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神隠し

 翌日。

 義兄に連れられてやってきたのは、ある出版社のオフィスだった。


「やあ遼子さん、元気?」

「帰れ」


 黒のパンツスーツに白のワイシャツ。飾り気はないけれど一目で「できる人」だとわかるタイプの女性が、電子タバコをふかしながら義兄を一刀両断する。

 遼子さん、と呼ばれたその人は、僕のことを値踏みするように上から下までじっとりと見て、それから疲れたように首を回した。


「……といっても、帰るような奴じゃないか。まずはあいさつでしょ、社会人同士基本はしないとね」


 そういうと、内ポケットから名刺入れを取り出して、中の名刺を差し出してくる。

 とっさに僕も、ジャケットのポケットから名刺入れを取り出して、自作の名刺を差し出した。


「朝読新聞出版部の境田遼子です」

「あ、フリーライターをしてます、小鳥遊陽充です」

「へえ、名刺あんのね」

「取材のときに、時々これを頼りに連絡をくださる人がいるので」


 ふうん、と気のない相槌。助けを求めて義兄を見上げると、僕の視線に応えてへらへらと笑った。


「遼子さんは元新聞記者。こういう時に頼りになる人だよ」

「こういう時って言われても……」


 昨夜危険だと言われたことすら、僕の中では特に問題はないというか、いつも通りのつもりなのに。

 まあまあ、と義兄は僕の肩をつかんでぐいっと遼子さんというその人の前に押しやる。


「あの廃校になった学校のいわれとか、記事とか、そういうの詳しいよってこと。記事を書くのにも、問題を解決するのにも、遼子さんの情報は絶対頼りになるから」

「体のいい情報屋扱いはやめてもらえる? あたしだって暇じゃないのよ」

「そういいながら話は聞いてくれるのが遼子さん」


 軽口と罵声が入り混じる。僕は申し訳なくなって、遼子さんに頭を下げた。


「す、すみません、お忙しいところ」

「そうよ、忙しいのよ。でもあんたはフリーライターなのよね」

「あ、はい」

「取材のときに『忙しいから』って言われてさっさとしっぽ巻いて帰るの?」


 ざく、と胸をえぐられたような気分になった。

 取材。もし、その人しか情報を持っていないなら。


「……いえ、5分でも、お話が聞きたいです」

「それを本人が言わなきゃ意味ないのよ。あんたずっと黙り込んでるから何がしたいのかと思っちゃった」


 肩をすくめた遼子さんに連れられ、空いている会議室に通される。

 缶コーヒーをダン、ダン、と音を立てておかれて、「どうぞ、飲んで」と乱雑に勧められた。


「普通にお茶くらい出してよ……」

「あんたたち客じゃないのよ、そんな理由どこにもないでしょ」


 義兄の文句にもどこ吹く風だ。

 僕は面接を受けているような気持ちで緊張したまま手帳を開き、息を吸い込んだ。


「今、僕はネットで話題になった『笑い自殺事件』のことを調べてるんです」

「ああ、名前だけは知ってるわ。ニコニコ笑顔で自殺する人たちが増えてる、って話よね」

「はい。ある動画配信者がこの笑い自殺事件の自殺者の一人に加わったことで、ネット上で大きな話題になりました」


 缶から漂うコーヒーのにおいに、遼子さんの電子タバコから漂うメンソールのにおい。そこにどこかゆで卵のようなにおいも感じながら、僕は説明を続けた。


 笑い自殺事件の動画配信者が、最後に投降した動画が「とある廃校」であったこと。

 その廃校で、配信者も、僕自身も、岩がきしむような、擦れるような音を聞いたこと。

 その廃校には、他の犠牲者も、少なくとも一人、来ていたことが分かったこと。

 その廃校は元小学校で、開校から50年間のうちおよそ6件、行方不明事件が起きていること。


「……行方不明事件のあった学校……ああ、あそこね」

「知ってるんですか?」

「K市の小学校だったとこでしょ。その学校ならあたしも昔取材したわ」

「それって、廃校以前のことですか?」

「そうよ。地元では結構な話題になったわ。また『神隠し』だって」

「神隠し?」


 僕のオウム返しの問いに、馬鹿馬鹿しい、と遼子さんは鼻を鳴らす。


「神隠しなんてこの科学の時代に記事に書けるわけなんかない。当然、内容は当たり障りのない行方不明記事になった。それはあんたも見てるのよね」

「あ、はい。最寄り駅の間にあった図書館で、縮刷版を読みました」

「そう、まあそこまでは最低限ね。でも、確かにさかえの言った通り。記事にできなかっただけで、地元の人間も、古い編集の人間も、また、って言ってたわ。原因不明の行方不明者。また『神隠し』って」

「また……ですか」

「ええ。あたしの取材した時もそうだった。元気に登校し、元気に帰ってきてたその子が、ある日突然、元気なままいなくなる。ご家族も周囲の友だちも、みんな原因がわからない」

「でも、6度も起きてる……?」

「そう、だから、『また』『神隠し』」


 遼子さんは、「また」と「神隠し」を強調しながら電子タバコをふかす。


 昔の神隠し事件と、今の笑い自殺事件。もし、2つがつながっているのなら。

 きっと、あの「岩がきしむような音」も何か関係しているのではないか。そんな気がしてならない。


「その子が最後に目撃された場所って、もしかして、男性のブロンズ像の前とか……だったりしますか」

「ああ、その辺は記事に書いてなかったかしら。小さな記事だからそこまでは読めないわよね」


 記憶をたどるように頬杖をついた遼子さんは、宙をにらむ。


「たしか、そうだったわね。男性のブロンズ像っていうから何かと思ったけど。たしかロダンの『考える人』のブロンズ像よ」

「……考える人」


 ぼそ、と義兄が小さくつぶやいたのが、なぜか妙に耳に残った。


 でも、僕の中でも確かに、二つの事件の関連性が見えてきた。


 小学校があったときには、その場所で「神隠し」が起きていた。

 今、廃校になって学生が来なくなったことで、神隠しの話題は消えかけていたけれど、かつて神隠しが起きていたその場所で、「何か」を見た、あるいは聞いた人が、今度は笑い自殺事件の犠牲者になっている。

 それが、僕が聞いたあの「岩がきしむような音」なのだろう。


 ああ、そういうことかと、腑に落ちるところがった。

 義兄が心配していたのはそういうことだったのか。


 僕も笑い自殺事件の犠牲者のように、「岩のきしむ音」を聞いている。

 つまり僕も、彼らと同じ状況にいることになる。

 それは……僕も同じように、いつか笑いながら自殺することになる、ということだろうか。


 恐怖は不思議とわいてこなかった。


 ただ、そうなったら義兄さんはあの家に一人なのか、とか。

 その前にちゃんと洗濯洗剤と柔軟剤の種類を教えておかないと、とか。


 そんな、多分どうでもいいことをぼんやりと考えていた。


「あたしが教えてあげられるのはここまでよ」


 テーブルに手をついて立ち上がりながら遼子さんは言う。

 僕は慌てて立ち上がって頭を下げる。


「お時間をいただいて、ありがとうございました」

「あとはあんたの足で情報を稼ぎな。基礎が何とかなってるんだから、記事も何とかなるでしょ」

「ありがとうございます」

「……ところでさぁ」


 僕の方をのぞき込みながら、遼子さんは加えていた電子タバコを外す。


「あんた、あのれおなの弟なんだって?」


 姉の名前が出てきて、僕はとっさに息をつめた。

 たしかにれおなは僕の姉の名前ではある。でも「あの」ってなんだ。


「……は、はい、烏丸れおなは、僕の姉ですが」

「ふうん」


 気があるんだかないんだか、よくわからない相槌。


「——面影あんじゃん。目元がそっくり」


 にや、と笑われて、とっさになんて応えたらいいかわからず視線をさまよわす。

 なぜ、そんなことを聞いてきたのか、よくわからないまま助けを求めて僕は義兄を見た。けれど、難しい顔をしたまま顎に手をやって何か考えている義兄は、僕の視線に気づいていないようだった。


「そんな腑抜けた顔して、れおなに笑われるわよ?」


 ばし、と僕の肩を叩くと、にやりと笑って、遼子さんは颯爽と会議室を去っていく。

 後に取り残された僕は、黙ったままの義兄としばらく、居心地の悪い気分を味わった。

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