EPISODE 11
真田さんが持ってきた死体袋に硬直したゴブリンを収めるのに全員で苦労しているところでまたスピーカーが声を発した。
「Bチーム向井です」
「本部。Bチーム聞こえています」
音声がさっきより小さく感じる。600mまでは問題はないと技術チームは言っていたのに、環境によって何か変わるのだろうか。
「通路の左手に小部屋を発見しました。ライト残りふたつです」
「部屋の中は確認しましたか」
「これから鷲巣と羽田が入ってみます」
残りがそれだけなら今日はここまでだ。入口の警戒はひとりで大丈夫か。
「相馬さんと神谷さんを応援に出します。その場で待機して警戒してください」
「了解」
伊庭さんが首をかしげる。
「応援が必要な状況ですか」
「東と西の通路は探索済みなので、今後の活動では必ずその部屋の前を通ります。安全なら拠点にできるかもしれません」
神谷さんは日本刀を壁際に置いて予備のジュラルミン棒を手にした。
「ボウガンは誰も使わないんだな」
「飛び道具は経験がないとな。どこかで練習できたら覚えるかもしれんが」
外の世界でもボウガンは銃刀法の対象外だから練習くらいできそうだ。でもちゃんとした場所があればもっといいな。
「報告書に書いておきますよ。冒険社がダンジョン内に練習場を作ってくれるかも」
「そんなに融通の利く会社だったかねえ」
軽口を言いながら階段を降りていくふたりを星野と伊庭さんが見送った。
「Bチーム向井です」
「本部。Bチーム聞こえています」
「部屋は幅6m、奥行き8mの長方形。生物はいません。ただし床に骨が散らばっています。大きな鳥みたいな」
骨、鳥、ゴブリンの武器。
「写真を撮りまくって撤収してください。骨も全部でなくていいので回収してください」
「了解」
初日にしてはなかなかの成果と言えるだろう。これは報告書が大変だ。
交代に引き継いで、活動していたメンバーは研究材料と記録を持って順番に上がる。隣に来た向井さんがぽつりとつぶやく。
「明日は誰がやるんですか」
「さっき来た岡本さんと小林さんが本部をやって、21Fに降りるのは佐々木さんと橋下さんがリーダーです。メンバーは聞いてないです」
15F中継基地で水分を補給しながら地底湖を眺める。水面にふわふわしたスライムがたたずんでいた。この湖だけでたまに見られる、あれは生物でなく自然現象とされている。触れるとぱちんと割れて跡形もなく消滅する。不思議なのは移動しているらしいこと。それも見ているときは動かない。目を離すといつのまにか何メートルも離れたところにいる。オカルト雑誌が特集したこともあった。
「まず階段とその周辺だけは100Vの電線を敷いて常夜灯にするそうです。やっぱり危ないからと」
「いきなり計画の前倒しですか。そういうのはあまり感心しないな」
「臨機応変とも言うでしょう」
十分に安全を確保してから電気工事士を送り込むはずだったのだ。
「支部長と電話したら拠点整備に前向きで、あの部屋まで100Vを敷いたらどうかと」
「そうしたらライトにも電力供給できますね」
「武器や道具のロッカーと冷蔵庫。いろいろ言ってたけど、どうやって冷蔵庫なんて運んだらいいんだ」
星野は自宅の冷蔵庫を思い浮かべた。好物の肉豆腐が残っていたはず。妻がもう食べてしまっただろうか。最下層での活動が増えたことで泊まりが増えた。生活面では不都合が多かった。
「星野さん、アイデアがあるんですけど」
湖畔にいた相馬さんがぶらぶら歩いてきてそう言った。
「この湖の水があふれて21F水路に流れ込んでるんですよね。その水はどこに行くんでしょう」
「地底を流れて海に行くんじゃないですか。どこかで湧き水になるとか、井戸も考えられますよ」
「丹沢の真下を流れて海に行くとしたら、途中で湧き水はなさそうです。古井戸で使われているということもないと思います。60年代まで湖も川も存在しなかった可能性が高いんでしょう」
相馬さんが何を言いたいのか専門外すぎて星野にはピンと来ない。
「汚染しても誰も困らないなら、21Fに上下水道が作れます。トイレに苦労してるじゃないですか」
排泄物は持ち帰るから長期で滞在すると負担が大きい。地下で処分できれば楽になる。
相馬さんの画期的なアイデアをそれは無理ね、と切って捨てたのは受付の伊藤さんだった。
「前に地底湖の水が使えないかって法務部が検討したことがあるのよ。湖も21Fの水流も河川法の対象ですよ。河川管理者の国土交通大臣の許可がないと取水できない」
「国交相はうちの業界のボスなのに許可をくれないのか」
「誰も検査してない水に許可なんか出ませんよ。足元ならなおさら問題を起こしたくないでしょう。勝手に飲むだけなら問題ありません」
奥多摩湖が水源ということは一級河川の多摩川水系。それは厳しいに決まってる。相馬さんは残念そうだが、法律があるなら従わないといけないよな。個人的にもスライムのいる水は抵抗がある。
「じゃあトイレもダメか」
「ダメ。たとえ占用許可が出ても、水濁法とか廃棄物処理法とか下水道法とかあるから。あきらめなさい」
我が家に戻ると父がいた。ちょうど送ってきてくれたところだったのだと思った。
「だーだー」
「おかえり。肉豆腐を作り直したの。自信作だよ」
父は大地をなでまわして、肉豆腐のおすそわけを持って笑顔で帰った。
「美味いな」
飯の上に行儀悪く豆腐を乗せて頬張ると肩の力が抜けた。
「前にさ、暗闇でも手帳に書けるって言ってたよね」
「ああうん。そういう人もいるよ」
「練習してるけどなかなか難しいよ。書いた文字を自分で読み返せない」
妻は唖然として、それから笑い出した。
「あれはうちの工場長さんの特技だから普通の人には無理だよ。練習しちゃったの」
ああ、おかしいと笑い続ける彼女を見て息子も笑ったようだった。星野も笑った。




