第7話 絶望
エアは白い掌で宙を撫でた。
「ーー何を?」
木漏れ日が彼女の手の肌を照らしている。しばらくの間、柔らかい風が木の葉を揺らす音を聞いていた。
「因果だね。アタシの礼が仇になったか」
「え? どういうことだ?」
「アンタは死ぬ時、魔王にやられたと言ったね」
「う、うん」
戦場の中で嫌に目立つ紅の髪。うねる大きな黒い角。そして輝く黄金の三目。思い出すと思わず身震いした。
「相手が悪かった。ネックレスには2つの呪いをかけたんだ。死んだら戻る呪い、そして、アンタを殺した奴の命を蝕む呪い。命を蝕む呪いは魔王にかかり、ゆっくりと魔王を蝕んでいる。アンタが死に戻ってきた今もその呪いは続き、そして魔王は因果に気づいた」
「ーーつまり?」
「自分を蝕むお前か、アタシを追ってくるだろう。ネックレスを通してアンタがかけた呪いは1度しか発動しない。即ちこの世でアンタを殺せば呪いは解ける。そして術をかけた魔女を殺せば同じく呪いは解けるーーが、魔王にとって、どちらが殺しやすいか?」
「……嘘だろ」
「アンタが今世で平和に生きれるか見てやるつもりだったが、嫌な因果を見ただけだった。まったく、これだから面倒だ」
「どうするんだ? 俺、また殺されるなんて嫌だ!」
「アタシもごめんだね。ま、2人で真逆の方向に逃げればどちらか生き残るだろ」
「いや俺の方を殺しに来るって!!さっき言ってたじゃん!」
エアは小さく舌打ちをした。
「見た目は若いかもしれないけどね、こっちだってそれなりに歳なんだ。年寄りはいたわんな」
「元はと言えばエアの呪いのせいだろ!」
「人の好意をまるで迷惑のように……。そんな子に育てた覚えはないよ」
「育てられた覚えもねーよ! っていうかこんなことしてて大丈夫なのか? 魔王っていつくるんだ!?」
「なに、あれだけ強大な魔力の持ち主だ。動けば分かる。とはいえアタシの呪いのせいで、しばらくはそう軽快には動けまい。ヒーラーの妹も呪いまではどうにもできなかろ」
「妹……?」
「死んだ時に見なかったかい? あの魔王は姉妹、攻撃的な方が姉、落ち着いてる方が妹だ」
俺が殺された時、魔王ヴェーナは燃える鬣の地竜に乗っていたーーが、その時すぐ近くにいたのは従者らしき男だけだった。もしかしたらすぐ近くにいたのかもしれないが、俺は途中で考えるのをやめた。自分の死に際など思い出したくもない。
「と、とにかく魔王から逃げないと平和もクソもない。エア、今から呪いを解くとかできないのか?」
「別の次元で未来に発動した呪いを過去の今解けと? 中々無茶を言う。そもそも呪いなんてもの自体が、解呪を前提にしていないことが多い。今回のもそうさ」
「終わった……!!」
俺は膝から崩れ落ちた。1度目は前線の肉壁として、2度目は身に覚えのない呪いの報復で死ぬのだ。同じ女の手に2度かかって。
「またあの死に方をするのかよ……嫌だ……」
思い出すと膝ががくがくと震え出した。皮膚や腱、骨が断ち切られて感覚がすべて消える。寒いのか暑いのか分からない、あの目まぐるしい感覚の波。
俺は足元に広がる湖を見た。あの苦しみをまた味わうくらいならーー……。
「馬鹿、早まるな」
エアが力強く俺の腕を握った。気がつくと片足を湖に沈めていた。ほとんど無意識だった。水に沈めた右の靴が水を吸って重くなる。
「また殺されるんだろ!? もう嫌なんだよ、毎日死にかけながら、明日のパンさえ不安な日々を過ごすのは!」
「それでも殆どの民はそうやって生きてきただろう。人間達はそうやって、怯えながら、時にはアタシ達のようなスケープゴートをつくりながら、必死で生きてきたんじゃないのか」
「そんなの…俺にはもう無理だ……」
「……ひとまず湖から足を抜け。そこには色々な魚が生きている。魚だけじゃない。爬虫類、昆虫、水鳥……アンタがそうして水面を荒らせば、他の住民が怯えるんだよ」
「人間以外には随分と優しいもんだ」
俺は湖から足を抜き、その場に座り込んだ。反対側の水辺で、鹿がこっちをじっと見ていた。




