EPISODE 2
「ありましたよ」
戻りの坑道で木村さんが、おにぎりみたいな石を拾い上げて報告した。
「金鉱石です」
「またあったんですね」
手頃なサイズの石英質の石。聞いた話ではあれくらいの石に含まれる金は最高でも0.1g程度。だがここで採れる石には0.15〜0.2gも含まれている。鉱脈を見つけて大規模に採掘したら大儲けできると誰だって思う。
「床にも壁にも金は見当たらないのに。本当になんなんですかね」
「わかりません。でもきっと奥から掘り出してきて落としたんですよ。だから拾った場所を報告させるんです」
「売るんですか」
「買い取りに出しても5セントポイントくらいです。位置情報を付けたら倍。安いですよねえ」
日本円に換算すると200円。資源は国のものだから発見しても自分のものにはならない。だが報奨金が出るので、どうしても売り買いという感覚になる。売らずにこっそり持ち帰ることが違法なのだとしても、そういう人は実際にたくさんいる。情報が欲しければもっと高く買えばいいのに。
「どうするかは上に着くまでに考えますよ」
木村さんは足元を確かめながら慎重に歩いていた。それは良い冒険者の歩き方だが金や宝石を探す歩き方でもある。良い冒険者は拾い物をよくする。
「お待たせしました」
受付で冒険者タグのQRコードをスキャンしてもらって岩石のサンプルと調査報告書を渡す。受付の伊藤さんは PRONOTE FG をかたかたと叩いた。
「サンプルはほぼチャートですね。測量結果も事前情報と一致しています。成功報酬をお支払いします。ポイントは折半でよろしいですか」
「伊藤さん、報告書をちゃんと見てたんですね」
伊藤さんは変な顔をした。
「当たり前じゃないですか」
「失礼しました。からかうつもりではなかったんです。ところで3Fは奥まで調査済みになると思うのですが、今後は4Fの調査を進めるのでしょうか」
「同じ階層に複数のチームが入らないように各階を並行して調査しています。今回の3F12地区はやり残しエリアです。まだすこし残っていますが、今後は下層に行っていただくことになるでしょう」
廃坑としての下層は10Fまで。その先は自然洞窟になる。危険度はともかく移動時間が気になるところだ。調査以外の仕事をしようか。浅い層の昆虫採集の依頼がまだあったはずだ。
「わかりました。それでは」
「次のかたどうぞ」
木村さんは金鉱石を売らなかった。あんなのを持ち帰る人の気が知れない。
防衛大学校を卒業して幹部候補生学校に入校すると階級は曹長になる。そこも卒業すると一個小隊を率いる小隊長になり階級は3等陸尉。学校がインプットとすれば、実務はアウトプットだ。任務を達成するための答えを求められる。答えは報告書の形をしている。
任官して1年後、あの災害派遣に参加することになった。知らない町の瓦礫の山の中で迅速さと忍耐、判断力と体力を試された。部下を鼓舞して人を助けた。初めて仕事に生の実感を覚えた。自分はずっとこの道を行くのだと思っていた。
だがしかし、派遣から戻ってしばらくした頃に市ヶ谷の庁舎に呼び出された。目の前には見たことのない階級章、もしかしたら陸将補。階級の順序を思い出しつつ直立する自分に向かって、じゃあがんばってと言い残して、雲の上の人は名乗りもせず退室した。残っているのは初対面の3佐。
「私は辻です。3尉の活躍について調べました。とても良い仕事ぶりと思いましたので話をするために呼んだのです。休め」
左足を広げて、両手は後ろに。顔を上げる。
「冒険者学校という機関について聞いたことはありますか」
「はい。新聞で読んでおります。冒険者免許を交付するための教育機関です」
「うん。そこに行ってもらいたい」
「はい」
元気に返事をしながらも戸惑いを隠せない星野に辻3佐は笑顔を見せた。
「冒険者についてどこまで知っていますか」
「冒険者とは、冒険者免許を交付されたもののことであります。まだ本邦に存在しておりません」
戦後しばらくしてからのこと、奥多摩の廃鉱山を地主が持て余して国に寄付を持ちかけた。一帯は公園化されて財団法人奥多摩自然環境保全機構に管理が委託された。のちには国土庁管轄の国営公園に指定され、小さな散歩道と広場が設けられた。のどかな時代だった。
ところが安全確認に訪れた財団職員によって、廃坑の下に大空洞と地底湖が発見された。空洞には新種のコウモリが生息。地底湖から発見された小型魚類についても研究者が新種と同定した。金塊を拾ったとか宇宙人を見たとか、自然ブームとオカルトブームがいっしょにやってきた。こうなっては規制ロープも貼り紙もバリケードも意味がない。とてもじゃないが見張れない。
そんな状況で起こったのが1992年の遭難事件だ。金鉱石や宝石が転がっているという噂を信じた4人組が不法に入坑していたところ、武器を使う未知の生物集団と遭遇した。2名が逃走して自ら通報。警察と消防の合同捜索により要救助者1名を心肺停止状態で発見した。もう1名を探すも見つからず断念。生物集団に関しては目撃証言以外の証拠が存在せず、ただ犠牲者の死因が鈍器による頭部打撲という診断が残された。この際に捜索隊は未知の大型動物の足跡を見つけている。政府はこれを受けて危険防止と安全な探索を目的とした新制度を検討し始める。
「そうです。そうして先日、国会で成立したのが冒険3法。来年の法律施行日に学校が開校して入学式が行われます。君は研修とでも思えばよろしい。費用は国費で支払われる。もちろん自衛隊員として給料を受け取れる。3年間かけて学んで冒険者免許を取得してもらう。そういう任務です」
なんだか雲をつかむような話だ。しかし研修という言葉を聞いて納得することができた。幹部教育の続きのようなものだ。
「正式な辞令は入学直前に出ます。そのとき君は1尉に昇進するでしょう。それまでは今の部隊を磨いていてください。話は以上です」
敬礼の交換後に退室をうながされた。




