EPISODE 15
ザックからナショナルのポータブル蛍光灯を取り出した星野はふたたび部屋を確認した。足元には叩き落とされたゴブリンが絶命していた。他に危険な生物はいなかった。
「相馬さん、峰さん。おもしろいものがあるよ」
「えー、なんですか」
そこには鉄の帯で補強された頑丈そうな木箱が置かれていた。
「罠があるんじゃないですか」
「前なら笑ったけど、あいつら弓矢まで使うんだよな。遠くから棒で開けてみようか」
ジュラルミン棒の先端を前から当ててそっと押し開けると、ふたりは言葉を飲み込んだ。
「ほら、やっぱり金貨だ」
峰さんはさっそく写真を撮り始める。これは法的に国のものだけれど、報告すればご褒美が貰えるのだ。
「こんなところにいたか」
レミントンを左手で持って、紐で縛り上げたゴブリンを右手にぶら下げた向井さんが部屋に入ってきた。
「突き当たりで階段を見つけたのに、Aチームがいないから勝手に降りちゃったかと思ったよ。相談してたらゴブリンが飛び込んできたんで思わず生け捕りにしちゃった」
金貨は袋に小分けにして回収。捕獲したゴブリンは紐を解いてから袋に入れて搬送された。ゴブリンの死体も持ち帰られた。問題はオークだ。
「標本はもういいからダンジョンで処分しろと言うんだけど」
神谷さんと伊庭さん、それに両チームのメンバーが20F基地前に集まっていた。疲れ切った顔を見渡して伊庭さんが支部との相談結果を話す。
「21F東通路が行き止まりなのでそこに捨てるという案があります。まずは奥多摩市長にかけあって、そこを墓地に指定してもらいます。オークは無縁仏として土葬します」
鷲巣さんが首をかしげる。
「ここは国有地なのに市長の許可がいるんですか」
「そうなんですよ。それから別の案は、東京都知事の許可を得て、そこを廃棄物の最終処分場に指定してもらう。周辺住民はいないので、問題は環境アセスメントだけです。これを特例ですぐに終わらせます」
苦いものを頬張ったような表情の星野が口を挟む。
「それって無茶じゃないですか」
「どの手段を選んでも無茶なんですよ。まともにやるとしたら、地上まで引き上げて産廃業者に渡さないとなりません。それで次の方法はですね、知事に届出を出して肥料にします。通路の先を肥料工場と言い張る。実際には置いておくだけなんですけれど、ここには査察に来れないのでばれません。支部長はこの案を推しています」
誰も反論をしなかったのでそうすることになった。誰も納得はしていないのだけれど。
そのあとは金貨の部屋を拠点化するために電線が敷かれた。通路への照明の設置も21Fと同様に行われ、21Fのライトとも接続された。次の階層が気になり出した頃、冒険社からのお知らせが送信された。
# 第22F攻略結果に関するお知らせ
## 1. 捕獲されたゴブリンについて
- **鑑定**:過去に死体で回収されたゴブリンと同種と認められる。
- **飼育**:飼育に関しては、多摩動物公園の協力を得て、食物の嗜好や習性を調査する。
## 2. コボルトについて
- **生態**:死体で回収されたゴブリンは、遺伝的にはこれまでに知られていたものときわめて近い。しかしながら、体毛の色が薄く、耳や鼻が尖っているなど、形態の明確な差異が認められた。弓矢を使用したとする証言もあることから、区別に合理性がある。
- **呼称**:正式に分類されるまでは公式に「コボルト」と呼称する。
## 3. コボルトの弓矢について
- **素材**:いずれも国産スギ材と認められる。
- **素材の入手場所**:戦前から戦後まで1〜10F坑内で使用されていた木材を持ち去って加工したものと考えられる。
## 4. 動物の死体について
- **処理**:ダンジョン内で危険動物と遭遇した結果、これを殺害した場合、第21F東通路の最奥にて肥料製造の原料とする。
- **実施**:東京都に届出を行い、すでに設備は稼働している。
- **回収**:ダンジョン内で処理せず、地上に回収した場合は、研究標本として、従来通りの回収報酬を支払う。
## 5. 特別報酬について
- **報酬**:本部指揮報酬、金貨の発見と回収の報酬、オーク・コボルト報酬、ゴブリン捕獲報酬として、参加冒険者全員に**20ポイント**を付与する。
- **異議**:異議の申し立ては、今週中に所定の書面で行うこと。
## 6. 第23F攻略について
- **日時**:未定。
- **方法**:第22F攻略の報告書において、探査手順に見直しの余地ありと進言されている。検討中。
テレビではよく知っているアイドルがデビュー曲を熱唱していた。即席ステージは仮設足場でできている。
「この人って本物の冒険者なんだよね」
「うん。頼りになる人だよ」
> いつもあなたは不用心〜♪
練習せずにレコーディングしただけでなく、彼女はその後も歌のトレーニングをしていない。そんな暇があるなら射撃練習場でグロックを撃ちますよと言う人だった。星野にはそれでかまわない。
> 前を見ないで落とし穴〜♪
横でいっしょに見ていた妻がつぶやく。
「ダンジョンには落とし穴があるの」
「いや、今までそんなのはなかった。作詞家はあんまり中のことを知らないと思う」
> 武器も持たずにひとりきり〜♪
「こちら最下層の特別ステージから。峰恵さんのデビュー曲、ラブトラップをお送りしました。ありがとうございましたー」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「ここにはファンの方が来られないんですよね。もっと大きなステージで歌いたいと思いませんか」
「ここが私の居場所なんです。ファンのみんな冒険者免許を取って見に来てねー」
ファンのみんなはダンジョンのすぐ外に集まっている。冒険社は今回、22Fでの顛末を事実のまま簡潔に発表した。冒険者アイドルのファンは発表の行間を読んで、峰さんが大活躍したと思った。オークも金貨も峰さんのおかげ。それは嘘ではない。
動物愛護団体はメディアにも無視されて、すこしずつ人数が減っていった。野党も知らん顔。
CMではノートパソコンを持った会社員が会議をしていた。Windows XP 登場。そういえばダンジョンでパソコンを使う人を見かけないのはなぜだろう。ロボットの操作用しか見たことがない。すこし考えて電源やネットがないからだと気が付いた。使えるとしたら何に使う。ぼんやりしていたら妻が話しかけてきた。
「そうだ。大地がね、階段の上り下りが上手になったの」
「へえ、転ばないといいな」
「転んだほうがいいのよ。そうやってうまく動けるようになるんでしょう」
それはそうだね。でも階段は危ないよ。
2歳半の大地はよく歩き、よく話すようになった。話すと言っても長い文章はまだ苦手のようだ。パパ、ママ、これなあに、わかった。本当にわかったのかと聞くと、わかったと答えるので天才だと思う。
次のCMはまた冒険社だった。豪華な冒険料理と大自然の脅威。ダンジョンホテルはあなたの冒険をお待ちしております。南米料理と奥多摩の関わりが星野にはわからない。しかし妻は南米料理に目を取られていた。彼女に興味があるなら話は別だ。連れて行ってやろうか。
近頃の冒険社広報部の活動は目に余ると星野は思った。冒険観光社が冒険鉱業社から独立して以来、どんどん嫌な方向に活発になっている。
「でも冒険社ってお金儲けをしちゃいけないんでしょう。こういうのってありなの」
「子会社ならお金儲けをしてもかまわない。むしろ稼ぐようになった部門を本社に残しておくと法的にまずい。他に冒険測量社や冒険装備社もできた」
冒険測量社は本社の測量チームが独立して小さな会社になったもの。16F以降の地図が不完全なので冒険社の依頼を受けて測量することになった。ここでの仕事を実績にして国内の他の洞窟や海外にも手を広げたいという目論見がある。冒険装備社は防衛庁調達実施本部や技研、HONBAなど外部との連携を担当する子会社だ。冒険社と冒険鉱業社の両方に窓口があり、それを一本化しようとしたらなぜか独立してしまった。
駅前にある冒険者ホテルが冒険観光社に統合される一方、すぐ近くの奥多摩冒険病院は冒険社がそのまま運営している。増えたり減ったり生き物のようだ。この調子だと次は広報部から宣伝子会社が生まれるに違いない。胡乱な話だ。




