EPISODE 33
有刺鉄線に囲まれてハロゲン球で照らされたセブンイレブンは小銃を装備したふたりの自衛官に守られていた。いっしょにいるのはボウガンを持った前田さんだ。
「撤退中の冒険者です。一般人を連れていますので保護を求めます」
木村さんがそう伝えると、松岡教授と服部さんは伝令が呼んだ別のふたりの自衛官に連れられて階段に向かうことになった。別れ際で彼らは笑顔で手を振った。
「ごくろうさまです。地上に救急車が待機しておりますので負傷者がおりましたらお連れします」
「負傷者はいません。それより水分を補給させてもらえませんか」
コカ・コーラが手渡されて全員がよく冷えた文明を味わった。いつもなら観光地価格で自販機の5倍するのに今日は無料。
「ごくろうさまです」
「前田さん、ここで何やってんです」
「地図ではわかりにくいところがあるので部隊を案内してきました。ゴブリンが何匹もいました。この階の奥まで行って帰って8時間です。体力では自衛隊の人には勝てないと思い知りました」
「それはそういう強い人が選ばれて来てるからだろうな。案内係は前田さんだけなんですか」
「根本さんも。他の階では相馬さんと羽田さん、佐々木さんもいました」
「じゃあもう作戦は終わったのか」
「もうすぐ終わるでしょう。6F以下に行くかどうかは本部が判断するそうです」
もうすぐ終わるはずだったのに。5F最奥からの帰り道で襲撃を受けて分断された自衛隊員たちが逃げ惑っていた。
「なんなんだ、あいつは」
89式小銃があればオークにも対抗できる。そう言われていたのに。
「あんなふうにガードされたら頭も胸も狙えない」
金色の剛毛に覆われた腕が銃弾を跳ね返してしまった。ガードするということはそこにダメージを与えられるということだ。だがその方法が見つからず、できることは逃走の一手。もうここがどこだかわからない。
「オークには迷彩が効いていないようです」
「ゴブリンには有効だったのにな」
暗闇で見ることができない人間と、ブラウン系の洞窟迷彩戦闘服に惑わされるゴブリン。武器の差で人間が圧倒的に有利だった。だがオークに対してその有利は失われている。
「隊長、弾がもうありません」
「私もです」
銃弾は分断されたもう片方が持ってるんだよ。補給直前に分かれ道で襲ってくるなんて嫌がらせに違いない。そういう自分ももう戦えない。
「追って来ます。すぐそこにいます」
「どうするんですか」
オークの姿が見えた。やるしかない。
「着剣。突撃で活路を作る。生き残ったら散開して逃げろ」
タイミングを図っていたそのとき、オークの真横に立った人物が頭部に9mm拳銃を直接当てて引き金を引いた。
ガガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ
装弾された9発を一度に撃ったその人はマガジンを交換しながらこう言った。
「災害派遣の部隊ですね。ごくろうさまです」
オークは頭から大量の血を流しながら絶命していた。その人が自衛隊式の敬礼をするのを不思議に思いながら隊員たちは答礼した。
「17Fで殺されていた個体を見て、至近距離ならこれで倒せると確信したんです」
「助かりました。私たちは第一小隊の一部です。任務中に分断されて遭難しかけていました」
「そうですか。指揮は誰が取っていますか」
「私です。水野1等陸曹です。この場での最先任としてオークに対処していました」
その人は澄んだ目で水野を見ながら姿勢を正した。
「では私が指揮を引き継ぎます。星野哲夫1等陸尉。最先任です。それでいいですね」
「星野1尉に指揮権をお渡しします」
隊員たちが敬礼するのを待って、新隊長から命令が発せられた。
「撤退を命じます。ここからセブンイレブンまで15分で到達します。道を知っている私が先導します。一般人を連れていますので警護してください。彼は足を痛めています」
その命令はすみやかに実行され、彼らは地上に帰還した。
北の森に飛んだUH-1Jは予定地点に到達して地上2mでホバリングしていた。扉が開いて救出部隊のメンバーが飛び降りて転がる。それからもうひとり降りる。ヘリが飛び去ると同じ地点にもう1機が飛来する。先遣隊はダンジョン裏口のバリケードの前に集結した。彼らはこれからダンジョン銀座に突入して作戦を行う。作戦名はアンカケドーフ。名前がないと報告書を書くときに困るので星野が適当に付けた。
徒歩で移動中の陸自小隊が木を伐採してCH-47の収容ポイントを作る。彼らは作業後もとどまって後方支援を行うことになっている。
20F基地に逃げ遅れて籠城しているものがいた。地上からの攻略は予定通りに混成部隊によって決行される手筈だが救助には間に合わない。もたもたして地獄の釜の蓋が開いてしまったらなお難しくなる。
峰恵冒険者、真田宗一郎冒険者、大野雪冒険者、HONBA社探査技術担当の川崎拓也氏、テレビ奥多摩社員の清水薫氏、同社員の菊地勇吾氏。うち真田冒険者はゴブリンとの戦闘により重症を負っている。水や食料の備蓄は節約して4日分。手持ちの武器はグロック19が2挺とレミントンM870が1挺。9mm弾備蓄が2,000発で散弾は小粒弾のみが100発程度。
電話が不調であるため支部と基地のやり取りはメールで行われた。テレビ奥多摩は高価なベータカムを基地に放置することに同意した。テープは可能であれば持ち帰る。菊地氏は脱出時に負傷者の搬送を手伝う。探査ロボット用の ThinkPad 770 は画像以外のデータをメールで送信済みなのでこれも放置する。負傷者と補助者にはぎりぎりまで銃は持たせない。川崎さんと清水にはジュラルミン棒を持ってもらう。他にもあるが大きくはこんなところだ。
籠城中の様子は断続的に動画が地上に送られ放送されていた。ダンジョン前に集結した群衆が避難指示に従わないため、冷静になるよう地下からも呼びかけられた。峰さんは生還後にアルバムをリリースすることに決まった。本人はまだそれを知らない。
21Fの水路の壁伝いに出現したゴブリンが20Fを経由して上に向かう。20F基地はこの最短経路からすこし外れた位置にあるので即座に囲まれて蹂躙される事態にはなっていなかった。
アクリル製の窓を半開きにして、銃を持つ峰さんと大野さんが交代で警戒していた。ときおり接近するゴブリンを狙撃して倒すかまたは追い払う。もはや銃で生き物を撃つという感覚は麻痺しつつある。
3発を連射した峰さんが空のマガジンを横に放り投げる。
「お願いします」
清水さんはすっかり慣れた手付きで備蓄の9mm弾を装弾した。菊地カメラマンがそれを撮影しているのはどうでもいい。撮影するしないで揉める余裕はない。仕事をすることが彼にとって精神の安定になるなら好きにしてていい。
すこし前に意識を取り戻した真田さんは川崎さんに礼を述べてから自分で自分に黒タグを付けた。その意味を問いただすものはいない。彼は銃を借りて戦いたいと主張したが拒絶されて静かになった。動けないものに安全を託す楽観主義者ももうここにはいない。




