EPISODE 20
テレビではよく知っているアイドルがセカンドシングル曲、迷宮ヒロインを熱唱していた。即席ステージはダンジョンゲートの内側に作られた。本物のグロックを持ったまま歌っているのがシュールだ。視聴者はきっと演出用の小道具だと思うのだろう。銃口を人に向けないように注意しながら踊るのは難易度が高い。でも彼女はきっと振付の練習もせず即興でこなしているに違いない。
服はいつもの冒険装備にちょっとだけアクセサリーが追加されている。あんなバングルや羽飾りなんて活動には邪魔だ。星野はイベントが終わってそれらを投げ捨てる峰さんを想像して苦笑した。
「この人って本物の冒険者なんだよね」
「うん。そうは見えないけどね」
> あっちもそっちも暗闇で〜♪
ゲートの外にはファンが集結している。彼らは中に入る資格がないのだ。
「補助者としてなら入れるんでしょう」
「冒険者と補助者は契約関係だから、どっちかが相手に報酬を払う。観光客みたいなガイドラインもないのにアイドルファンと契約する冒険者がいるとは思えない。家族や知り合いを連れて入域する例もなくはない。でもこの場合は考えにくいな」
> 逃さないゴブ〜♪
おかしなコールまで作ってよくやる。そんなことをしている場合ではないというのに。星野は手元の読売新聞の見出しに目をやった。民々党が国会質問で国交相を追い詰める。とうとうこんなことになってしまった。
予算委員会でここ数日行われている質疑はこんな感じだ。星野が口に出すことはけっしてないが、本音ではどっちもどっちだと思っている。
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山常時夫(民々党)
次に、奥多摩特定危険領域、いわゆる奥多摩ダンジョンの運営体制について、主務大臣である国土交通大臣にお尋ねいたします。日本冒険社法第二条第二項において、特殊法人である日本冒険社は、営利を目的としてその事業を行ってはならない、と明確に定められております。しかし実態はどうでしょうか。冒険社は、冒険鉱業社や冒険観光社といった営利子会社を次々と設立・独立させ、ダンジョンホテルやツアー事業、豪華な冒険料理の提供などで莫大な利益を上げています。本法人が直接利益を出さない形式を取りつつ、子会社を通じて事実上の営利事業を展開し、国家の所有地である特定危険領域、つまり国有財産を、特定の営利企業に自由に利用させて利益を貪らせているのではないですか。大臣、これについてどう説明されるおつもりですか。
吉野昌弘(国交相)
お答えいたします。日本冒険社法第八条におきましては、業務上生じる副次的な資源の売却やその他の事業を行わせるため、営利子会社の設立が明文で認められているところでございます。子会社が得た収益の一部は、インフラ整備や調査費用の捻出、さらには安全パトロールの費用としても還元されており、法に則った適正かつ合理的な運用であると承知しております。
山常時夫(民々党)
適正な運用とはあきれたご答弁だ。ではさらにお聞きします。現在、一等客室や特製料理を提供する、ダンジョンホテルなる施設まで稼働させていますね。安全確保のための簡易宿泊施設と称しながら、実態は富裕層やメディアをターゲットにした観光ビジネスではありませんか。特定危険領域に関する法律第一条には、本法の目的として、人的被害の防止、社会秩序の維持、が掲げられています。地下深くにはゴブリンやオークといった凶暴な未知の生物が徘徊し、すでに崩落事故や負傷者も出ている極めて危険な現場です。大臣にお伺いします。観光客やメディアを呼び込んで地下で宴会紛いの営業をさせることが、一体どのように、安全確保や人的被害の防止に寄与するというのですか。筋の通った説明をしていただきたい。
三浦竜也(参考人、日本冒険社会長)
私からお答えいたします。広大な地下空間における安全管理および救助体制の維持には、膨大な管理コストが発生いたします。補助者としての入域制限や施設利用料などを通じて民間資金を活用し、現地基地の防衛機能や通信網を拡充することこそが、結果として領域全体の安全確保に寄与するものと考えております。
山常時夫(民々党)
詭弁を弄するのはおやめなさい。危険な領域の安全管理を国の直轄事業として予算をつけず、民間から集めた有資格者に、ポイントという不明瞭な報酬体系で危険な捜索や討伐をやらせ、その裏で子会社が観光や資源で大儲けをする。大臣、これではまるで、娯楽小説に出てくる冒険者ギルドそのものではないですか。国家の安全保障に関わる重大な領域が、法の隙をついた巨大な営利集団と化している現状を、政府は放置するつもりか。その不透明な会計と安全管理の実態を徹底的に叩きなおすべきだということを強く主張して、私の質問を終わります。
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17Fの中央から北に伸びる通路を進むと道が広くなっている箇所がある。そこにトイレが複数置かれて水道も使えるようになった。電気は工事中だが既存の線を延長コードで持ってくれば使えるので問題ない。
これで便利になったのは冒険者だけではない。15Fの地底湖を見にきた観光客が来るようになってしまった。地図が整備されて通路が明るく照らされた結果として、手も洗えて用も足せる拠点が魅力的になった。観光客が15Fまでなんて決まりはない。それより下の階層に行けるものなら行ってみろと言われて行くものがいなかっただけ。それが行けるようになってしまったのだ。
冒険者と交流できる機会も生まれて取材者もやってきた。南側通路のあちこちにテーブル、椅子、テントが勝手に設置され、小物を売るものまで現れた。ダンジョン銀座と呼ばれている。インターネット工事の邪魔なので強制的に排除されたものもいたがおおむね盛況である。
「こんなところでインターネットなんて使い道があるんですかね」
そんな疑問を口にするのは前田さんだ。携帯している熊撃退スプレーは楽々市場で買ったと言っていたはずだが、ここには配達してくれないから使えないということだろうか。
「私もパソコンを買うかどうか迷ってる。携帯電話が通じないだろう。家族と連絡できるのはいいな」
「星野さんの家にはあるんですか」
「奥さんが産休中に暇だからって買った LaVie NX があるよ。私は使ってないけど」
冒険社の説明では測量データのやり取りに必要で、伝達もメールで行えたらミスが減るということだった。冒険者にはメールアドレスも発行される予定だ。でも基地でしかメールは送れないんだろう。そんなに便利になるのかな。
「ダンジョンで使うパソコンってどうやって選んだらいいんだろう。前田さんはくわしいの」
「ぼくは家では Libretto 20 を使ってて最近のは知らないんですよ。新しいのを買うなら同じ東芝がいいですね」
「家で相談してみようかな」
インターネットの工事が終わる前に4期生の踏破試験が行われる。星野はイェンダーの魔除けを20Fに運ぶ仕事を引き受けている。パソコンの前にやるべきことをやってしまおう。そう思った。
誕生日を迎えたら幼稚園の満3歳児クラスに入る大地は新しいバッグを放り投げて遊んでいる。装備はもっと大切に扱うべきなのに。
「給食のあるところに決まってよかったな」
「そうね、お義父さんも送り迎えを毎日するつもりみたい。なんだか申しわけない。それからお姉さんも何かくれるって。靴でいいかな」
俺たちが結婚式をあげなかったことを智子さんは俺に問題があるせいだと思っている。両親の非礼な態度をうまくいさめることができなかったから。学校の寮暮らしで式の準備もままならなかったから。さらには俺が自衛隊を辞めてフリーターみたいな仕事を始めたと思っていたようだ。もうその誤解は解けていると信じたい。
「成長したら靴は何度も買い換えることになる。もらっておいたらいいんじゃないか」
智子さんも事実婚で式はやってないだろう。それなら姉妹合同で結婚式をやらないか。星野はそう言いかけて言葉を飲み込んだ。妻がどう反応するか予想ができなかったから。
「ところでパソコンについて相談。ダンジョンにもうすぐインターネットが来るんだけど俺も買ったほうがいいかな。家とメールできるようになるみたい」
「そうなんだ。でも私もそんなにくわしくないし。会社の人に相談してみていい」
「そうしてくれたら助かる。調べてみたけどダンジョン向けと書いてある機種が見つからなくて」
「それは書いてないかもね」




