EPISODE 28
冒険測量社の野口さんは冒険者で菅原さんは測量士補。おたがいの領域を勉強してパートナーを組んでいる。基本は3人でやる洞窟測量をツーマンセルでこなすのが測量社の強みだ。
野口さんが測定ポイントを決めてマーキングを行いメジャーの端を持つ。菅原さんは一体型測量器の数値を読み上げてオリンパスのICレコーダーに音声で記録する。基地に戻ったら ThinkPad X23 に専用のクレードルでUSB接続し、転送ツールで音声データを取り込んでViaVoiceで数値化する。現場で筆記や図面化を行わないので狭い通路もふたりでやれる。
「数値をCOMPASSに入れるために手作業で修正して変換するでしょう。それが面倒なんです」
飲みたくもない昆布茶をつきあいで飲まされている星野は微妙な顔でうなずいた。少人数が強みの作業にどうして手伝いが必要かと言えば、複数チームが同時に進行しているときに照明器具を運んだりチーム間の伝達を行ったり基地での食事の用意や片付けをする人がいたら便利だからだ。つまり雑用係。
野口さんは冒険者学校にいるあいだに声をかけられて普通に就職した人だ。戦う能力はあっても積極的に戦う人ではない。菅原さんは補助者なので非武装。それで戦う手段がないと不安なので柔道をやっている。星野は前にあった成瀬さんを思い出した。娘さんの英語教育はあれからどうなったのかな。
「予定をずいぶん超過しましたがあとすこしです。星野さんもつらかったでしょう」
「私は何回か家に帰れましたから野口さんのほうが大変ですよ」
星野が帰れたのは排泄物を運び出すついでだった。専門職の人はずっとここにいるのだ。
「20Fの次はそのまま21Fに行くんですか。スケジュールが空白になっています」
「たぶんそうなります。でも家に帰るくらいしたいですね。息子が幼稚園でトラブルにあってるみたいなんですよ」
「それは帰ったほうがいいですよ。全面的に応援します。私からも測量社に意見書を出します」
雑用係の意見書でもないよりましだ。やっぱり家族は大切にしないといけない。野口さんがんばれ。
奥多摩特定危険領域安全対策委員会。その古めかしい看板は前国交相が揮毫したものだった。メンバーは違和感を感じつつも作り直す必要までは感じていない。誰もが一様に目をそらして入室していく。
ビデオ会議にも使用されるプロジェクタースクリーンに映し出されたのはドラゴンモニターの映像だ。ライトを避けて遠まわりに階段に向かうゴブリンは数を増している。階段から上がれないとまた暗い穴に戻る。気まぐれなドラゴンはすべてを相手にしていない。踏んだり食べたりして飽きたらその場で寝てしまう。ゴブリンから危害を加えられる心配をまったくしていないようだ。
「まるでレミングスだ。死ぬかもしれないのにこんな行列まで作って」
真野副会長が心底から不思議そうにこぼす。暗い穴は何も教えてくれない。
「奥田さんは何か言っていましたか」
「彼にもわからない。ただ冒険者たちの多くはゴブリンが上の階に来たがっていると考えている」
登るつもりでなければ階段には行くまい。それくらいはわかる。
「ドラゴンの位置測定に支障が出始めています。ゴブリンの群れが障害です」
「カメラが生きていれば問題はあるまい。ところで矢野さん、新型ロボットはどうなってますか」
「O4の最終チェックの準備の計画をしています」
「それじゃわからん。いつ出せますか」
「申しわけありません。3日ほどいただけましたら」
前回もあと3日と言わなかったか。それにしても不可解だ。
「天地さんはもう生きてないのかねえ」
「断定はできません。生死だけでもわかれば手続きが進みます」
副会長の思考は組織の深い部分に沈んでいく。警察が現場を検証したいと言ったらどうなるだろう。会長もたぶん賛成する。吉野国交相は反対する気がする。捜索に成功したら警察、国家公安委員会の手柄になってしまうから。選挙のある人は大変だ。
大量のネズミの死骸とともにゴブリンの死体が発見されたことは地上と低階層の住人たちを震え上がらせた。もっとも震えているのは渡辺支配人である。
「5Fでこんなものが見つかるなんて。どこから現れたんだ」
「ネズミを食べたのか、ネズミ用の毒餌を食べたのかは本社の研究室で調べるそうです」
発見者の前田さんもすこし動揺していた。これが20Fなら備えはある。認識の外から攻撃されたようなものだ。
「支部長は階層の閉鎖は考えていないのですね」
「暴れたわけではないからね。1Fにはいつでも何人かの冒険者がいますから出てきても対処可能です」
「子供みたいな個体じゃないですか。こんなゴブリンなら何階だろうと同じですよ。ネズミ退治はやり遂げましょう」
根本さんはこんなことで仕事を失いたくなかった。前田さんもやめる気はないので彼の気楽さをとがめたりはしない。冒険者は自己責任。
「それなら観光客にはジュラルミン棒を持たせたらどうでしょうか」
「護身用ですか」
丸みのあるキャップの付いた直径40mmのパイプ。長さは180cmで重量は1.8kgある。販売時には両手でしっかり持つように指導している。
「試用です。どうせお土産にみんな買ってるんでしょう」
そのジュラルミン棒を根本さんがくるくると回転させた。以前より扱いが上手くなったと本人は思っている。
集音機を付けた服部建築士が細長いシャフトを岩に当てながら歩く。医療用聴診器のチェストピースを金属棒に付け替えた形の道具だ。
「これは機械整備で歯車の具合などを外から調べるのに使う道具です。建築屋が使うことはあまりありません。地図が正確なら岩に囲まれた空間がわかるでしょう。そこを調べてみて水の流れがあればこれで聞き取れると思うんです」
「16Fは測量社が調べたばかりなので地図は正確なはずです」
足元の冒険ライトが20m間隔なのでそれを目安にして歩く。カチカチと岩に棒を当てる音がする。
「目的は15Fと17Fの短絡です。16Fで水路や穴を見つける必要はないのでしょう」
「それはその通りです」
ライトが点灯して案内板が照らされる。
「こっちの行き止まりになっている道が地底湖の方角です」
ふたりは左の道を進んで調査を続ける。藤田さんは水音がしないか耳をすませてみた。
「15Fから下に流れている経路がわかったとして、そこにどうやってケーブルを通すのですか」
「同じように17Fでも調べます。もし見つかれば浮きを流します。釣り用のやつに糸を付けて15Fから落とすんです。17Fでキャッチできたら成功です。ケーブル端に糸を付けて引っ張ればケーブルが通るでしょう」
「なるほど。簡単ではなさそうです」
「簡単ではありません。安上がりとも限りません。見積もりを見てやっぱり止めたと支部長さんが言っても私は驚きませんよ」
だとしても調べる価値はあるように藤田さんには思えた。今はやらなくても役立つときが来るかも知れない。
「水の音がします。でも遠いです。地図を見せてください」
服部さんはヘッドランプの光で地図を見てまた別の場所にシャフトを当てる。
「15Fの何もない場所。おそらく割れ目か何かあってそこが地底湖の出口だと思います。しかしこの音は水だけではありません。小石が転がり落ちるような音。リズミカルで子供が走るような音」
その言葉は藤田さんを不安にした。




