EPISODE 4
「状況からは崩落に巻き込まれたと見るのが自然です。動けない場合でも水とカロリーメイトで数日は保てるはずです」
「崩落となれば、どこまで安全に接近できるかが問題です。二次災害の危険はきわめて大きい」
ダンジョン内外の冒険者は冒険社奥多摩支部長の奥田さんの指示に従うことになった。10Fと15Fに通信と電力の中継基地を設置して2名ずつが配置される。地上にも5名。20Fまで降りるのは星野を含めた4名。そして民間協力者が2名。
「もうすこしいるかと思いました」
「夕方遅かったからですね。すでに帰ってしまったのが何人もいました」
実家と妻に電話をして、今夜は大地を預かってもらうことになった。帰ったらこの埋め合わせをしなければならない。星野が携帯電話を持ってぺこぺこしているあいだに、支部長は家にいる冒険者たちに応援要請のメールを送信した。また他の職員が救急車の手配をした。それらの到着を待たずに救助を開始する。
警察も来るだろうが中には入らない。彼らはここが治外法権とでも思っているようで、いつもよそよそしさを感じる。いざとなれば連携が必要になるというのに。
星野は現場での指示を頼まれて先頭を歩いていた。気休めにしかならない可能性もあるが鋼管の仮設足場が持ち込まれていた。まもなく現着。気を引きしめよう。
「ちょうど使用可能な状態になっていて良かったです」
「洞窟を抱えて運ぶのは時間がかかります。ここは歩かせたらいいんじゃないですか」
「こんなところでバッテリーを消費するわけにはいきません」
宇宙服のヘルメットのような頭部に白い鎧を着こんだような胴体のロボットが現場まで運ばれた。鍾乳洞や階段は4人で抱えて、通路は台車に積んで押して運んだ。身長は160cmで体重は120kgの鉄の人形。
「有線なんですね。瓦礫をどかしたりはできますか」
「映像の送信とコントロールのため有線になりました。光ファイバーケーブル長は80mあります。あまり重いものを持つ能力はありません。扉を開けたりボタンを押したりはできます」
奥田支部長が電話一本で取り寄せたのは、冒険社技術チームと協力関係にある、HONBA社が研究中の二足歩行ロボットだった。内蔵バッテリーの稼働時間は20分。
「探査を開始します」
オペレーターのキーボード操作でゆっくりと暗闇に向かって歩き出す試作ロボット。バランスを取りながら歩く様子は人間のようだ。ThinkPad 770 の画面にはカメラ映像と方位や距離などの情報が表示されているのが見える。
「要救助者は見当たりません。赤外線でも見えません」
「埋もれていないなら逃げられたということだ。その大きな岩の影はどうですか」
「ここにも見当たりません」
ロボットはゆらゆらと事故現場を乗り越えて壁に突き当たる。
「壁が崩れています。穴の奥に階段があるようです」
「佐々木さん、本部に連絡してください。未発見通路を発見。階段状の地形。ロボット探査を継続。お願いします」
ロボットが階段を降りていく。この先に小林さんがいるのかも知れない。ふたつの大型ライトが壁を照らすが階段の奥は見通せない。
「天井は安定しているように見えます。補強は必要でしょうか」
「足場を組んでおきましょう。やれることはやったほうがいい状況です」
発電機の振動が崩落を引き起こしそうで不安だ。でももっと灯りが欲しい。
「まもなく階段の下に到達します。方角は北で正面に壁」
「左右には壁がない。分かれ道だ」
「壁に模様が。ちょっと見てください。これって矢印じゃないですか」
たしかに矢印のようだ。誰がどうやって書いたんだ。それともこれも自然物か。
「小林さんがこれを見たらどうしたでしょう。こっちに進んでみましょうか」
「西ですね」
オペレーターがキーボードからWと入力してEnterを押す。
「そうやって操作するんですか」
「ええ、WESTの意味です」
西へ移動しながら、映像に変化がないかを見つめている。何も見つからないか。
「あれは靴では」
「小林さんのかな。この映像ではわかりにくい。カメラを揺らさないで、もっとよく見せてください」
「ロボットに異常。右側から衝撃が加えられました。後方からも」
子供くらいの緑色の影がカメラの前を横切る。複数いる。あれには120kgあるロボットを揺さぶる力がある。
「これは攻撃だ。反撃しないとやられてしまう」
「そんな機能はありません。撤退します」
「撤退する前にあれをはっきり映してください。あれはなんだ」
映像が途切れて画面がまっ暗になった。
「断線しました」
「あれは目撃証言にあった生物じゃないですか。目撃者がゴブリンと呼んでいた」
誰も返事をしなかった。未知の危険な生物の存在は予告されていた。しかしこれまで出会わなかったことで忘れかけていたのだ。
「ロボットの停止場所までのマッピングはできています。そこまでは安全に行けますので冒険者のチームを降ろしましょう。佐々木さんが残ってHONBAの人を守ってください。本部との連絡もおまかせします」
佐々木さんが力強くうなずく。彼なら何が起こっても対応できるだろう。
「手持ち武器は橋下さんが大型ナイフで前田さんがボウガンですね。暗闇でゴブリンに矢を当てる自信はありますか」
「ないです。だから私もナイフを持ちます。ショットガンを借りて来れば良かった」
あんなのがいるとわかっていたらそうしたよ。自分もナイフしか持っていないがどうする。
「鉄パイプが武器になりそうです。これって余剰品ですか」
「それは足場と関係のないパイプだよ。いっしょに持って来ちゃったんだ」
「それなら私はこれを持って先頭に立ちます。ボウガンもあったほうが良いと思います」
ヘッドランプ、乾電池、水、食料、コンパス、医療キット、筆記用具。ロボットはどうする。
「優先順位は要救助者の捜索、未知の生物の確認、ロボットの回収です。ロボットはどんな状態なんですか」
HONBAの技術者の吉村さんと川崎さんは怖がることもなく話し合っていた。
「光ファイバーは切れていないと思われます。ロボット側の端子が抜けただけなら挿せば復帰します。歩いて戻れます」
「端子はなんですか」
「オーディオ用のTOSLINKです」
どんなのだったか、ちょっと思い出せない。




