EPISODE 16
安全と思われていた18Fで怪我人が出たことはまったくの誤算だった。歩荷中の武道さんと真田さんがゴブリンと遭遇して格闘になった。
「あの階層は正解のルート以外に用がなかった。いつものように通り過ぎるだけだと思って油断していた。道を外れたらまわりは迷宮だった」
「忘れていたわけじゃない。そのために測量が入ることも知っていた」
分岐点でばったり出会ったゴブリンは殴られたり蹴られたりして捕獲されたが、格闘時に武道さんの足に大きな噛み跡を残した。結果としてゴブリンは動物園送りで武道さんは病院送り。抗生物質で治療して全治2週間。真田さんも事情聴取で時間を取られてしまった。
「測量の予備調査が必要です。ゴブリンの巣があるか知られざる階段があるか、調べてみないとわからないので調べます。23F調査は予定通りにやりたかったが同時に進行するには人手が足りません」
高報酬の特別イベントと聞いて事務所に集まった冒険者たちに奥田支部長はそう説明をした。
冒険測量社はすでに16Fの測量を始めている。測量の勉強をした冒険者と洞窟訓練を受けた測量士の組み合わせがスケジュール通りに進行する。こうなると16Fが安全と言い切ることはできないが、冒険者が付いて作業しているので大丈夫そうに思えた。
「そういうわけで問題の18Fとその上下階を調べます。すべての道を通って奥まで行ってみる。それだけです」
「質問です」
「藤田さん、どうぞ」
「16〜20Fの地図が信頼できないというのが測量社に依頼した理由なんですね。どうして信頼できないのですか。そもそも誰が地図を作成したのでしょう」
たしかに不思議だ。誰が作成したのか知らないが、この地図は学校でも支給されていた。
「地図を作ったのは役人です。16Fから下の階層が発見された年、ここには国土庁はもちろん文部省、農林水産省、防衛庁、環境庁から何人もの職員が洞窟探検に来ました。それから領域法が成立して翌年春に立ち入り禁止。短い期間に集められた情報が整理されて地図になったのです」
組織だった調査をしていない。それぞれの思惑で好き勝手に歩きまわった記録を寄せ集めて地図にした。それで信頼性が揺らいでいる。
「当時の役人はなんでこんなところに探検に来たんですか」
「自分のところと関係のある何かがないか確かめに来たんでしょう。そうしたら口を出せるかも知れないじゃないですか。政府がわざわざ法律まで作って管理しようとしている特殊な領域に」
藤田さんはそれで納得したようだ。彼は眼鏡を光らせながらこう付け加えた。
「だけど何も見つけられなかった」
「見つけたけれど秘密にしたかも知れませんよ」
奥田支部長は周囲を見渡して仕事の段取りを説明する。
「参加を希望した冒険者は9人。冒険社の社員を補助者として投入して9チーム作ります。17〜19Fに3チームずつ分散して地図の正しさを確認します」
「その社員さんは地図にくわしいのですか」
「この業界のことはわかっているので足手まといにはならないはずです。23Fアタックは数日の延期という線で本社に話します」
冒険社の社員や関連会社からの応援を集めて支部長がランダムに補助者に割り振った。ただし1チームだけは性別を考慮して決めた。補助者には地図や筆記具や装備が与えられた。装備に武器は含まれない。冒険者のような特権はないからだ。
地図の通りに歩いて誤りがあれば訂正する。何も起こらなければピクニック。星野が指示された道は事故現場から東側にある通路だった。補助者は冒険鉱業社の総務課長である成瀬さん。武器はジュラルミン棒とミネベア9mm拳銃をそのまま持っていくことにした。
「地図によれば、数百メートル先で分かれ道です。ゴブリンに仲間がいたならこの近辺に潜んでいるかも知れません。成瀬さんは遭遇したらすぐに逃走してください」
「柔道なら多少の心得があります。ゴブリンに寝技は通じると思いますか」
「わかりません。噛みつかれたら危険ですよ」
成瀬さんがヘルメットに装着しているヘッドランプは冒険装備社から供給された高輝度LED型だった。星野の豆電球とはまるで違う、陸自や米軍が持っていそうな装備だ。輸入品かライセンス生産品か。メーカー名はどこにも見当たらない。それいいですね、と口に出しては言わない。総務課長が装備にくわしいとは限らない。装備社がどこかに作らせたなら売店に並ぶだろう。今日のところは必要ないさと星野は思う。
18Fの他の参加者は木刀使いの鷲巣さんとヌンチャクを使い始めた橋下さん。補助者はそれぞれ鉱業社から応援に来た戸田さん、支部で事務係をしている蓮谷さんだった。
「右の通路は長いけれど一本道だ。ここは藤田さんでどうだ」
藤田さんの武器は警棒とサバイバルナイフ。油断さえしなければゴブリンに遅れを取るつもりはない。補助者の井上さんは運転手。今日と明日は送迎がないので待機の予定だった。支部長に捕まって報酬目当てに引き受けたものの格闘の経験はない。
「いいですよ。じゃあそっちはおまかせします」
17Fは中央を横切る最短ルートがあり、その両側に横道がある。藤田さんが北側なら神谷さんと根本さんは南側。南は途中で分岐する。
神谷さんは肩に掲げた棒が主武器でナイフも持っている。補助者の南野さんは本社広報部で手が空いていたので呼ばれた。神谷さんが日本刀でオークを斬り殺したという誤った情報をばらまいた張本人である。彼に悪気はなく神谷さん本人はそのことを知らない。
根本さんの武器は同じく棒とナイフ。補助者の皆川さんは支部の事務係。新人同士で気が合いそうな雰囲気だが戦いとなればこころもとない。有資格者なら大丈夫だろうと誰も気にしていなかった。怪我をした武道さんも有資格者なのだが。
「それじゃあ、始めようか」
この中では最年長の神谷さんが仕切ってさっさと決めてしまった。相談時間は3分。
19Fには佐々木さんが先に到着。棒とナイフを装備している。補助者はゲート警備員の宮沢さんで制服に警棒を持ったまま参加した。
3期生からふたり目の参加者である石原さんはコンポジットボウを装備。接近戦用にナイフもあるがうまく使う自信はない。補助者は事務員の藤井さん。逃げ足には自信があると言うので、じゃあ危ないものに遭遇したらすぐ逃げようとふたりで方針を決めた。
最後のチームは峰さんと受付の伊藤さん。峰さんは腰と脇にグロック19を持っている。伊藤さんはバンドのファンでアイドルはよくわからない。
まるで人工的に作られたような17F通路は歩きやすい。視界も良好で5m先まではっきり見えている。井上さんの革靴がこつこつ音を響かせる。
「上の階にはコウモリも昆虫もいるのに、ここはまるで生きていないようなところですね。宇宙人が作ったって本当でしょうか」
「雑誌なんかではそう書かれてますね。でも何もわからないんですよ。人工物と断言するのも政府や会社はひかえています。石がまっすぐ割れることは自然でもあります」
そういう藤田さんもまさか自然の洞窟だなんて思っていない。
「株や為替もわからなかった。でもダンジョンのわけのわからなさと比べたらあんなの単純ですよ。正しいかどうかはともかく仮説が立てられますから」
「ここでは仮説は立てられませんか」
「立ててもどうにもなりません。どんな仮説もすぐに反証されます。かえって気が楽です」




