EPISODE 10
21F攻略に新人は加えない。彼らには上の階層の仕事を覚えてもらうというのが冒険社の方針だ。
攻略はスリーマンセルで行われることになった。ある程度の内部の把握ができるまではAチームとBチームの2組だけが活動する。必要に応じてチームを増やす。作戦の配置は本人の希望や能力や健康状態を考慮して冒険社が決めている。星野は20F中継基地を担当することになった。準備ができたことを確認して両チームに声を掛ける。
「階段を降りたら東西に分かれます。それぞれ電線を引いてライトを設置してください」
上の階層でも使用されているモーションセンサーライトに冒険社技術チームが手を加えた。正式名称は冒険ライト試作型。そんな呼び方は誰もしていない。近くで動くものがあると自動的に点灯する。中継基地からDC24Vを供給して動作させる。形状は弁当箱型で上から踏んでも壊れにくい。しかし市販のプラケースなので壊れないわけではない。
これにはLEDライトとセンサーと回路が内蔵されていてON-OFF-ONスライドスイッチで動作の設定が可能。常時点灯モードとセンサーモードがある。20m長の丸型2芯ケーブルを本体前後の2極プッシュターミナルで連結する送り配線型だ。延長や分岐も簡単で終端処理は不要。オーディオ用の汎用端子にすぎないので強く引っ張ると外れてしまう。あらかじめ10台を接続済みにしておいて200m単位で持ち運ぶ。
さらに3.5mmジャックがある。小型の受話器をここに接続するとカップリングコンデンサを介した高周波信号が電力ラインに重畳されて中継基地と通話ができる。変調復調の回路は驚くほどシンプル。複数の受話器を接続した場合は混線するので冒険者同士の声も聞こえる。技術チームはこれを欠点ではなく特徴と考えている。役立つ可能性があるからだ。
「無線が使えなかったのは残念でしたね」
今日のパートナーの藤田さんがスイッチング電源の横の電流計の揺れる針を眺めながら言った。
「コストや準備期間を勘案して技術チームがこれにしようと決めたんです。本部と連絡が取れれば十分と言われました。改良の予定はあるそうですよ。ノイズ除去とかアンプとか。頑丈にしたいとも言ってました」
星野はA7の手帳に 08:00 敷設開始と書き込む。その下にはすでにチーム編成が書かれていた。
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本部長 星野
本部補佐 藤田
Aチーム
伊庭 リーダー、ナイフ、敷設担当
相馬 棒、ナイフ、カメラ
神谷 日本刀
Bチーム
向井 リーダー、警棒、敷設担当
鷲巣 木刀、十徳ナイフ
羽田 ナイフ、警棒、カメラ
```
「星野さんてアナログなんですね。PDAじゃないんですか」
「これなら電池切れの心配もない。慣れたら暗闇でも書けるようになるそうですよ。私にはまだできませんが」
藤田さんは自分の SONY CLIE PEG-N700C をくるくるともてあそびながら、そんなもんですかねと軽くコメントした。
「Aチーム伊庭です。Aチーム」
「本部。Aチーム聞こえています。クリアです」
むき出しのユニバーサル基板に直付けの30mmスピーカーユニットから伊庭さんの声が聞こえる。星野は基板から伸びたコードの先のマイクロフォンを手に取りスイッチを押して応答する。
「60m地点でゴブリン1匹に遭遇。神谷の武器が破損しました」
「了解。戻りますか」
「続行します。ゴブリンは前方に逃走しました」
「了解。気を付けてください」
ノイズとともに通話が終了して無音になった。星野はマイクのスイッチを切りながら苦笑する。
「だから言ったのに」
手帳に 08:15 日本刀× と書き込む。本人以外の全員が予想していたので驚きはない。
「神谷さんの本領は空手だから、ここからがスタートだ」
「Bチーム向井です」
「本部。Bチーム聞こえています。クリアです」
さあ、今度はなんだ。
「130m地点で分かれ道。左に分岐しています。直進するつもりですが分岐点にライトを置くべきでしょうか」
「そうですね。分岐点に設置して、ひとつ手前のライトをOFFにするのが良いと思います」
「了解。そのようにします」
手帳に 08:35 B 左に道あり直進 と書き込む。Aチームはもう水路に到達しているはずだが連絡がない。
「星野さん、コーヒーでも淹れましょうか」
藤田さんが紙コップを手にしている。元は兜町の住人でバブル崩壊で人生観が変わったという。よく気をまわす人だ。
「お願いします。砂糖は使いません」
中継基地には地上から電気が来ているのでやろうと思えばこんなこともできる。
「あいにくネスカフェしかありませんが」
「知ってるよ。私が大工さんのために運んだんだから」
「Bチーム向井です」
「本部。Bチーム聞こえています。クリアです」
「東の道は行き止まりです。ライトがひとつ余りました」
「了解です。不要なケーブルとライトは取り外して持ち帰ってください」
星野は手帳に 08:55 B 東× と書き込む。それからもっと大きめの方眼ノートをザックから取り出すと藤田さんが覗き込んできた。
「これにマッピングしようと思うんですよ。1マスを10mにして見開きで描きます」
「なるほど。いろいろ工夫するものですね」
スピーカーを気にしながら作業をしていると階段を上る足音が聞こえ始めた。基地のふたりはジュラルミン棒を手に取り警戒する。
「Bチーム帰還しました。全員無事です」
「お疲れさまです。すぐに戻らず待機して貰えますか」
警戒を解いてあたたかく出迎える。3人は散歩から戻ったようにリラックスしていて装備も汚れていない。09:35 B 帰還。
「OFFにしたライトはもったいないですね」
「いずれ回収して再利用します。今は現場で電気工事をする状況ではありません。ところで」
星野がノートから顔を上げた。
「Aチームから連絡がないので心配しています。もしかしたら、そちらを見てもらうかもしれません」
「本部のほうから連絡する手段がないのでは仕方がありませんね」
鷲巣さんと羽田さんが装備の点検を終えて、そろそろという雰囲気になったとき、階段を上る足音が聞こえた。また全員が警戒する。
「戻りました。西側通路の探索を終えました」
「伊庭さん、心配していました」
「ゴブリンの運搬に手間取っていました。連絡すべきでしたね」
神谷さんが日本刀を岩壁にぶつけて鞘に収まらなくなってしまったあと、彼らは前方を気にしながらゆっくり前進した。
「水路の分かれ道で南は探索済みということでしたので北に向かいました。そこは15mで行き止まりでした」
星野はノートにT字路を描く。
「そこから引き返して、ライトは分岐点の北側に設置しました。それで南に向かったんですが」
その先は小林さんが潜伏していた部屋だ。だから先の話は予想できた。
「部屋に先ほどのゴブリンがいて格闘になりました」
伊庭さんはライトを常時点灯に切り替えて足元に置いた。相馬さんはコニカ現場監督を構えた。
「相馬さんのジュラルミン棒を神谷さんが使いました。照明があればさっきみたいに目測を誤ることもないと」
曲がった日本刀に布を巻いて持っていた神谷さんがバツの悪い顔をした。
「壁際に追い詰めたところに相馬さんがフラッシュを浴びせて、ひるんだゴブリンに神谷さんが回し蹴り」
「その場面は撮影しましたか」
「ばっちりです」
昏倒したゴブリンの手足を縛って運んでいた3人だったが、途中で息を吹き返したゴブリンがおおいに抵抗した。
「それで連絡し損ねました。しかもせっかく捕獲したのに急死してしまって」
「首は折ってないが、あれが致命傷になってしまったかもしれん。最後に抵抗できたのがすごいよ」
生け捕りボーナスを貰い損ねた神谷さんが誇らしげに言う。
「ゴブリンは階段の下ですね。まずはそれを引き上げてください。Aチームはここで報告内容をまとめます。Bチームは作業再開。それから藤田さんは支部に電話して15Fから応援を呼んでください。死体とフィルムを早めに上げます。藤田さんもいっしょに上がってください」
それぞれが活動を開始した。




