第9話 バカタレ再び
肌を焼くような灼熱。さっきまでの澄んだ森の空気とは全く違う、煤と灰と油がまじった臭い。戦場を彷彿とさせるその熱と臭いに、俺は思わず手で鼻を覆った。
「相変わらず暑いねぇ」
そう言ってエアは肌に張り付いた髪をはらった。
俺が両手に持っているランタンの中の妖精も、心無しかぐったりしている……ような気がする。
ランタンから周囲に目を移すと、ほとんど灰色の世界が目に飛び込んできた。周囲に聳える鉱山、鳴り響く金物の音、あちこちから立ち上る黒い煙。
どこからとも無く怒号が聞こえ、山に囲まれた街の中に消えていく。
「あれ、エア様じゃありませんか!?」
どこからとも無く女の声がした。俺は周囲を見渡したが、人間の姿はない。また妖精の類かと思い目を凝らしたが、それらしきものは見当たらなかった。
「やぁ、マルファー。この間ぶりだね」
エアは言った。彼女の目線の先を追うと、やっと声の主が分かった。小さな女の子だ。両耳はエアと似ていて少し尖っている。大きな緑色の目は、エアを見上げて輝いている。俺の半分もない身長でエアを見上げるのはほねが折れそうだ。
「この間ぶりって、さすが魔女様ですね」
マルファーはクスクス笑う。
「そんなに変かい?」
「前回お会いしたのは10年ほど前ですよ」
「10年なんて先週みたいなものじゃないか」
「まぁ、我々ドワーフも大概ですがーーその後ろのは人間ですか? 彼からしたら10年というのは相当な時間でしょう。それこそ子供が大人になるくらいの」
ドワーフ。傭兵をやっていたときに城下町の子供が読んでいた絵本に載っていた気がする。伝説の生き物だと思っていたが、まさか本当にいるとは。
もしかしたら城下町の都会人達は知っていたのかもしれないが、俺の育った辺境の街では絵本というもの自体が無かったからよく分からない。
「人間からしたら確かにね。ところでマルファー、ジジはいるか?」
「ジジ様ですか。おそらく工房にいるかと思いますが。案内しましょうか?」
「それじゃあ頼もうか。ーールイナス! ぼうっとしてないで、着いてきな」
別に言うほどボーッとしてないんだけど。いいかけて飲み込んだ。また殴られそうだったから。
額から吹き出る汗を腕で拭うと、俺はエアとマルファーと呼ばれるドワーフに続いた。2人とも汗ひとつかいておらず、それが女性だからなのか、種族の違いからなのかはついぞ分からなかった。
「あ、エア様だ」
「後ろのあれ人間?」
「へぇー、初めて見た。意外と大きいんだなぁ」
「でもヒョロい腕。あんなんじゃあ金槌ひとつ持てないよ」
「ばぁか、人間は俺たちと違って鋳造なんてしないからいいんだよ」
「あの手に持ってるのは妖精?」
目的地に着くまで、沢山のドワーフとすれ違った。人間が随分と珍しいらしく、ずっと好奇の目で見られた。あと、腕が細いのは余計なお世話だ。これはただの細マッチョだし、実際これよりもう少し太くなった。少なくとも死ぬ前は。
「人気者だな」
ニヤニヤしながら揶揄ってくるエアを無視して歩き続けること20分ほど。やっとマルファーは足を止めた。
そこにはエアがギリギリ通れるくらいの背丈のドアがついた、大きな工房があった。開け放たれた窓からは煙が漏れ、奥に見える煙突からも炎の混じった黒煙が昇る。
ここに立っているだけで、息苦しさを感じるほどの熱だ。
「ジジ様ー!!!」
マルファーが殴るようにノックをする。ドアが壊れないのはさすがドワーフ製というべきか。
「エア様がいらっしゃいましたよー!!!」
ドン、ドン、ドン!!!
地響きのようなノックを続ける。何度かそれを続けていると、ドアの向こうでしていた作業音が止んだ。それからドスドスと重い足音を立てながら何かがこちらへ近づいてきて、やっとドアを開けた。
「おいジジ、これぁどういう要件だバカタレ」
ドアから出てきたのは年老いた男のドワーフで、エアはその胸ぐらを掴んで自分の眼前まで持ち上げた。細い腕なのに、意外と力持ちなんだね。




