EPISODE 5
ヘッドランプの前に埃が舞い散る。階段状の地形は花崗岩を削り出して風化したような状態で歩きにくくはない。上の石英層はともかく、ここを自然の洞窟と言い張るのはもう無理だ。それなら誰が掘ったのか。
「あの二足歩行する小動物がダンジョン建設者だろうか」
「ゴブリンにこんなものは作れないと思います。他にもいるんじゃないですか」
階段の下に到達する。目の前の壁には映像で見た矢印があり、あきらかに左を指している。
「この矢印は自然にできた模様に見えます」
「そうですかね。タガネで掘ったんじゃないでしょうか。私は地底人か宇宙人だと思います」
前田さんが楽しそうなのは興奮状態だからだ。すこしあやうい。
「過去には大型動物の足跡があったという証言もあります。警戒して進みましょう。足元のケーブルに注意してください」
まっすぐな通路を西に歩く。同じ景色が続くことが集中力を奪う。まるで地下鉄の通路のように危険は何もないように感じられてくる。それが危険だ。
「血痕です」
「誰と誰がですか」
「結婚じゃなくて血痕です。前田さん、ふざけてるんですか。壁を見てください」
「橋下さんも冷静に」
橋下さんが憮然として壁を指差すと、腰の高さに血の付いた雑巾を擦り付けたような跡がある。
「これはまだ新しい」
「この高さなら小林さんではなさそうです。ここで襲われて格闘したのではないでしょうか」
ヘッドランプと懐中電灯に照らされた通路の向こうの闇に何かが潜んでいるかも知れない。
「暗視スコープを持ってくるべきでした」
「市販品の性能では意味がないです。星野さんは自衛隊なんでしょう。融通は利かないんですか」
「簡単ではないですね」
陸自が持っているのはNECがライセンス生産した単眼型だ。自分だけなら面倒な手続きをすればたぶん借りられる。まとめて購入してここの標準装備にすることも可能だろう。70万円のを100人分調達したらいくらになるんだ。簡単な掛け算がとっさにできないことを自覚する。自分も冷静でない。
代々木の日本冒険社ビルの5F会議室の扉の横には墨痕鮮やかな看板が掲げられている。その名称は奥多摩特定危険領域安全対策委員会。
「俳優とカメラマンは奥多摩冒険病院に搬送して健康診断を行いました。健康状態に異常は見られず、精神的にも落ち着いております」
「それは何より。あとは小林冒険者の生還を待つだけですね。今はどうなっていますか」
真野副会長の問いにプロジェクターの映像の奥田支部長が答える。
「佐々木冒険者が現場を保守中です。HONBAの技術者もその場におります。ロボットは停止しており状態は不明です。星野、橋下、前田冒険者が未知の階段状地形を下降しました」
「陸自の人か。それなら適切な行動を期待できる。こちらは待つだけですか」
「連絡を待ちながら発電機用の燃料や担架や保存食を順次、中継地点まで運搬しております。通路の補強材料も届き次第で運び込みます」
通話を終えると、寝癖のような髪型の五十嵐文化部長が口を挟んだ。
「ようやく遭遇しました。ゴブリンの生態を解明して安全対策ができれば、来年の観光計画の追い風になります。だが犠牲者が出たらそれどころではなくなる。うまくやってもらわねば」
資格者が100人いても日常的に内部で活動しているのはその半分。現状はダンジョンの基礎調査がせいいっぱいだ。引率やガイドは細々としか行えていない。だが冒険者が毎年増えていけばやれることが増える。危険除去は早めにしておきたい。
「結局、金脈は見つかりませんでしたなあ。拾得される鉱石は5F北壁周辺が多かった。だから調べればきっと出ると思っていました」
「それが鉱業社の設立目的ですから竹下社長のお気持ちはわかります」
「これからは新発見の迷宮探査に注力することになるでしょう。上の階層の活用を考えねばならない」
彼らは冒険者のサバイバル能力を疑っていなかった。岩石の下敷きになればひとたまりもないだろうが、生きて逃げたなら発見は時間の問題だ。
古びたスニーカーが小林さんのものかは確証が持てなかった。またそのすぐ横で仰向けに転がって停止している二足歩行ロボットは損傷しているように見えなかった。抜けていたケーブルのTOSLINK端子は固定するネジもない挿すだけの形状をしていた。
「これは後まわしにしよう。ここで復帰させてもオペレーターが気付かなかったら棒立ちでバッテリーを消耗するだけです」
「また課題が見つかりましたね。通信手段が必要です」
中継基地間はケーブルで接続している。そこから電波を飛ばしてもここには届かない。
「やはり有線か」
「ロボットみたいにケーブルを引いて歩くんですか」
「ここは鉄が採れた山ですから電波が遮蔽されます。反射して届いたとしても信号としては役に立たないんじゃないでしょうか」
地上からボーリングで地下にケーブルを通す。携帯基地局を設置しまくる。冒険社もいろいろ検討してはいるようだ。あとでHONBAの技術者にも聞いてみよう。
「靴は本人に見せて確認するしかありませんね」
「小林さんが違うと言ったら」
「拾得物になるのかな。交番にでも届けましょうか」
ダンジョンで交番と言ったら冒険社のことだ。どのように処理されるかは個人的にも興味がある、と星野をすこしだけ愉快にした。
「前から水音がします。水が流れています」
突き当たりでは北に向かって流れる水路が見つかった。向こう岸は壁になっている。
「これは自然な川に見えますね」
「見ただけじゃわかりませんよ。でもこの水源はおそらく15Fの地底湖でしょう。あふれて落ちた水がここに集まってるんだ」
では地底湖の水源はどこなのか。それは1957年に作られた奥多摩湖と考えられている。ここが国営公園になる前の時期には地底湖は存在していなかった可能性がある。
「だったら地底湖の魚はどこから来たんでしょうね」
「どこからかダム湖に移り住んできて地底湖にも流れてきた。もともとあった池がダムに飲み込まれたのではないでしょうか」
「この水流にも魚がいるとしたらゴブリンが食べているかもしれません」
そういうこともありそうだ。ではここからどっちに向かうか。道が広くて逃げやすいのは南だ。
「灯りが見えます。やっと見つけられました」
通路の突き当たりの岩陰から小さな灯りが見える。峰さんによれば、小林さんは通常のヘッドランプの他に小型で長寿命のLEDタイプを予備に持っていた。その光に違いない。
「小林さーん」
大声でなくても声は響く。小林さんはランプを揺らして合図を返した。
「救助に来ました。大丈夫ですか」
「来てくれると思った。ナイフを川に落としてしまったので単独で戻るのをあきらめて待っていました」
岩陰だと思ったら、そこは大きな四角い横穴になっていた。
「なんですかここは。あいつらが岩を掘って部屋を作ったんですか」
「それはわからん。自然にできたのかも知れない。でも部屋として使われていたのは確実だ。家具もあるからな」
家具と言われて懐中電灯を中に向けると、部屋の中央に木箱のようなものが置かれていた。
「なんでこんなところに宝箱があるんだ」




