EPISODE 26
「一等客室にご宿泊のお客様でお名前は天地翔様。アマチカケルです。昨夜の22:00頃にお見かけしたのを最後に所在が不明です。メモを発見したのは07:45です。身長172cmくらいで痩せ型。長髪は脱色していて白または銀。服装は黒いズボンと黒い上着と青白のベスト。どれも光沢のある化繊です。ブーツは茶色の合皮。ヘルメットは黒で青い竜のイラストが描かれています。そちらを通過しておりませんか」
ダンジョンホテル支配人、正式には冒険観光社施設部ホテル課課長の渡辺さんは木元さんの報告を受けて、すぐにホテルのカウンターとダンジョンゲート警備部に連絡した。チェックアウト記録はない。長い白髪の男性を目撃した警備員もいない。ダンジョン外に出た可能性を排除してから支部長に報告をした。
「模造刀を所持しています。形状は西洋剣。剣は細長い印象で140cmくらい。鞘も刀身も黒くて、銀色の金属象眼が施されています。金属は一見すると銀。おそらくメッキかピューター。意匠は鞘は唐草、刀身は文字がびっしり並んだ意匠。ご本人によればルーンという文字だそうです」
奥田支部長はすぐに警察にダンジョン内行方不明者として通報した。また各基地への電話連絡と同報メール送信を行なった。送信先には本社も含まれる。
「地下にプリンターがあれば貼り紙を作れた。WANTEDだ」
「事故でないなら報奨金は本人負担です」
「警察の調べでは名前と住所の一致する人物は実在している。家族や仕事のことも調べるだろうがこっちは教えてもらえない。政府機関でないからプライバシー保護が厳重だ」
木元さんは支部で待機して案内時の様子を聞かれるままに思い出して答えている。出社した伊藤さんにダンジョーが朝ごはんを要求していた。
「運命ってなんだ。目的がさっぱりわからない」
「特別な模様のことと携帯義務のことは聞きました。運命の話は記憶にありません」
メールを読んだものはいて、ダンジョン銀座に顔を洗いに来た冒険者たちが情報交換をしていた。だが誰も長い白髪の男性は見ていなかった。
天地を先導するように通路の灯りがともる。ライトに導かれて全身の痛みを忘れて彼は歩いた。ドラゴンに挑んだら自分はどうなるのだろうか、そして挑まなかったら。後者の結果は医師が教えてくれた。手の施しようがない。
歩きにくい長髪のカツラを投げ捨てて、毛の抜け落ちた頭にヘルメットをかぶりなおす。心の中で冒険者たちに謝罪した。ダンジョンにゴミを捨ててごめんなさい。でも目的が最優先だから。竜の魂を奪い命をつなぐ。池袋の模造武器店でたまたま見つけた魔剣。それに触れたら何ができるかがわかった。今も手の中で殺せ奪えと叫んでいるこの剣がそう教えてくれた。もうすぐだから待っていて欲しい。
休まずダンジョンを降り続けていた。冒険者のように早く降りられない。でもドラゴンは目前だ。
「支部長。ドラゴンモニターを見てください。不審者が部屋に入り込んでいます」
「なんだって」
NEC MA15S/MZ の Internet Explorer 6.0 を起動して奥多摩ドラゴンポータルサイトを開くと17インチモニターに部屋の様子が映し出された。
「この服装は天地さんです。髪型が変わっているようですが」
「手に持ってるのは模造刀か。皆川さん、22Fと21Fに電話してこのことを伝えてください」
「私は支部長のお名前で同報メールを送りましょう」
天地さんと思われる不審者は剣を持ってただ立っている。ドラゴンは部屋の中央で北を向いていた。寝ていない。
「22Fの橋下さんから連絡です。部屋の前を通ったことには気が付かなかったそうです。そして23Fでは階段の封鎖が解錠されていました。南京錠の鍵は23F階段前に置きっぱなしでした」
「あいつは何をやってるんだ」
「それから20Fにいた向井さんと真田さんが23Fに降りました。現地にネット環境を作って連絡が取れるようにします」
ドラゴンに見つからずに連れ戻せる状況なのか。そうは思えない。
「伊藤さん、HONBAの人は中にいますか」
「川崎さんがロボットの部品を持って入域してます。昨日です」
奥田支部長は受話器を取り上げ20Fの内線番号をプッシュした。
「こちら20F基地、私は新井です」
「奥田です。そこにHONBAの川崎さんがいたら代わってください」
「基地の前にいます。お待ちください」
新井とは誰だったか。3期の冒険者にいたような気がする。
「お待たせしました。川崎です」
「奥田です。O3は動かせる状態ですか」
「改修中で足が動きません。どうされました」
「ドラゴンの部屋に侵入者がいます。モニターを見てください。O4は使えませんか」
「O4はここにありません。吉村が持ってきてもすぐは使えないですよ」
「わかりました。それとさっきの新井さんは冒険者ですね」
「そうです。私の送迎役の冒険者です」
「メールはきちんとチェックするように伝えてもらえますか。状況が変われば知らせます」
「わかりました」
天地は階段の前でどうしたらいいかわからなかった。降りたとたんに飛びかかってくる予定だったから。そうしたらこの剣が魂を吸って力に変える。でもドラゴンは左を向いたまま動かない。視線の先はただの壁のようだ。
「おーい」
彼は呼びかけてみた。
「これからお前を刺すけど憎いわけじゃないから許して欲しい。それとそっちから飛びかかってくるはずだったからそうして欲しい」
ドラゴンが返事をしないので自分からドラゴンの顔の前に出ることにした。恐怖感はすでにない。この山に来る前に、剣を買ったときに消えた。
「さあ来い。この剣がお前を…」
この剣がドラゴンをどうする。こんな玩具で何ができる。
…
剣はいつのまにか喋らなくなっていた。
「ひっ」
天地はよみがえった恐怖感に体の自由を奪われて壁へと後ずさる。そこには25Fに続く階段の穴が開いていて、彼は模造刀を持ったまま奈落に転がり落ちていった。ドラゴンは何もしていない。
「やっちゃった〜」
インターネットコーナーで峰さんの PowerBook G4 を横からのぞき込んでいた奥多摩テレビのレポーターである清水さんは興奮を抑えられなかった。
「宿泊者だったんだよね。何がしたかったかさっぱりだけど、昨日の失敗インタビューがスクープに化けたかも知れない」
「じゃあすぐに会社に戻らないと」
カメラマンの菊地さんが無精髭をさすりながら言った。
「ここで取材してなくていいんですか。誰かが上がってくるでしょうし、救助隊が結成されたら降りてきますよ」
「そっかあ。じゃあ大野さんにひとりでテープを持って上がってもらうとか」
4期生で荷物持ちの大野さんはびっくりする。
「冒険者をひとりで帰すんですか。補助者を置いていけるはずないでしょう」
「それもそうだね。ところで救助できるのあれを」
大野さんの顔が疑問符みたいになったので峰さんが代わりに答えることにした。
「さすがにわかんない。できることをしないのは怠慢だけど、ここで突っ込むのはただの無謀でしょう」
清水さんがコーヒースプーンをまわしながらアイデアをぽんと出す。
「映像をインターネットで送信して私たちは取材を続ける」
「そんなの無理でしょう」
「菊地さん、自分のカメラバッグを見てみなよ。FireWireケーブルが入ってるでしょう。恵ちゃんの PowerBook G4 であの男のインタビュー場面だけ切り出して圧縮すんのよ」
「私のMacでそんなことできるんですか」
「できるできる。それでこの17F基地は光回線が使えるから簡単に送れちゃう」
まあいいか。自分にできることはまだない。峰さんは手を上げて浅野さんを呼んだ。
「私にもコーヒーお願いしまーす」




