ロシアの妖精
「っ!」
「起きたか?」
辺りはもう夜だ。
俺のオーク貯金は9体になった。
本当に気が抜けないが、ここまで静かだと足音でわかる。
女は俺がかけてやったバスタオルをはだけ、腰を上げて警戒態勢を取った。
「ほら、飲めよ」
「…………ペットボトル……」
やはりな。間違いない、地球人だ。
でも日本人ではなさそうだ。
ペットボトルを見ると、まだ少し警戒を残しながら女は近づいてきた。
「ほら」
俺は500mlの水のペットボトルとギルドの登録証を投げて渡した。
女は両方拾い上げると、登録証から見た。
「ジンサイト……」
「斉藤 仁、日本人だ。おまえは?」
まだ完全に警戒は解かれてない。
「エリー……」
「何人だ?」
「ロシアとイタリアのハーフ……」
「なるほど」
銀髪の髪を胸の下まで伸ばし、2つに分けて三つ編みを二本前に垂らしている。青い瞳に真っ白な肌。言ってることに間違いなさそうだ。
それに可愛い。ロシアの妖精という言葉が頭に浮かぶ。ロリコンが飛びつきそうな見た目だ。
見た目をもっと詳しく?ロシアイタリアハーフでぐぐれ。
しかし、言語理解は便利だ。外国人とも交流出来る。
「……あいつらは?」
「俺が追っ払った」
「そう……」
俺はバッグから非常食のビーフジャーキーを取り出す。
「食うか?」
「……ありがとう」
久しぶりにそれを聞いた。
「一応聞いておく。地球人だよな?」
エリーは俺からビーフジャーキーの袋を受け取りに来て、少し近くに座った。
「ええ、そうよ」
「一応冒険者登録証を見せてもらえるか?」
「これよ」
エリーはパーカーの腹のポケットから登録証を出した。
「……エレーナ?」
「エリーは愛称」
「そうか」
職業は斥候と書いてあった。
登録証を返して、返してもらう。
俺もビーフジャーキーをかじる。
「ねえ」
「ん?」
「ここはどこらへんになるの?」
「あー、なんだっけな、ベンダム?ガンダム?」
「グランダム?」
「そう!グランダム王国の首都グランダムから3時間ってところだ」
「良かった、道は間違えてないみたい」
「どっから来たんだ?」
「ツゲレン公国よ」
「ごめん、聞いても分からなかった」
思えばこの街からあのゴブリン村にしか出ていない。わかるはずもない。
「ここから西に7日ぐらい行ったところにあるわ。砂漠が多い国なの」
「7日?、そりゃまた随分遠いな。つか荷物はないのか?」
「昨日、水浴びしてた時に魔物に接近されて、取りに行けなかったの」
「そりゃ災難だったな」
って言った瞬間、エリーは後ろにぐるんと急に首を振り向かせた。
「魔物がくる。多分1匹」
「あー、オークか?」
「わからない。こっちに向かってる。あと1分ぐらい」
「任せろ」
「え?」
俺が立ち上がると、エリーはビクリとして、森と俺を交互に何度も見た。
案の定、オークだった。
俺はオークが臨戦態勢を取る前に、オークの胸元に走り込み、下から首を突きあげた。オークは一撃で絶命した。
「うそ……」
俺がリュックにオークを収納すると、
「亜空間バッグ……」
「ああ。お前は借りてないのか?って子供じゃ50万は無理か」
するとエリーは立ち上がり、両手をグーにしてペンギンみたいな手をする。
「っ!エリーは子供じゃないっ!18よ!」
「お、おう……」
子供という言葉にそんなに反応するのが子供なのだが。
「18?」
「ええそうよ!」
「てっきり小学生かと……」
「ショウガクセイ?……っ!#スクオーラ・エレメンターレ__イタリアの小学校__#のことね!酷いっ!エリーは立派な成人よ!」
「わかったから落ち着け」
成人がウサギ柄のパンツはどうなんだ?
エリーの身長は140ぐらいだ。確かに胸は俺の時代の小学生より膨らんでいるが、あの程度なら今時の小学生ならいてもおかしくない。
だが少し緊張が解けたようだ。
「成人ならその格好をなんとかしろよ」
「ファッションは自由だわ!」
「ここは異世界だぞ?地球の常識を当てはめるな」
「……」
それからも長いこと話をした。
エリーが赴任した国は、砂漠が多かった。仕事も討伐がメインで、はじめての仕事は無料でスキルとバッグが借りられ、問題なくクリア出来たようだ。
だが、2回目はレンタル代が高く、ケチって借りたところ、魔物に全く歯が立たなかった。次は奮発したが、今度は亜空間バッグを借りてないから魔物の死体が運べない。次はお年玉やバイト代で貯めたお金全財産注ぎ込んだら、魔物とあまり遭遇が出来ずに赤字になった。
色々調べたところ、グランダム王国には薬草採取という仕事があり、危険は薄く金になるのがあると言う。ならば移転しようとしたが、転送地点を変えるには一度自分でそこまで行かなければならないらしい。定期馬車もあるが、エリーは馬車の揺れに耐えられなかった。
仕方なく徒歩で向かうことにしたが、ツゲレンからグランダムは誰でもわかるくらい危険だ。
エリーはありったけの金をかき集め、イタリアで借金までしてスキルをレンタルし、グランダムに向かったそうだ。
レンタルしたスキルは、
気配探知3、791ユーロ
雷魔法2、316ユーロ
身体強化1、159ユーロ
詠唱短縮、2374ユーロ
言語理解、79ユーロ
しめて3719ユーロ、47万円だ。
グランダムにさえ来てしまえば、薬草採取でガンガン元が取れるとの計算らしい。
バカだ。
「それで、魔物からは気配がしたら逃げて、接近されたら魔法で足止めしてここまで来たんだけど、一昨日出会った冒険者がグランダムまで行くって言うから付いてきたんだけど…………、今日までは何もなかったのに、今日になったらいきなり……」
「バカすぎね?!」
「はあ?!」
「あー、悪い、つい心の声が漏れちまった」
「同じことよ!」
「そうとも言う」
とんでもないものを拾ってしまった。いや、まだこいつは拾ったわけじゃない。早々に街に帰ってサヨナラしよう。
「……もう、朝日が上がってきたな。動こう」
「街まで連れて行ってくれる?」
「ああ、そこまでは連れて行くよ」
関わりたくない。金を貸してくれまで言ってきそうだ。
俺たちは街に向かって歩き出す。
一度歩道に出てしまえば後は一直線だ、
問題ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ジン、すごく強いのね?」
「レンタルすれば誰でもできるだろ?」
「そうだけど、なんかすごい慣れてるみたい」
いつのまにかジン呼ばわりだ。しかもイタリア住みだからか、ジンと呼び捨てだ。
「まあな、これでももう10日ぐらいは異世界に居るしな」
「10日?!!」
エリーはとびあがるほどびっくりしていた。こいついちいちリアクションがでかい。外人効果か?
「エリーはもう合計2ヶ月は居るわよ?!」
「おお、先輩かよ」
「たった10日でそこまで戦えるなんて、ありえない!」
「レベル3を借りたら出来るだろ」
「出来ないわ!3を借りてやったことあるもの!」
「……」
なら俺は筋がいいのか?
「あー、俺は社会人だし、何でも屋だからな」
何でも屋は何でも出来なければ、飯が食っていけない。
「社会人って、エリーと大して変わらないでしょ?」
「13も違うのに変わらないわけねーだろ」
「13……、31なの?!」
エリーは俺の前に回り込んできた。
だからリアクションでかいって。
「登録証見ただろうが」
「あまりよく見てなかったわ」
まあ、俺もよく見てなかったが。
エリーはマジマジと俺の顔を見る。
「日本人は若く見えるってホントね」
「いくつに見えるんだよ」
エリーは顎に手を当てて、こてんと首をかしげる。
「んー、29ぐらい?」
「変わらねえじゃねーか!!」
エリーはアハハと明るく笑った。
本当、天使のように可愛い子供だな。近藤のじいさんならワシの孫にとか言いそうだ。
街に着く頃には俺のオーク貯金は15体になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街に着き、冒険者ギルドへエリーを連れて行く。
ミレイがまたこっちを睨んでる。
「その目をやめろ」
「とうとう子供にまで……」
「エリーは子供じゃないっ!」
俺は冒険者登録証を裏側にしてミレイに渡す。
「オークをやってきたんだが」
ミレイはまっすぐ俺を見る。
「今日買取にだすの?」
「いや、今日は疲れたな」
「なら、次にしてちょうだい」
「わかった」
登録証は裏側で返ってきた。
「じゃあ、またな」
「ええ」
俺はエリーを連れてギルドを出た。
エリーは何何うるさかったが、とりあえず黙れと言って黙らせた。
「おかえりなさ────、おや?」
仮自宅につく。
ベティが迎えてくれたが、ベティはエリーを見て止まった。
「あー、こいつはエリー。ただの知り合いだ。地下に行くために通るだけだ」
「そうですか」
「ジン、この人誰?」
「うちのメイドだ」
エリーはぴょんと飛び跳ねる。
「うっそ!メイド雇ってるの?!」
「色々あってな」
「うわっ、エロォ~い!」
「うるせえガキ、来い!」
俺はエリーの手を引っ張り、地下へと連れて行き、転移門の部屋に入る。
もうミレイは待っていた。
「同業だ」
「なるほど。どうりで」
ミレイはその一言で全てを理解したようだ。エリーは登録証をミレイに差し出しながら自己紹介をする。
「私はエリーよ」
俺がミレイを見るとミレイは、
「後は任せて」
「ああ、頼む」
ミレイは物分りが良くて助かる。
俺は部屋を出ようとしたが、引っかかることを聞いておいた。
「あっ、まさかこいつ毎回おれんちを通るのか?」
「大丈夫、他にもあるわ」
「助かる」
「待って!」
俺が背を向けて出ようとするとエリーが引き止めてきた。嫌な予感がする。
「ね、書くもの貸して」
エリーはミレイから筆記用具を借りると、その辺の紙の裏側にすらすらと書き出した。
「これアドレス、ジンのも教えて!」
「……」
一瞬迷ったが、地球のならいいかと思い、メアドを書いて渡す。
「連絡するわっ!」
「しなくてもいいぞ」
「連絡するわっ!」
「…………」
俺は返事をせずに転移門の部屋を出た。




