いろいろ……まあ、俺からしたら複雑だが……」
「ふーん。そうか」
ネイの語るドンレミの様々な功績。
しかしユウには自分の目の前に居る人物にそれほどの力があるのかと少し疑問だった。
概して、武勇伝だとかそういうものは後々になって尾ひれがつくものだ。
ドンレミを応接間に連れて来てから、しばらく時間が経った。
しかし一向に王女が現れる様子は無かった。
次にドアが開けたのは、外からだった。
勢いよくドアを開け放ち、一人の若い男性が入って来た。もちろん王女ではない。そして使用人でもない。
「なあ、ネイ。あれは?」
「ん、ああ。あれは確か、ヴェローナ様だよ。俺が来る前からこの城で暮らしてる客人だが、何をしに来たんだろう」
ユウが二人を見ると何やら、ヴェローナの方がドンレミに対して何か頼みごとをしているようだった。
「――ですから。どうかお願いします。すぐに決めなくても、返答はまた後日でもいいのです」
「すまないが、何時であっても気は変わらないよ、私は弟子なんて取らないし、君に教えることなんて何もないさ」
「……あなたの武勲は私も知っています。ですが言わせてください。なぜあなたのような経験も実力も備えた軍人が後進の育成に尽力しないのですか?あなたなら――」
「ヴェローナ君」
「……すいません。ご無礼を――私は部屋に戻ります。それと王女殿下は今は来られません。その内お付きの誰かが来て、そう伝えるでしょう」
「ああ、ありがとう」
悔しさと苛立ちとを持ってヴェローナが部屋を後にした。
しばらくすると、ヴェローナの言った通り。一人の女性が王女は来ないと伝えに来た。
「申し訳ありません。せっかくお越しいただいたというのに」
「いや、私が早く来すぎてしまったせいだよ。すまないね」
「いえいえ、それより長旅でお疲れでしょう。お休みになられては?」
「ああ、ならそうさせてもらおう。えっと、そこの君たち、よければ客間まで案内してくれるかい?」
ドンレミは部屋の隅で待機していた。ユウとネイに案内を頼んだ。
ネイにとってそれは待ちに待った言葉だった。喜んで。っと嬉々としてそれを受けた。
しかし、ネイが英雄の案内をするという名誉をよく思わない人物がいた。
「お待ちください。ドンレミ様」
それは朝食の時にユウ達の隣に座った嫌な四人組だった。ドンレミが予定よりも早く来たと知って。早々に部屋の外で待ち構えていたのだ。
「ん、どうかしただろうか?」
「いえ、ドンレミ様。そちらの使用人は二等市民ですので、あなた様の案内にふさわしくありません」
「ですので客室への御案内でしたら。我々にお任せください」
「彼らが、ヨーライックの?」
「はい、本来この城で働いていること自体が間違いの、薄汚い出来損ないの種族です」
「ほぉー、そうだな」
ドンレミは顎に手を当てて、四人の話を聞いている。
この時、ネイは悔しさでいっぱいだった。
これまでのネイの人生は苦難の連続だった。
幼少期には仕えていた貴族家が戦争によって滅んだことで両親は職を失い、一家は離れ離れとなった。
それから、辛くとも必死に努力を重ね、頼る当てもない異国の地で、やっとの思いで使用人としての職に就くことができた。
それもこれもいつかは使用人としての高い地位を得るという夢があったからだ。
しかし、今思い知った。
自分には光は当たることは無いのだと、夢は夢でしかないのだと、チャンスなど初めから無かったのだと。
それでも声を上げることなどできはしない。
痛いほどに拳を握りしめ、歯を食いしばって涙を必死で堪えた。
「嬉しい忠告どうもありがとう――だがお断りさせてもらおう」
ドンレミは力強く、確かにそう言った。その言葉は夢でも幻でもなく、ネイの頭にまるで落雷のように響いていた。
「え、い、いや。ですが。奴らは二等市民。そんな者にあなた様を案内をさせるなど、我々使用人の立場がありません」
四人のうちの一人がドンレミの言葉に驚きながらも食い下がった。
「そうか、君たちは私の決定に不満があるというんだね?」
しかし、その言葉にドンレミは一切の迷いも無く切り返した。
「い、いえ。そんな――」
「別にいいさ。誰だって、言いたいことはある。だが私の決定を変えたいというのなら、潔く決闘というのはどうだろう?」
「い、いえ」
四人の使用人は英雄相手に決闘を挑むようなことなどできはしない。
「遠慮することは無い。別に決闘で私が怪我をしたからと言って後々何か咎めたりしないし、何なら全員で掛かってきてもいい。いやー懐かしいな、決闘なんて私が君たちぐらいの歳の頃以来だよ」
ドンレミが言葉を続ける。が、しかし、四人の使用人にとってはその言葉は死の呪文のようなものだった。どんどんと、顔が青ざめていく。
「「「「も、申し訳ございません」」」」
息の合った声と同時に四人はドンレミの前を後にした。
「ふうー、さて。それでは客間まで案内して貰えるかな」
「は、はい」
ネイはユウの声をかき消すほどに元気よくそれに答えた。
「ふふ、英雄という肩書もたまには役に立つものだな」
そう呟いた英雄はどこか悲しげな表情だった。




