EPISODE 32
基地には植物研究のチームが残っていた。矢を撃ち尽くした石原さん、S&W CS9 を持った木村さん、大学教授の先生だった。
「1Fまでゴブリンが出たため政府がとうとう動きました」
メールで最新情報を得ていた石原さんがそういうので、すぐに受信してみる。
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Subject: [Adventure-News:684] 緊急連絡
冒険者各位
自衛隊の災害派遣が発令されました。
地上への出没が危惧されることから
国土交通省特定危険領域局長により要請されました。
1〜5Fには100匹以上のゴブリンが進出中と見られます。
陸上自衛隊 2個普通科小隊が捜索・救助・掃討を行います。
隊員には一時的な冒険者免許が交付されます。
医療・搬送の地上での準備も整えられます。
撤退中の冒険者は災害派遣活動への協力を期待します。
冒険社奥多摩支部支部長 奥田浩介
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「この書き方だと5Fまでやるように読めます。つまりコンビニまで行けたら安全ということですか」
「そのようですね」
木村さんの補助者である松岡教授は自衛隊と聞いてすっかり安心している。
「だけどここはまだ15Fです。ここからしばらくは自然洞窟の階層があります。死角が多いので油断できません」
「油断はしません。まだまだ研究したいことがたくさんあります。それにしても木村先生は本当に冒険者だったんですね。拳銃を取り出したときは驚きました」
同じように藤田さんの戦闘を目撃した服部さんは共感を覚えた。人は見かけによらないとは冒険者のことだ。
くねくね道は暗い一本道。細くなったり太くなったりする自然の洞窟は迷うことのない代わり体力を消耗させる。死角に何かが潜んでいそうで油断ならない。
「服部さん、水の道のことで疑問に思ったのです。15Fのどこかにその出入口があることは納得しました。その上の階にも同じような道があると思いますか。地上にまで出かかったということはやはりどこかを通ったのでしょう」
建築士は鍾乳洞を見る。この地形は雨水が岩を溶かしてできた。これも水の道だ。
「成り立ちや有り様は違うかも知れません。どこかに知られざるゴブリンの道があるのは確かだと思います」
「下はどうでしょう。21Fの流れの下はどこかに続いていて、そこにもゴブリンがいるのでは」
「そこをあの男が刺激したんだろう」
21Fを宝石探しで歩いているとき伊庭さんはそればかり考えていた。21Fの見えない上流、滝の上、川下のトンネル。そこに何かがいると感じていた。未知の世界がある。その入口はドラゴンに守られている。侵入者は黒い剣の男だ。
「あの玩具の剣が謎だ」
「小説に登場する剣だって新聞に書いてありましたよ」
ダンジョンに配達してくれる新聞はないから毎日読んでいる人は少ない。石原さんはその少数派だ。
「どんな小説なんだ」
「海外の知らない小説です。なんでも魂を吸い取って力に変えるとか意志を持ってるとか」
「ファンタジーか。そういうのはよくわからない。橋下さんはわかりますか」
最後尾をぶらぶら歩いていたヌンチャク男はどうでもいいように答えた。
「わからない。俺たちは現実だけで手いっぱいだ」
地底湖のまわりはここも戦場だった。ゆっくりと移動してきた星野たちが出会うゴブリンやオークはどれもが死体で気が滅入る。
「星野さん、やっぱり一体型測量機を抱えて運ぶのは重かった。どこかに保管することはできますか」
「もちろんです。基地の奥の使われていない収納箱に入れておいて後日、取りに来たらいいです」
ようやく菅原さんが根を上げてくれたので考えておいたプランを提示する。ThinkPad X23、一体型測量機を2台、自分の荷物。20kgを手で抱えてダンジョンを踏破するのはレンジャーでもきついはずだ。
「野口さんはここまで銃を撃たずに来ました。それでも補充したほうがいいでしょう。備品の銃の予備マガジンもここにはあるはずです。グロック17用を探してひとつ持って行ったら安心材料になりますよ」
「そうですね。そうします」
乾パンとナッツを配ってスポーツドリンクを作る。樋口さんの顔色は悪くない。ここで回復して怪我を負わなければ生還の可能性は高い。
星野は TOUGHBOOK M34 をLANに接続して情報収集を行う。そして衝撃を受けた。
「災害派遣発令。自衛隊が来る。これで助かる」
89式5.56mm小銃があればオークも手強い敵ではないだろう。それに軍隊はシステムだ。怪我人の搬送や治療はすべておまかせできる。
次に直属の上司の辻3佐からのメール。これも支部からのと同じく災害派遣の概要。それから、生還して詳細を報告せよ。当たり前じゃないか。何をわざわざ言ってきたかと思った。
最後に妻からのメールを受信した。内容は、あんかけ豆腐の材料を買ってきましただった。星野の知識では、あんかけ豆腐の材料は豆腐と片栗粉だ。妻は何を買ってきたんだろう。
発端は国立歴史民俗博物館の職員たちの与太話だった。
宇宙人や地底人、まつろわぬ民やら山の民などのオカルトや伝奇要素を混合させた、くだらない話が広まっていた。それを内閣が本気にして特別に管理する地域を設定するという話になったとき、辻3等陸佐は政治家たちの正気を疑った。
どうやら本気らしいとわかったので、当時の石橋防衛庁長官を筆頭に防衛族と官僚らが動いて冒険者法に自衛隊に関する条文をねじこむことに成功した。その時期に目に付いた使い勝手の良さそうな人材が星野だった。頭は悪くなさそうで真面目に報告書を書いてくれそう。ロマンチックな使命感を持っているなら操りやすい。親族関係にちょっとした不和あり。だったら生活支援を餌にして縛り付けてしまえ。そんな感じで星野のおかしな運命が準備されたのだ。
奥多摩ダンジョン災害派遣特別任務中隊。中隊長に指名された辻は妙な感慨を覚えていた。星野には中隊を指揮できるだけの階級をあらかじめ与えてあった。なのに、いざ必要となったときに穴の底にいる。辻は星野の代役で呼ばれたのだ。だがまあいい。彼のこれまでの報告がなければ部隊は地下を一歩も進めなかったに違いない。あいつは役に立っている。
「MINIMIは地上待機。オークが出ても小銃で十分に対処できる」
オーク。あれもおかしな動物だと思った。ゴブリンと対立することも害することもなく、むしろゴブリンの危機で前に出てくる。生体が手に入らなかったので観察が不十分だが、あれはゴブリンを助ける存在なのではなかろうか。たとえば番犬のような。
異常な空間で異常な想像にとらわれそうになって辻は頭を振った。あれが何であろうと任務に支障はない。まずはセブンイレブンを奪還する。そしてその階までを掃討する。現場にまかせればすぐ終わる。
「10Fまでの坑道階層は通信環境がほぼない。最下層のほうが照明も通信もできあがっているのはなぜだろうな。杉本2尉、貴官の意見は」
「はい。経済価値の高いエリアにインフラを集中した結果と考えます」
「おかげで1F本部には何も情報が来ない。坂井小隊長がうまくやるのを寝て待とう」




