EPISODE 35
19Fではゴブリンの出現が尋常ではなく多くなった。撃って殴って斬り伏せてもいなくならない。
「そろそろ秘密兵器の出番か。小林さん、もうすぐ広い通路に出ます。そこには複数の敵が潜んでいる可能性があります。準備をお願いします」
それはカメラ外付け用の大型ストロボ。ダンジョンに持ち込むため、耐久性の高い水中型を用意した。バッテリー交換に手間がかかるので使いすぎは避けたい。
「陸自の閃光発音筒は使えなかったんですね」
水野さんはスタングレネードをひとつだけ持たされていた。
「こんな閉鎖空間で大音響を出すと何が起こるかわからない。それを使うとしたら最終手段です」
通路の右側には冒険ライトが並んでいた。いくつかは誰が設定を変えたのか常時点灯モードに変更されている。暗い影にたしかにゴブリンの気配が感じられる。
「星野さん、チャージ完了」
「お願いします」
水中で使うストロボは通常のタイプより指向性が高い。前方に集中的に光を浴びせるには持ってこいだ。チャージランプが赤から緑に変わっていることを確認してスイッチを押し込む。一瞬だけ姿を見せたゴブリンの位置を記憶して、星野は0.5秒の小銃掃射を浴びせる。
「壁に登ってるのがいた。こんなの見たことない」
それは光を浴びて落下していた。水野さんが落ちたゴブリンを撃ち殺す。ここは帰り道にもなるので生きていることがリスクになる。
「ライトを常時点灯に設定変更しておくのは良いアイデアだ。真似しよう」
20F基地はもう目の前だった。
銃声が降りてくるのが聞こえる。もうすぐ救援が来る。
動けない真田さんを担架で運ぶのは菊地さんだけでは無理。清水さんと川崎さんが後の棒を持つ。その左右を峰さんと大野さんが警護して、救助隊の人たちが前後を守る。そういう予定になっていた。
シェルターの外にはオークの死体がふたつ。左腕の取れたO3はまだ戦う意思がある。
「このロボットを停止しないと、出たとたんに殴られちゃいますね」
「コンセントを抜いたら止まります。ここまで壊れたらこいつはもう直りません」
「カメラを片付ける前ならニュースになったのに」
さっきから清水さんはそればっかり言ってる。元気があってなによりだ。
通路の向こうで明るい光が走った。
「あの光はなに」
「電池のストロボじゃないかな。100V仕様のならもっとすごい光が出せるのに」
救助隊はたったの4人。ゴブリンがどれだけいるかわからないけれど簡単な道行きではない。
「ショットガンで援護に行きましょうか」
「撃たれちゃうよ。すごい銃声が聞こえる。出会ったら区別なくやられる」
15分後にT字路を警戒する星野さんが見えた。続いて神谷さん、小林さん、知らない人。
「O3を停止します。星野さんを殴ったらきっと怒られるので」
「そうだね」
やがて彼らは合流する。
「ここを出る前に補充をしたい。小林さんが弾切れだ」
「装弾を手伝います」
テレビ局の人が非常識なことを言ったので星野さんの目が点になった。
星野もまた水野さんにザックの中の予備マガジンを取り出してもらいジャケットのホルダーに収める。
「ストロボの電池も交換する。それから保存食が残ってたらすこし食べて。銀座から出口までの10kmマラソンで動けなくなったらおもしろくない」
川崎さんは新井さんに置いていかれたことを怒ってはいなかった。新井さんだって地上に戻ってとがめられたりはしなかった。ただ事情聴取は厳しく行われるだろう。再発を防止しなければならないから。
補給をしているあいだに銃を持たない神谷さんが真田さんを見舞う。
「神谷さん、自衛隊はこれからどうするの」
「上から順番に掃討する。最初の計画だと最下層まで3日で降りて救出するってことだった。星野さんが無理だって特殊部隊を提案した」
「それは星野さんが正しい」
食事、排泄、衛生、搬送、休養、暗闇、恐怖。どれも野外とは質が違う。支援体制がそのまま適用できない。
「裏口が使えることがわかったら計画に組み込むと思う。金がかかるから作れなかった道路も国がやるならすぐできる。17Fに風呂ができてもおかしくない。まあ、そういう話は帰ってからしよう。準備ができたみたいだ」
前に星野と小林さん、後ろに神谷さんと水野さん、要救助者たちの中心が真田さん。死屍累々の通路を抜けて階段を上る。
「後ろから襲ってくるのが多い。来るときにコボルトもいたから注意。小林さんも後ろにいてもらえますか。ストロボはそっちで使ったほうがいい」
下の階から軍勢の足音が聞こえてくる。おそらく23Fの階段の封鎖はもう解かれている。急がなければ囲まれる危険がある。星野は前方に現れたゴブリンを一瞬で倒す。
「あれだけ殺したのにまだ出るか。ペースはそのまま走らない」
「だけど追撃が多すぎる」
後ろを見たら天井近くの壁を走るゴブリンが見えた。木村さんが言っていた、齧歯類に近い動物。たしかに4本足で移動するところはそう見える。
「無反動砲があればいいのに」
「水野さん、そんなもの使ったらこっちが危ない。それにここでは違法です。銃弾を残さないつもりで撃ってください」
17Fは闇のはず。センサーモードの冒険ライトは近付かないと点灯しない。しかし中央通路の銀座がかすかに明るい。
「星野さん、オークが来ます」
階段を登りきる前に追いついてきたオーク。同時に3匹を相手にしたことはない。
「先頭のオークを棒で止めてください」
「はいよ、うおっと」
真上から飛びかかってきたゴブリンに襲われ、神谷さんはジュラルミン棒を取り落としてしまった。棒は階段を落ちて行く。とっさの右手の手刀でゴブリンの首を叩き折ったが、攻撃を受け止めた左腕はあきらかに骨折していた。
「神谷さんは下がってください。もう戦えません」
「だがこいつだけ」
脇をしめた体勢からの空手の順突き。オークに通用するか自信がないと言っていたのに。ガードを崩して階段から落ちかけているオークを星野と水野さんが狙い撃った。あと2匹。
「ダンジョン銀座から発光信号です」
・-・-・
意味は十字。距離は100mくらい。
「味方が来ている。全員走れ。担架を落とさず、走れるなら走れ」
星野はフルオートでオークを撃ちマガジンを交換する。倒せなくても足は止められる。逃走と射撃を繰り返しながら銀座に向かう。仲間が出口まで行ったことを見届けて全力での逃走に切り替えた。
角を曲がってトイレの横の出口に向かうと自衛隊員がひとり腹ばいになっている。すれ違って振り向いて命じる。
「来るぞ。射撃用意、撃て」
十字は十字砲火。5.56mm機関銃MINIMIの射線が交わり、2匹のオークの体を紙のように引き裂いた。
脱出した全員を乗せてチヌークは飛ぶ。出入口はふたたび封鎖されてバリケードが設置された。しかしここにはすぐ部隊が派遣される予定だ。ダンジョン銀座の陣地化が決まったからだ。
20Fの要救助者たちは静かだ。こんなヘリの中でよく眠れるものだと感心する。一行はこのまま奥多摩冒険病院に向かう。駅前の病院に大型ヘリで乗り付けるなんて前代未聞のこと。だが使えるヘリポートがあるということは、いつかこんなことがあると想定されていたのかも知れない。
星野は帰宅後の夕食を思い浮かべた。




