EPISODE 13
到着した向井さんと武道さんに基地をまかせて現地に向かう。部屋を出て奥に進むとY字路があり、その右手の奥が階段だ。ちなみに左の道は水路と滝に突き当たる。20mごとに設置されたライトが星野たちとロボットのケーブルを照らし出す。基地で信号が増幅されるようになり、この階での通話には不安がなくなった。
「真田さん、おまたせ」
「やっと来たか。峰さんには刺激が強いかも知れないぞ」
胸に大穴が空いているのは至近距離で3粒弾を使用したからだ。
「ええ、未知の大型危険生物について、この場ではオークと仮称することにします。話しにくいから」
「異議なーし」
「支部に一報を入れました。本社の研究班の結論を待てということです。10分後に基地に電話して確認します」
階段の穴は十字に組んだジュラルミン棒でふさがれていた。棒はロックアンカーと南京錠で固定されている。
「これならオークは通れない。ゴブリンなら隙間から通れそうだ」
「そうだな。だが基地の前を通らなければ上には行けない。ここで見張る必要はないだろう」
「それも確認しよう。そろそろ電話する」
向井さんは連絡を待ちかねていた。声にかすかな焦りと苛立ちがある。
「星野さん、本社は解体しろと言ってます。そのままじゃ地上に上げられないから」
「解体ってどこで。ここでか。どうやって」
「えーと、そのまま読み上げます。人型であるなら左右対称と思われる。右手右足が付いていれば観察できるので左手左足を付け根で落として先に回収せよ。出血が止まったら残りを引き上げろ。まだ重いようなら右は関節で切ってよし。そういうことです。それから事後の監視は基地でかまわないので十分に武装すべしと。これは支部長から」
代案はあるか。反対しないと面倒なことになる。
「星野さん、どうしましたか」
「了解と伝えてください。道具を手配します」
「20Fに金ノコとブルーシートがありますよ。でも運ぶ人がいません」
「私と峰さんとで取りに行きます」
「うええ、スプラッターですか。来るんじゃなかったです」
オークの手足は神谷さんが金ノコと大型ナイフであざやかに切り離した。切り口から血液の流出はそれほど多くなく数時間で止まった。汚れた床は砂を撒いておいて乾燥したら掃き集めることにした。
数人ずつの交代でビニールシートに包まれた死体を運ぶ。帰り道で峰さんは吹っ切れたような表情で気勢を上げていた。
「私は今度こそ下に降りて宝探しをしますからね」
星野は何かのフラグが立った気がして顔をしかめた。そういうことは口に出すな。
10Fで行き合った木元さんが話しかけてきた。彼はウェイターみたいな格好で観光客を案内しているところだった。海外製の山岳ウェアを着込んだ客はしゃがみこんできょろきょろしている。金鉱石でも見つけたか。
「注意してください。上は騒ぎになっています」
「どういうことですか」
「オークの件で報道陣が集まっています」
オークの上半身の写真付きで今回の顛末が発表された。今朝の新聞に第一報が掲載され、記者やカメラマンが星野たちを待ち構えているのだ。事件からまだ2日なのに。
「なんでこんなに早く発表したんだろう」
「おそらくはどこかから情報が漏れて、それで機先を制したんじゃないですか」
「こっちには何も言わないでか」
木元さんはお手上げのジェスチャーをした。
「オークの手足は神谷さんが切り落としたことになっています」
「そんなことまで。まあいいけどよ」
「いいえ、そうではなくて。日本刀で戦って切ったと発表されています」
神谷さんは目を丸くした。
「なんでだよ。あんなのもう持ってないぞ」
「本社の広報が間違えたんじゃないですかね。それともわざとなのか」
「わざとだろ」
「ゴブリンに回し蹴りの件も広まってます。写真はまだです」
広報がまたやらかしてくれた。これは反対運動が活発になるかも知れない。
「出入口はカメラでいっぱいです。一部は勝手に入り込んで警備と揉めています」
コンクリートで固められたダンジョンゲートは報道だらけで星野たちが姿を見せるといっせいにフラッシュが焚かれた。
「冒険者です。勇敢な冒険者たちが帰ってまいりました。星野さん、星野さーん、目線をお願いします」
「あの青いビニールがオークなのでしょうか。冒険者たちがオークを弔うように神妙に運んでまいります」
無視だ。無視しないと。
「神谷さん、お手柄でしたね。ゴブリンもオークも熟練の冒険者には敵いませんね」
「いや、命がけの戦いだったんだ。そっとしておいてくれ」
神谷さん、無視するってさっき決めただろう。返事するな。
「あ、女性の冒険者もいます。ちょっとお話いいですか。女の子がこういうことしてていいんですか」
「こういうことってなんですか。性別が関係ありますか」
「だって危ないじゃないですか。お名前を教えていただけますか」
峰さんも黙れよ。
「私は峰と申します。あのですね、これは誰かがやらないといけない仕事なんですよ」
「でも」
「ダンジョンは人類に残された最後の秘境です」
「宇宙とか深海とか」
「誰かがやらねばならない。行かねばならない。免許を取得した私たち以外に誰が行けるというのでしょうか。もし行かなかったら、それは怠慢です。罪なのです」
「人類でなく、あなたはどうなんですか。あなたはどうして最下層に挑戦するんですか」
「ふっ。それはそこにダンジョンがあるから」
報道陣が峰さんのところに集まっている。もう止められない。
「今のうちに事務所へ。あの子にまかせましょう」
「そうだな」
彼らは足早に冒険社奥多摩支部のプレハブに向かった。
攻略が止められているあいだ、21F事務所は強めの監視体制が取られた。通路にはセンサーのかたまりであるO2が棒立ちになっていて、立ったままで部品交換が行われたりもした。冒険者たちは運搬や清掃の仕事と休息で時間を過ごした。そして一週間後に冒険社からメールが来た。
# 第22F攻略再開、オーク対応および各種規定に関するお知らせ
## 1. オークについて
- **生態**:遺伝的には犬や狼に近いが、外見は人間型。手肢関節の形状はどの動物にも似ておらず、正体は不明。
- **呼称**:正式に分類されるまでは公式に「オーク」と呼称する。
## 2. 銃器の運用と練習場について
- **練習場の設置**:銃器の有効性が確認されたため、本日より「2F南の空洞」に練習場を設ける。
- **備蓄銃器の貸与**:個人取得の手間を省くため、冒険社側でショットガンと拳銃を用意した。練習場内で使用可能。
- **持ち出し禁止**:上記の銃器の貸与品の外部持ち出しは、狩猟免許等の資格の有無に関わらず**一切禁止**とする。
## 3. ボウガン・投げナイフ・長刀等について
希望者は練習場を使用可能。なお、これらの武器調達に冒険社は関与しないため各自で準備すること。
## 4. 第22F攻略再開について
- **日時**:週明けより再開する。
- **優先事項**:「階段周辺の安全確保」と「照明設置」を最優先とする。
- **参加方法**:参加希望者は受付まで申し出ること。
## 5. 報道に関する注意
一部の事実相違の報道は新聞社の誤解によるものであり、冒険社より抗議済み。
今後の取材に応じるかは各自の判断に委ねるが、発言が及ぼす影響にくれぐれも留意すること。
## 6. 第21Fにて発見された生物死骸に関する追加情報
- **調査結果**:ゴブリンとの初遭遇時に回収された武器様の物体と同種である。
- 大型の鳥類または爬虫類の全身骨格と結論。体長は**4.3m**と推測した。
以上
地底湖の魚類採集という珍しい依頼にありついた星野は木村さんと竿を並べていた。
「木村さん、峰さんの話は聞きましたか」
「うん。若いっていいねえ」
「決まった翌日にレコーディングしたんだって。歌の練習もしないでいいのかな」
峰さんはレコードデビューすることになった。あの日の演説がきっかけで持ち込まれた話だった。
「冒険者アイドルなんだって」
「会社は喜んでるよ。味方が増えたから」
ダンジョンの外では今日も動物愛護団体が騒いでいる。オークがかわいそう。ゴブリンは頭の良い動物。頭が良くて凶暴なら最悪じゃないかと星野は思う。彼らのすぐ近くには数人ばかりのアイドルファンがいた。峰さんがんばれ。恵ちゃんかわいい。
「愛護団体とどっちが勝つかな」
「数の多いほうが勝つんじゃないですか。注目を浴びたことで会社には寄付金の申し出が殺到しているそうです」
CDを購入したらサインをしてくれると峰さんは言っていた。買うのはかまわないが自宅でCDを再生できるのは妻のノートパソコンだけだ。こんなことで手間をかけさせたくない。
「星野さんはやっぱり攻略に参加するの」
「やれる人がやらないのは怠慢なんじゃないですかね。そこは同意しています」




