EPISODE 9
冒険者学校のダンジョン踏破訓練のチームが次々と地下へ降りていく。彼らは数人ずつの班を作って独力で20Fにたどりつき、証明書としてプラスチックカードを受け取って戻る。星野たちが初めて挑戦したとき、誰かがそれをイェンダーの魔除けと呼び出して定着した。ゲーム用語と知ったのは終わってから。カードは記念品として持ち帰った。
この試験で失敗しても不合格にはならず追加講習があるだけ。彼らはもう冒険者免許を約束されている。先輩冒険者たちはなるべく近寄らず、手も貸さないよう言い含められている。もちろん助けを求められた場合は助けなければならないから距離感が難しい。
「新人が慣れてダンジョン管理に余裕ができたら21F探索だ。早く準備を終わらせないといけない」
「支部もあせってるよね。このままだと5月いっぱいはかかりそうだから」
そわそわした空気がそこかしこに広がっていた。
ダンジョンの入口からまっすぐ200m先の行き止まりの1F空間に内装工事が施されて、備蓄基地と簡易宿泊所を兼ねたような設備が作られつつある。特定危険領域で宿泊するものがいるのか。それは最初から存在した。仕事中の仮眠は珍しくもない。駅前のホテルまで帰る気力のないものが支部で寝るのも普通だ。内部にも安全に寝られる場所があると便利だ。
「ゴブリンがいることがわかってからは中継基地で寝ることもある。あんな木箱でも安心感がまるで違う。増築するなら早くして欲しいもんだ」
「人手が増えたらそっちも工事が進むよ」
新人が食べていくには訪問客を増やして稼ぐしかない。これまでのような客ばかりではなくなるだろう。
「冒険鉱業社に観光部ができると聞いたが」
「たしか国土庁の元局長って人がやるんだよな。冒険社の文化部からも人を入れてる」
「だけどその人たちは免許がない。中での運営は結局、冒険者がやる。人手が足りないんじゃなかったのか」
備蓄基地を後まわしにして宿泊施設に工事を集中した結果、ゴールデンウイーク前に施設の開業にこぎつけた。連休中のツアーチケットは開業前に完売した。新人冒険者は一人一客でガイドをして宿泊時には給仕も行なった。
ダンジョンホテルと命名された宿泊所は冒険者の安全確保のための簡易宿泊施設とされているから冒険者が普通に宿泊できる。むしろ冒険者が利用者の主体だ。それほど高くはないしカードも使える。食堂では定食やおつまみの多様なメニューが楽しめる。何より上下水道完備の施設はダンジョン内でここだけ。グレーのISDN公衆電話があるのもここだけ。それらのためだけに立ち寄るものも多い。
補助者として入域する客にはランクがある。高額な費用を支払うものは一等客と呼ばれて清潔な一等客室に宿泊する。彼らは一等客用のレストランで特別な料理を提供されている。食堂を利用することも可能だが利用者はほぼいない。地下探索に出かける際には豪華な弁当を頼むことができる。弁当や荷物は自分で背負って行くのがルール。しかし疲れたり運べなくなったりした際には、ガイド役の冒険者は嫌な顔ひとつせずに持ってくれるだろう。彼らはチップが大好きなので。
お金のない人は冒険者といっしょに普通の部屋に泊まって普通の食事をすることができる。研究者や技術者など本当の補助者はそうする。彼らが悪気なく二等客と呼ばれて気分を害することもあった。
「料理が通ります。道を開けてください」
駅前の冒険者ホテルの厨房から紺色のボディに金色のホイールを着けたワゴンRが朝晩の料理を運んだ。ダンジョンの入口は車が通れるように拡張されてコンクリートの補強が施された。ここはダンジョンゲートと呼ばれることになった。
「これでは風情も何もないな」
小林さんが腕を組んでゲートを通過する車を見ていた。以前は書類や身分証でしか見たことのなかった盾に冒の字のロゴマークがあちこちで使われるようになっていた。他に売り上げを立てる方法を聞かれても彼に答えはない。だから小林さんは沈黙した。
「早朝から15Fまで降りて地底湖を見て夕方に上がってくる。富士山に登れるくらいの体力があれば行ける。勝手に入り込んで遭難されるくらいなら、こうしてルートを管理して安全に見てもらったほうがましなんだよ」
「外のホテルより安いし便利です。空いてる部屋にお金持ちのお客さんを入れるくらい大したことないですよ」
「売店に保存食と乾電池を置いてくれたらいいのにな」
ホテルでは浅い層の地図や写真集まで販売している。この調子で客が入れば、その利益は配当として本社に移転して調査費用になる。だが星野は思う。
「調査は全額、国の予算でやるべきなんですよ。公共の安全に関わることじゃないですか」
「そういう考えもありますね。星野さんは今はどんな仕事をしてるんですか」
峰さんが話を振ると星野は重い工具箱を軽々と持ち上げて見せた。
「20Fへの大工さんや電気工事士さんの送り迎えです。作業のお手伝いもしています」
「そっちはダンジョンホテル別館と呼んでる人がいますね」
「料理はカップラーメンしか出ません。それで良ければいつでもご利用ください」
地底湖湖畔の拡大された基地では、観光客が休憩しているすぐ横で攻略準備チームが備品を数えている。ここで観光客に出会ったら礼儀正しく挨拶をするようにとわざわざ支部から通達が来ていた。
深い階層の活動が多くなり帰れない日が増えていた。子供の送り迎えで困っていたところへ解決策を提案してくれたのが、定年になって暇を持て余していた父だった。脚があれば大地の送り迎えができる。だから車を用意してくれという話だ。
それで星野の名義で白い2代目エスティマを購入した。実家の近くに駐車場も契約した。大地の面倒を見てくれるなら車は好きなように使って構わない。保育料の増額も考える。保育料は上げなくていいからチャイルドシートは良いものにしてくれと義父は言った。
「だーだー」
「なんで俺も親父もダーダーなんだ」
妻のことはちゃんとママと呼ぶ。犬はワンワン、車はブー。




