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日本冒険社  作者: TSUJIMO
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EPISODE 25

彼らは鍾乳洞を抜けて15Fに到達する。大空洞の地底湖だ。


「あれが有名なスライム。見てみたかったです」


正式な呼称はない。ただ誰もがスライムと呼んでいるただの泡。見ていてもぴくりとも動かない。


「水のかたまりのように見えます。でも中身は空気なんですよね」

「近くにいたら触って確かめられるのですが。触れると割れて消滅します。きれいにいなくなります」


天地さんは Canon PowerShot A40 を取り出して撮影し始める。使い込まれた傷だらけのカメラだった。フラッシュが地底湖を照らす。


「木元さん、後ろにスライムがいますよ」


えっ


「誰も見ていないと動くって読みました。本当だったんですね」

「そういうこともあるみたいですね」


これは本当にあるのだ。目を離した隙に数メートル移動している。ダンジョンの不思議だ。天地さんはスライムを消滅させて喜んだ。



「食事にしましょうか。基地にテーブルと椅子があります。湖畔にシートを敷いてもいいですよ」

「基地も見てみたいです」


立方体の小さな木箱だった15F基地は同じものがいくつも接続されて立派な小屋になっていた。電気や通信の設備が集約されており、誰でも使える NEC MA12T/EZ がある。折りたたみのテーブルと椅子と毛布。それと備蓄庫。


「こんにちは」

「どうもこんにちは。お邪魔します」


基地では石原さんがパンを食べていた。テーブルとパイプ椅子を組み立てて弁当とアルコールお手拭きを並べる。


「どうぞ」

「お邪魔します」


金箔おにぎり、米沢牛のローストビーフ、鴨肉のコンフィ、パテ・ド・カンパーニュ、紙パック入りのワイン、ミックスドライフルーツ入りのパウンドケーキ。石原さんは唾を飲み込んで目をそらした。天地さんがそれを見て笑顔を作った。


「皆さんもいかがですか」

「わ、わたしはもう食べましたので」

「ありがとうございます。でも私も自分の分は用意してあります。必要な栄養を計算して作っていますので、天地さんにはしっかり食べていただかないと困りますよ」


客が食べ始めるのを見てから木元さんも自作のカロリーバーと水を取り出した。17Fまでの行程を食べながら計算する。行ってすぐ戻るなら時間はぎりぎり。今日中に戻れないとおたがいに困ることになるだろう。木元さんには明日の予定がある。天地さんには追加料金が発生する可能性がある。体力が持つかどうかが心配だ。弁当は残さず食べてもらいたい。



「石原さんは今は何をしてるんですか」

「木村さんが主体の3人チームで壁面の地衣類調査に参加しています。木村さんと学者さんはさっき銀座に向かいました。私はここで荷物の番をしています」


石原さんの隣には4輪のスーツケースとコンポジットボウがあった。


「あまり退屈ならニュースサイトでも見ますよ。でもすぐ戻ってくる予定なんです」

「私たちもこれから銀座です。今日はテレビは来てないでしょうね」

「取材があるとは聞いてないです。テレビ局が来ると勝手にダンジョンを通行止めにしたりするので迷惑なんですよね。でも冒険社には大事みたいで抗議もしてくれないし」

「いないことを祈りましょう」


天地さんが食べ終わって手を合わせている。木元さんは弁当箱も紙パックも割り箸も折りたたんでビニール袋に入れて平らなゴミを作る。荷物がすこしだけ軽くなった。



基地のあるところから地底湖をぐるっとまわりこんで細いところを抜けると岩陰に下への階段がある。知っているから迷わず行けるが離れてみるとわかりにくい。近年まで見つからなかったわけだ。


「この道は細いのでロープを伝って通ってください。湖に落ちても足は立つので大丈夫。でもそこで冒険は終わりです」


そろそろと進んで岩まで来ると天地さんは息を吐いた。ふたりは笑顔を交わして階段を降りる。鍾乳石の不思議な世界はここまで。ここからはまた別の世界が始まる。



「これは遺跡だ。観光客は15Fで帰るのが普通なんでしょう。これを見ないで帰るなんてもったいないなあ」

「遺跡に見えますよね」


岩を組んで土に埋めた遺跡は世界中にある。ここはどうなのか。埋めるどころか、ここは深い土の中ですぐ上に鍾乳洞があるのだ。自然にまっすぐな通路ができたと言われたほうがまだ納得しやすい。考えるのは無駄だ。


「迷子になったら探せません。ルートを外れないでください」


観光客が15Fで帰るのは行程の都合だけではない。以前は本当に危険だったからだ。調査され整備されるうちにここを降りる人間は増えてしまった。このときぱっと道が照らされる。


「びっくりしました。なんですかこの照明器具は」

「これは冒険ライト。曲がり角や長い通路の途中に置かれていて人が近付くと点灯する仕組みになっています。ほらすぐ上に案内板があるでしょう。まっすぐ進むと行き止まりで正解は右です」


このライトには通信機能も備わっていて最寄りの基地と連絡することができる。たとえばここからコールしたら石原さんか17Fの誰かが応えるはずだ。それを使うには専用の受話器を接続する必要がある。ここに来るつもりでなかった木元さんは携帯していない。


右に折れてまっすぐ進むと途中にまたライト。点灯するたびに天地さんは喜ぶ。何度か繰り返すうちに階段に到達した。


「ここは本当に興味深いです。私は遺跡だと思うことにしますよ」

「それはご自由に」


そうとしか言えない。木元さんが苦笑していたら、階段の下に揺れるヘッドランプが見えた。



「木村さん、こんにちは」

「こんにちは」


木村さんといっしょにもうひとり冒険服と冒険ヘルメットの人物がいて会釈をした。この人が学者さんだろう。木村さんは首都圏のどこかの大学で講師の職を得たと聞いた。きっとその大学の関係者だと思った。彼らが通り過ぎると天地さんが感心したように言った。


「こんなところまで研究に来るなんて偉い学者さんです」

「そうですね。前は学者さんばかりだったんですよ。珍しい昆虫や魚類もいます。他にも土木や地質学の研究者。神話研究の人もいました。ゴブリンやオークが出たことで学者さんは以前ほどではなくなりました」



17Fは降りてすぐ中央通路がある。この太い道をまっすぐ進めば次の階段。ここは何もない通り過ぎるだけの場所だった。フロアの中央が明るくなっているのがここからでも見える。あれがダンジョン銀座だ。


「トイレはあまり混んでいないようです。天地さんが先にどうぞ」

「ではお先に」


彼は剣を持ったままトイレに向かう。そんな人は他にいない。そして周囲を見渡すとインターネットコーナーでLANに接続して TOUGHBOOK M34 を使っている人物を見つける。


「星野さん、こんにちは」

「おひさしぶり。こんなところまでガイドですか」

「ええ、すぐ戻る予定です」


星野はなんだか悲しそうな顔をしていた。


「どうかされたんですか」

「ちょっと家族にメールしてただけ。今日は帰れないって。20Fで測量社の手伝いをしてたんだけど終わらなくて。明日の早朝再開だから帰れても寝る時間がなくなる。そろそろエレベーターが欲しいよ」

「それは残念ですね」


コーヒー売りの浅野さんがこっちを見て手を振っていた。旦那さんを補助者としてマシンや豆を持ち込んで勝手に商売をしている人。電気も無断使用。あれはそのうち請求されるだろう。ここでカフェインを摂取すると帰り道で尿を催すので困る。だから木元さんも手を振って断った。


「戻りました」

「早かったですね。じゃあ私も失礼して行ってきますね」



木元さんが戻ると星野がテレビカメラを向けられていた。


「冒険者さんにとって家族は大切ですものね」

「ええ、そうなんです。家族のため、国民のために私たちはここで責任を果たしているのです」

「ありがとうございました」


インタビュアーの女性は次に天地さんに目を付けた。


「こんにちは。取材よろしいですか」

「大丈夫です」

「あなたは冒険者なんですか」

「私はちょっと調べに来ただけの補助者です」

「何の調査なんでしょう」

「それはちょっとお話しできないんです。すみません」


会話が途切れてテレビ屋さんは困ってしまった。


「変わった剣をお持ちですね。補助者なのに武器を持っているんですか」

「これですか。これは池袋で買ったんです。刃は付いていないので危なくありません」


天地さんは剣をすこしだけ抜いて見せる。


「きれいですね。剣に細かい模様がびっしり象眼されています」

「これはルーンなんです。特別な力があるんですよ」

「そうでしたか。ありがとうございました」


インタビュアーは側を歩いていた鷲巣さんに向き直った。


「こんにちは。取材よろしいですか」


池袋ねえ。なんだと思ったらただの変わった人だった。



翌朝、木元さんは客の部屋を訪れた。彼をダンジョンの外まで送り届けたらこの仕事は完了する。


「天地さん、もうすぐ出る時間ですよ」


返事はなくドアには鍵がかかっていない。そろそろと部屋に入るとベッドサイドのランプの下にメモがあるのを見つけた。


> 運命に逆らいます。ガイドをありがとう。


メモの下には福沢諭吉。木元さんはそれには目を向けず、部屋に備え付けの電話機に手を伸ばす。


「支配人、緊急事態です。補助者失踪」


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