EPISODE 17
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。それにしても佐々木さんといっしょにダンジョンを歩くことになるなんて想像もしていませんでしたよ」
ダンジョンゲートの警備員である宮沢さんは冒険者の顔をほとんど覚えている。佐々木さんのほうももちろん知っている。私的に会話を交わすのはこれが初めてだ。
「ここの警備は冒険者並みの訓練をしてるんですってね」
「それほどでもありません。それに格闘の練習ばかりしても冒険者にはなれないじゃないですか。いろんな勉強が必要なんでしょう」
学校や免許に関してはその通り。だけど宮沢さんは19Fの暗い通路をこうして歩いていてもまったく動じていない。やはり適性があるように佐々木さんには思われた。
「宮沢さんも警備員のままで免許が取れたら良いと思うんですよ。冒険者はフリーランスばかりではないでしょう。冒険社の社員になってる人はたくさんいます。陸自から来ている人もいますし、ほら島野さんっているでしょう。あの人なんて国税庁なんですよ」
「ここは良い職場ですから辞めなくてもいいなら面白そうですね」
ゲート警備員を退職して冒険者学校に行く人がいたらもったいない。佐々木さんもそれくらいわかっている。
「この通路は地図と一致しています。次に移りましょうか」
「では根本さんとはここでお別れですね」
地図通りに到達した分岐点で南野さんが寂しそうに言った。奥多摩まで誰か応援を寄越してくれという早朝の電話で広報部から送り込まれた南野さんはとにかく心細かった。人数が減るのは怖い。
「地図通りに歩くだけじゃないですか。神谷さんは強いからそんなに心配しなくても平気です」
観光客の案内の仕事ばかり紹介されて気が滅入っていた根本さんは反対に張り切っている。スペシャルイベントと受付で言われてすぐに志願した。
根本さんが狭い通路で棒をまわして見せると事務係の皆川さんが眉をひそめた。神谷さんはその軌道を観察していた。ジュラルミン棒は星野の報告を受けて防衛庁が試作した簡易な武器だ。パイプの両端にキャップをはめただけなので権利も何もなく模倣されて広まった。今では冒険装備社が量産して各基地に常備されているほか、ダンジョンホテルの土産物としても人気だ。
「そうですね。神谷さんはオークも倒せるくらいです。本当に頼りにしています」
「挨拶はとっととすませよう。終わったらちゃんとここから出られる。根本さんもしっかりな」
「はいっ」
そうして彼らは別れた。神谷さんと南野さんは右へ。根本さんと皆川さんは左へ。皆川さんは服も靴もきちんと体に合ったものを選んで身に付けている。ザックの中も使いやすく整頓されていた。まあ大丈夫だろうと神谷さんは思った。
「行き止まりだ」
鷲巣さんは木刀でこんこんと岩壁を叩く。
「戸田さん、ここは地図と違うな。それとも崩れて閉じたかな」
「地図では左に折れるところです。行き止まりとは書いてありません。ただ通路が長すぎるような気はしていたんです。もしかして左に曲がるところを見過ごして直進してしまったのでは」
「直進する道なんて地図になかったはずですよ」
ヘッドランプを手元モードにして地図を見ていた戸田さんは書き込みをする。
「引き返さなければならないことはたしかです。戻ればきっとわかりますよ」
「なら戻ろう。地図か現実のどっちかが間違ってる」
峰さんと伊藤さんはふたりとも話は好きだが沈黙も苦にならない人だ。彼らは地図に沿って早いペースで歩いていた。やがてY字路に差しかかる。
「確認をお願いします」
「はい。ここは地図に載っています。左も右も数百メートルで行き止まりになっています」
「どっちに行っても同じなんだ」
伊藤さんは地図の左端から中央まで視線を移動させる。
「両方とも見たらこの通路は終わりです」
「じゃあちょっと休憩しよう。喉が渇いた」
峰さんはぺたりと遠慮なく座り込んで水を取り出す。伊藤さんはまわりを見渡してからそっと座った。
「ふう」
峰さんの脇の拳銃が気になった伊藤さんは聞いてみた。
「それってゲームの真似なんですか」
「ん、なにが」
「二丁拳銃」
「そんなつもりはないんだけど。マガジン交換と銃を持ち替えるのとどっちが早いか考えたの。腰のホルスターのは予備」
伊藤さんは射撃の経験がないので頭の中で想像してみた。
「それより伊藤さんの時計、私のと色違いじゃない」
峰さんは薄い青色、伊藤さんは薄い緑色のBaby-Gを着けていた。
「そうですね。私は冒険はしないけど色が気に入ったので。使いやすいですよ」
「だよね」
気に入った理由は好きなバンドのテーマ色に近かったから。でも伊藤さんはそんなことは説明しない。
「そろそろ行こうか。右でいいよね」
伊藤さんは地図に印を付けて立ち上がった。
星野や鷲巣さんと別れて西の通路を進む橋下さんはいくつもに枝分かれする道をひとつずつ確認する作業に飽きていた。
「ぴったり地図に合ってます。階段も穴も隠し通路も見当たりません」
「まったくです。支部長が脅かすからびくびくしてましたよ。ピクニックで手当がもらえるなんてラッキーです」
蓮谷さんは軽い足取りで歩きながらクリップボードに挟んだ地図にチェックマークを付けまくっていた。
「俺たちは報酬はポイントでもらうんだけど、職員さんはどうなの」
「普通に給料に上乗せです。ポイントはいつでも現金化できるからそっちのほうが良いですよ」
「そうかなあ。俺は現金でもらうのがいいな。報酬だけじゃない、冒険者って制度はあちこちおかしいと思うんだよ」
ただの事務員にそんなことを言われても困る。肯定したら職場の批判になってしまうではないか。
「人それぞれですねえ。ポイントが良いって人もいますよ」
「それって誰のこと」
「誰と言われましても。困らせないでもらえませんか」
橋下さんは意地悪く笑っていた。冒険者としての能力は確かなのだろうに性格が悪いなあと蓮谷さんは思った。
「きれいな石ですねえ」
「浅いところならたまに見つかるみたいですよ。こんな深層に水晶があるとは思っていませんでした」
石原さんと藤井さんは探索の手を休めて発見物に目を奪われていた。
「水晶があるということはやっぱり金脈があるんじゃないでしょうか。鉱業社は5Fばかり探していましたね。19Fが正解だったんです」
「ひとつ見つけたくらいで正解だなんて。でもこれは回収して報告したら良いと思います」
藤井さんは丸い石をごろんとザックに入れる。
「今のところ異常なんて見当たりません。さっさと終わらせてしまいましょう」
「そうですね」
「靴下を左右間違えて履くとしますね。それを指摘して直させようとすると泣くんですよ」
「うちの子も同じです。パパ、あっちいってって言うんです。指示に従ってあっちに行きますとね」
成瀬さんは笑顔のまま地図と道とを見比べていた。
「自分で履き直してるんでしょう。どこの子も同じです。あ、星野さん。分岐点に戻りましたよ」
「はい。それで英語教育のお話をもうすこしお聞きしたいのですが…」
根本さんが元気よく歩いていると皆川さんが警告を発した。
「あそこに何かいます。黒い影が見えませんか」
目を凝らすとたしかに壁際に何かがいる。根本さんが棒を握り直してヘッドランプの光を向けるとその動物の小さな目が輝いた。
「皆川さんは下がって」
棒を斜めに突き出して間合いを図ろうとすると、その動物は通路の中央にゆっくりと移動して瞬きをする。
「ゴブリンではない。じゃあなんなんだ」
未知の危険生物にこんな階層で会うなんて信じられない。すり足で後退すると相手も歩みを進めてきた。恐怖で精神が凍りつく。
「根本さん、違います」
「下がって」
何が違うんだ。根本さんが棒を持ち上げて攻撃の準備動作に入った。
「猫ですよ」
えっ。なんでダンジョンに猫が。そんなことはありえない。




