EPISODE 21
星野は結局、妻の義兄のおすすめという TOUGHBOOK M34 を購入した。防雨・防滴性能と防塵性能が高くて小型軽量。ファンレスなので音も立てない。そして価格が高い。プリインストールされていたOSは Windows XP ではなく、冒険者学校で使ったのと同じ Windows 98 SE だった。
同時に妻も自分用に LaVie L LL500 を購入した。Yahoo! BB のADSL回線も契約していて、自宅でネットを使うかと聞かれたのでその予定はないと答えたら、じゃあルーターはいらないねと言われた。彼女が何を言っているのかよくわからなかった。
まだインターネットが来ていない20F基地でその操作を試していると扉を開けて入ってくるものがあった。
「ダンジョン踏破試験です。証明書をいただきにまいりました」
「はい。これがイェンダーの魔除けです。気を付けて戻ってください」
年齢もまちまちな冒険者学校の受講者たちは新しい装備に身を包んでいる。自分のときは山岳用品店やアメ横でひとつひとつ揃えたものだったと懐かしく思う。今は冒険装備社が標準装備を安価で提供している。彼らは記念品のプラスチックカードを地上に持ち帰ったら卒業を待つだけだ。卒業日に試験用の仮免許を返上して正式な免許を受けることになる。
ダンジョンへようこそ。
予算委員会で国交相がのらりくらりと答弁をしていたせいか、ダンジョン前の動物愛護団体がまたすこし盛り返していた。動物について話し合うのは環境委員会で、そっちに大臣はまだ呼ばれていないようだ。星野は彼らを横目にさっさと入域した。
最短ルートで17Fに到達すると前田さんがいた。彼が購入したノートパソコンは DynaBook V4 だった。
「ずいぶん薄いんですね。これも東芝なんですか」
「東芝です。もっと薄いのも出てるんですよ。さすがにダンジョンの環境では不安なのでこっちにしたんです」
みんな同じような機種を買うんだろうなと勝手に想像していたらそうでもなかった。木村さんが持っていたのは FLORA 220FX で藤田さんは FMV-BIBLO LOOX T8/80W。峰さんの PowerBook G4 は自分のとぜんぜん違っていた。観光ガイドを引き継いだ4期生たちの中にはパソコンでなくPDAを使っている人もいた。ああいうのもLANに接続してメールができるらしい。
「星野さんは最下層ですか。今日はロボットだけで人は入れないって話でしたが」
「O3が動いているところをまだ見ていないので、今日は見学のつもりです」
いざというときは命を守る盾になるから見ておいて損はない。報告のネタにもなる。
23F階段前にはO3が立たされていた。見ただけではどこが変わっているのかよくわからない。
「おはようございます」
時差ボケした挨拶をしてきたのは技術者の川崎さんだ。連泊しているな。
「おはようございます。今日は見学に来ました」
川崎さんはいつもの ThinkPad 770 の前に座ってカロリーメイトを食べ始めた。ここにもパソコンがあった。これは新しくしないのだろうか。
そしてだんだんと人が集まってくる。
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本部長 伊庭
本部補佐 小林
探査チームなし
技術者2名 (吉村、川崎)
見学者6名 (神谷、佐々木、峰、星野、向井、鷲巣)
```
「まもなく24F攻略前探査を開始します。階段の封鎖を解いてください」
小林さんが鍵を外して棒を抜く。ハロゲンランプを点灯。
「下降開始」
「下降開始します」
吉村さんがDと入力してEnterを押すとO3が階段を降り始める。動作が格段に早くなっていた。
「歩行というのは前に倒れる動作なんです。その際に関節のモーメントをどう管理するかがソフトウェアの課題なのです。O3では動作を全面的に見直しています。階段の上り下りが早くなったのも理屈は同じです」
操作を吉村さんに渡した川崎さんが見学者にも解説をしてくれた。よく理解できないことは報告書に書けない。困った。
O3が順調に階段を降りて24Fに降り立つ。投光機に照らされた視界は狭い。
「周囲を見渡してください」
吉村さんがLと入力してEnterを押す。
「それってLOOKの意味でしょう。そろそろわかってきましたよ」
「向井さん、正解です」
だが周囲には何も見当たらない。
「どうやら広い空間のようです。壁沿いの移動では全体の把握に時間がかかります。部屋の中央に出られれば超音波で測距できます。どうしますか」
「それなら前に出てみようか。元の位置には戻れるんですよね」
「大丈夫です。移動経路は記憶しています」
どれくらい広い空間なのか。ここには何がいるのか。画面は暗くて何もわからない。
「前方に壁があります。階段からだと80m先です。現在地は40m地点」
「停止。ここで周囲を見てください」
O3が停止する。画面は変化していない。
「まわりを見ないんですか」
「見ています。画面の右上で数値がどんどん変わっているでしょう。これが測定した距離です。終わったら図示します」
数字が停止してしばらくすると新しいウインドウが開いて、ゆがんだ瓢箪が描かれた。
「これがO3の視点での部屋の形状です。移動して再測定すれば見えていない部分を補完できます」
「行けますか。ではそうしてください」
今日の星野は仕事ではない。だからただ黙って見ているだけだ。
O3は奥へと進んだ。そして再測定を行う。
「出ました。これはゆがんでいるのではありませんね。丸い部屋の中に大きな岩があるようです」
「いったん戻りましょうか」
「はい」
> RECALL
> WAIT
「どうして止まったんですか」
「何かいます。小さい動物です」
「サーモグラフィー」
「サーモグラフィーに切り替えます」
暖色で表示されたシルエットは小型のゴブリンのようだった。だがそのとき岩が動いた。
「あっ」
岩が歩き出して上からゴブリンを捕らえたように見えた。
「動物の反応が消失しました。視界を戻します」
岩と思っていたものは大型の動物だった。見覚えのある形だと思ったとき、峰さんの小さな悲鳴が耳に届いた。
「ドラゴンだこれっ」
「動揺するなっ」
伊庭さんが困った顔をしている。吉村さんと川崎さんも黙り込んでしまった。
「ロボットの回収は可能ですか」
「襲われなければ戻れます。しかしさっきのあれはどう見ても食われてましたよ」
「このまま放棄するわけにもいかない。戻せるなら戻したい」
川崎さんに代わって吉村さんが応答する。
「確約はできません。でももし襲われたとしたら破壊される前に撮影できるかもしれません」
「破壊された場合はデータはどうなりますか」
「動画以外はThinkPadにリアルタイムでバックアップしています。最悪の場合、ロボットは作り直しになりますがデータは残ります」
「では戻そう。選択肢がない」
O3は後ろ歩きで来た道を戻り始める。カメラは前方の大型危険動物を見据えたままだ。
「あれはどこを見てるんだ」
「正面を見ているとしたらO3が視界に入っている可能性は高いと思いますが」
「じゃあなんで来ない」
誰も答えないまま時間が過ぎた。そして階段を上る足音がして探査ロボットが帰還した。
「階段を封鎖。すぐに報告する」
22Fから支部長に長い電話をしていた伊庭さんはこう言った。
「この場にいた全員はこれから支部に行きます。そこで本社との話し合いに参加します。会社に冒険者に対する命令権はありませんが、これは強い要請だそうです」




