EPISODE 7
橋下さんと前田さんがあれからどうなったか。翌日の報告でふたりは次のように話した。
ヘッドランプの狭い視界に出たり入ったりするゴブリンの中には棍棒を持った個体が混じっていた。その行動が挑発であったか攻撃のつもりであったかはわからないが、向こうからは丸見えなので不利は否めない。
「見えたら射撃します。こちらからはあまり前に出ないでください」
腕だけで引ける軽量ボウガンを速射する前田さんは残りの矢を数える余裕がなくなった。こうなれば打ち尽くして撤退するつもりだ。見えない相手に矢はなかなか当たらない。何度か叫び声が聞こえたものの倒すには至らなかった。
「交代する。上がってくれ」
レミントンM870を持った冒険者が前田さんに言った。同じ銃を持ったもうひとりがすぐ上にいる。彼は前に出るとすぐに発射した。ゴブリンに命中はしなかったが、目の前にいないことが確認できたので、前田さんと場所を入れ替わる時間が作れた。同じようにして橋下さんも帰還することができた。
「ふたりで交互に何発も撃ったのに倒せたのは1匹だけ。あれは暗闇を使うのに長けている」
ロボットは階段の下まで歩行してバッテリーが切れたので、そこに置いていくことになった。ゴブリンの死体と持っていた武器が回収された。
全員が地上に出たのは6時間後の未明。詳細な報告は早朝から行われることになり、星野は家族に無事を知らせる短いメールを送ってから、椅子を並べたベッドで眠りに落ちた。
# 特定危険領域内における遭難冒険者救出活動に関する報告書
## 1. 任務概要
- **報告者**:冒険者 星野哲夫
- **対象日時**:平成12年8月16日夜間より翌未明
- **現場**:20F付近および未確認領域
- **目的**:崩落事故により行方不明となった小林冒険者の捜索および救助
## 2. 現場進入およびロボット確認状況
HONBA製二足歩行試作ロボットにより崩落事故現場の探査を行った。同社技術者2名の協力を得た。未確認領域である階段状地形を発見して、ロボットを下降させた。遠隔操作による捜索活動中に何ものかの妨害を受けてロボットは活動を停止した。その際のカメラ映像が操作用ノートパソコンに保存されていることを確認した。映像によれば、妨害者はゴブリンと思われる。
20Fの現場での待機および本部との連絡を佐々木冒険者が担当した。
星野冒険者、橋下冒険者、前田冒険者の3名で階段状地形へ下降した。地下通路に到着後は西方向へ進行した。通路にてロボットが停止しているのを確認。また過去の行方不明者のものとみられるコンバース製スニーカー片方を回収した。水路に行き当たり南進した。四角い部屋にて小林冒険者を発見、接触に成功した。
## 3. 現地状況および特異事項の確認
- **小林冒険者の状態**:ナイフを紛失し待機していたが、身体的負傷はなく自力歩行可能。
- **現場の構造・遺留品**:部屋の内部に鉄帯で補強された木製宝箱が存在している。蓋を開き内部に金貨を確認し写真撮影のみ実施した。
- **ゴブリンとの遭遇**:部屋の外にてゴブリン複数体と遭遇。前田冒険者のボウガンによる迎撃で1体を射抜いた。ゴブリンの生死は確認していない。星野冒険者の鋼管による殴打で1体を水路に転落させた。この際に橋下冒険者がゴブリンの撮影を行った。
帰路の階段下付近にて、再び襲撃を受けた。小林冒険者の救出を優先して、橋下冒険者と前田冒険者に迎撃を託した。
## 4. 撤退および帰還行動
橋下冒険者と前田冒険者は銃器を装備した増援と交代して撤退した。
小林冒険者の地上帰還を見届けた。
## 5. 課題
- 暗闇でのゴブリンとの格闘に困難を感じた。効果的な照明設備または装備があれば脅威は減少するものと考える。
- ダンジョンにおける通信の困難はこの探索に限るものではない。しかし捜索任務における通信の重要性はさらに高いと考えた。
- 武器について、棒状の殴打武器に有効性があると考えた。
実家では妻子と両親がそろって出迎えてくれた。妻は会社を休んで、実家でテレビのニュースを見ていたそうだ。大地は健やかに眠っている。これも報酬のひとつか。
「あんな怪物がいたなんてびっくり。哲夫さんも見たんでしょ」
妻はいつもの笑顔で不安そうな顔をしていなかった。ちょっと拍子抜け。
「もうテレビに出てるのか。あれはまあ、見た目ほど怖くはなかったよ。それより連絡が遅くなってごめん」
「ちゃんと帰ってくれたからいいよ」
両親は事故には一言も言及せず、晩ごはんはどうするとだけ聞いた。カレーを小鍋に分けてもらってアパートで食べることにした。
「明日はどうするの」
「明日はずっと家にいる。さすがに疲れたよ」
実家からアパートまで15分。いつもの何も変わらない帰り道のようだった。駐車場でジムニーのエンジンを切ると妻が体を寄せてきた。
冒険者がゴブリンと格闘。翌朝の新聞の見出しを見て星野はぎょっとした。小林さんが無事に見つかったことよりゴブリンが見出しになるとは思っていなかったのだ。掲載されている写真はロボットが撮影した低品質のものだった。
## 冒険者がゴブリンと格闘
### 小林氏を発見して救助 けがはない
【奥多摩発】16日に奥多摩ダンジョン地下20階付近で発生した崩落事故で行方不明となっていた冒険者、小林高雄さん(64)が17日未明、無事発見され、救助にあたった冒険者らとともに地上へ生還した。日本冒険社によると、小林さんに目立ったけがはないという。
同社によると、救助活動を行なった冒険者らは事故現場の探査中、崩落によって生じた未確認の階段状の空間を発見。試作型の二足歩行ロボットを投入して先行探査させたところ、小林さんの生存を確信し、冒険者3人が現地に到達、無事に接触した。
捜索の過程で、冒険者らは複数の未確認生物と遭遇したことも判明した。政府が「ゴブリン」と呼称する生物とみられ、冒険者らは手持ちの武器で応戦したという。生物との接触は今回が初めてではないが、映像として記録されたのは今回が初とみられ、同社が公開した写真には、暗闇の中に浮かぶ人影のような姿が写っている。画質は粗く、詳細は判然としないという。
小林さんは救助後、その場で医師の診察を受け、身体的な異常はないと診断された。日本冒険社は「小林冒険者の生還を第一に、迅速な対応ができたことを喜ばしく思う。未確認生物との遭遇については、今後の安全対策の検討課題としたい」とコメントしている。
なお、事故現場で発見された遺留品の中には、過去の行方不明事案に関連するとみられる履物も含まれていたといい、同社は関連を調査するとしている。
*2000年8月18日 読売新聞朝刊*
「本当はまだ発表されていないことがあるんだ。でも冒険社は情報を小出しにするつもりだ。世論を操作するわけじゃないけど、様子を見ながらってところかな。ダンジョンの下の階の調査は早くても来年の春だから、それまでは俺も忙しくない」
来年の春にはまた危険なところに行く。そう聞こえたのだろう、妻が無言でにらんできた。
「大ちゃん、悪いパパですよねー」
「まー」
あれ、もしかして返事をしたのか。
「ママって言ったよね」
「言ってないだろう。マーって声を出しただけだよ」
「大ちゃん、パパって言ってみて」
「だー」
やっぱりしゃべってる気がする。妻も目を丸くして驚いている。
「今のは英語だ。ダッドって言ったんだ。すごい」
「そんなはずないでしょう」
それから何度も話しかけたけど、大地はもう返事をしてくれなかった。ついには泣き出してしまった。
「俺の名前が漏れたら取材に来るかもな」
「えー、どうするの」
「わからない。上の方針を聞いてみないと」
俺には上がふたつある。この件はどちらに聞くべきか。その疑問が無意味であったことはすぐに判明する。辻3佐と奥田支部長から届いた返信メールの文面はほとんど同じだった。冒険者として対応せよ、だ。ここで自衛官の立場を公に出すべきではないらしい。
冒険者法によれば、冒険者としての活動は本来の職務を妨げるものであってはならない。そして自衛隊員の本来の職務とは、我が国の平和及び安全の確保に資する活動だ。あのダンジョンはそれほどの脅威か。




