EPISODE 27
天地さんの受難はすぐニュースになった。ドラゴンモニターがリアルタイムで配信していたので隠しようがなく、冒険社も隠蔽批判が嫌なので隠したくない。奥多摩テレビのインタビューは何度も放映され、他局は負けじと卒業文集や病気の事情や家族の情報まで出してきた。
それから峰さんの、しないのは怠慢だけど突っ込むのは無謀のコメントも放映された。奥多摩テレビのふたりが懇願してカメラの前で繰り返してもらったものだ。
彼らは冒険社に答え合わせを求めた。天地さんの感動的な救出シーンと25Fの秘密を欲しがった。だがしかし。
「安全対策委員会としては救出困難と結論せざるを得ない。これにより批判にさらされるのは承知。さらなる犠牲を重ねるよりましと思う」
真野副会長が重々しく告げると沈黙がこれを承認した。
冒険装備社の矢野社長としては協力会社のHONBAのロボットに期待していた。しかしO3は改修中で歩けずO4は未完成。天地さんが半月待ってくれるならと答えて副会長にあきれられる始末だ。自衛隊とも協力してるんじゃなかったか、それは試作品のテストでたがいに協力することがあるだけだ。雑誌に書かれているような自衛隊の特殊装備なんてない。
冒険測量社の宮崎社長にもどうしようもない。未知の地形の調査はできる。戦闘訓練も多少はしている。それなら25Fに行けるんじゃないかと言われたら首を横に振るしかない。ドラゴンは本気を出すと時速30kmで走ってくることがわかったのだ。階段にたどり着く前に見つかって無事ですむ保証がない。
冒険観光社の五十嵐文化部長や冒険鉱業社の竹下社長は黙って聞いているだけ。
「冒険者は自分の命を犠牲にすることまで求められていない。冒険者にできないことが自衛隊や警察にできるはずもない。よって救出を断念する」
救助の断念を受けて24Fへの階段は再び閉じられ今度はしっかり施錠された。モニターによる監視は行われているので、もし要救助者が自力で戻ってきたならそのときは全力で救助する。世論もだんだんと納得してくれて天地さんは忘れ去られていった。
攻略が未定のため準備に降りることもしばらくない。最下層にいるのは宝石探しで歩きまわる人たちだけ。とは言うものの、深いところにいた人たちが手が空いているならそういう仕事をしてくれと頼まれたという経緯なので、下で出会う顔ぶれはあまり変わらない。なんとなく人気が少なくなった感じ。それが新しい日常になった頃に異変が起こった。
「またゴブリンが食べられてる。どうして今日は次々と出てくるんだろう」
セブンイレブン前のテーブルで趣味の悪いライブ配信を見ていた前田さんは不思議に思った。
「数が多いから逃れるのもいるみたいです。でも階段まで到達しても施錠されていて上には行けない。今までもこうやって出てきてたんでしょうか」
今日いっしょに仕事をしていた根本さんが DynaBook V4 の画面を見せてもらう。ふたりは低階層で増えてきたネズミ退治に行った帰りだ。目撃情報のあったところに罠や毒餌を置いて来た。ホテルの残飯処理は厳重なので、ネズミが増えた要因は観光客が出したゴミだと考えられている。ガイド以外の仕事を欲していた根本さんにとってはこんな安い仕事でもうれしい。でもやっぱり観光がらみかという気もしていた。
「ネズミ対策には猫が効くんでしょう。ダンジョーに仕事をさせたらいいんですよ。机の上でごろごろしてすっかり野性味がなくなりました」
野性を失ったのは高級フードやおやつをふんだんに与えているからだ。その主犯が根本さんであることを前田さんは知っていた。
「毒餌を撒いたらもう猫は使えないよ。明日も猫の代わりに働きましょう」
16Fには藤田さんがいた。いっしょにいる補助者は一級建築士の服部さん。
1〜15Fの上層と17〜23Fの下層とで電話やネットが分断されているのをどうにかできないか、という考えでこの階を見直してみることになった。曲がり角や分岐点のライトは下から来ている直流線だ。同じ経路に太い線を敷くことは可能だが長すぎて躊躇する。もっと短い距離で15Fと17Fを接続することができないだろうか。冒険社としてはこの計画にお金をかけるつもりはあまりないので、数日間で案が出なければ話はなかったことになる。
それぞれの階はビルのようなまっすぐな上下関係でなく斜めの位置ですこしずつ重なり合う。この重なり部分にまっすぐ穴を開けるか、それとも斜めに穴を開けるか。16Fの難しい点は上に湖があることだ。どんな穴を開けるとしても地底湖の底を抜いたら大惨事になってしまう。
「奥多摩湖からどのように地下水が流れ込んでいるかはだいたいわかっているんです。では地底湖をあふれた水がどう流れているかはわからない」
「あふれた水は21Fでは川になっていると推測されています。でも経路はわかっていません」
「最善はすでに開いている穴を探すことです。水の流れを見つけ出してケーブルを通すことができたらいい」
ちょっと見ただけでそれが見つかるなら苦労はない。
「これが建築物と仮定しての話ですが」
「服部さん、今はそういう言い方はしなくて良いですよ。これは人工的に作られた構造。そういう前提で行きましょう」
グレーの作業服に細い眼鏡の服部さんが苦笑すると若々しく見える。これでも自分より年上なのだなあと人生をやり直している藤田さんは不思議な気がした。
「藤田さん、これは建築物です」
「はい」
「もっと言うと石造建築です。岩を積み上げているので上からの力に強く横からの力に弱い。それが普通。でもここは岩をパズルみたいに組み合わせた木造っぽさを感じます」
「つまりどういう意味ですか」
「ひとつ抜いたら崩れちゃうような、キーストーンがあちこちにあるようですね。穴ひとつで岩が割れることもありますから気を付けないといけません」
つまり穴を開けてはいけないのだろうか。
「それとこういう言い方はどうかと思いますが、柱や壁にあたる岩の大きさがまちまちでバランスの悪さを感じます。現代美術でしょうかね」
「現代美術ですか」
「すみません。うまい言い方を思い付かなくて」
ここにいるだけで不安になる岩の建物。これが建築物と仮定しての話だが。
「岩を壊せない、穴を開けられない、川も見つからなければ調査は終わりですね」
「結論を出す前にもうすこし見てみましょう」
そんなわけで地図を見ながら歩きまわるという前やったような仕事を続けることになった。




