第10話 魔女の片鱗
「エ、エア様…! お久しぶりですじゃ」
「ああ、久しぶりらしいねぇ! あんたも少し老けたかい」
ジジと呼ばれた老齢のドワーフは、口の周りと顎に箒のようなたくさんの髭を蓄えている。日焼けによるものか肌は浅黒く乾燥していて、体に似つかわしく無い大きな手には黒ずんだ革製のグローブを着けていた。
ジジは足をばたつかせ、地につかないほど高く持ち上げられていることに慌てているようだ。もし俺でも同じ様子になるだろう。魔女、恐ろしいし。
「その髪飾り、未だに着けてくれとるんですなぁ」
「あぁ。先代には世話になったからね」
「父もあの世で泣いて喜んでおりましょうや」
「別の意味で泣いてんじゃないかい? 自分の後継がまともなアクセサリーひとつ作れないなんて、ドワーフからしたら恥もいいとこだろう」
「な、なんですと。エア様、流石にそんな物言いは酷すぎますじゃ。ワイは先代の親父に認められてこの工房をーー」
「ならこれは何だい!」
エアはあの壊れたネックレスをポシェットから取り出して、ドワーフの眼前にやった。
「これはーー前回お会いした時の…なぜ壊れて…」
「アンタの作りが甘かったんだろう。数回で壊れるならまだ分かる、本来なら何度でも使える魔石のはずだがね。でも、物事には不測の事態ってもんがある。……が、これはたったの一度で壊れた。アタシは純度の高い魔石が手に入ったんでアンタに加工を依頼したのに、どうしてくれんだい!!」
エアの目がギラリと光る。ドアの隙間から、工房の炎がより一層強く燃え盛るのが見える。このドワーフの街を強いうねった風が覆った。空の雲があっという間に西の空へ流れていく。
エアの足元に敷かれた石畳に大きな亀裂が入り、ガラス製の窓は粉々に砕けた。様子を見ていたドワーフの女がきゃあと悲鳴をあげる。
このままだとこの街ごと破壊されそうだ。というか、何なら俺も巻き添えを喰らいそうだ。
「ちょ、ちょっとエア、そのくらいに……」
「うるさいよ! 今はアタシとこのジジが話したんだ! 少し愛想良くしてやったからって舐めてるなら、アタシが魔女だってことを思い出させてやろう!」
「ちょちょちょっと待ってエア、たんま!!」
俺は慌ててエアの腕を掴んだ。ジジは、エアに持ち上げられたままガタガタと震えている。分かるよ、俺だって怖いもん。何で俺はこんな魔女と知り合ったんだっけ?
「しつこいね! また殴られたいのかい!」
「殴られたくはない! ただ、実際に俺がもう一度人生をやり直せるのは事実だ。ちょっと色々、不測な事態は起きたし、先行き不安すぎるけど……。だから、一応ちゃんと動いたんだし、そこまで怒らなくてもいいんじゃないかな」
口をへの字に曲げたエアは少し考えた後にジジを放り投げた。地面に尻餅をついたジジはしばらく震えていたが、ひとまず命は存えたことを理解して嘆息した。
「エ、エア様。申し訳ありませんじゃ。あれほどの魔石、加工すること自体あまりなく……とはいえこのままではドワーフの名折れ。何かお詫びを……」
「当たり前だよ」
腕を組んで仁王立ちしているエア。俺は下手な怒りを買わないように、そうっと後ろへ下がった。
「人形が欲しい」
「人形、ですか」
ジジは目を丸くした。
「存外可愛らしいお趣味で……」言い終わる前にエアの杖から火の玉が放たれ、ジジの足先に落ちた。煙を上げる石。丸く焦げている。
そういうところが魔女が嫌われる由縁なんじゃ、と思ったが口が裂けても言えない。言ったら最後、せっかく得たこの人生すら失うことになるだろう。
「こいつーールイナスが持っている妖精が見えるだろ。そして、ルイナス自身に魔力はあるがごく薄い。こいつが自分を守れるための人形が欲しい。できれば魔王に対抗できるくらいのもんがね」
「魔王」
ジジは再び目を丸くした。それから俺と、俺が持っているランタンを交互に見て、なにかぶつぶつと呟き出した。目は架空を見ており、意識は既にここには無さそうだ。
「数日で済ませな」
そうエアが言ったが、ジジは何かを呟いたまま反応しなかった。エアがあまりに圧力をかけるから精神が壊れてしまったのかもしれない。可哀想に。
「大丈夫ですよ」
近くで様子を見ていたマルファーが、俺を見上げながら言った。
「ジジ様は集中するといつもこうなんです。アクセサリーはちょっと失敗したみたいですが、大丈夫。いつものジジ様なら、きっとすぐ、素晴らしいものを作ってくれます」
「そう願うよ。まぁ、失敗したとして死ぬのはアタシじゃないけどね」とエア。
「ふふ。ひとまず、ジジ様のお仕事が終わるまでの宿をご用意しますね。特に人間の方にはこの暑さは堪え難いでしょうから」
「ああ、頼む。妖精も暑さで弱ってそうだ。ルイナスよりは余程胆力がありそうだがね」
「ひ弱でどうもスミマセンね」
「ははは! 人間っていうのはそういうもんさ。さ、マルファー。案内を頼もうか」
それから俺たちはマルファーに連れられて宿へ向かった。




