EPISODE 24
24Fのロボット探査は何度も繰り返されなかった。変化するのはドラゴンの位置だけだったので他に観測手段があればロボットの代替になる。それが暗視カメラと超音波レーダーをコンパクトに組み合わせた装置、通称ドラゴンモニターだ。
ドラゴンがO3に関心を示さないのをいいことに室内の3箇所に堂々と歩いて設置してきた。有線で集められたレーダーのデータを地上のサーバーで解析して正確な位置を計算する。カメラ映像もすべて送られる。これらは有料でウェブ公開された。予想以上の利益が出てしまったので冒険社は苦慮している。いずれかの子会社に移管するかあるいは新会社が作られるかも知れない。
ドラゴンは気まぐれだった。好きなだけ寝て起きて移動してまた寝る。ゴブリンは25Fからドラゴンの様子を見にきて襲われる。そして興味深いことに襲われないこともあった。右手で押さえたゴブリンを食べずに解放したケース、鼻先を通過するのを見逃したケースが記録されている。こうなるとロボットが襲われなかったのは偶然だったかも知れない。
階段から次の階段に続く25mの直線経路に冒険ライト5基を常時点灯モードで設置した。かなり明るい。これでドラゴンが向こうで寝ているときなら次の階を調べに行けるようになったと考えられる。新型ロボットの完成を待つか冒険者を投入するかは安全対策委員会の判断次第。
ダンジョンホテルに一等で宿泊したその男は目立つ外見をしていた。雑に脱色された長髪は銀色にも見えた。彼は奇妙な剣を持っていた。鞘も刀身も黒くて複雑な装飾は銀。刃のない模造刀を気にするものはいなかった。法に反していないなら護身用に何を持ち込もうと自由だ。宿泊費用は旅行会社に全額前払い。職業は無職、入域目的は調査。無職が何を調査するのだ。
「戦前はマンガンが産出していました。それから鉄も採れました。坑道が自然の洞窟や裂け目とあちこち接続して迷路みたいになってしまったのです。10Fまではずっとこんな感じです」
「それならどうして金が落ちているのですか」
その客はさっき小粒の金鉱石を拾っていた。持ち帰っていいかと聞かれたら国のものだから提出するように教える。聞かれなかったら何も言わない。そのままポケットに入れてくれれば見なかったことにするのに、彼は指先でつまんでしげしげ見ている。
「ここで採れないものが落ちているということは運ばれてきたということです。それが自然現象なのか何ものかの意思なのかはわかっていません」
「ムーにはゴブリンが持ってきたと書いてありましたよ」
「宇宙人や地底人を低階層で見たという噂は特定危険領域の指定前からあります。最近はそこにゴブリンも加わりました。それらが金や宝石を持ち運ぶという仮説はあります。しかし何もわかっていません」
客がようやく金をしまいこんでくれたのでガイドの木元さんはほっとした。
「何もわかっていないということはここにゴブリンが現れてもおかしくないということでしょうか」
「その通りです。それに危険は生物だけではありません。地図がなければ1Fでも迷子になります。命の危険があります」
もっとも正しい道は照明や案内板で示されている。適度な恐怖が安全と満足感をもたらす。こういうガイドの心得は冒険者学校では教えてくれなかった。
彼らは順調に階を下る。客は床や壁すら珍しがっている。岩が赤いのは鉄が含まれているから。欲しければハンマーで削ってもかまいませんよ。ただの岩なので私は気にしません。そして5Fに到達する。
「コンビニがあるじゃないですか」
「観光社がセブンイレブンのフランチャイジーになってるんです」
5Fの階段を降りて角を曲がったところの小さな店舗は見た目はただのコンビニエンスストア。
「ここの簡易トイレが最後と思ってください。次は17Fの銀座トイレです。横の更衣室で紙パンツを履く人が多いです。天地さんはどうしますか」
彼はすでに履いていた。店頭の目立つところに冒険服上下、冒険ヘルメット、冒険ヘッドランプが展示されている。レジ横には冒険手帳。それから銃刀法違反にならない武器としてジュラルミン棒と刃渡り6cmの携帯ナイフがある。これらはすべて冒険装備社の商品だ。
「すぐ使うならともかく土産物ならホテルの売店で買ったほうがいいですよ」
「そうですか。このマークがかっこいいと思いました」
彼はヘルメットを手にしていた。冒険マークがそんなにかっこいいかな。木元さんには見飽きた意匠だ。
「強力な武器はないんですね」
「鍵付きロッカーに置いてあります。冒険者タグを見せないと買えません」
ショットガン、拳銃、大量の銃弾が見えないところに置いてあり、銃の登録申請もレジで行える。木元さんは黒い模造刀が気になった。
「では行きましょう」
駅前の冒険者ホテルから運ばれた謹製の豪華冒険弁当があるのでここで食べ物を買う必要はないのだ。
「自然の洞窟というのは鍾乳洞のことだと思っていました」
「11Fからはそうなっていますね。この階にもないわけではありません。そうですね、浅い階層は溶けたのではなく割れ目や裂け目が多いです。それが人工的な坑道と接続しているんです」
「木元さんがロープを持っていないので疑問に思っていました」
「ロープ体験をしたかったのですか。14Fの横道に行くとロープを駆使しないと通れない場所があって人気です。でも事前に言っていただかないとご用意できません」
装備はコンビニにある。それを教えたらやりたいと言うだろうか。
「ロープ体験は今でなくてもいいです。先に進みましょう」
ダンジョンに慣れてきたようで天地さんはすたすた歩く。あやうい。
「予定よりペースが早いです。15Fならゆっくり歩いても行けます」
「そうなんですか。それならもうすこし先に行けますか。17Fに興味があります。冒険者が集まってるんでしょう」
そこは冒険者だけでなく記者も集まるんですよ。
「これはどうなってるんでしょう」
11Fへの階段を見ると誰でもそう思う。だって岩を削った形跡がないのにちゃんとした階段なのだから。
「雨で溶けて固まったらこうなったと学者は言ってるそうです。鍾乳石もコンクリートも主成分は炭酸カルシウムなのでこういうこともある。信じるかどうかは自由です」
「木元さんは信じてるんですか」
「私はまあ、わからないとしか言えません」
11Fの天井に細い電線がぶら下がっていてぽつんぽつんと豆電球が灯っている。この鍾乳洞は坑道とは違う別世界だ。
「この階層には最近まで電気がありませんでした。ヘッドランプだけで歩いてたんです」
「そうなんですか。でも地底湖にも電気が来てるんでしょう」
「15Fには地上から直接電気が来ています。16F以下にはそこから敷いています」
電気系統は1〜10Fと15〜22Fに分かれており、17Fに予備の電力線が来たことで下層では余裕が生まれた。インターネットと電話は1〜15Fと17〜22Fで別系統になっている。ネットなら地上から地下にメールを送るのは問題ない。電話は直通しておらず外線発信もできない。支部で手動で交換すれば通話は可能だが不便なのであまり使われていない。NTTと協力してIP電話の利用実験が計画されているところだ。
冒険者がくねくね道と呼ぶ鍾乳洞は歩き始めれば自然物そのもの。謎がないので気が抜ける。分かれ道がないのもいい。だが細くなったり太くなったり傾斜したりで体力を使う道だ。ゴブリン遭遇事件の際には現場よりも死角の多いこの道を怖がるものもいた。
「壁に手をつけて地面をしっかり踏んで歩くようにしてください。ここで怪我をすると帰還に苦労します」
「こうですか」
「そうです。もっと足元を見て」
細い体なのになかなかの身体能力がある。天地さんは無職で金があるなら冒険者学校に行くのも選択肢でないか。ホテルに戻ったらパンフレットを渡そう。
「歩きにくいのでしたら剣を預かりましょうか」
「ありがとうございます。でもこれは持ってないと怒られるので大丈夫です」
奇妙な答えに戸惑いながら木元さんは客の足先を見ていた。




