EPISODE 12
21F基地と呼ばれるようになった横穴にはさっそく簡易な扉が取り付けられていた。
「これは地下で余剰になった木材で枠を作ってはめ込んだものです。耐久性はさほどありません。石工と大工仕事のできる職人を入れて作り直せば、より安全になります」
奥田支部長が現地で取材を受けていた。部屋にはまだ何もない。冷蔵庫は本社に却下された。
「偉い人なのにいちばん下まで行くんだね」
「冒険社にも冒険鉱業社にも免許持ちの職員があまりいないから、どうしても中でと言われたら支部長が出てくるんだ」
アディダスのジャージで一日を過ごした星野がテレビの前で大きなクッションに体を預けていた。
「蛍光灯が明るくて安心しますね。この電気はどこで作っているんですか」
「電気は地上から引いています。ルートは階層によって違いまして、10Fまでは通路の天井に電線を走らせています。11Fから14Fはごつごつした鍾乳洞です。ここでは通常は電気は使いませんが、必要であればコードリールを持っていきます」
マイクを持ったヘルメット姿の女性はちらちらと横を見ていた。話が長くなりそうなので何か指示があったのだろう。やがてうなずいて支部長に向き直った。
「なるほどー、場所によって工夫をしているのですね。では15Fはどうなんですか」
「説明続行になったみたい。おもしろいね」
インフラの話に妻が関心を持つとは予想外だ。自分に聞いてくれたら、これくらい答えられたのに。
「15Fは地上から電線を通しました。山腹からだいたいのところを狙って斜めに穴を掘りまして、電波が拾える距離まで到達したらドリルを誘導できるんです。低周波ビーコンという機材を用いて…」
支部長の言葉が不自然に止まる。目線が画面の外を見ていた。
「なるほどー、ではその先はどうしたんですか」
「ええと、階によって電線を横に伸ばしたり床を貫通させたりといろいろです。20Fの基地からここまでは道沿いに電線を敷きました」
あんな事故があったのにテレビ局の挑戦は止まらなかった。ダンジョンホテルも照明や構図を工夫すると立派な施設に見える。駅前のホテルや事務所も取材されていたし、冒険者のインタビューも多い。テレビに出ることを喜ぶ酔狂なものもそれなりにいた。
「それでは、そろそろ本日の目玉をご紹介ください」
「はい。吉村さんどうぞ」
あっ。もうあれを公開するんだ。
「知ってる人なの」
「うん。前に会ったことがある」
白い作業服の吉村さんは緊張気味で前で組んだ手をしきりに動かしていた。
「吉村です。HONBAの探索技術担当をしております」
「よろしくお願いします。吉村さんのお隣のこれ、これはなんでしょう」
「これはダンジョン探査用二足歩行ロボット試作2号です。O2と呼んでいます」
前より背が低くなった。背中のランドセルのような部品も小さくなっている。肩には追加の投光機のようなものが見える。
「このロボットはなんと、去年の崩落事故で活躍したロボットの後継機なんです。どこが変わったのでしょうか」
「まず軽量化して100kgを切りました。それとバランスも良くなっています」
「親戚の有名なロボットとはかなり違いますね」
インタビュアーはロボットの頭を無遠慮にぽんぽん叩いている。
「歩行の仕組みは同じですが完全に別系統です。音声やジェスチャーで行動を指示することはできません。走ることもできません。その代わり攻撃を受けた際に腕で防御することや素早く立ち上がることがオートでできます。また道や方角を覚えています。通常の稼働はケーブルからの給電で行えるようになりました。ケーブルが外れたら内蔵バッテリーを使って自分で歩いて戻ろうとします」
「なるほどー、ダンジョンで活動するために生まれたロボットなのですね」
「はい。ニーズに応えることが私たちの喜びです」
「奥田さん、吉村さん。ありがとうございました。奥多摩ダンジョン最前線からお送りしましたー」
スタジオではホテルの創作冒険料理やロボットの操作方法などの話題が続いていた。
「なんだかすごいロボットね」
「他にも機能があるんだよ。頭にスピーカーが追加されて要救助者とオペレーターが会話できる。それから攻撃を受けたり転倒したりしたときは周辺の様子を勝手に録画保存する。俺も資料を読んだばかり」
「へえ」
妻は眠そうに生返事をした。星野もなんだか眠気を覚えた。このままここで寝てしまいそうだ。明日の夜にはまたあそこに行くんだなあ。
ダンジョンの奥底で投光機が下に降りる階段を照らしていた。
「22Fアタックの用意はいいですか」
真田さんが受話器に話しかけると基地からロボットの遠隔操作を行う吉村さんが応答した。
「準備オーケーです。下降できます」
21F基地には他に川崎さん、峰さんと星野がいた。星野は今日も本部担当だ。
「下降開始」
「下降開始します」
吉村さんがDと入力してEnterを押すと画面に表示されたO2の視界が階段を降り始めた。光ファイバーより重い電線を引いているので、活動時間が無制限になった代わりに活動範囲は狭くなった。光ファイバーに切り替えたら遠くまで行けるが20分しか動けない。
「痛しかゆしなんですね」
「改良の余地はあります。消費電力が少なくなるようにしたら電池での稼働時間を伸ばせます」
事故後はおとなしくしていた峰さんだが、下の階に行くと聞いたら好奇心を抑えられなくなって志願してきた。また時期を同じくして、これまで新人と呼ばれていた3期生も最下層参加が認められることになった。しかし希望者はまだいない。
「ロボットの操作はキーボードなんですね」
「そうです。DはDOWNの意味です。DOWNと命令することもできます。よく使う命令は短縮形を登録してるんです」
カメラ映像の下にプロンプトが出ている。あいかわらず胡散臭い。
O2が階段の下に到達した直後、画面が左に大きくぶれた。
「足元が悪いのか」
「いえ、これは異常な加速度が加わっています。攻撃です」
ロボットが右に向きを変えて腕を上げようとしたところで、今度は斜め上方からの衝撃が加えられる。画面には人の足のようなものがちらっと映し出された。
「なんでこんなところに関取が。撤退、撤退できますか」
「転倒していません。撤退します。後ろ向きに階段を登ります」
> UPSTAIRS BACKWARDS
動作を開始すると同時に卓上のスピーカーが声を上げた。
「本部、何かの動物の鳴き声が聞こえた。吠えている」
「現場、未知の危険生物の可能性がある。ロボットを戻す。迎撃用意」
「了解。ショットガン構えろ」
後退するロボットは金色の体毛を持った怪物を映し出していた。鼻腔が大きく開いて、口から突き出た下顎犬歯は耳の高さに達している。
「ゴブリンじゃない」
「どこからどう見てもオークだ。どうなってるんだ」
マイクとスピーカー越しのひかえめな発砲音とともに画面が激しく揺れて、復帰すると眼前から生物は消えていた。
「撃った。現地に行きましょう」
「呼ばれるまで待機。そういう決め事になってる。20Fからここに応援を呼んでください」
かすかなノイズとともに現場からの連絡が入った。
「本部、オークを迎撃した。絶命していると思うがどうする」
「ロボットの状態はどうですか」
「邪魔です。あと2m後退させてください」
ロボットはどうやら無事のようだ。それなら被害はないようなもの。
「体高はおよそ180cmで人間型。体重は200kgはありそうだ。どうにもならんから来てくれ」
「わかりました。応援が到着したら行きます。それから探査は中断です。階段を閉じてください」




