雨降って地固まる
二人目はこいつだ。
ティアモだ。
「そんなやり方、あたいは認めない。ならあんた、盗賊に襲われた女全員の人生を背負っていくの?」
「……」
「あんたに救われなかった女はどうなるの?」
「知るか。俺にも背負える限界がある」
「そう。なら、限界が来たら今度はあんたがガルムの代わりに女を殺すんだ。今格好いいこと言ったその口で、あんたは今度は殺すんだ!」
「……」
「はっ!笑っちまうよ!いや、笑うのはこれからだね。あたいは絶対見てやる。あんたが女を殺すとこをね!そんで言ってやるんだ、ほら見たことかと!!そん時が楽しみだ!!」
ティアモは言いたい放題言って、洞窟から出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帰りは最悪な空気だった。
ティアモにあんなことを言われたからか、女はまた不安に駆り立てられてしまった。夜まで歩いたが、野営の見張りとかもなあなあになり、交代とかを組むこともなかった。
俺の隣には、俺が買って持ってきていたバスタオルを巻いた女が座っている。俺の予備の服もこいつの服も買わないとな……
俺はリュックからパンを取り出す。
「これ食え」
女は心配そうに俺を見上げる。
「すまん、一個しかないんだ。悪いな」
「ならあなたが食べて」
「俺はいい。昨日も食った。今はお前が食え」
女はおずおずとパンを手に持った。
「柔らかい……」
「パンだからな」
女はゆっくりとパンにかじりつく。
「甘い……」
女は涙を流す。
「クリームパンだからな」
「美味しい……」
女は泣きながらパンを食った。
「名前は?」
女にペットボトルの水をやり、俺は女が落ち着くのを待ってから話をした。
「……ベティ」
「歳は?」
「19」
「若いな」
ベティはチラリと俺の顔を見た。
「若いって……、19なら充分行き遅れじゃない……」
「?、まだ10代じゃねえか。それはないだろ」
「……あなたの故郷はゆっくりなのね」
なるほど、そういえば異世界の成人は15と書いてあった。なら20歳は俺らの感覚でアラサーぐらいなのかもしれない。
ベティはチラチラと俺の表情を伺う。
「ねえ……」
「ん?」
「本当に本気なの?」
「しつこいな」
「今から私を殺しても誰もあなたを責めないわよ?。私も今なら大丈夫、こんな女を抱えたら後悔するわよ?やめときなさい」
俺は体ごとベティに向き直り、まっすぐ見つめて言う。
「はっきり言っておく。俺もお前を嫁にするとかのつもりはない」
「……当たり前じゃない」
「でもな、そうじゃなくても一緒には暮らせる。……あー、あの時はメイドって言ったけどよ、兄が出来たと思ってくれればいいよ。兄妹なら犯される心配もないだろ?」
「…………本気でしないつもり?」
「むしろなんで犯す前提なんだ?」
「私が穢れてるから?」
「っ、そういうことを言うな。それを言われたら穢れてないのを証明するためにやらなきゃいけなくなるじゃねえか」
「……、そうね。じゃあ、あなた神父なの?」
「どうしてそうなった?」
「だって……、女を犯さないのは神父くらいじゃない」
「……とんでもねえな」
凄いことをさらっと言いやがる。じゃあ、街を歩いている男は全員レイプ魔かよ。まあ、今はそう言う精神状況ってことか。
「まあ、おれんとこでしばらく暮らしてみろよ。もし出て行きたくなったら旅代ぐらいはなんとかしてやる」
「……、ホント、神父様みたい」
「よせ、俺は無神教だ。……ほら、俺が見張りをするから少し寝ろ」
「…………肩、借りていい?」
「ああ」
ベティは俺の肩にコテンと頭を預けて眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の昼には冒険者ギルドに到着した。
カウンターに行き、ミレイに依頼の完了報告をガルムがする。
「……で、それはなんなの?ジン」
「それとか言うんじゃねーよ。ベティだ」
ミレイは半眼で俺を睨む。ベティは申し訳なさそうに俯いている。生きててすいませんみたいな感じだ。
「はっ!聖人君主様は、なんでもお救いになるってさ!人も殺せない臆病者のくせに!こっちの苦労も考えろってんだ!」
ティアモだ。
俺はそれに反論しない。
「……ジンは依頼を出来なかったの?」
ミレイが聞くとトラオが答える。
「いや、一撃で盗賊を戦闘不能にしていた。見事なものだった」
「かばうんじゃないよ!結局トドメを刺して回ったのはジスとあたいじゃないのさ!!こんなやつに…………、偽善者!臆病者!!」
ティアモがヒートアップしてきたところでガルムが割って入る。
「もういいだろ。ミレイちゃん、討伐は完了した。あとで確認にいくといい」
「…………わかったわ。それじゃ報酬の金貨2枚よ」
カウンターに16枚の金貨が並べられる。
「ふん!チキンハートと同じ報酬かい!やってられないね!」
ティアモは金貨を奪うように2枚取り、どこかへと消えていった。
「ジン殿、あまり考えこむな」
トラオも俺に一言声をかけてから、金を受け取りギルドから出て行く。
「じゃあな、ジンさん。縁があったらまた……」
ガルムもだ。
サンザ、キーン、ゲルドも金を受け取り消えて行く。最後にリンダが、
「ごめんね。あの子も盗賊に親を奪われた口なの。自分とその子をどうしても比べちゃうのね、許してあげて」
「……大丈夫、気にしてない」
「器が大きいのね。あ、それと魔法のことで何か困ったらあたしに相談して。いつもは魔術ギルドに顔を出してるわ」
「ありが────、助かる、リンダ」
「またね」
どうやらあの時の水は魔法だとバレてるらしい。ここで変に否定しても話がこじれるかと思って礼だけ言っておいた。
そしてリンダも消えていった。
俺はミレイを見る。
「まさか、終わりだと思ってないわよね?」
「…………」
「さあ、楽しいお説教の時間よ」
ミレイは顎で上を指し示す。どうやら転移門の部屋ではなく、三階で話すようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「殺せなかったのは、まあいいわ。半分は想定内よ。でもね、これはないわ。あんた、自分の立場わかってる?」
「…………」
ミレイがソファに座り、俺が向かいのソファに座る。ベティも座らせようとしたのだが、ベティは頑なに拒否した。今は俺の後ろに申し訳なさそうに立っている。
「情婦が欲しいからって手近に済ませないでよ。情婦が欲しいなら奴隷を買いなさいよ」
「そんなんじゃねーよ」
「同じことよ。意味がわかってる?」
正直わからない。俺の表情を見て業を煮やしたミレイは、ベティに話しかける。
「あなた、悪いけどもう普通の生活は出来ないわ」
「おい、ミレイ!」
「ジンは黙ってて」
するとベティは、
「……はい、覚悟出来てます」
「ジンは普通じゃないの。知られては困ることがたくさんあるのよ」
「はい、わかってます」
「は?」
わかってる?お前は会ったばかりだろうが。俺は何も喋ってないぞ?
「この人……、ジンさんは普通じゃありませんから……。きっと何かあるのか、どこかのお貴族様と思ってました」
何故そうなる。
「そう、普通じゃないの。ジンの秘密はなんとしても守らなければならない」
「はい、覚悟は出来てます」
二人でどんどん話が進む。
「なら話は早いわ。あなた、今日からジンの奴隷になりなさい」
「へ?」
俺じゃない。素っ頓狂な声を出したのはベティだ。
「おいミレイ!俺は奴隷にしないと約束したんだ。奴隷はなしだ」
バン!
ミレイはテーブルを叩く。
「うるさいっ!黙れって言ってんのよ!」
「っ、」
だが予想に反したことをベティは言う。
「あの……奴隷でいいんですか?」
「……仕方ないじゃない。それしかないわ」
「ほ、本当にそれだけ?」
「奴隷紋でジンの情報を話せなくするわ。選んで、死ぬか奴隷か」
なんだその究極の選択は。
だが、ベティにはそうではなかったようだ。
「なる、なります!奴隷!」
ベティの顔は嬉しそうだ。奴隷にされると言われてるのに、まるで救われたと言わんばかりの顔だ。
「そう、助かるわ」
「なんだよ!ミレイ、説明しろ!」
説明を受けた。奴隷にされると奴隷紋が身体に刺青のように入る。そして主人の命令には絶対服従を強いられるとのことだ。だが、命令は主人のさじ加減一つだ。
ミレイはベティを俺の奴隷にして、『俺の秘密を話すな』と命令しろと言う。そうすれば俺が地球人でも、地下の転移門も、何もかも丸く収まるって寸法らしい。
「私、絶対死ぬか鉱山送りだとばっかり…………」
「そんなことしたらジンが荒れ狂うわ。それがイッチバン面倒くさいのよ!」
「あー、なんか俺、イマイチスッキリしないんだが……」
ベティも帰りの道中、俺のことをおかしいとずっと思ってたようだ。あまりにも常識とかけ離れてると。それにパンと水。
口には出さなかったが、見たこともない瓶と雑味が全くしない水、ありえないほど柔らかくて、貴族でも祝いの日にしか食べなそうなくらいの甘味、それを平気な顔で他人に与える。絶対この人はおかしいと思っていたという。この人と関わった時点で、この人がなんと言おうとも、周りがそれを許さないだろう。もう自分は無事では済まされないと覚悟していたという。
俺がソファにもたれかかるとベティは俺の両肩に手を置いた。
「これからいっぱい尽くしますね!ご主人様!」
「ご主人様じゃねえ、せめてお兄ちゃんにしろ」
「はい!お兄ちゃん!」
「そういうの、帰ってからやってくれる?」
しばらくすると奴隷商人がやってきて、魔法でベティに奴隷紋を刻み、俺との契約が終わると俺もやっと解放された。




