EPISODE 31
「清水さん、待って。そっちは道が違う」
峰さんの叫びが通じて清水レポーターと菊地カメラマンが足を止めた。
「もしかして迷子になったの」
「道はわかってます。戻りましょう。大丈夫です」
大丈夫という言葉に根拠はない。清水さんにもそれがわかったのか平気そうな態度をあらためて神妙になった。
「あのオークを倒せるの。あそこを通れなかったら帰れないよ」
「銃弾があれば。でも銃弾は基地に行かないと手に入りません。正直困りました」
「基地なら下にもあるじゃない」
地下からの逃走中に下に向かうなんてありえない。だから大野さんはこう言うしかない。
「小粒の弾でも至近距離に肉薄すれば致命傷を与えられます。この銃は3連射できます。オークを倒せる可能性はあります」
「でもきっと死ぬよ」
どうしよう。
「恵ちゃん、俺も20Fに向かえば良いと思う」
「なんでですか」
「弾があるんだろう。それがあればオークを倒せる。急がば回れって言うじゃない」
「下にもオークがいるかも知れませんよ」
「上にはもっといるかも知れないよ。そんなの考えたってわからない。20Fのシェルターはしっかりしているから戻れなかったら籠城もできるよ」
そうして彼らは逃走ルートを逆行することになったのだ。峰さんはすこしだけ泣きたくなった。
ロボットの横をすり抜けて20F基地の扉を潜ったとき峰さんは途方に暮れた。そこにいたのは取り残された川崎さんと大怪我を負って意識のない真田さんだったから。
「戻れなくなったね。この人たちを置いては行けない」
「助けに来てくれたんじゃないんですか」
途方に暮れたのは川崎さんのほうも同じだ。待ちかねた救出者はレポーターとカメラマンと新人冒険者を引き連れていたのだから。しかもテレビでたまに見る顔。
「食料と水はこの人数だと5日は持ちます。心配なのは怪我人です。どう見ても抗生物質が必要な状態です」
「ありますよ」
菊地さんがカメラバッグの横のポケットから小さなケースを取り出した。
「いつも持ち歩いている軟膏がある。市販品で量も少ないけどないよりましです」
「使わせてもらいます」
川崎さんが真田さんのところに行って軟膏を傷に塗り始めた。真田さんは痛いのかうめき声を上げた。
「私は支部に報告します。助けが来るのを待ちましょう」
それが峰さんにできるせいいっぱいのことだった。ついでに言うなら備蓄の銃弾にスラッグはなかった。当ては外れていたのだ。
最初に出会ったゴブリンは倒した。次に出てきたのは怪我を負わせて撃退した。そこで補助者の服部さんの消耗に気が付いて藤田さんは逃走することを選んだ。
「はあ、藤田さんはお強いんですね。あんな怪物をあっさりやっつけるとは」
「あっさりでもないですがね。いろんな武器を試してナイフがいちばんましでした。ちょっと歩きましょう」
追跡がないことを確信してふたりはライトのすぐ横で立ち止まった。
「服部さんが聞いた足音はゴブリンだったんでしょうね」
「でしょうね。私も襲われたときにそう思いました。ケーブルを通すつもりで探していた水の道はすでにゴブリンに使われていたということです」
「その道を通るとどこに行けるんでしょう。21Fに川と滝があります。そこまで繋がってますか」
「そうなのかも知れません」
暗い岩組の通路を見る。この裏に空間がある。そしてゴブリンが走っている。
「ここは本当にわからないことばかりです。いつも予想を裏切ります」
「そうなのですか」
「でもこうした発見もある。身の危険はあっても楽しいですよ、ダンジョンは」
いったい何が起こっているのか。ここで孤立していても展望が見えない。
藤田さんはふと思いついて携帯受話器を取り出して、コードを足元のライトのジャックに差し込んだ。
「16F、藤田です。誰かいますか。状況を知りたいです」
ややあって、応答があった。
「15F、石原です。ゴブリンに襲われ籠城中。救援を求めます」
小さなノイズとともに通信は終わる。
「行くんですか」
「聞いてしまったからには行くべきだと思いました。でも服部さんを置いていくわけにはいきません。危険です」
「行ってもいいぞ」
暗がりから声をかけてきたのは撤退中のグループだった。鷲巣さんや神谷さんやその他の冒険者たちだった。
石段を上がって湖畔の岩陰に出るとすぐ目の前にゴブリンの背中があった。その後頭部をジュラルミン棒で殴り飛ばすと別のゴブリンの腹を突いて倒す。
基地のまわりだけではない。湖の向こう側にもゴブリンが跳ね回っていた。水面や壁際ではスライムが息を潜めている。
「観光スポットは照明が明るくてやりやすい」
客観的には暗い。だが下から来た撤退者には真昼のように感じる。次に出てきた鷲巣さんは構えも取らずに手近なゴブリンを殴り飛ばしていた。H&K社の銃を持つ小林さんと伊庭さんは中距離の敵を狙い撃つ。基地には銃弾の備蓄があるのでここで使い切ってもかまわない。
「いたっ。なんだありゃ」
基地の傍に弓を持ったコボルトがいた。割り箸を尖らせたような矢が何本も飛んでくる。
「誰かあれを頼む。ちくちくしてかなわん」
神谷さんがゴブリンを蹴飛ばしながらうめくと拳銃隊が飛び出して倒した。
「よし。さっさと終わらせるぞ」
鷲巣さんと神谷さんは基地を通り過ぎて掃討を始める。藤田さんが出てきてナイフで戦う。向井さんは警棒を両手に持ち、橋下さんはヌンチャクを初めて役立てた。レミントン2挺とジュラルミン棒を抱えた新井さんはまだ階段にいて服部さんを守っていた。
ゴブリンは30匹以上いた。それもこの戦力ならあっという間だ。一行は順に中に入って銃弾の補充をした。




